疾風のように現れない
“大暴走”は消失した。
次期国王によって下された命令のままに。
となると次に行うべきは――後始末だ。
ルシャートは、異形の四脚獣を倒して後、勝ちどきを上げると、すぐさま全部隊の掌握に努めた。
当たり前に“大暴走”からはぐれたモンスターの掃討戦への再編。
怪我人、戦死者の把握。後送すべき戦力の分割。
民衆への慰撫。
むしろ、ただ戦っていた時の方が仕事としては単純であったのかも知れない。
ルシャート達は“大暴走”を待ち受けるために陣を構築した地点へと舞い戻った。
理由としては単純に、手間を省くため。
何しろ、これから手間はますます増えてくるのだから。
簡単に済ませることが出来るなら、徹底的に利用すべきであり、つまりは焼け焦げの残った地面の上に再び天幕が広げられることとなったわけである。
そして、あの日と同じように部下は全員出払って残っているのは団長と副団長だけになった。
今、部下達が出回っているのは戦死した冒険者、そして領兵への見舞いだ。
儀礼的にならないように、その勳を讃え、最後に見舞金を渡す手続きを行う。
近衛騎士の中にも当然のことながら戦死者はいるが、上位者であるからにはそれを優先させてはいけない。
まずは下位の者を慰める。
それによって秩序は構築されるだから。
そして、そんな近衛騎士に従軍司祭は同行している。
適任というべきだろう。
むしろこれから先の方が、司祭や神官職の仕事の本番であるかも知れない。
「……追撃はよろしいので?」
そんな状況の中、タイミングを見計らったようにハミルトンがルシャートに語りかける。
「必要無い、と自信を見せたいところだが」
「部下達の前では確かに……モンスターどもの被害の拡大は行いたいところですしね」
わざわざハミルトンが言うまでも無く、それは当たり前の兵理。
しかし、ルシャートはそれを躊躇った。
――それもまた兵理によって。
「竜種の姿が見えない事をどう思う」
ルシャートがハミルトンに尋ねた。
まさに、それこそが問題だった。
“大暴走”には竜種も加わっているはずだからだ。
過去の記録においても、幾たび竜種の脅威が記録されている。
そこから考えるとルシャート達が消失させた“大暴走”は、随分と――規模が小さい。
そう判断するしか無いのである。
モンスター達に兵力の逐次投入を嫌う兵理がない事は判明している。
であれば、これから先、改めて竜種が襲いかかってくる可能性は高い。
実際、ルシャート達も警戒を怠らなかった。
斥候は、絶えること無く送り出している。
しかし竜種は確認出来ない。
であるならば、モンスターの群れを追い追撃を食らわせることも必要な事に思えた。
“大密林”の奥に閉じ込めるために。
メオイネ領に長駆して、いらぬちょっかいを掛けようものならどれほど高い代償を払うことになるのか。
それをモンスターどもに、教え込まなくてはならない。
メオイネ領に安寧を取り戻すためには、これもまた必須であるのだから。
それに即物的な欲求を満たす必要もある。
モンスターから、それを取り返さなくてはならない。
金品に代わるような、部位を剥ぎ取ることによって。
さらには、復讐心を満たす必要もあるだろう。
こういった要望は、すでに冒険者達の間から出ているのだ。
だが、未だにルシャートからは最終的な判断が下されてはいなかったのである。
夜半にまで及んだ戦闘。
当たり前にそこから一睡もせず、現在太陽は空高くまで昇っていた。
ここからまずは身体を休めよ、と命令しても最終的には――
「追撃部隊の指揮は私が行いますよ」
ハミルトンが、何処か諦めたように宣言した。
「……行って貰えるか?」
「他に選択肢が無いようですからね」
ルシャートの言葉にハミルトンは肩をすくめた。
「団長は、もう動けないでしょう。ここから先は農家への牛の保証の手続きもありますし、王宮の代表者がいなくては、滞るばかりです。最悪――」
「小競り合いになるか。だとすれば近衛騎士もさほど回すわけにはいかないな」
「私に付き合った30名ほどで良いですよ。というか、30名で十分です」
そんなハミルトンの申請に、ルシャートは即座に頷きを返した。
それだけの人数に絞ったのは、竜種を発見するようなことがあれば、即座に逃げ出すと宣言しているのと同じだからだ。
そしてルシャートは躊躇いなく、それを認めた。
納得を得るために追撃を行う。
騎士団の幹部が、阿吽の呼吸で認識を揃えたわけである。
「……ああしかし、彼女たちには同行して貰いたいです」
「それもまた“仕方ない”要望だな。どちらにしろ冒険者は連れて行かねばならないんだ。だとすれば、彼女たちは適任だろう」
「……彼女たちを失うとムラタがうるさそうですが」
追撃戦の目的には復讐心を満たす、という理由もある。
であれば、冒険者がハミルトンの麾下に加わるのもまた必然であるのだ。
その調整役として、メイルたち「スノースピリッツ」を同行させるのも、必然と言えば必然だ。
だがハミルトン、引いてはルシャートの視点から冒険者を見てみれば、それは逃げ出す時の捨て駒でもあるのだ。
そしてそれは、メイルたちも同様なのである。
そのように扱う事になるが構わないか?
