“小説”という蔑称がもたらした未来
「まず、商売の話から始めましょう。そんな風にアドバイスを垂れ流しにしている理由はつまり、宣伝活動の一環なんです」
「宣伝……ですか?」
「はい。アドバイスには定期的に講座の開催の告知が紛れ込まされています」
おお、とそこでロジーの瞳に理解の色が浮かんだ。
まずアドバイスをすることで、信用を勝ち得たところで、実際に利益が出る講座へと誘う。
これならばロジーにも理解しやすかったのだろう。
「なるほど。まどろっこしく感じますけど、それは良い手ですね」
「俺の世界では、割と簡単に、それも極めて安価でそれが行える仕組みがあるんですよ。最初は俺も、随分と胡散臭いことしているのがいるな、と思ったんですが、講座の宣伝が紛れ込んでいるのに気付いて、一安心といったところでしてね」
「待ってください」
綺麗に収まりそうなムラタの説明にマリエルが水を差した。
だが、それは当然だったのかも知れない。
何しろ、この話はどう繋げてもアンジェリンを助ける糸口になりそうも無いのだから。
「はい。そもそもアドバイス自体が詐術の一環の場合ですね」
ムラタが、マリエルの疑問さえも先回りして口に出してしまった。
これには、マリエルも頷くしか無い。
「最初は、俺もそのパターンを考えました。まずカモを太らせる為に親切めかしてアドバイスを送る。講座で金を集めるのも『費用を払ったのだから』と、カモの思考停止を促す手口だと考えれば、これはこれで理屈は通るんです」
「え? ああ……」
今度はロジーが声を上げるが、実際この理屈でも同じ現象になることに、すぐ気付くことができたようだ。
「が、このパターンは考えにくい」
ところがムラタは、すぐに否定してしまった。
「他のアドバイスならあり得るパターンなんですけどね。これ物書きについてのアドバイスですから。カモを太らせたところで回収しにくい。せいぜいが講座で小金を巻き上げるぐらいが関の山でしょう」
「そうなんですね……いまいちピンと来ませんけど」
「そうでしょうね」
ムラタは今度、肯定でマリエルの意表を突いた。
「つまりは利己的な動機と、客観的に善行のように見える行いがあるということです。そうやってアドバイスして、教え導くことで悦に入る――どうです? 割といそうでしょう?」
皮肉に唇を歪ませるムラタ。
「つまりは“アドバイスを行う”という嘘をつくことで、悦に入っているわけです。これはね、物書きとして、もっとも必要な素養だと俺は考えてるんですよ。だからアドバイスも本気で行っているんでしょうね。ただ、このアドバイスに引っかかるようでは、残念ながら物書きとしては、厳しいですね」
「そう……なんですか? 本気のアドバイスなんでしょう?」
「前後しますが、講座の宣伝が紛れ込んでるんですよ」
ロジーの疑問に即座にムラタが応じる。
「つまりはそこで疑問を抱くことも出来ないような有様では、上手くいっても継続的に物書きとして身を立てていくことが出来るのか……あるいはそういった人材を集めるのが目的という可能性もありますね」
「とにかく疑問は尽きない――そういった心構えが重要なんですね」
「これは別に、物書きに限った話では無いんですが、そういうことになりますね。さて――アンジェリンさんは、どうなると思いますか?」
話がいきなり本筋に戻った。
いつものことといえば、いつものことだが、流石にロジーはすぐに対応できない。
だが、マリエルは違った。
「アンジェリンさんには素養が無い……いえ、それでは彼女の実績からして考えても、話がおかしくなりますね。つまりアンジェリンさんには素養がある」
半ば独り言めいた言葉であったが、ムラタは頷いた。
「恐らくはそうでしょうね。疑念を持つ、という言葉にまとめてしまうのもこの場合、問題があるわけですが、かつてのギンガレー伯とキーンの仲に彼女は疑念を抱いた。そしてそこから始めた……と言うことなら筋が通ります。つまりはアンジェリンさんには素養があるという仮定に」
「そ、そこから始めるんですか?」
ロジーが驚いたように声を上げるが、これにはムラタも苦笑を浮かべた。
「“素養”については、ちょっとくどすぎましたね。ただここからの話の肝になるので、ご容赦ください。俺もすこしばかり思い出してしまったことがあったので」
「い、いえ。元はあたしのお願いですから……」
ロジーが、再び小さくなった。
「――そうやって疑念持ってからの続きですね。つまりは疑念を持った後に、それを物書きという生業に対して、その疑念をどう使うか? という過程に移行するわけです。この時に、俺が思うに、2分されます。片方はその疑念から真実を探り出そうとする」
