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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
300/334

凍えた数字。成果無し

 “大暴走スタンピード”による戦死者数。


 リンカル領においては領兵43名。

 これは後に襲いかかってきた竜種ドラゴンによってもたらした被害がほとんどである。

 第一波については、僅かに7名だけという、とんでもない少なさを記録していた。


 そして、命を落とした冒険者の数は53名。

 行方不明者が72名。

 これは明らかに自業自得の結果である。


 そしてこれもまた竜種ドラゴン襲来によって、色気を出してしまったことが原因なのだろう。

 さらには竜種ドラゴンを“追い払って”後、意気揚々と“大密林”に乗り出して、そこから帰ってこない者達も含まれる。


 この死者数を計上して良いものかどうかは判断が難しい所であったが、リンカル侯の世嗣ゴードンは、計上するように指示を出した。

 それに併せて。冒険者ギルドへの見舞金を出す。


 二頭の竜種ドラゴンの身体がリンカル領にもたらした富は、侯爵家だけで独占してしまうと、いらぬやっかみを受けそうなほど隔絶していたのであるから。


 ――一方、メオイネ領で行われた迎撃作戦。


 近衛騎士からは死亡者は13名。

 これは言うまでも無く圧倒的に少ない。


 また騎士団団長ルシャートをはじめとして、幹部には誰も被害者はいなかった。

 従騎士は、元より参戦していない。


 これはルシャートが騎兵である事にこだわった結果だ。

 従騎士達は基本的に輜重隊での運搬、警護に回され同時にメオイネ領の民達への慰撫を兼ねての見回りにも出向いていた。

 牛の徴収にはこういった活動が下支えをしていた事は間違いないだろう。


 その後、領兵、さらには近衛騎士までもが牛追いに回された。生き残った牛を集めることは、当然必要な事で、幸いなことに半数ほど生き残ってくれたらしい。


 牛の一頭が、どれほど農家にとっての大事な財産なのかは言うまでもない事だが“大暴走スタンピード”相手に出し渋っていては、それこそ全てを失うことになってしまう。

 さらに他領からの牛を移動させることについては、王家の名で約束してある。


 ……それが王家による陰謀の一端であったとしても、やはりそれを拒否することは難しい。


 その牛追いに力を注ぎ、その後も“大暴走スタンピード”からはぐれたモンスターの討伐に追われることになる領兵の被害は、死者213名。

 これは練度不足が露呈した結果だ。


 “巻き狩り”に参加した領兵の被害が大きい。

 それに加えて、その“巻き狩り”から漏れたモンスターを始末するのに、領兵達はもっとも被害を受けた。

 被害率に関しては、最悪と言っても良いだろう。


 しかし、あの戦闘に参加しなくては「領兵」の存在意義が消失してしまう。

 ルシャートはそれがわかっているから、いちいち参加の意思を確認しなかった。

 あるいは、そう尋ねることで領兵かれらを追い込むことを避けた一面もあるのだが、だからとしてもやはり“戦いに参加しない”という選択肢は選べなかったのである。


 これからメオイネ領に秩序を組み立て直すには、明らかに数は不足している。

 この部分でも近衛騎士の手を借りることになるだろう。

 

 ――そして王都の冒険者ギルドから派遣された冒険者達。


 メオイネ領の冒険者ギルドに所属している冒険者達は、おおよそ役に立たない力量であったので、この際数に入れなくても大丈夫であろう。

 つまり死者として計上される、23名の中には含まれない。


 リンカル領に比べれば、死者の数が少ないのは近衛騎士の指示にしっかりと従った結果であろう。

 その反面、追撃戦において117名の行方不明者を発生させてしまっている。


 その追撃戦の序盤では慎重に行動していたのだが、いつまで経っても竜種ドラゴンが現れない上に、やがて竜種ドラゴンの脅威が去ったとの報せも入ってからは、その慎重さも無くしてしまった。


