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第12話 異世界返りの元勇者が元勇者に話を聞きに行くんだけど、なにか質問ある? ②

「ふざけたことをぬかしてんじゃねえぞ!」


 店内に響く怒声。


 その場にいた全員の視線が声の主へと向かう。

 くたびれた背広を着た50代ぐらいの男だ。

 いままで隅のテーブルで一人黙々と食事を取っていた客だった。


「魔法とかいう得体の知れねえ力を、他人に使っていいわけねえだろ!」


 男は立ち上がって、女神らのテーブルに近付いてきた。

 片手にタブレットを持っている。


「あんた、何様のつもりなんだ? 神にでもなったつもりか?」


 今にもつかみかからんばかりに絵里えりに言い募る男性に、さすがに剣一郎けんいちろうは立ち上がって割入る。


「ちょっと待ってください。彼女がいったい何をしたって言うんです?」

「化け物の力を使ったに決まってるだろ!」


 男は手に持っていた端末を、ドンとテーブルに置いた。


「見ろ!」


 画面を剣一郎の方へ向ける。

 

 タブレット上で動画が再生されていた。

 どこかの路上で撮影されたもののようだ。

 背後に『日の出食堂』と記された看板が見える。

 どうやら、この店のすぐ前の通りを映したものらしい。

 

 女の子が大声で泣いていた。

 彼女の手前の地面には、黒い猫が横たわっている。


『どうしたの?』


 画面外から声が聞こえてきた。

 カメラがそちらへ向けられる。

 絵里だ。

 彼女は、腰をかがめて、女の子の顔を覗き込んでいた。


『みーちゃんが……車に……引かれちゃった………』


 しゃっくりを上げながら、切れ切れに伝える少女。

 カメラが猫をフォーカスする。

 その時になって、女神は初めてその猫が死んでいることに気付いた。

 黒い毛並みをしているのでわかりにくいが、かなりの血が付着しているようだ。

 騒ぎを聞きつけて、周囲に人だかりができつつあった。


 ふいに低い声が流れ始めた。

 女神は、それがつい今しがた聞いた、絵里の呪文詠唱する声であると、気付く。


『リザレクション!』


 絵里の声が響き渡ると同時に、猫の体が淡いオレンジ色の光に包まれる。

 柔らかな光は、しばしの間、輝き続けた。


 ふいにぴくりと猫の足が動く。

 ついで、その頭が持ち上がり、パチパチと瞬きした。


『生き返った……』


 野次馬の中からそんな呟き声が聞こえてきた。


『首の骨、折れてたよな』

『マジかよ……』


 動揺を帯びたささやきがあちこちから上がる。

 カメラが群衆を映した。

 居並ぶ全員が――あの泣いていた女の子でさえも――未知の事態を前にして、明らかにひるんでいた。

 ただ猫だけが何事もなかったかのように、のんびり伸びをして、あくびを漏らしている。


「わかったか!」


 食堂に響き渡る大声に、剣一郎はタブレットから顔を上げた。

 中年男が絵里に指を突き付けながら、叫ぶ。


「こいつは悪魔だ! 異世界返りだか元勇者だかしらないが、この世界では絶対に使わせちゃならねえ力を持ってるんだ!」


 顔を真っ赤にして、声を大きくしてゆく男。

 絵里は顔をうつむけて、無言で体を固くしている。


「異世界へ帰れ! それができないならせめて――」


 男は、ダンッ、と拳をテーブルに叩きつけた。


「俺の住むこの日本から出て行け!」

「出て行くのは、あなたの方ですよ」


 剣一郎が静かな声で告げた。

 彼は、音もなく椅子から立ち上がると、男を正面から見据える。


「な、なんだおまえは」


 ただならぬ気配を感じ取ったのか、さすがの男も上ずった声を漏らす。


「俺ですか? ただの元勇者ですが」

「なにぃ……!」


 剣一郎の言葉に目を剥く中年。


「とにかく出て行ってください。お店にも他のお客さんにも迷惑になっていますから」


 落ち着いた、しかし有無を言わせぬ凄みを含ませた口調で、店の入り口を示す剣一郎。


「………っ!」


 男は彼の醸し出すプレッシャーに押されるように、店の入口へと後退りしていく。


「このままで済むと思うな!」


 そんな捨て台詞とともに、荒々しく引き戸を開け、出ていった。


「うちの娘を悪魔呼ばわりしやがって! 塩をまいておけ!」


 中年男の姿が消えると、店主が女房に吐き捨てるように言った。


「ありがとう」


 そう告げる絵里に、剣一郎は気づかわしげな眼差しを向ける。


「北条さん………」


 首を振って制する絵里。


「大丈夫です。実はこういうことって、ちょくちょくありますから」

「え?」


 そんな声を上げる剣一郎に、絵里はかすかに寂しげな笑みを返す。


「それより、今の人、これを忘れていってしまったみたいですね」


 彼女は卓上のタブレットをしめす。

 画面上では、まだ動画が再生され続けていた。


 ――おや?


