買い物と取引
「さぁさぁ、今日も見ていきなよ。全部、町からの仕入れ品! この村じゃ、買えない物ばかりだよ~」
威勢のいい掛け声とともに、今回もフォルツァ商会からやって来た商人のノックスさんが店を開く。この臨時店舗は馬車の前で取引され、村人にとっては数少ない金銭をやり取りする場だ。この機会を使って村の子どもたちはお金というものを知る。
そして大人たちにとっては何もない村での唯一の娯楽でもある。
「ノックスさん、これはいくらだい?」
「それはちょっと珍しいから大銅貨四枚だよ」
「ノックスさん、こっちはいくらだい?」
「お嬢ちゃんのは大銅貨二枚。足りないなら親父さんにお願いしてみな」
「ううっ、お父さん買ってくれるかなぁ」
大勢の村人が集まりやり取りをする。ほとんどの取引は金銭で行われるものの、一部は物々交換も行っている。とはいえ、商人が生野菜を貰っても、都市部から遠いこの地方では無駄になる。滅多にそんなことはなかった。
「さあ、姉上。僕らも見に行きましょう」
「バッシュ、私は後からでいいわよ。みんなもいるし」
「気にすることはないですよ。僕もいますし」
まだ五歳ながらもグイグイとヴィアの手を引っ張って店の前へと連れて行くバッシュ。ヴィアの姿を確認した村人たちは途端に道を開ける。その光景に少しだけ心の中で優越感に浸りながら、ヴィアは店の前に躍り出た。
「いらっしゃい。騎士様のところの子たちだね。今日は何を買うんだい?」
「えっと、僕と姉上の服をください」
「服ねぇ、もう小さくなったんだね。そちらは?」
「安い服でいいので丈夫なやつをお願いします」
「それならこの二着で大銅貨六枚だよ」
「えっ!? この前まで二着でも大銅貨四枚だったのに……」
お金を握り締めていたバッシュの手が緩みヴィアの目に大銅貨が五枚映る。
「あの、ノックスさん。物々交換で何とかなりませんか?」
「そう言われてもねぇ。村の人からの買取は朝に君の家の分も含めて済んでいるし、その辺の物で大銅貨一枚って言うのは難しいよ」
「分かりました」
さあ買えないなら帰りなと追い返される私とバッシュ。私がいなくなったことでまた店は盛況さを取り戻した。
「姉上、お金が足りないなんて思っても見なかったです。どうしよう?」
「気にしないで、私に任せなさい」
「大丈夫ですか?」
「実は前回、商人さんが来るのが嬉しくてつい薬草を売却用の革袋に入れるのを忘れていたの。でも、私が採ってくる薬草ってみんな採らないでしょ?」
「姉上は森の方まで入って行くよね」
「そうなの。それで後で持って行ったら、ノックスさんから今後は直接取引したいって言われたから、そのお金を合わせれば大丈夫だと思うわ」
「さすが姉上!」
ヴィアがいつも採っていた薬草はコルツ婆も珍しいと言っていたから、大銅貨一枚にはなるはずだとバッシュに告げるヴィア。
「そうと決まれば、すぐに取りに帰らないと。バッシュも付いて来てくれる?」
「うん!」
姉の服が買えると期待したバッシュはすぐに返事をすると、後をついて行った。
「ただいま戻りました」
「あらヴィア。もう買い物は済んだの?」
「いえ、少し忘れ物をしてしまったので」
「あなたにしては珍しいわね。バッシュも一緒に帰って来ちゃったの?」
「はい。せっかくの買い物ですから」
ヴィアたちはアデルに挨拶をすると、目的の物を革袋に入れて再び店へと向かう。店では多くの村人が買い物を終えて家に帰るところだった。
「何だよ、また来てるぜ」
「どうせ買えないのにな」
口々に悪口を言う村人を無視して姉弟は再びノックスに話を持ち掛けた。
「ノックスさん、こんにちは」
「なんだ、また姉弟か。お金は持って来たのかい?」
「いいえ。だけど、いい取引ができると思って」
ヴィアはノックスに革袋の中身を見せながら話を切り出した。
「しょうがないな。もう店じまいだからその間だったら話ぐらいは聞いてやるよ」
ノックスの言葉に村の子どもたちはざまぁみろと言い、買った物を各々が自慢した後で家へ帰って行った。
「これでようやく話が出来ますね」
「変わらず賢いお嬢ちゃんだな今回の分は?」
「これです」
ノックスはヴィアにそう告げると、服の代金の不足分より多い大銅貨三枚で薬草を買い取った。
「良いんですか、私たちは大銅貨一枚で構わないのですが」
「今回の物もいい品質だからな。お嬢ちゃんの採ってる薬草は町で人気だから、今後も頼むよ」
「個別で持ってくるだけで以前より高く買い取って貰えるなんて何だか悪いです」
「気にするな。商会での俺の評価だってこの薬草のお陰で楽に上がるんだ」
「なら、もうちょっとおまけしてよ」
ノックスの言葉に少し欲が出たバッシュは交渉をしてみる。
「今回は良い品質だったから色を付けたが、次もそうとは限らないから信頼できるようになったらだ」
「でも、ノックスさんは私と直接取引して大丈夫なの?」
「村の管理はずさんで、お嬢ちゃんから買い取る方が品質もいいからな」
「村の人にそれを言えばいいのにどうして?」
薬草の扱いが悪かったなら村の人に直接言えばいいのにと疑問をぶつけるヴィア。
「この薬草だけ特別扱いをすれば村の連中も価値に気づく。だが、薬草を採るのも個性が出るからな。金になるからと適当に採られたら困る。量より質が欲しいんだ」
「確かにこれは昨日採ってきたばかりですし」
「鮮度より取り扱いを丁寧にしてくれ。乾燥させてもいいからな」
ノックスはヴィアにそう告げると二人分の服を出して馬車に薬草をしまい込んだ。
「さっ、あまり長く話をしていると村人も怪しむから帰ってくれよ。お互い今後ともいい付き合いをしたいだろ?」
こうしてまた一つ世の中を知った姉弟は新しい服を手にして家へ帰った。




