人でなしの戦略
冒険者。
果たして王都においてムラタはその絶滅を目論んでいたが、リンカル領ではどうなのか?
これについて、ゴードンははっきりとした施策を打ち出していない。
有り体に言って、何ら変化を要求しなかった。
これについては王都とリンカル領の違いが如実に現れている。
王都において冒険者とは、街中で管を巻くチンピラと同義であるが、リンカル領において冒険者とは富を運んでくる出稼ぎ労働者なのだ。
そして冒険者も領内で仕事をすることはほとんどない。
――“大密林”探索に向けての基地。
それが冒険者にとってのリンカル領の認識なのだ。
同じく戦闘力を持つ領兵は治安維持のため犯罪者を取り締まるための活動に専念している。結果として冒険者としても、たまの休息の時間に安息をもたらしてくれるわけで、領兵とも関係も良好。
今現在、領兵によって道の敷設が進められているわけだが、それもまた友好な関係を崩すには至っていない。
ディベータからさほど離れてはいないこと。
また、鉱物採集がその目的である事。
その理由としてはまずこの辺りが挙げられる。
ディベータの近場であると言うことは、言うまでもなく冒険者の領分をさほど侵していないと言うこと。
そして鉱物採集は、ハッキリ言って美味しくないのである。
それも近場においては。
こういた仕事を領で受け持ってくれるのなら、冒険者さらに奥地へと進みやすくなる。
しかも、そこまでの道があるのだ。
これでは冒険者が嫌う方が難しい。
そういった事情でリンカル領では冒険者への待遇はさほど変えていないのに、好意的な評価が増えてきているわけである。
王都でのムラタのやり口については察している冒険者が目指す場所となれば、それはやはりリンカル領になるわけで、変わらぬリンカル領では相対的に評価が上がっていくという絡繰りだ。
この辺り、ムラタの内心では、
「勝手に“大密林”で整理されるわけですから、これはもうWin-Win」
と鬼畜外道な言葉を並べる事だろう。
そして、実際何ら手を入れてないわけであるからゴードンにとっても似たような思惑があることになる。
冒険者という、社会のシステムに組み込まれなかった半端者が自動的に淘汰されていく場所。
それがリンカル領の本質なのだ。
だが、それを口に出すようなお人好しは為政者たり得ない。
人間、耳に心地よい言葉だけを信じるものだからだ。
だからこそ、今回もゴードンが望んだのはあくまで冒険者との“協力”だ。
そして、その狙いを対外に示すように最高位たる「ガーディアンズ」を丁重に招いた上で、懇談している、という状態が今の構図だ。
ムラタはそれを計算して行うが、ゴードンのそれは自然とそういった行動を選択する。
あるいは天然と表現しても良いのかも知れない。
つまりは冒険者を利用するという自覚がありながら、同時に自然と冒険者を賞賛できる精神。
何とも政治家向きの男である。
そして今も、自分が過去の記録、文献から探り出した大暴走の特徴と「ガーディアンズ」が集めてきた情報を、仲良く検討していた。
「やはり奥に引き籠もっている……という言い方はおかしいけど、現状で数は少ないんだね?」
「そうです。かと言って、全部倒してしまったとかそんな話でもなく」
ゴードンの再度の確認に、ザインが答える。
「やはり、これは再編成に近いものがあるな……それを可能とするのはやはり竜種だろうね。文献でも多く記されている」
「ロンバルドの広場にあるような奴も?」
キリーが無邪気と言っても良い口調で尋ねてきた。
それにゴードンは頷いてみせる。
「そうだね。あの竜種はざっと200年前の大暴走の折に、ディベータを突破した竜らしい。資料によると大暴走に竜種が絡んでいることはまず間違いない」
「つまり、大暴走の原因は……」
サムが腕を組みながら独りごちた。
「竜種にあると言うことでまず間違いないだろう。だけど、今回は別に竜種を相手にする必要は無いんだ」
「必要無いんですか?」
必死の覚悟を決めていたらしいルコーンが驚いたような、それでいて同時に胸をなで下ろしたような表情を浮かべる。
「ああ。ここで君達を送り出したら、それはただ単に殺すようなものだよ。そんな事はしたくない」
ここで“したくない”と、自分のわがままのように、弱さのように、明け透けな言葉を使えるのがゴードンの強みだろう。
彼自身に、その自覚はないのだろうが。
王都の人でなしであれば、確実に費用対効果という言葉を使って翻訳スキルに悲鳴を上げさせているところだ。
「……しかし、それでは。せっかく察知できたのですから」
そしてザインが引き込まれるように、ゴードンに尋ねる。
「それはもちろん。被害を減らすために手段は講じるつもりだ」
ゴードンも待ち構えていたように、それに答えた。
