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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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睥睨

 その足音は貴賓席の出席者、そして詰めかけた民達にとって、等しく不思議な音だと感じられた。


 キュ、キュ、キュ……


 しかしムラタのみならず“異邦人”であれば、すぐにその音で思いだすだろう。

 体育館。

 それも、バスケットの試合を。


 つまりは、そういった音であり、必然的にマドーラがはいているのはバッシュか、それに類する靴なのであるが、異世界人にとって、それは理解出来るような音では無かった。

 

 ――ただ王が不思議な音を響かせて、我々に近付いてきている。


 ただ、それだけがわかることの全て。


 ただ1人、王の前では貴族も民も等しく扱われる。

 そんな“区別”が、この不思議な音一つで為されたわけである。


 マドーラは慌てること無く、ゆっくりと階段を降りる。

 どうやらドレスでの移動に手こずっているらしい。

 

 これで、バッシュを履いていなければ悲惨なことになっていたのかも知れない。

 つまり必要だから“そう”しただけであるのに、マドーラを王たらしめるのに良い方向へと、事態が回転している、事例であるのだろう。


 その証拠と言うべきか、マドーラに続いて降りてきた大貴族、メオイネ公とリンカル侯の顔はキッパリと青ざめていた。


 ただそれは不思議な靴音のせいではなく、ここに来て初めて確認出来たマドーラの背中を確認出来たためだ。

 

 マドーラの周りには、当たり前に4名の近衛騎士がしっかりと警護を務めているが、例え近衛騎士がいなくとも今更この2人がマドーラに対して異心を抱いた所で、到底実行には移せまい。


 もちろんムラタの報復を恐れている事も理由の1つではあるが、最近になって次期国王マドーラ自身にも、恐ろしさを感じ始めている2人であるのだから。


 足音はやがて舞台ステージに届き、その響きが止んだ。


 マドーラが、所定の位置に達したようだ。

 こうべを垂れたままの誰かの喉が鳴る。


「フイラシュ子爵夫人殿下より、お許しが出ました! 一同、顔を上げよ!」


 そして、皆は見る。

 自分たちの王の姿を。


 まず見えてくるのは、レモンイエローのドレス。

 小さな、そして年相応の身体を包むドレスの仕立ては。遠目で見ても見事なものだとわかる。


 ――が。 

 

 普通、と言えるのはただその部分だけだった。

 上半身と言うか、胸と腕を覆っているのは「持続光コンティニュアル・ライト」を浴びて輝く、不思議な生地の上着。


 腕を覆うのは真珠のように輝く真白な生地。

 そして、それを彩るように刺繍されているのは、白き翼。


 白地に白の糸であるから決して目立つわけでは無い。

 しかし、光の乱発射によって存在感は揺るぎなく、マドーラを飾り立てる。


 腕部がそんな塩梅であるから、胸部はさらに贅が施されていた。

 まず生地の色が違う。


 碧く輝くその生地は、まるで大海原を写し取ったような輝きを見せている。

 そして、そんな生地の上で揺らめくのは、炎とも華とも見える、戯画化カリチュアライズされた左右対称の文様。

 もちろんそれもまた、輝くくれないの糸で刺繍されていることは説明するまでもないだろう。


 そして、誰が勝利を収めたのか――はたまた敗北を喫したのか――しっかりとコンケーブショルダーに仕立て直されていた。

 そして丈も詰められファスナーで、前を締めた所で、そのシルエットが失われることも無い。


 この辺りは、この世界の職人達の技術力の高さと、勤勉さを現していたが、さる“異邦人”は、この上着の完成した状態を見た瞬間、


「短ラン」


 としか、判断出来ないのだから、その内罰が当たるに違いない。

 

 果たして、そんなドレス姿も十分衝撃的であるのに、一同を舞台ステージから見下ろす、そのかんばせもまた十分に“力”があった。


 マドーラ特有の感情を見せないアッシュブラウンのその瞳。

 出席者の全員を一瞬にして捉えるような、それでいて掴み所の無い瞳が睥睨する。


 そしてストロベリーブロンドの髪は高く結われている。

 それでいて成人に達していないことを示すように、髪が全てを結い上げられているわけではない。


 一部が束ねられた上で身体の正面の左側に、流されていた。

 それがまた、碧い上着と見事な調和を見せている。


 そしてそれは、結い上げた髪の右側にも破調をもたらしていた。

 慣例であれば、前髪はきっちりとたくし上げて額を露出させるのが通常の手法だ。

 

 そうしておいてサークレット等をあしらうことが、貴人のたしなみと“定義”されている。

 しかし、マドーラは宝飾関係にまったく興味が無かった。

 そのため、こういう時に使える宝飾品が足りない――いや、無いと言いきっても良いだろう。


 会議の時に使う矩形波のイヤリングは、ムラタがでっち上げたものであるが、実はアルミ製だ。

 さる漫画ではアルミであることで、それによって作られた剣は貴著品であり、あるいは錬金術の秘宝として、描かれたこともあった。

 オチ的には、とびきりの代物であると伝わっていたが、現代においてはまさに二束三文。


 この世界においては、未だアルミの価値は高いものかも知れないが、再現は出来ないのであるからおなじことである。


 さてそんなイヤリングを付けるのは決定事項として、他はどうするか?


