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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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命は下された

 次期国王まで招いて行われている式典を中断する。


 愚鈍な王であれば、そのまま誅される可能性まで考えられる行為だ。

 それが理解出来るからこそ、静寂が公会堂を支配する。


『――上がってきてください』


 やにわに何者かの声が響く。

 だが、それは“女の子”の声であった。


 それが理解出来たとき、全員の視線が玉座に集中する。

 正確には玉座に座る、マドーラに向けてだ。


 マドーラは玉座で何事か操作して、自らの声を響かせたのだ。


『その距離では、十分に聞こえません。私が欲しいのは正確な報告です』


 マドーラは、その声を――玉音を響かせる。


「はっ!」


 即座にルシャートが、階段を駆け上がる。


「で、殿下……」


 そんな中、メオイネ公が声を発するが、マドーラはそんなメオイネ公をジッと見つめ、こう返答した。


「――何か?」


 危ういバランスの元で成り立っているマドーラの出で立ちに、改めて剣呑さを感じたのか、メオイネ公は、そのまま黙り込んでしまった。


「失礼します! 殿下――」


 ルシャートは構わず、マドーラの下へ。

 そして、マドーラは小さく頷きながらルシャートの報告を受ける。


 その隙に、リンカル侯の合図で侍従が製紙ギルドの面々を舞台ステージから退場させていった。

 どのみちこの有様では、式典を無理に進行させるわけにはいかない。


 いかな事態になるとしても、まず状況を整理しなければならないだろう。

 そこまで考えが及べば、リンカル侯の指示が如何に妥当なものであるかも理解出来るわけだが……


 メオイネ公は、そんなリンカル侯の振る舞いに違和感を覚えていた。

 常日頃、どちらかというと“回転が良くない”リンカル侯であるのに、何か機転が利きすぎている。


 何かの出来レースなのか? と一瞬疑ったが、マドーラとルシャートの様子は間違いなく、緊急事態であることを示している。

 マドーラの表情が動かないのはいつものことであったが、間違いなく彼女は緊張していた。


 その上――


「で、殿下!」


 不意にルシャートが声を上げた。

 冷静沈着を以て知られる彼女ルシャートが慌てたような声を上げるとは――メオイネ公は目を見開く。


「私が行うのが一番でしょう……確かにイヤですが――これが“合理的”です」


 マドーラが、ムラタに影響を受けた判断基準を口にした。

 そして再び玉座を操作する。


『……私の声を皆さんに届かせるには、この椅子の助けを借りることがもっとも妥当だと判断しました』


 マドーラの声が再び公会堂に響く。


『ですから、このままで失礼します。今、ルシャートから為された報告とは“大暴走スタンピード”の発生が確認された――その事です』


 流石に――


 その言葉を聞いて、落ち着いていられる者は少ない。

 “大暴走スタンピード”と言えば“大密林”の奥深くから発生する、モンスターの大群が人類の領域に、踏み込んでくる非常事態。

 災害とも比肩され、人命が多く失われる。


 失われる人命の中には、貴重な戦力たる冒険者が多く失われることも意味している。

 そのため王国全体での軍事力が低下し、つまりは簡単に対処できていた、低級のモンスターさえも十分な脅威となるのだ。

 ひいては、王国の経済活動の低下を招き、さらなるダメージが積み重なることになる。


 今、公会堂に集まっている民衆の多くはそういった経済活動に従事している者が多い。

 だからこそ“大暴走スタンピード”の脅威を、将来的な貧困という形でありありと想像することが出来たのだ。

 それは生きながら緩慢な死を迎えるという、地獄絵図である。

 

 これで焦らなければ、むしろ生物として失格であろう。

 もちろん貴賓席に座る貴族達は、さらに多くのしがらみを抱えている。


 領地を持っている貴族であれば尚更。

 それは大貴族であればあるほど比例して、被害が増えてくる。

 直接“大暴走スタンピード”による被害が無くとも、間接的に被害を受ける。


 だからこそ、メオイネ公の表情にも焦りが浮かんでいた。

 当然、リンカル侯にも――


 カンッ!!


 マドーラを警護していた近衛騎士四名が、一斉にハルバードを打ち鳴らした。


『――皆さん。私は、子供です』


 突如マドーラが宣言した。

 言わずもがなな事を。

 それでいて、誰もが都合良く忘れていた事を。


『その“子供”が、落ち着いているのです。それなのに大人の皆が落ち着くことが出来ないなどと――そんな事が起こるのですか?』


 その宣言のままに、落ち着いた声が公会堂に響き渡った。

 言葉が持っている意味は、疑問。


 だが、その本質は恫喝。


 ――この王の声が聞こえないのか?