だが、今度はサムが首を捻る。
「手段? けど、集団で襲いかかってくるだけだろ?」
「そうだよ。結局ディベータで防ぐしか無いんじゃ無い?」
サムの疑問にさらにブルーも加わった。
「それなんだけどね。実は新しく作っている道の方にも、簡易的な防壁を用意できるようにしてある」
「それって……」
いいながらルコーンは脳裏に、地図を思い浮かべた。
ディベータは単純に、東西に延びる城壁だ。
そして新たに敷設された道は、モディックからおおよそ南西に向けて伸ばされている。
その道沿いに防壁があったとして……
「状況はあまり変わらない?」
ロームが端的な感想に、疑問符を付けて口に出した。
確かに、そう考えてしまうのも仕方がない。
だがそれは、ある1つの予想が絶対のものだという“思い込み”がもたらしている。
「――2つの方向から攻撃できる。これは大きい……のかも知れませんが大暴走の規模の前ではあまり意味が無いのでは?」
ザインが慎重にゴードンに意見する。
これもまた“思い込み”を基準にした考え方であったので、ゴードンもそれで気を悪くすることはない。
いや――
実際、その思い込みを指摘した場合、逆にゴードンが悪く思われる可能性の方が高い。
だが、それは仕方のない事なのだ。
何しろ、発想の元はあのムラタ。
それも窮地に陥るであろうリンカル領を助けるために打ち出された戦略では無いのだ。
それはただ、嫌がらせのため。
借りは必ず返す。
落とし前は絶対につける。
その生活信条に則って導き出された案が、根本にあるのだ。
つまりゴードンとしては――全部ムラタのせいにしてしまえば良いわけだ。
実際、そうしないと為政者としてかなりまずい状況に追い込まれる可能性がある。
だが、結果として多くの領民を救う可能性があるのだ。
となれば、根本にムラタの“陰謀”があったとしても、これを拒否する選択肢は無かったわけである。
むしろ、未だ救える可能性でしかないところに問題があるわけで、そこを丸投げにしているところにゴードンはムラタの厳しさのようなものを感じていた。
あるいは――
ムラタが落とし前を付ける相手として、その目標にリンカル領が含まれている可能性もある。
そうであるならば、自分に対処できるだけの時間を与えたことはむしろ、ムラタの温情であるのかもしれない。
であるならば、必死に食らいついてみせる。
こちらから、新しい“連絡手段”を開拓したことは……心配するまでもないだろう。
何しろムラタの父親への評価は「どこまでも普通」であるのだから。
いざとなれば新しい連絡手段で、図々しくおねだりしてしまうのも手かも知れない。
「――2つの方向から攻撃というのは、私の狙いを説明している部分もあるんですが、少し不足している部分もある」
「不足……ですか?」
さらにザインが尋ねる。
「そう。私は別に大暴走を受け止める必要は無いと考えているんだ」
「え? でも普通ならディベータに突っ込んでくるんでしょ?」
キリーが声を上げた。
それにゴードンは優しげに頷いた。
「モンスター達はそうなるよね。けれど、こちらでその方向を変えることは出来ないだろうか? というのが、協力してもらいたい本当のところなんだ」
「方向?」
「待ってください。それが上手く行くとして……」
オウム返しに呟くキリーの声に被せるようにして、ロームが声を上げた。
続けてザインとルコーンの表情が変わった。
道に防壁を築く。
攻撃できる方向が2つ。
そして大暴走である以上、引き返す可能性はまず無い。
必然、その方向に大暴走を誘導するとなれば――
「メオイネ領……?」
ついに、その決定的な言葉がザインの口から漏れた。
そしてゴードンが、その言葉に対して頷いて見せる。
リンカル領を回避し、北東方面に進むとなれば、その進行方向に現れるのは穀倉地帯として知られる、メオイネ領なのだ。
あるいは穀倉地帯だからこそ王国の要たるメオイネ領を守るために、この地域の領は大暴走を真っ正面から受け止めてきたとも言える。
だが今、実質的なリンカル領の支配者が、その役目を放棄すると宣言したも同然なのだ。
「ガーディアンズ」の面々の顔が青くなるのも必然ではあるのだが……
ルコーンが救いを求めるように、ゴードンの傍らのアメリアに目を向ける。
アメリアの表情は、強ばっていた。
一体何時からだったのか?
日頃、表情が硬いゴードンの伴侶であるが、それ以上に……
(――ムラタさんだ!)
ルコーンは唐突に理解した。
そうだ。
そもそもゴードンは、自らがムラタの“駒”であると宣言していたではないか。
果たして、そんなルコーンの“理解”が「ガーディアンズ」全体に波及したのかどうか。
それを確認するかのように――
――ゴードンは疲れた表情に、苦笑を浮かべた。




