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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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愚かになってゆく人々

 ――しかしながら巨大な()()を無条件で怖がるという人間の性分は理解できる。こちらの世界でも、無条件で巨大なものを有り難がっていた時代があった。


(どうやら、巨人が出現する物語がムラタさんの世界では流行したらしい。機械仕掛けの巨人? これが果たして“異邦人”が持っていると言われる翻訳スキルが正しく機能しているのかは確かめようが無い)


 そこまで読んで……と言うかまったく進んではいないのだが、また止まってしまった。

 ムラタとマリエル。

 確かに、いいコンビのようだが周囲はかなり煙たがっているのでは無いか?


 そんな事が窺える文面だ。


 だが、それでも――


「これって、注釈が無いと最初からわからなかったのでは?」

「そうだね。何故ここで物語への愚痴が始まったのか……」


 アメリアは渋面を浮かべ、ゴードンは笑みを浮かべている。

 2人はそこで顔を見合わせ、続きに取りかかることになった。


 さっさと済ませたい。

 続きを早く読みたい。


 動機としては真反対だったが、次に起こすべき行動としては同じになってしまったからだ。


 ――だがここに異能者が現れた。異能者は巨人を使ういくさを描こうとした。だがそこで問題が発生する。軍事的に描こうとすればするほど巨人は弱くなってしまう。


()()、との言葉がよく使用されたが、意味が繋がらない。こういった物語の最初という意味であるらしいが、厳密にいえば()()という言葉は使いたくないらしい。理由は不明)


 ――そこで異能者は巨人がいくさで有効に使えるための仕組みを考えた。つまり巨人を戦わせるために、世界の在り方を変えてしまったわけだ。この点では確かに、巨人の怖さを感じ取れる。


(完全に暴走している。しかしこれはこれで面白い)


 唯一まともな神経を持ち合わせているアメリアの表情がますます曇った。

 だが、主人ゴードンが興奮している。

 これではアメリアが逃げ出すわけにはいかない。


 そもそも2人で読むように、などという要望が異常なのだ。


 ――しかし異能者の仕事は、異彩を放っていたのにそれが当たり前になってしまった。


(この辺りの言葉はかつて殿下がお聞きになった“天才の()()()はやがて普遍的になる”という言葉と同じものだろうと思われる)


「……殿下? 殿下とはフイラシュ子爵夫人殿下でしょうか?」

「そうなるね。どうもこのマリエルという名の侍女は、あちらこちらでムラタの言葉を採取しているようだ。果たしてムラタは殿下に何を話しているのか……」


 ここで、2人の表情に変化がみられる。

 苦渋と微笑み。

 これが事象を平均化している様にも見えた。


 ――そうなると巨人の流行が終わりを迎えるときには、人間は愚かであるから巨人が如何にいくさに向かないのか? その厳然とした事実があるということを忘れてしまった。


(留意しなければならない金言というべきだろう。しかし、このような推測の物語の果てにこのような現象が起こるとは、使えそうな気がする)


「……使えそう?」


 自分で読み上げておいて、その意味を掴みかねるアメリア。

 これはゴードンも同じだ。


 “会誌”についての情報は当然伝わっているだろうが、それとマリエルの関係まではわからない。

 夫婦揃って首を傾げたところで、読み上げを続ける。


 ――そもそも巨人の流行が去った理由は、それらが難しいからと身も蓋もないものであった。つまりは物語に接するときにさらなる教養を欲求したわけである。だが、多くの人間はそれを拒絶した。巨人の物語は人間を深い思考へと導くのにうってつけの題材であるのに、教養を積むことを忌避するあまり、巨人の物語それ自体が、質の悪いものだと決めつけたわけだ。自分の下らない自尊心を護るためだけに巨人の物語を貶めたわけである。


(とにかくムラタさんの前では、巨人を蔑むことはやめておこう)


「……賢明だね。恐らくだけど、それを言ったが最後、あの男はとにかく全力を尽くすよ」


 ゴードンが、そう言いながらうんうんと頷く。

 だが、それでは――


「そもそも巨人の攻略のために送られた書類だったのでは?」


 アメリアがもっともな反論を繰り出すが、ゴードンは肩をすくめる。


「とにかくムラタが、検閲の上で送ってきたのだからある程度形にはなっているのだろう。表題タイトルがまさにそうだったんだからね。さて――」


 ――結果として、悪い貨幣は良い貨幣を無くしてしまうの例え通り、全体的なレベルが落ちてしまった。


(翻訳スキルの誤作動かと思われたが、そのままの意味だという。何故そうなるかは、自分で考えるようにと言われた。殿下にお願いしてみよう)


