美談のための準備を陰謀という
王都がメオイネ領の物産展会場状態が盛り上がっていない。
……というわけでは無い。
浴場という情報発信システムでは、順調に宣伝しまくっているし、遅ればせながら革製品についても脚光が当たり始めたところだ。
単純に革鎧の品が良いもの、という売り方もあるが、元々革製品の需要は高いのである。
馬具をはじめとして、家具にもあしらわれることが多いからだ。
さらにはメオイネ領で細々と作られていた、なめす時に川に晒すことによって、通常の手法で及ぶべくもない真白な革。
俄に注目を浴びることとなっている。
ただ、これに関しては一朝一夕に用意できるものでは無い。
メオイネ領、侮り難し、と評判が出てきた事が十分な成果と捉えるべきなのだろう。
そして、実際メオイネ領は金銭的な意味では潤っていた。
王家が積極的に農産物の余剰品を買い上げていたからだ。
それはいささか“売りすぎ”というレベルまで。
産物を王都に持ち込んだ事で、農村では見ることも珍しかった贅沢品に手が届いてしまった事が大きい。
王都の個人消費は確かに規模が多くなっており、持ち込めば売れるという状態。
そのために“俄金持ち”がメオイネ領に多数発生してしまったのだ。
そんな成金に煽られるように、農場の持ち主も先を争って王家に生産物を売り払っていった。
そのため物産展は、思ったよりは盛り上がらなかったが、実際には王都全体の消費は増加していたのである。
農閑期であることも手伝って、王都に長逗留するメオイネ領の民達。
盛り上がりはこれから――
そんな雰囲気の王都であった。
□
さてそんな好景気に揺らぐことはあるのかどうか。
どちらかというと王都の庶民達に向けての、小規模店が軒を並べる区画。
そこは、かつての貧民街のすぐ側で、今もどちらかといえば見窄らしい感じの建物が寄り集まっていた。
それでも、清掃は為されているし、いざ住んでしまえば割と住みやすい区画ではあるのだ。
ムラタが「レトロ」などと標榜するまでもなく、すでにこの区画はそんな雰囲気を漂わせている。
それに警務局の目が行き届くようになったことで、治安も回復。
地価も確実に上昇してること疑いなし。
だがそれでも……
「ですからこちらですってば、リンカル侯」
やはり大貴族が出向く場所としては適当では無い。
そんな無茶を行っているのは、言うまで無くムラタだ。
「し、しかし、このような場所……」
「このムラタの警護に文句があるかーーー!!!」
リンカル侯の当然の戸惑いに、ムラタが突然吠えた。
素直に考えれば、リンカル侯に向けての怒号――と考えるしかないのだが、ムラタ自身は満面の笑みを浮かべていた。
「……という感じで吠える土地持ち婆さんを不意に思い出しましてね。失礼しました」
そしてその笑みを裏付けるように、ムラタはいけしゃあしゃあと一礼する。
そんなムラタを見て、いつもに様に苦虫を噛み潰すリンカル侯。
だが実際、ムラタに逆らう術が無いのだ。
自身の警備に関してはムラタが「請け負った」と宣言した以上、誰も文句は言えない。
それにこんな場所に、リンカル侯を引っ張って来た理由も親切心らしく見えるところが厄介だ。
その結果、リンカル侯は豪奢な衣服の上に、使い古した感があるマントを被って、立派な微行姿を晒すことになってしまっている。
ムラタはといえばいつもの“冒険者風”であったから、リンカル侯と並んで行動していると、怪しいことこの上ない2人組の出来上がりだ。
しかしこれもまたムラタの策略である。
つまり――
――リンカル侯が何やら、秘密に求めた物があるらしい。
という噂を流すためだ。
これが、本気のいかがわしいものであるなら問題があるが――まずリンカル侯が自分自身で買い求める事自体が異常であるし――買う物はそこまでいかがわしくも珍しいものでは無い。
1回、何かいかがわしい物だと思わせて置いての、実は良い話。
この手口をムラタは採用したわけだ。
では何を買い求めるか? ということになるのだが、これもある程度の目安が付いている。
「……ということで、邪魔するぞ」
意気揚々とムラタが玄関を潜ったのは、言わずもがな“木の洞”の店である。
今までなら、ここで「帰れ!」や「邪魔するなら帰れ!」と帰ってくるところであるが、流石にムラタの同行者についてしっかり情報が回ってきていたらしい。
返す言葉もなく、かと言って逃げ出すわけにも行かず、木の洞はいつも腰を据えているカウンターの向こう側で硬直していた。
そして、その向こう側で何やらドタバタと動き回っている音もする。
ミヒーロも居合わせていたらしい。
あるいは積極的に、巻き込まれに来たか。
その辺りははっきりとしない。
「む……狭すぎでは無いか?」
「こういう場所で苦労するのも美談には欠かせませんから」
