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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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スティング!

 一撃離脱。


 あるいはその戦術こそが採用すべき戦術ではなかったか?


 そんな疑問を抱いてしまうのも無理は無い。

 モンスターの群れに、あの様な中核を担う個体が存在するのであれば、それを倒して戦闘集団としての機能を喪失させる。

 しかる後、分裂した集団を処理してゆく。


 ちょうど今、領兵と冒険者達が対応しているように。

 それこそが最適の戦術ではなかったか?

 

 だがそれでは“大暴走スタンピード”と良くて相討ちになってしまう。

 そしてそれは人類にとっては敗北を意味するのだ。


 人類側の武力が低下してしまうと、それは通商の破壊に繋がる。

 その先に待っているのは緩慢な死だ。


 ましてや、そのような予測においても「都合良く強力な個体を倒すことが出来る」という希望的観測が含まれているのである。


 では、そもそも“大暴走スタンピード”に対応することは無謀であったのか?

 “大暴走スタンピード”に強力な個体が含まれていることは、過去の記録からも十分に予測できたことは間違いない。


 であればリンカル領を犠牲にして王国全土の安寧を確保する。

 そしてリンカル領に復興の手助けを行い、またリンカル領も“大密林”がもたらす恵みを大いに利用して、再び立ち上がる。


 ……そんな今までのやり方こそが唯一の正解では無かったのか?


 そんな疑念に囚われれば、即座に士気は崩壊する。

 だからこそ指揮官ルシャートは確信を持って、部下達を導かねばならない。


 それが信仰に近い感情であったとしても、それを甘んじて受けねばならないだろう。

 

 だがこれほどの危機にあたっては、ただ言葉だけでは士気を奮い立たせるのも難しい。

 となれば、その言葉に説得力が必要になる。


 つまりは勝利への道筋を示す。

 そしてその方法を具体的に説明する。


 ルシャートに抜かりは無かった。

 まるで見てきたかのようにこの事態を予想していた。

 強力な個体の出現。それが“大暴走スタンピード”の中心に存在するであろうことも。


 だからこそこの事態は、近衛騎士にとって、冒険者達にとって、領兵にとって、決して“未知”では無かったのだ。

 

 そして未知では無い以上、そのための対応も講じられている。

 その用意周到さこそはまさに、人類が人類である事の証明だろう。


 だからこそ彼らは、心折ること無く“巻き狩り”を続ける事が出来る。

 モンスターの群れの周囲を、領兵によって構成される騎兵も含めて、回り続ける。


 彼らはモンスターを削ること以上に、中核であろうモンスターを確認する事を優先させていた。

 赤銅色の肌の巨人と同じような個体――


 そういった存在を探すために「灯り(ライト)」によって、四方から照らされるモンスターの群れ。


 そして、その中心部で、ついに彼らは確認する。

 巨大な四脚獣の姿を。頭部と思しき箇所は恐らく三つ。身体を覆う体毛の強度は恐らく生半可な攻撃は通用しないであろう。


 脅威であることを感じさせるのはそれだけでは無い。

 その巨躯のあちらこちらか、生物とも断言出来ない何者かが“はみ出して”いる。


 毒をそのまま形にしたような、おどろおどろしい――傷痕。


 そう表現するしか無いのであろう。

 しかしその傷痕からは、さらに拡張を目論んでのことか、鋭い牙や爪が湧きだしている。

 傷を癒やす方向では無く、さらに傷を広げるという、真逆の方向の在り方。


 

 あまりにも異形。

 そして、あまりにも醜悪。

 今まで、こういった怪物モンスターを人類は見たことが無かった。

 

 さらに、それほどの異形であっても四つ足であるからにはムラタの提案した戦い方は、それほど有効に働かないことも予測できる。何しろ、あの戦い方の骨子は基本的に「とにかく転がせ」なのであるから。


 そしてその足下には、配下とも言うべきモンスターがたむろっている。


 このバケモノを、如何にして倒すべきか?


 そんな風に思考硬直に陥りそうな状況ではあったが、そのための備えはしっかりと成されていた。


 もっとも事ここに至るまでに様々な問題はあった。

 そしてそれは、今でも同じだ。

 ルシャートの判断。

 それ自体が多分に賭けの要素が強いものであるのだから。


 だがルシャートは決意した。

 このバケモノこそが“大暴走スタンピード”の中心であると。


 そしてルシャートは自ら魔法を放つ。


 万感の思いを込めた「灯り(ライト)」を。

 戦場の夜空に、全てを圧する白い光を。


 そして「策」が牙を剥く――


                      □


「まったく、とことんまで私の技能スキルを便利扱いしてくれる……」


 そう独りごちたハミルトンの表情に、皮肉めいた笑みが浮かんだ。


「サー・ハミルトン。堪えていただかねば、いくさに負けます」


 そう言わずもがなの忠告を行ったのはクラリッサだ。

 普段よりさらに装備を固めた出で立ちで、暗闇の中ではただ黒光りする鉄塊が佇んでいるだけのようにも見える。

 その声も随分籠もっていた。


 しかしその武装を以て、ハミルトンを護るために彼女は同行しているのだ。

 技能スキルを使用するために、迂闊に動けなくなるハミルトン。

 やはり、そのための備えは手配されている。

 そして、クラリッサが同行している理由はこれだけでは無い。


 「精神回復メンタル・ヒール


 技能スキルを使用するハミルトンを援護する役目として、クラリッサほど適した者はいなかったのである。


 そして今、ケナレスの丘と呼ばれる岩山の上で――


 ハミルトンとクラリッサ。

 そしてハミルトンが率いている、30名の近衛騎士達が眼下の光景を見下ろす。

 