と、ハミルトンは改めて確認したわけだ。
ルシャートの言質を欲しがるように。
あるいはそれはリンカル侯の縁のある自分の身をどのように扱うつもりなのか?
という問いかけであったのかも知れない。
軍事的な議論の場であったのに、どうしても政治的な要素が含まれてしまう。
それは国のシステムに巣くう、構造的な欠陥が露呈したのか。
あるいは構造的な欠陥があるのは人間であるのか。
そんな複雑な要素を含むハミルトンの問い掛けに、ルシャートとしても言葉の選択に迷うところのはずだったが――
「そのムラタ殿だ」
不意にルシャートの声に、感情が滲んだ。
「あの人はどこにいるんだろう?」
「団長もご存じでは無いのですか?」
ハミルトンも意外そうに声を上げた。
「私が聞いているのは『俺は予備兵力ということで』という言葉だけだ」
「予備兵力……」
「そしてムラタ殿が理想とする予備兵力の在り方とは、最後まで使わない、だ」
そのルシャートの言葉を聞いて、ハミルトンの脳裏に映像が浮かんだ。
城の奥に引っ込んで、のほほんと寝転がっているムラタの姿だ。
前ギンガレー伯の失脚を画策して以降、ムラタの活動は確実に減少している。
相変わらず、何事か画策しているようではあるが、まるで人目を憚るように――いや確実に人目を憚って、人前に出ることが少なくなっていた。
まるで自らの痕跡を消していくかのように。
「つまり団長は、ムラタは王宮にいる、と?」
「しかしそれでは……」
「そうですね。あの男が、そんな泰然自若と構えていられるわけがない。あちらこちらとフラフラして、文句を並べているのが自然なように思えます」
先ほど脳裏に浮かんだ、寝転がっているムラタの姿に訂正を加えるハミルトン。
平時であればそうかもしれないが、今は“大暴走”が襲いかかって来ていたのである。
その条件を加味して考えると……
「……案外、近くにいる?」
「私もそう考えた」
独り言に近いハミルトンの言葉に対し、即座にルシャートが応じた。
何しろ“大暴走”をメオイネ領へ向かわせるという戦略を発案したのはムラタなのであるから、今この場所こそが最前線。
となれば例え予備兵力と宣言しても、ルシャートに同行すると思われたのだが――
「だが結局、どこまでいってもムラタ殿はムラタ殿だったようだ」
「何を考えているのかわからない、ですね」
そして二人揃って、ため息をついた。
ルシャートはそのまま続ける。
「しかし竜種の位置が掴めないという事態に対しては、流石に出てくると思ったんだが」
「もしかしたら……」
そんなルシャートの言葉で、ハミルトンの脳裏に別の可能性が浮かんだ。
そしてそれもルシャートの手の内であったらしい。
「ムラタ殿が、竜種に備えている可能性はどうだ?」
「それもお考えでしたが。案外正解なのでは?」
「しかし、その場合移動はどうなる?」
「あ……」
ここまでの付き合いで、ムラタに特別な移動手段がない事はわかっている。
となれば竜種に備えるとしても、騎兵の協力は不可欠なはずだ。
つまり今の状況と、ムラタが竜種に備えているという考え方は矛盾しているというわけだ。
「やはり見当がつきませんね」
「まったく」
そんな風に、2人が「諦める」という不毛な共通認識を得た時――
天幕に近衛騎士が転がり込んできた。
通信用の魔導具を管理運用する役目を任されおり、何かしらの緊急通信が入ってきたらしい。
「落ち着きなさい。情報は正確に」
「は! はは! しかし……」
ゴクリとその近衛騎士の喉が鳴った。
「しゅ! 出現しました! 竜種が! リンカル領に! ディベータに!」
□
見渡す限り5頭以上。
その中に、金色の鱗を持つ一際巨大な竜がいた。
そんな光景を――城壁の上でゴードンは絶望と共に見つめていた。