一方で、リンカル侯にとってはこの場で緊張する理由がない。
ムラタの被害者という立ち位置を得て、開き直っている状態だ。
「それで何を買えばいいのだ?」
「いや、そこであっさりと目当ての物が見つかっては美談にならないでしょ? 10店ぐらいは空振りしたいところです」
「なんじゃと? 10?」
オウム返しにリンカル侯が尋ね返すのも無理はない。
何しろ、リンカル侯の肥満具合では歩き回るのも酷な話だからだ。
むしろ、王宮で動き回っている分、褒めてやっても良いのかも知れない。
「……一体何をお探しで?」
ようやく木の洞が、口を開いた。
「なんだよ。そんなに構えるなよ。いつもの調子で――」
「出来るか馬鹿者。まったくお主は……」
それに対してムラタは悪意ある無頓着で応じてみせる。
あるいはそれによって木の洞の緊張をほぐす狙いがあったのかも知れないが、この場も誰もが、そんな風には考えなかった。
だが、それによってムラタという共通の敵がはっきりしたことで、ある程度のコンセンサスは形成された。
とにかくさっさとやり過ごせというコンセンサスが。
「そもそも何が狙いなんじゃ?」
リンカル侯が疲れた口調で、仕切り直した。
ムラタもそれには素直に応じる。
「実はですね、ちょっと予感がしまして。予感というか……そうですね“異邦人”の勘というべきか」
「そんなあやふやな……」
「外れても悪いようにはなりませんから――木の洞、モンスターが嫌がる匂い袋とかそんな感じの商品に心当たりは無いか?」
「……あるには……ある」
ムラタの問いかけに、ただ“木の洞”は確実なことだけを口にした。
だが、それにリンカル侯が待ったをかける。
「待て待て。そんなものを買ってどうする?」
「ゴードンに送ればよろしい。正確にはゴードンでは無くて、リンカル侯の領に向けてなんですが」
「待て」
今度は“木の洞”から制止の声が掛けられた。
「お主それは“大密林”の……」
「流石に聡い。どうも、それが俺の“予感”だ。これについては詳しいことは言わないぞ。ただ、俺は確信している」
そう言いながら、ムラタはタバコを“木の洞”に差し出した。
“木の洞”は震える手で、タバコをつまみ上げた。
そして、貴族の前であるのに躊躇無くタバコに火を点ける。
ムラタの“予感”に動揺しているのであろう。
もちろんそれはリンカル侯も同じ事だ。
“大密林”の異変について、もちろん思い至ることはある。
だが、それを“予感”などというあやふやな言葉で受け入れることに抵抗があったのだ。
しかし“木の洞”の反応で、ムラタの言葉がかなり正確性が含まれていることを察したのである。
となればこれは、王国の一大事のはずだがムラタが今画策しているのは、リンカル侯の美談造りなのだ。
「お主、一体何を……」
呻き声と共にリンカル侯が尋ねると、ムラタは声を潜めた。
そして“木の洞”も含めて密談状態を作り出す。
「ご安心ください。そのための準備は進めているので、それで国がどうこうなったりはしません。第一、俺がいるのに“大暴走”が起きても問題ありませんよ」
「それは……そうかもしれんが」
「マドーラと組んでる最中に、無茶はしません。むしろ、俺としてはこの機会にゴードンに仕返ししたくてですね」
そのムラタの発言に、リンカル侯は屈めていた上半身を起こして目を瞬かせた。
「お主、ゴードンとは……」
「俺に友達はいませんよ」
あっさりと宣言するムラタ。
そしてそれを聞いて「ほ」と声を出す“木の洞”。
どうやら、それでムラタらしさを思い出したようだ。
そしてそのムラタの余裕っぷりに“木の洞”も余裕を取り戻した。
タバコの火を慌ててけしながら、ムラタに尋ねる。
「それで、匂い袋はどう絡んでくる?」
「それは、今あるのか?」
「さほどの量はない。だが手配は出来るぞ。しかし、それなら説明を……」
「してやっても良いが、この情報は売るなよ。外に出たら、かえって混乱する」
「それについては儂からの頼みということになっても構わん」
リンカル侯が割り込んできた。
それに“木の洞”が、思わず居住まいを正す。
「どうやら、お互いにムラタの悪巧みに巻き込まれたようだ。それなら互いに益を求めるのもやむを得まい」
「閣下……有り難いお言葉です」
ここに来て、ムラタの前での平等が形成されたようだ。
そのムラタが“らしく”薄い笑みを浮かべた。
「流石は財務卿。では他言無用の、悪巧みを披露させていただきましょうか」
こうして王都の片隅で、様々な思惑が飛び交う作戦会議が開かれることとなった。
道義という面では、何とも問題がある作戦会議ではあったが、確かにそこに成果はあったのである。
――だからこそ、翌日リンカル侯は足の痛みで、身動きが出来なくなったのだが。