 女神は微かに眉を寄せる。

 モニター上に見知った人物が映し出されていたからだ。


 ショートボブ。

 細身のいかにもスポーツができそうな肢体。


 北野京子きたのきょうこだ。

 先程は映っていなかったが、群衆の中にいたらしい。

 

 彼女は件の生き返った猫を抱き上げていた。


『お~、よしよし。元気元気~』


 そんなことを言いつつ、猫がちょっと嫌がるぐらい、全力で頬擦ほおずりしている。

 毛先がまだ血で汚れているのか、京子の顔も絵具でいたように赤く汚れてしまっていたが、気にした風もなく満面の笑みを浮かべていた。


『……みーちゃん』


 飼い主の女の子がおずおずと彼女に歩み寄る。

 京子は「はい」と言って、猫を彼女に差し出した。

 少女の腕に抱かれると、安心したのか猫は居眠りを始める。


『みーちゃん…………よかったぁぁぁぁぁ!』


 声を上げて泣き始める少女。


『はいはーい、一見落着でーす。みなさまお疲れさまでした~』


 京子は、居並ぶ大衆の方を振り返り、手をパンパン叩いて告げた。

 彼女のあっけらかんとした口調に、場にようやくゆるんだ空気が流れる。

 野次馬たちは三々五々に散っていった。


『絵里もおつかれさーん』


 京子は画面外の絵里が立っていると思しき、場所に向かって言った。


 動画が止まる。

 どうやら撮影していたのは、そこまでらしい。


「この子って、あの子ですわよね?」


 女神は傍らの剣一郎に尋ねる。


「ですね」

「なぜ、ここに出てきたのでしょうか?」


 二人のやり取りに、絵里が口を開く。


「それは、彼女が私の――」


 その時、入口の引き戸が勢いよく開いた。

 先程の中年がまた戻ってきたのかと、女神含め店内の全員が強張った顔を見せる。

 だが、そこに立っていたのは、若い女性だった。


「おーす。絵里いるー? 幼馴染みが遊びにきてやったぞ~」


 笑顔でそう告げたのは、他ならぬ京子だった。


「ってあれ? なんでケンイチロー君がここにいるの? ウケるwwwww」


**************************************


 男は人気のない路地を急ぎ足で歩いていた。

 

 ――まったくふざけた奴らだ


 昼間の食堂での出来事を思い出し、はらわたの煮えくり返るような気持ちに見舞われる。

 

 魔法とかいう得体の知れない力で、死んだ存在を生き返らせたり、怪我を治したりするなんて、とんでもない。

 自然の摂理に反している。

 自分はそれを冷静にしてきしただけなのに、逆ギレしやがって。

 だが――


 男は手にしたスマホに目を落とし、にやりとほくそ笑む。

 

 それももうすぐ終わりだ。

 あの女が人間に魔法を使用している動画は、すでに集めてある。

 そのために足繁くあの食堂に通っていたのだ。

 この盗撮動画を()()に送れば、抗議活動に役立ててもらえるだろう。

 そうすれば――


「ずいぶん急いでいるみたいだね」


 ふいに前方から声が響いてきた。

 ハッと顔を上げると、誰かが彼の行く手を遮るように立ち尽くしているのが見えた。

 逆光になっているため顔は確認できないが、若い男のようだ。


「……恐喝きょうかつかなにかなら、相手を選んだ方がいいぞ」


 男は努めて冷静な口調で告げる。

 

 シルエットがひょいと肩をすくめるジェスチャーをした。


「相手を選んでお待ちしていたんですよ。『異世界返り撲滅ぼくめつ運動の会』の渡辺道夫わたなべみちおさん」


 男は凍り付いたように動きを止めた。


「……なぜわしのことを知っている? おまえは何者だ?」

「ただの異世界返りですよ。あなたの大嫌いな、ね」

「なんだと………」


 しばし、無言で対峙する二人。

 やがて、シルエットが妙にゆったりした口調で尋ねかけた。


「なぜあなたはそこまで異世界返りを嫌うんです? その原因はなんですか?」


 けして答えるまいと思ったが、男の意に反して彼の口が言葉を紡ぎ始める。


「息子が殺されたからだ。元勇者の放った魔法で倒壊したビルの下敷きになって……」

「なるほどね」

「『力を活用する場がなくて、ストレスが溜まっていた』というのが、その勇者の犯行動機だ。こんな危険な存在をわしは絶対認めない」

「こっちへ来い」


 シルエットがそう呼びかけると、男の足は独りでに前へ進み始めた。

 相手の声に含まれる催眠魔法に、いつのまにか捕らわれていたのだが、もはや男に自分の行動を疑うほどの意志は残っていなかった。


「大丈夫さ。ボクがすべて解決するから。だから、ボクにすべてをゆだねるんだ。いいね……?」


 生気のない目で頷く男。


 シルエットがゆっくり腕を伸ばし、男に触れた……

 最後までお読みくださり、ありがとうございます!


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