 これと同じである。

 

 腰を浮かしていた者から力が抜けた。

 大きく両腕を上げて、パニックを起こしかけていた者が大人しくなる。


 気付けば、騒いでいた者の中に近衛騎士達は含まれていない。

 それは警務局の職員もだ。


 この場合、果たしてその練度を頼もしく思うべきなのか、それとも王家に監視されていると恐れるべきなのか。


『こういった式典の最中に、報告が為されたことを私は幸運だと思うことにしました』


 マドーラの言葉が続く。


『何故ならこうやって、皆に隠し事は行わないということを示すことが出来たからです。これから先も、私は“大暴走スタンピード”の情報を知らしめます――ですから』


 マドーラは一息ついた。

 それは息が続かなかったせいなのか、あるいは演出のためか。


『皆を虚言によって不安にさせること。それは絶対に許しません』


 王が許さない。

 つまりは、逆らえば“死”である。


 未だ、茫洋とした危機の予感に打ち震えるだけならば、王が先に死を与える。


 ――その宣言は果たして、暴君タイラントの証であるのか。


『だからこそ約束します。“大暴走スタンピード”の被害を抑えてみせると。今、騎士団長は早い判断で私に報告してくれました。ルシャートは頼りになります』


 いきなり、マドーラの語彙が幼くなった。

 だが、その説得力は確かにある。


 この緊急時に、式典であることを考えて自ら報告に赴いた胆力。

 そしてこの場にいる、近衛騎士を鍛え、従わせるその統率力。


『最高司祭フォーリナ』


 次にマドーラが名前を挙げたのは、貴賓席に座っていたフォーリナであった。


「ははっ!」


 フォーリナが年齢としにそぐわぬ大声を上げる。

 最高位ハイエンドの冒険者であった経歴が、こんなところに現れている。


『それでも、不安に思う者はいるでしょう、まずはそういった者達の不安を和らげてください。そして――』


 マドーラの声が一瞬迷う。

 ただ、声を届けるべき相手を探しただけであったが、自動的に皆の視線が同じ方向に向けられた。


『――このような折、貴女達がいる事も幸いでした。『サマートライアングル』。よしなにお願いします』


 その王の言葉を受けて「サマートライアングル」は一斉に、スカートの裾を持ち上げて頭を上げた。

 そのタイミングで、フォーリナが声を上げる。


「殿下! 神殿からはさらなる神官の協力をお約束します」


 フォーリナのその言葉に、マドーラは頷いた。

 しかし、その瞳はずっと傍らで跪いたままのルシャートに向けられた。


『これより兵権は、ルシャートに与えます。即ち、ルシャートの指示は私の言葉』


 あっさりとマドーラは、重要な宣言を為した。


『これよりルシャートには迅速に準備を整えて貰います。ルシャートを中心として。フォーリナの申し出ありがたく思いますが、まずはルシャートの指示に違ってください』

「ははっ! 誓ってそのように取りはからいます」


 フォーリナはさらに従順に、マドーラの言葉に従った。

 それによって王国の対抗策が民の前で示された形となり、動揺が収まってゆく。


『――では、ルシャート』

『ハッ!』


 玉座の機能が、ルシャートの声も拾う。


『改めて命じます。“大暴走スタンピード”を止めなさい。いやむしろ――』


 マドーラの声に感情が見えた。

 どこか楽しげに。

 あるいは冷酷に。


『我が国に攻め込もうなど目論むモンスター共を平らげなさい。そのための権限を貴女に授けます』


 マドーラの小さな手が、跪くルシャートのフルプレートに触れる。


『ハッ! 畏まって承ります! 誓って殿下のご期待に応えて見せましょう!』


 ルシャートが、それを受けて歓喜に震えながら宣言する。

 それを、マドーラは小さく頷くことで応えた。


『リンカル侯。式典はまた後日行います。戦勝の祝いに花を添えることになるでしょう。そのための手配、任せてよろしいでしょうか?』


 次に指示を出したのは、リンカル侯に向けてであった。

 玉座の機能を使ってまで。


「ハッ! お任せください!」


 リンカル侯は、即座に応じる。


『メオイネ公。戦以外は全て、私と貴公の責任となります。まずは民達の動揺を抑え、生活がままなるように手配しましょう。よろしいですね?』


 その指示に、メオイネ公は即座に返答できなかった。

 いや、即座に返事が出来る事が、まず尋常では無いのだ。


 “大暴走スタンピード”という災害を前にして、まるで何もかもが手筈通りだと言わんばかりに、何もかもが組み上がってゆく。


『メオイネ公?』

「は、ハハッ!」


 だが、それに違和感を覚えたとしてもメオイネ公が選ぶことが出来るのは、次期国王マドーラにただ従うことだけ。

 他の選択肢は無いのである。


 この不自由さは――


『それでは各自、ふ……頑張ってください。期待します』


 メオイネ公が戸惑い続ける中、マドーラは侍従に指示を出した。

 途端、侍従が号令をかける。


「フイラシュ子爵夫人、ご退出です! 一同、起立!」


 すぐさま公会堂の全員が立ち上がってこうべを垂れた。


 そして再び響く、不思議な靴音。

 だが、入ってくる情報が聴覚だけであったのは幸いだったのかも知れない。


 ――何しろ、マドーラの背中には、煌めく金糸で刺繍された「滅」の一文字だったのだから。

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