25 結構です
リミアリアのもとに実父から手紙が届いたのは、婚約が発表されて三日後のことだった。
連絡がくるだろうと予想はしていたので、驚きはない。ただ、読むべきかどうか迷った。
読んだとしても不快な気持ちになるだけ。
そう考えたリミアリアは、執事に手紙を読んでもらい、伝えなければならないと思うことだけ伝えてもらうことにした。
作業部屋で依頼を受けていた解毒薬を作っていると、手紙を読み終えた執事は眉尻を下げた。
「読まなくてもいいことしか書いていなかった?」
「正直に申し上げますと、表向き、リミアリア様に謝罪をしているようですが、本当は自分たちの利益のために親子関係を修復しようという気持ちが透けて見えます」
「王家とのパイプがほしいのは、皆が考えることだけど、自分たちから縁を切っておいて、よくもそんなことが言えるわね」
リミアリアは失笑すると、執事に指示をする。
「手紙は保管しておいてちょうだい。あまりにも送ってくるようなら迷惑行為として訴えるわ。それから、あなたの名前でシウナ子爵家に手紙を送ってほしいの」
「どのような内容にいたしましょう」
「そうね。私の代理で書いていること、それから何があっても、親子関係の修復をしないこと。手紙を送られても何の意味もなさないこと。これくらいかしら」
「承知いたしました」
恭しく頭を下げる執事に礼を言ってから続ける。
「それから、イランデス伯爵邸にある書類をこちらの邸に移してほしいの。それと、まずは使用人のみんなが住みやすい環境を作りたいから、希望をまとめてくれると助かるわ」
「期限はありますでしょうか」
「そうね。早いほうが助かるけれど、あなたには色々と頼んでいるから、期限はもうけないわ。ただ、緊急性のあるものは口頭でいいから伝えてもらえる? すぐに対処するわ」
「ありがとうございます。では、そのようにさせていただきます」
執事が部屋を出ていくと、リミアリアはため息を吐いた。
(愛人を本妻にするために妻を殺すような男と、自分が本妻になるために男に力を貸すような女だもの。拒否する手紙を送ったくらいで諦めるような人たちじゃない。自分たちの利益のために絶対に何らかのアクションを起こすはずだわ)
シウナ子爵家を見張るように人を雇っているので、おかしな動きをすれば対処はできる。
(母の件で捕まえられなくても、毒物を作って売っていたという理由で、絶対に捕まえてやるわ)
リミアリアが復讐したいのは、母を殺したテイランとホリーで、フラワのことははっきり言ってどうでも良かった。
だが、それから二日後に、フラワが公爵家の三男と手を組んだことや、毒草を買い集めているという話を聞いたのでそうもいかなくなった。
フラワは自分の母親がしたように、邪魔な相手を毒殺し、自分がリミアリアの代わりにアドルファスの妻になろうとしていた。
リミアリアはフラワたちが仕入れた毒草の効果を打ち消す効果を持つ毒草と薬草を手に入れ、万が一のために解毒薬を作っておいた。
リミアリアが解毒薬を作り終えた頃、フラワはアドルファスに会いたいという内容の手紙を何度も送りつけるようになった。
うんざりしたアドルファスが、手紙を送るなと拒否したところ、フラワは怒りの矛先をリミアリアに向けた。
そして、母と共に作った毒を入れたお茶菓子を持って、フラワはリミアリアのもとを訪れたのだった。
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フラワが連れてきたのは、テルスミ公爵家のナンサンだった。社交界では、三人兄弟の中で、三男だけが素行が悪く、家族は彼のことを見捨てていると密かに噂されていた。
アドルファスにその話をしてみると「公爵本人が言っていたから間違いない。大人しくしていなければ追い出すと話をしているらしいぞ」と教えてくれた。
フラワとの関わりをやめるように言っても聞かないのなら、見捨てる気になってもおかしくはない。
リミアリアはそう納得した。
この日はフラワの来訪を予想していたため、アドルファスも子爵邸に来ており、リミアリアの仕事の手伝いをしていた。
フラワだけなら追い返したが、ナンサンがいるのでは、リミアリアもそう強い対応を取ることができず、応接室で話をすることにした。
ナンサンは金色の長い髪をポニーテールにした猫目の男で、リミアリアよりも二つ年上だ。
背はそう高くなく痩せぎすで、公爵令息というオーラはあまり感じられない。
ナンサンはアドルファスが一緒にいることに難色を示したが「婚約者なんだから一緒にいてもいいだろ」と、アドルファスはリミアリアの横を陣取った。
「リミアリア、これ、お父様からあなたへのお詫びの品ですって。渡してくれと頼まれたの」
フラワは大事そうに抱えていた白い小箱をリミアリアに差し出した。
ピンク色のリボンがかけられた両手のひらサイズの箱で、蓋には有名菓子店のハンコが押してある。
実際に父親が手配した菓子ではあるが、フラワは中身を入れ替えていた。
「結構です」
リミアリアが笑顔で拒否すると、フラワは涙目になって訴える。
「お願いよ。受け取ってもらわないと、お父様に怒られてしまうの」
「人が土産で持ってきたんだぞ。受け取ったらどうだ!」
ナンサンがフラワの背中を優しく撫でながら、リミアリアを責めた。
(ナンサン様がいれば私が受け取らざるを得ないと思って連れてきたのね。まあいいわ)
「約束もなしに押しかけてきておいて、その言い方はどうなんだ」
「アドルファス様、ありがとうございます。受け取ることにします」
リミアリアが菓子の箱を受け取ると、フラワは笑顔で話し始める。
「受け取ってもらえて良かったわ! あのね、その店のマドレーヌは本当に絶品なの。しかも、なかなか手に入らないもので私の大好物よ」
フラワはこうしてリミアリアに興味を持たせ、リミアリアが自分はお菓子に興味がないからと侍女やメイドに渡さないようにしようと思った。
だが、そんな考えはリミアリアにはお見通しだった。
「あら、そうなのですね。では、今すぐ皿を用意しますので、フラワ様がお召し上がりください」
「え、あ? どうして私が?」
「プリリッツ王国では手土産をお客様にお出しすることは当たり前の行為ですよ?」
リミアリアは微笑んで言うと、呼び鈴を鳴らし、メイドに菓子箱を手渡し、フラワとナンサンに出すように指示をした。
何も知らないナンサンは喜んだが、フラワは顔を真っ青にして、この状況をどう乗り切るか考えることになった。
(必死に考えているみたいだけど、そこまで臨機応変に対応できる人ではないでしょう?)
そう考えたリミアリアがフラワに何度か話しかけたが、帰って来るのは生返事だけだった。
しばらくしてメイドが戻ってくると、丸い大皿をテーブルの上に置いた。
皿の上には白い粉が振りかけられた貝殻型のマドレーヌが載っている。
プリリッツ王国では、洋菓子にかかっている白い粉は粉糖が一般的だ。
だが、今回は粉糖の上に解毒薬の白い粉が振りかけられている。
こんなことになった時のために、リミアリアが事前にメイドにお願いしておいたのだ。
フラワたちが仕入れていた毒草から、どんな物が出来上がるか調べ、粉や液体の解毒薬を事前に作っておいた。
リミアリアはナンサンに特に恨みはない。フラワについても、命を奪うような復讐を望んでいるわけでもなかった。
毒入りの食べ物を用意した人物が、自分で食べて死んでしまうのは自業自得だ。しかし、わかっていて何もしないのは、自分もフラワたちと変わらないような気がして嫌だった。
(さて、どうするべきかしらね)
リミアリアは顔を真っ青にしているフラワを見つめた。