 となった時、ムラタはあっけらかんとこう告げた。


「一房、顔の横に垂らせば良いんじゃないですか? 俺の世界ではやたらに顔の前に垂らしている女性多かったですから。ええ、マドーラにはアシンメトリーに。ムゲンキャリバーのように」


 翻訳スキルに対して、殺意が高すぎる仕事を強いるムラタ。

 

 とにかく伝わる部分はキチンと伝わり、伝わらなくて良いものは伝わらせなかった結果――


 一見、明らかにアンバランスな状態でありながら、トータルで見ればバランス良く保たれている。

 次期王位継承者でありなら、未だ登極には至らず。

 女性らしさは垣間見えながら、未だ未成年。


 賢君としての評価を抱きなら、暴君であるようにも窺える。


 そんな中途半端状態でありながら、中途半端なまま、見事に結実した存在――それがマドーラであった。


 マドーラ、そして民達も、何ら声を発すること無く、互いに見つめ合う。

 果たしていかほどの時間が経過したのか。

 あるいは、一瞬にも満たない刹那の交差であったのか。


 マドーラは小さく頷くと、あらかじめ用意されていた魔改造された玉座へと向かった。

 そして、その小さな身体を玉座に委ねる。


 その状態で、もう1度周囲の様子を確認してから手を振った。


「――殿下より、お許しが出た。速やかに着席せよ!」


 号令が響き、貴賓席の全員がホッと胸をなで下ろしながら腰を下ろした。


 次期国王は滅多に人前に姿を現さないが――


 ――もしかすると、それは互いに幸いであったのでは無かったか?


 何しろ、ただ姿を現しただけで、これだけの緊張を強いるのであるから。

 マドーラの王としての器はすでに、世界を圧している。


                 □


 それでも玉座で丸くなっている分には、マドーラの王器は抑えられるらしい。

 あるいは幾分か慣れてしまっているのか。

 それとも“埒外”がその場にいないせいか。


 まず内務卿たるメオイネ公が、ここ最近の王都の景気の良さを称揚した。

 それは多分に自画自賛ではあったが、現在絶賛開催中のメオイネ領のアピールは控えたようだ。


 もちろん、ムラタから控えるようになどと仰せつかったわけでは無い。

 単純に、メオイネ公が自重してしまったわけである。


 それはそれでムラタからダース単位で嫌味を貰いそうな振る舞いであったのだが、マドーラの雰囲気に飲まれてしまっているらしい。

 それでも、自分の役目はしっかりとやり遂げて、その場をリンカル侯に譲った。


 何しろ今回の式典の発起人であり、財務卿であるからには、言ってみれば実質的な主役はリンカル侯なのである。

 宮廷序列の問題から、このような順番になったが、本番はこれからである。


 リンカル侯は、定例の挨拶からはじめ、このような式典が開くことが出来たのは喜ばしい云々。

 まずしっかりと、自分の義務を果たした。


 この辺りは、しっかりとリハーサルを行ってきた成果であろう。

 そして先ほどから、号令をかけている侍従を促した。


 これで実質的な司会運営は、この侍従に託されるという段取りだ。


 そこでまず筆頭に名前を呼ばれたのは製紙ギルドである。

 実は――


 すでに需要が回復しているのである――会誌制作による特需ほどでは無かったが。


 「白黒バイナリィ」が広まったことにより、書類を使っての伝達、あるいは書面を使っての確認など、あらゆる局面で需要が増加していたわけである。


 ……会誌制作についても回復傾向であることは確かなのだが。


 そして、製紙ギルドを筆頭にしろ、と命じたのはムラタであった。

 売り上げからごく普通に名前が挙がっていたのだが、その報告を受けたムラタが、ほとんど初めてとも言える強権を発動して、製紙ギルドを後押ししたわけである。


 これで賄賂など貰っていれば可愛いのであるが、ムラタは製紙ギルドの役割こそが人間社会を豊かにするための基礎だ、と断言し式典で賞賛することを“決定”した。


 その思惑に“まず隗より始めよ”的なものがあることは明白だったが、今回は何故かそれを説明せずに、強引に事を進めた。


 もとより、名前が挙がっていたギルドのことであるから責任者のリンカル侯も、素直にそれを受け入れた。


 そして、しっかりと代表者と職人3人を舞台ステージに挙げて、次期国王マドーラの前で表彰し、褒美を与える。


 舞台ステージに上がるための移動式の階段が現れ、そこを代表者がおっかなびっくり上がってゆくところは、一種エンターテインメントであったのだろう。


 儀礼的な雰囲気も無く、自然と拍手が巻き起こっていた。


 続いては、革鎧ギルドと、染め物ギルドの予定――だったのだが。


 式典に、乱入者が現れた。

 身元不明な人物では無い。むしろその逆。


 近衛騎士団団長チェルシー・ルシャートその人であった。

 フルプレートを煌めかせ、式典に飛び込んできたルシャートは、跪きながらこう告げた。


「急報、これあり。殿下にお知らせすべく参上いたしました!」


 ――再び、誰かの喉が鳴る。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マドーラがどんどん俗っぽくなっていく……w(現代人視点
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