方向性の違い
舞台上で、次期国王への報告が為され、そのままマドーラによって号令が発せられる。
その段取りの良さを訝しむものが存在したとしても、それについて声を上げる者はいなかった。
実のところ、例え段取りが良かったとしても、それによって迷惑を被る者がいないからである。
段取りの良さを訝しむ察しの良さで、そこに作為があったとしても、それを指摘することの無益さを察してしまうからである。
“大暴走”の動きについて、王宮が事前から察知していたとしても、それに対して十分対応している以上、文句の付けようが無いのだから。
そして、マドーラの命を受けて即座に騎士団団長までも進発した。
翌日に――
これもまた、異常な早さなのであるが確かに誰も損はしていない。
王都の治安維持のための警務局の職員はそのままであるし、近衛騎士全員全体が出ていったわけでもない。
これもまた、誰もが疑問を感じることを止めたかに思われたが、今度は実務的な意味で迷惑を被る組織が存在した。
――冒険者ギルドである。
この緊急事態に、ただ座視するだけでは、もう王都の民からの信頼も信用も地に堕ちる。
それはあまりにも明白であったから、騎士団の遠征に所属する冒険者を同行させることは自動的に決定されていたと言っても良い。
上位パーティーから順に、騎士団に同行するように命じた。
ギルド権限として。
騎士団も、その同行を受け入れた。
むしろ歓迎していたと言っても良い。
しかし当たり前の話だが、冒険者ギルド待ちで騎士団は行動を遅らせたりはしない。
そして冒険者ギルドも、遅らせてくれ、などと要求することは出来ない。
“大暴走”相手に、ちょっと待っていて、などとは言い出せるはずが無いのだから。
かと言って、冒険者達の行動を日頃から統制しているわけではないのだから、適切だとわかっていても動きようが無いのである。
結果として、ギルドからの要請を受けたパーティーが、先行する騎士団に必死になって追いすがる。
こんな状況が出来上がってしまった。
それもまたみっともないものではあったが、とにかく“大暴走”に対処したという形式は整った。
整った――のであるが……
□
「方向? うん、あたしが聞いたとおりの方向だよ。南東だって」
「だけど、リンカル領は王都の南だろ?」
こういった状況でメイルたち「スノースピリッツ」の3名は、実に重宝されていた。
なにしろマドーラの侍女を長らく務めていて――今も別に暇を出されたわけでは無いのだろうが――騎士団団長にも接触しやすい。
それでいて、しっかりと冒険者ギルドにも所属しているのである。
自然とメイルたちは、騎士団と冒険者達の間の橋渡し的な役割を受け持つ事になってしまっていた。
だから今も、冒険者から質問を受けている。
この行軍方向についてだ。
現在は王都を進発してから、3日目である。
もちろん、騎士団速度で考えてということになるが、それでも夜を徹して、などという無茶な行軍速度では無い。
そんな騎士団に追いつこうとして、出遅れた冒険者達遮二無二はついてきたわけであるが、当たり前に予想していた方向と違うことに気付き始めている。
今も、夕闇が迫り露営の設置を行っているところだ。
露営の合図についてもキチンと騎士団から通達があり、その辺りは、親切といえば確かにそうなのだが、行き先について何ら説明が行われないのはいかにも不親切だ。
不親切といえば、その行軍のための道の選択にも違和感を感じる。
方向の事は一端置くとして、それならそれで敷設された街道を進めば良いのに、騎士団は時折その街道を無視する。
それは遠回りかと思われたが、実のところそうやって街道を無視して行軍した方が負担が少ないのである。
単純に勾配の少なさという点で。
騎馬である以上、そこまで問題があるとは冒険者達は考えていなかった。
しかし、ここに輜重隊が加わるとなると話が違ってくる。
基本的には手持ちの食料だけで何とかなる、という適当さで旅を進める冒険者と違って、騎士団の行軍ともなれば、とてもそうは行かないのである。
そして今回、騎士団の準備は万端だ。
なにしろ冒険者が引っ張り出してきた騎馬に対しても、補給が行われるほどに余裕があるのだから。
だからこそ、である。
これだけ頼りになる騎士団であるのに、何故か方向だけが納得行かない。
そのために冒険者達は、逆に不安に駆られるわけである。
「ああ、最初からリンカル領には行かないって言ってたね」
「そう聞いたな」
メイルの言葉をクラリッサが裏付けするように、言葉を添えた。
今は3人がたき火を中心にして、夕餉の真っ最中だ。
しっかりとシチューなどを作って、舌鼓を打っているが、それなのに牛乳などがあるわけでは無い。
何かしらバターのようなものを、ごった煮にした煮物に放り込んだだけのように見えたが、しっかりと香り豊かなシチューが出来上がっている。
こうなると思い出されるのは、マドーラの“料理番”を宣言している“異邦人”だ。
王都の冒険者は、その存在を確認している。
どうやら王宮で無茶苦茶やっているという話だけは伝わってきてはいるのだが、具体的な部分は伝わってこない。
というか、確実に情報が隠されるようになっている。
関わりが深くならざるを得ない斥候職と組織。
だが、果たして組織がまず“料理番”の情報を隠し始めたのだ。
いや、隠すというよりは――いないものとして扱い始めた。
王都の、そして王国の変化に対応しているのは「王宮」であると。
当たり前といえば当たり前の話なのだが、普通ならここで功を成した「個人」の名前が出てくるはずなのだ。
それなのに、それが見えてこない。
マドーラの側にいる“異邦人”の名が「ムラタ」という名前と言うことはわかる。
しかしそれが、現在の状況にどれほど関与しているのかがわからない。
リンカル領に現れたわけでも無い。
――魔法具によって、連絡は交わされている。
かと言って、この進軍に同道しているわけでは無いようだ。
いや、そもそも“異邦人”であるからには冒険者ギルドに所属するものでは無いのか?