 ……何やら、さっぱり要領を得ない説明がくっついているのだが、それが冒険者達を煽る要因になったのかも知れない。


 とにかく冒険者達は、メオイネ領から“大密林”という未踏ルートを辿っての追撃ルートを進み――生還者がごく少数、ということになってしまったのである。

 やはりこちらも自業自得としか言い様が無い。


 こうして死者だけを数えるなら、存外少ない様に考えてしまうかも知れないが、これは神官による神聖術が行き渡り、負傷者の全てが癒やされた後に集計された数字である。

 この後に、戦力として復帰でき無い者を考えると、やはり死者数を単純に合計するだけでは実情を把握することは無理がある。


 無理があるがしかし、これもまた1つのケジメなのであろう。

 “大暴走スタンピード”による死者は合計で325名。

 行方不明者は189名。


 その内、領兵の戦死者については“管轄”が違う。

 またリンカル領の冒険者ギルドに所属している冒険者もそれは同じこと。

 さらに王都の冒険者ギルドに所属している冒険者についても、行方不明者は死亡とは数えないことが慣例となっている。

 往生際が悪い、とも言えるが人情的には妥当な選択だろう。


 となれば、王都に持ち帰るべき数字は――


 ――戦死者36名。


 となる。


 記録や歴史の中では、確実に“異常な少なさ”ということになるだろうが、今、その死を受け止めるべき者達にとって、その少なさがいかほどの救いになるのかどうか。

 だがそれでも、やはりケジメは必要なのである。


                   □


 王都への凱旋――


 英雄志願者にとっては、欠くことのできないイベントであったがルシャートは特に誇るような真似はしなかった。

 戦死者を悼んでのことだろう。


 しかし、それではいつまでも王都の民が安心できないこともよくわかっている。

 王都へ還る前に、一端大休憩を取り、鎧や出で立ちなども改めさせた。


 王都からも、職人を呼び寄せてしっかり装備を直させ、あるいは新調を認める。

 それに伴い、部下達への締め付けを緩めた。

 当然乱暴狼藉が認められるというわけでは無く、感情のままにはしゃぐことを認めたのである。


 それに呼応したのが王宮だ。

 しっかりと凱旋式パレードの準備を整えて、近衛騎士団、それに協力した冒険者達を出迎えた。

 それは厳しさを増す気候を押し返すように、王都の民達を熱狂させ、それと同時に王宮から恩赦の報せも発せられる。

 しかし、その中心に座るべきマドーラは姿を見せなかった。


 ただ謁見の間において、ルシャートに親しく声を掛け、その労を激賞した。

 そして居並ぶ群臣の前で跪いたルシャートは預かっていた兵権をマドーラへと返す。

 その象徴たる大剣を両手で高く捧げて。

 

 ――などということが行われたと、王都にはその夜に伝わっていた。


 もちろん、そんな話が伝わっている間も王都ではお祭り騒ぎだ。

 王宮はマドーラの命令通り、不名誉とも思える戦死者数までも正確に発表していた。

 もちろん近衛騎士の遺族には手厚い恩賞がすでに下賜されている。


 そういった不利な情報を出したことによってかえって信頼性が増した王宮の発表。

 また王宮とは別の情報網を持つ者達の証言。


 その全てが“大暴走スタンピード”は終わった――


 そう結論づけていた。


 そして民達は、それを何度も何度も確認して互いに喜び合い、笑顔を見せ合い、酒を酌み交わす。

 公会堂では夜を徹し祝宴が開催され。それは王都中の店でも同じ事だ。

 浴場も10日間の無料運営が発表されている。


 さらには「サマートライアングル」が久しぶりに全員揃っての公演も追加で発表されることとなった。

 ベガはメオイネ領へ向かう近衛騎士達の慰安に。

 デネヴは、神官としての役目を果たし、アルタイルは1人王都の民達に、その底抜けの明るさを分け与えていたのだ。

 その3人が久しぶりにそろうということで、この報に再び民達は熱狂した。

 そしてこう予感した。


 ――「サマートライアングル」を見たとき、日常に復帰できる。


 と。


                   □


 その王宮の最奥。

 次期国王マドーラの部屋だ。

 時刻は午後9時。


 マドーラが律儀にムラタの言いつけを守っているのならば、就寝の時間である。

 果たして、そんな時間にムラタはその部屋に姿を現した。

 学ラン姿はやめて、いつもの冒険者風の出で立ちで。


「……ああ~、死ぬかと思った」


 と、反応に困るような台詞を呟きながら。


「それは冗談ですか?」


 まるでムラタが、そんな事を言いながら帰ってくるのをわかっていたように、ジャージ姿のマドーラが応じる。

 キッチン前のテーブル席で、何やらカップを両手で包み込みながら。


「……キルシュさんは?」

「なんとか粘っています」

「それは……それでは礼をしておかねばならないな。ありがとう」

「はい」


 マドーラは淡々と答えた。


「この時刻になったのは偶然なんだがな」

「それは、そうなんでしょうね。私もここから話を聞くのは……」

「キルシュさんが怖いな」

「はい」


 ムラタの問い掛けに、再びマドーラが淡々と応じた。

 そのマドーラを見ながら、ムラタが懐からタバコを取り出した。

 今から吸う、ということでは無くマドーラを寝室に追いやるための合図代わりに。


「……どうですか?」


 立ち上がりながら、マドーラが尋ねるとムラタが肩をすくめた。


「ダメだ。やはりそれなりの“場”は必要だな。次の策は考えてはいるが、多分これもダメだろう」

「では本命は……」

「春になるだろうな」


 ムラタの言葉にマドーラは黙って頷いた。

 とりあえず、それだけ確認出来れば十分だと言わんばかりに。


 そしてその瞬間、キルシュが姿を現した。


「さあ、殿下。ムラタさんの言いつけを――ムラタさん!? お帰りになったんですね。ご無事そうで何よりです。しばらくお姿を見なかったものですから……あ、ちゃんと調べましたし、随分これで料理するのにも慣れました」


 そのキルシュの言葉にムラタは苦笑を浮かべる。

 

 ――果たしてこれを元に戻ったと言うべきなのかは、誰にもわからない。

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