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奴隷の呪いと  作者:


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101/103

101. アリア

 アリアの魂は最期に触れたネリの記憶を走馬灯のように見ていた。


 少年だった頃の母との思い出、パレードで見かけた宝物を抱く、自分と同じ髪色をした王子、奴隷商に焼き印を押された場面、そして父親カルデナスの背中に剣を突き刺した感覚、全てがリアルにアリアの魂に響いた。

 愛されたいと強く渇望する気持ち、宝物を愛する者への嫉妬、幸せに対する妬みや憧れを、ネリの最期の涙に見た気がした。


 それからオーロラのような光に包まれたトンネルを抜け、アリアの意識が途切れた。

 

 気が付くと見たことのある庭で目が覚めた。アリアは起き上がろうと、草の生えた地面に手をつく。

「!」

 自分の身体が小さくなっている。目線の高さも、ぷくぷくした手も、まるで五才児の身体だ。

__なんで私はここにいるのかしら。スタークやカインが待ってるわ。早く帰らなきゃ…


 アリアは立ち上がり、辺りを見回した。見たことのある城の庭。緑の芝生に色彩りの花。城の奥には林が拡がり、泉もある。

「あっちには黄色い花が咲いていて…その先にはお母様が大切にしていたバラ園がある」

 そう呟きながらアリアは裸足で歩き出した。まるで自分の記憶を確かめるよう、広い庭を歩き回る。

 だが、歩きながらふと、色んな何かを忘れていく気がする。城の庭は広く、誰もいない。

 少しずつ不安にかられ、アリアは走り出した。木の根っこに引っかかり、こける。膝から血がにじみ、アリアは心細くなった。


 水音がし、アリアは背丈より高い草をかき分け、湧き水のでる小さな泉の側まで来た。

 足はもう疲れていた。喉も渇いていた。アリアは泉の水を飲む。冷たくて美味しかった。

__帰らなきゃ。でもどこに?

 アリアは泉の側に座り込む。空を見上げながら淋しくなり、涙がこぼれた。

 水の音、木の葉が風で擦れる音、鳥のさえずりは聞こえるのに、この世界には自分一人しか存在しないような感覚。

 この世界に閉じ込められ、誰にも会えない。それが無限に続く気がした。

__ダメだ…大事なことを忘れてしまいそうだわ。

 アリアは必死にスタークやカイン、家族の顔を思い出そうとするが、その顔にモヤがかかってくる。

__やだ…忘れたくない!

 アリアは必死にみんなの名前を口にした。まるで呪文のように。だがその名前もまるで氷が解けていくように、アリアの頭の中から消えようとしている。このまま全てを忘れ、自分が何者かも分からず、無になって行く気がする。

 アリアは泣き出した。時間の流れは遅いようで速い。青空がだんだんとピンク色に染まり、紫色に変わって行く。

 泉の側に座り込み、もう疲れて足も痛い。不安でどうにも切ない気持ちで胸が張り裂けそうになる。



「見つけた。僕の宝物…」

 ふと懐かしい声がし、アリアは顔を上げた。見たことのある柔らかな銀髪に緑色の瞳、その少年はアリアに優しく微笑み、手を差し伸べた。

「…にいに!」

 咄嗟に叫び、アリアはその手にすがるように抱きつき、すっぽりと抱かれた。懐かしい匂いに安心し、頬を擦り寄せる。

 ヒックヒックと泣いているアリアを落ち着かせる為、背中を擦りながら、抱きしめた。

「自分の名前、ちゃんと覚えてる?」

 少年はアリアの瞳を見つめ、尋ねた。

「…」

 自分の名前が思い出せない。アリアは不安そうな顔で唇をキュッと噛みしめた。

「…自分で名前を思い出せないと、元の身体には戻れないよ?」

「どうしよう…」

「大丈夫…ゆっくり息を吸ってごらん」

 アリアは言われた通りゆっくりと息を吸った。

「息を吐いて。」

「ハァ…」

「君を待ってる人達がいる。君は僕の宝物だけど、僕だけの宝物じゃないんだね。君を愛する人達がたくさんいる」

「にいに…」

「これを見てごらん」

 そう言ってアリアの首にかけられたネックレスをアリアの小さな手に持たせた。

「…これ…」

 深い群青色の美しい宝石とダイヤモンドの指輪、透き通るような澄み渡った色にアリアの脳裏にスタークの顔が浮かんだ。

「…スターク」

「ああ、そうだよ。君の愛する人はスタークだ。スタークは君をなんて呼んでいた?」

 群青色の瞳で優しく微笑み、心地良い低い声で自分の名を呼ぶ声を思い出した。

「…ア…リア、アリア!」

 アリアが自分の名を呼んだ瞬間、アリアの身体は大きくなり、十九歳のアリアの姿になった。

「…にいに…。お…お兄様なのね?!」

 アリアはそう言って自分の胸ほどの身長のフィルを抱きしめた。フィルは微笑み、アリアを見上げながら、その頬に手を当てる。

「ダリア…いや、アリア。よく頑張ったね」

「お兄様…ずっと…会いたかった!」

「うん。やっぱり、僕の思った通りだ。僕の宝物は月の女神みたいに美人になった」

 フィルはそう言って嬉しそうに微笑んだ。

「褒めすぎよ、お兄様」

「君の家族に会ったよ。皆、君を心から愛してくれている」

「ええ。皆…私の宝物よ」

「そうだね。さあ、早く戻ろう」

「どうやって?」

「僕が戻してあげる」

「お兄様も…一緒に来れるのよね?」

 アリアはふと不安に駆られ、しゃがみ、フィルの手を握った。

「…僕の役目は終わった。だから、僕の魂はまた生まれ変わる為に少し眠りに入るんだ」

「いやよ…一緒に…今度こそ一緒に」

 アリアの目から涙が溢れる。フィルはそれをそっと拭い、微笑った。

「大丈夫だよ、アリアには大事な宝物がたくさんあるだろう?」

「でも…」

「辛い事があっても…それを一緒に乗り越えてくれる大事な人達がたくさんいる。アリアを強く…そして幸せにしてくれる人達だ」

「…にいにが…にいにが助けてくれたからよ。あの時…私を守ってくれたから…」

「また…生まれ変わって会えるよ。…僕は宝物を見つけるのは得意なんだ」

 フィルはそう言って微笑った。懐かしい笑顔にアリアは胸が一杯になるなる。

「にいに…」

「だから…笑って。僕の宝物」

 アリアはポロポロと大粒の涙を流しながら、笑った。

「にいに…ありがとう、見つけてくれて。…また必ず会いましょう」

「うん、必ず。…愛してるよ、ダリア」

 フィルはそう言ってアリアの額に優しくキスをした。

 アリアの身体が光の粒になり、その空間から弾けるようになくなった。







 


 

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