結局のところ、あまりにも情報が不足しすぎている。
となれば、これもやはり「スノースピリッツ」の3人に尋ねるしか無いわけだ。
そして、そのきっかけとしてはあからさまにおかしな、騎士団の進む“方向”からアプローチを掛けるしか無いのである。
「……それは、その最初からか?」
代表して訪ねるのは、最高位とまでは行かないけれど、十分に高位者であるパーティーのリーダーだ。
頑丈なブレストプレートを着込んだ、古強者の雰囲気漂う戦士職。
それだけに、いささかとうが立っているように見えるが、今の状況ではそれもまたプラスポイントに数えても良いのかも知れない。
そしてもちろん、メイルたちはそのリーダーの名を知らなかった。
3人は、登録した時以外に王都のギルドに顔を出していないのだから、当然の話ではあるが。
しかし「王都の冒険者」と一括りにして、対応することは可能だ。
あるいは「ムラタの被害者」で括ることも出来るが――果たしてその括り方は、メイルたちにとっては自縄自縛の可能性もある。
「そうだよ。えっと何だったっけ? リンカル領にいる人で……」
「……サー・ゴードン」
アニカがボソリと呟いた。
「そうそう。その人とは随分前に打ち合わせしてたみたい。とにかく“大暴走”については、その方向をそらすということで」
「そ、そらす、って……」
戸惑う相手に、メイルはいっそあっけらかんと告げた。
「これはね、マドーラ様をいじめた公爵が悪いんだよ」
「こ、公爵って、メオイネ公……閣下だよな? ここメオイネ領だし……」
王都から南東に進んで3日。
それが行軍速度となれば、十分にメオイネ領に入っているはずだ。
そこまでの認識は容易だったが、その先の話が理解出来ない――あるいは理解を拒否している。
だが、間近でムラタの言動に接し続けたメイルたちには、相手が大貴族であっても躊躇う理由が無い。
それには、マドーラと接していたことも大きいだろう。
次期王位を相手にしては、いかな貴族であろうと、その身分も意味を成さない。
だが、やはり大きいのはムラタだ。
「イチローがあれほど執念深いとは思わなかったよ。絶対に借りは返すって言ってたものなぁ。ギンガレー伯とか、恨みが無くてもあれだけ追い詰めたわけだし」
「……メイル。ちょっと言いすぎかも」
「イチローがそれを気にするかな? それにしっかり、被害を少なくするように考えてたし」
「そうなのか?」
そのメイルの言葉に、リーダーは救いを求めるように顔を上げた。
「うん。実際に戦うときの作戦もしっかり準備してたし、あたし達のやることもはっきりしてるし」
「……私は大変」
「それはわかるけど。アニカはあれでイチローに頼りにされてると思うよ。それに、飛び抜けて危険なわけでも無いし」
「それ、俺たちも協力させてくれ」
引き込まれたようにリーダーが手を上げた。
確かに、ここで手柄を立てるのも大事な事だ。
「私には“大暴走”をそらすのも立派な作戦の一環だと思うがな。こうすることで“大暴走”は確実に勢いを削ぐことが出来る。それにメオイネ領は農閑期で、退避も可能で被害も少ない。閣下への嫌がらせ云々はムラタ殿の照れ隠しなのではないか?」
そこにクラリッサから、ムラタ擁護の発言が飛び出した。
十分な説得力を持って。
何より、通常と違う方向に向かっていることにしっかり理由がある事が判明したのである。
そして準備がしっかり成されていることが、ここで好材料に転じる。
とにかく騎士団も頼りになると。
それだけを大事な事だと考えて、安心するには十分であったから。
それに、確かに公爵よりは次期国王の覚えめでたい方が冒険者達には有利に思えたのだ。
実際、メオイネ公がマドーラを蔑ろにしていたことも確かであるわけで、この面では義侠心も刺激されたわけである。
こうして騎士団は従順な戦力を手に入れることになった。
――陰謀がメオイネ領を侵食しても、それに気付かぬ程に従順な。