 その光景とは尾に結わえられた松明を振り回し、恐慌状態のままの牛の群れ。

 このままではケナレスの丘に衝突するだろう。


 だがそこに、ハミルトン達は先回りしているのである。

 当然そのための準備はしている。


 そして――


 一際輝く白色の「灯り(ライト)」が闇を切り裂いた。


 それは同時に、ハミルトンへの合図でもある。


「よし、あの方向だな。灯り(ライト)を!」


 ハミルトンは指示を出す。

 それと同時に、ハミルトンの影が長く伸びる。

 その数は30の近い。


 普通であれば、無茶な数だが今は側にクラリッサがいる。

 「精神回復メンタル・ヒール」を同時に使うことで、ハミルトンは無茶を押し通した。


 30もの影の同時活用。

 そしてその全てをバラバラに動かしている。


 そこまでのことをして何が起こそうとしているのか?


 簡単な話だ。

 

 火。


 爆炎とも言うべき、火柱が暴走する牛の群れの前に屹立した。

 それは魔法によるものでは無い。

 度数の高いアルコールを駆使しての、瞬間的な爆発。


 だがそれで十分だった。

 火には、いかな生物でも本能的に恐れを抱く。


 だからこそ暴走状態である牛たちも嘶き声を上げながら、その火柱から逃げるように方向転換した。

 そしてその行動を後押しするかのようにケナレスの丘全体から炎が上がった。

 今度は爆炎では無い。

 普通に、野に火を放っただけだ。


 冬場と言うことで、枯れ草が勢いよく燃えるが、言ってしまえばただそれだけの事。

 しかし、その熱さは本物だ。

 そしてその熱さは、雄弁に牛たちに忠告する。


 ――これから先は通行止めだ。


 と。


 視覚と熱。

 この2つが段階的に成されたことで、人間の思惑のままに牛たちは方向を変えて突進する。

 その行き先には――あの異形の獣だ。


 つまり、こちらも二段階。

 “巻き狩り”によって、その全体像を把握して後、牛の群れを使っての一撃離脱。


 それこそが人類の計画の全貌。


 未だ、細かな調整は必要だろう。

 全力で技能スキルを使用したハミルトンが、身体をクラリッサに預ける形で部下に牛の群れを追わせる。

 ここから先は騎兵による、追い込みが必要になるからだ。

 ここまで温存してきた魔法を駆使して、さらには牛の群れの勢いに乗せるようにして強烈な魔法を放つ。


 ハミルトンが率いていたのは近衛騎士の最精鋭でもあるのだから。

 まさに乾坤一擲。


 この一撃で、勝ちを決する。


 その覚悟の一撃が今――


 “大暴走スタンピード”に。

 モンスターの群れに。

 そしてあの異形の四脚獣に――炸裂する。


                    □


 果たしてその一撃を以てしても、異形の四脚獣を倒すには至らなかった。

 だがそれが何ほどのことがあろうか。


 牛の群れは、まさにモンスターの群れを切り裂いたのだから。


 いや切り裂いたという表現は果たして、的確であったのか。

 “巻き狩り”によって、外側から削られていたモンスターの群れは、今まで「数」の力で周囲を圧倒していた報いを受けるように、牛の群れの数に圧倒されてしまったのである。


 もちろん、個々を比べるなら牛がモンスターに対抗できるはずが無い。

 何頭もの牛が、その命を散らした。


 そしてその命と引き返しにして、ほとんどのモンスターもまた命を散らしたのである。

 だからこそ異形の四脚獣の周りに蠢いていたモンスター達も、見事に掃除されてしまった。


 こうなれば、もう負ける方が難しい。


泥沼マッド・スワンプ


 冷徹な響きを伴ったアニカの詠唱が、血腥い草原にこだました。

 強敵相手には、あくまで魔法は状況を作る出すために使用する。


 愚直とも思える、その方針を守る姿勢が、今も四脚獣の右前足を泥沼に引きずり込んだ。

 これによって、その巨躯はバランスを崩し、身動きも取れないでいる。

 その状態の四脚獣に、今度はメイルが襲いかかった。


 一撃必殺を狙った者ではない。

 狙ったのは左の後ろ足。

 何処までも弱体化を狙う。


 まるで“巻き狩り”のように。


 その戦術に、ハミルトンと共に出番を待ち続けていた近衛騎士が、引き返してきて攻撃に加わった。

 星の光を剣に閃かせて、その剣に魔法の輝きを乗せて、突撃チャージする。


 JRGGGGGG!!!


 耳障りそのもの。

 聞いた瞬間に嘔吐してしまいそうになる不快な鳴き声がついに発せられた。


 しかしそれは悲鳴。

 あるいは断末魔であった。


 ズゥン……!


 と、その巨躯が沈むように崩れ落ちた。


「燃やせ!」


 ルシャートの号令が即座に発せられる。

 その首を獲って、ほまれにしようなどと言う色気は必要は無い。


 今はただ、勝利を確定する事が急務であり、そして、それが全てだ。


 近衛騎士と冒険者達が同時に、火の魔法を詠唱し――


 ――天を焦がさんばかりの炎が四脚獣の巨躯を包んだ。

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