「うわぁ……」


 読み終えたアメリアが思わず声を上げた。


 マリエルが思った以上に、ムラタと気安い関係である事に感じ入ったのか。

 それとも、次期国王マドーラを便利使いしていることに驚いたのか。

 はたまた、このような注釈を添えるように命じたムラタの意地の悪さにおののいたのか。


 どの理由を選ぶとしても、そんな声が漏れてしまうは仕方の無いところだろう。


 これにはゴードンも言葉が無い。

 だが、書類はまだまだあった。


 ――そして後に随分と様相の違った巨人の物語が好評となった。だが、その時には巨人が如何にいくさに向かないのか? そういう教訓は廃れてしまっていた。異能者が何とか巨人がいくさで使えるように世界を変えてきたのであるが、その物語はその世界をまったく無視した上で、原初的な怖さのままに巨人を描いてしまった。つまり人間は短い時間の間に知恵を積み重ねた結果、愚かになってしまったわけだ。


(言葉も無い)


「まったくだね」

「………」


 ――が、とにかくこちらの世界に来て物語だけでは無く、実物の巨人に対抗しなければならなくなったわけだ。そして実物との戦いを行っているのだから、こちらの世界ではさぞかし立派な対抗策があるのだろうと予測していた。だが、こちらの世界でも巨人に対抗する手段は劣悪に過ぎる。


(すいません)


 このマリエルの注釈には、夫婦揃って寝台ベッドの上で小さくなっている。


 ――まず巨人と真っ正面からぶつかる必要は無いと言うことだ。地形を上手く使う事は言うまでも無いだろう。少し考えればわかる。例えば足下に岩などを転がす。小さな個体であれば岩自体を避けることも出来るだろう。だが、それを巨人が躱そうとすれば、当たり前に身体の小さな個体よりも大きくバランスを崩すことになる。そしてバランスを崩したところで魔法で風などぶつけてやれば、転ける。そして高い位置から頭部を打ち付けることになる。上手くすれば、これで絶命だ。


(私にはいくさがよくわからないが説得力があるように思える)


「ようやく具体的な話になったな」

「これは有効なんですか?」


 マリエルと同じように、戦闘の様子がわからないアメリアがゴードンに尋ねる。

 その質問を受けて、ゴードンはしばらく考え込んだ。


「……正直に言えば、これほど上手くは行かないだろうとは思う。だが、確かに正面からぶつかる必要はないように思うし……それに何より、大きいと言うことは確かに不利であることは見えてきたよ」


 そしてこの後、ムラタの説明は大きいと言うことは、どれほど的にしやすいか。

 またそれが戦闘集団の統率者であった場合の不利。


 これらが諄々(じゅんじゅん)と説明されていた。


 またそれらは、従来の戦闘の変化を促すものであり、つまりは直接ダメージを与えるために“魔法”を使うという考え方を過去に追いやるものであった。


 ――……となれば、即ち指揮官は目立ってはという規則がある事に気付くだろう。俺の世界の練度の高い兵ともなれば、絶対に周囲から誰が指揮官なのかわからないようにするし、同時にその指揮官が行動不能になった場合に次に誰が指揮を執るのかを事前に決めておく。つまりは強力な個体に指揮権を与えるのはただただ愚かであると言うことだ。しかもそれが巨人ともなれば、弱点を見せながら行軍しているのと変わりが無い。


(思うのは“異邦人”がすべからく、このような知識を持っているのか、という疑問である)


「このマリエルという侍女は……」


 ゴードンが感じ入ったように声を漏らした。

 アメリアもまた、難しい顔で黙り込んでいる。


 そしてそこからは、巨人に対してどのように対抗するべきか? がより具体的に記されていた。

 その中にあったのが、巨人の身体に筒状の矢を打ち込むやり方である。

 他にも、えげつない手段、武器がいくつも挙げられていた。


 この辺りになると、マリエルの注釈が添えられていない。

 どうやら、この辺りでマリエルが脳内でも絶句してしまったらしい。


 ただコンセプトとしては、


・巨人は的

・細かい作業が出来ない

・重心が高い

・弱点も大きい


 辺りが中心に据えられている。

 それを理解すると、確かに巨人を怖がっていたことが馬鹿らしく思えてきた。


 ――以上である。この手紙をどのように使ってもいい。むしろ書面にして実行部隊に配るのもありだろう。そこで「白黒バイナリィ」を使うときに必要なものを一緒に送る。流石に実物は無いのではないかと思うが、複数あっても困るものでは無いだろう。似合わないながらも健闘を祈る。


(思った以上にムラタさんとサー・ゴードンとの関係性は深い。サー・ゴードンに協力を依頼する事も検討しよう)


「……なかなか台無しで終わったが」


 ゴードンが、引きつった笑みを浮かべ声を絞り出した。


 もはやアメリアは言葉も無い。

 最後の注釈が無ければ、マリエルは被害者と考えていたが、ムラタと同種の生物のようだ。


 何しろ検閲を受けるのをわかっていて、それで尚、こういった作為を故意に見せびらかしているのである。


 結果、王都の人間の方がよほど恐ろしいという判断になり、ゴードンの指導は巨人を呑み込んだ態度で行われた。


 ――それが良き結果に繋がったのが、なんともやるせない話である。 

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