「それが普通なのでは?」
マリエルがたまらず口を挟んだ。
そして、それを肯定するかのようにロジーも熱心に頷いていた。
だがムラタは困ったように肩をすくめる。
「通常ならね。ただこれは“物書き”についての話ですから」
そのムラタの言葉に、2人は虚を突かれたように目を見開いた。
そして代表してマリエルがムラタに尋ねる。
「……では真実を探すのは……」
「その方面で頑張っているらしいと思われるのが俺が大嫌いな純文学というやつでしてね」
ムラタが事がある度に純文学を腐したせいか、この場にいる面子の間では、何となくコンセンサスが成立してしまっている事を喜ぶべきか否か。
“純文学”という言葉に、2人は顔をしかめている。
「それはそれで立派な志なんですがね。これも言ったと思うんですが、真実を探求しているという思い込みが、人の精神を畸形に導くようでして」
「キ……なんですって?」
「失礼。心が醜悪で二目と見られない奇妙な形になっている、という意味です」
またも翻訳スキルに無茶振りを行ったムラタが、微に入り細に入り「純文学ッカー」への憎しみを説明する。
「は、はぁ……」
「この真実を探求しているという思い込みは、俺の世界で猛威を振るった精神的な毒と通じる部分があるんです。例えば、俺は物語を本の形に纏めたものを一括して“小説”と呼んで、それがこちらの方達に伝わるでしょう?」
「それは……はい」
マリエルは言葉を。
そしてロジーは頷きを返した。
「ところがですね。これを分解してしまうと“小さな考え方”という意味になる。これは、そういった呼び方で相手を下に見てるんですよ。つまり“小説”とは侮蔑の意味があるんです」
「そ、そうなんですか?」
「あくまで俺の国では、ということになりますけどね」
「では……その下に見ている方々は、何と比較して?」
マリエルが尋ねる。
「この言葉が侮蔑の意味を持った状態で成立した時、盛んだったのは詩です」
「詩? ですがそれは……」
「これも意味が変化してます。この場合の“詩”とは、己の心情、つまりは“真実”を形にしたもの、という考え方が為されていて、事実そういう作られ方をしていました。一方で物語は――」
「――“真実”では無い」
浮かされたような口調でマリエルが、帰結されるべき結論を口にした。
「その通りです。そういった理由で下に見られていたんです。ところがですね。当たり前に物語の方が人気が出たわけなんですよ。何せ良いように飾り立ててますけどね、その実、詩は独りよがりの妄想を酔っ払って並べただけなんですから、そりゃまともな神経なら嫌がります」
流石にそこまで話が進むと、2人にも察することが出来た。
ムラタの話――その説明の行き先を。
「……最初は馬鹿にされていたんですよね。物語は。でも、その物語を作っている人達が、かつて物語を下に見ていた連中と同じ事をしようとしている」
「そして、それが“純文学”なんですね?」
2人の言葉にムラタは、ゆっくりと頷いた。
「これこそ俺の“小さな説”ですからね。証明のしようもありませんし。ただ、純文学だ文学だと宣う連中の傲岸不遜さは、どうにも精神的な毒を浴びきったような状態に思えてしまう――で、俺はアンジェリンさんがいとも容易くそういった、醜い心の持ち主になる可能性があると踏んでるんです」
「それは――ああ、その純文学に似ているんですね、アンジェリンさんの作る物語は」
「幸い、こちらの世界では、こういう毒が……まぁ、多分無いんでしょう。そのために、他の物語を下に見るという状態になりようも無いはずなんですが、俺にはそれも望み薄な気がして」
「しかし――」
マリエルが口元に手を当て、思慮深そうに差し込んだ。
「そうなると純文学を作る方々以外は、一体どのような心得で、物語を作っているのでしょう? 疑念から始まって、真実を求めるわけでは無く、それで一体何を?」
そのマリエルの言葉に、ムラタは今まで見せたことが無いような表情を見せた。
どこか喜んでいるような。
それと同時に泣いているような。
「――ムラタさん?」
「あまりに良い質問でしたので、感動してしまいました」
何か言葉をぶつ切りにしたように、ムラタは声を上げる。
「実は、その理由こそは、千差万別、人それぞれで明確な答えという物は無いのかも知れません。ですが俺は知っているんです。あまりにも素晴らしく、皮肉なことに真実だと感じてしまう理由を」
「それは?」
焦れたようにマリエルが促す。
それでもムラタは慌てずにこう答えた。
「自分は何者なのか? 物語を作り出す事を生業としている人物は、このように答えを出しました。曰く――“嘘をつくのが商売です”と」




