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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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これはとても胡散臭い話

 王都北東区画――


 王都を揺るがす港湾区画での大火。

 そこから始まる、前ギンガレー伯の醜聞スキャンダル

 そして追放。


 この一連の流れを前にしては静謐で知られる北東区画においても、さすがにスルーは出来なかった。

 いや、元々この区画では各分野から引退した成功者が多く住んでいるのだ。


 王都の混乱がただなら無いものであるのなら、当然この地区に住まう“顔役”達にも出馬依頼が押し寄せてくるものなのである。

 この区画だけが、馬耳東風と傍観者気取りをしていられるはずなど無い。


 いや、さすがにこの区画の住人達も、この騒動では落ち着いてもいられなかったのであろう。

 自分から、騒動の渦中に飛び込む者達もいたという。


 だが、それはまもなく沈静化した。

 元々が、この区画の住人達には“年齢”というハンデがあるのだ。

 何事にも、持続力が伴わない。


 体力的にも。

 精神的にも。


 ましてや自分には何の関係にも問題であるなら。


 そのために、北東区画はやはりと言うべきか、一番最初に落ち着きを取り戻した。

 だが裏側に、すっかりと息を潜めた淑女達の影響があったことも見逃せないだろう。


 何しろ、かつての本拠地とも言えるトールタ神の教会はこの区画にあるのだから。

 今はまるで周辺一帯が禁足地であるかのように人通りが無い。


 実際、自分たちの“趣味”で大貴族が一人葬られた、となれば高揚感より前に、空恐ろしさを感じてしまうのも仕方の無い話だ。

 いや、実際に恐ろしくはあるのだろう。


 ――いつ自分たちが呼び出されるのか。


 そんな想像に、身を震わせる淑女達も多いはずだ。

 時間は経過したとは言え、たったの100日程。


 あらゆる意味で立ち直るには、まだまだ時間がかかると思われたが……


 そんなタイミングで、ムラタは呼び出された。

 北東区画に存在する「ノラの家」に。


 ただし呼び出したのは、ノラでは無く――


                    □


 果たして今、ムラタの前にいるには藁色の髪をきっちりとひっつめたロジーである。

 それに合わせて、ちゃんとした山吹色のドレス姿を披露していた。


 季節が季節なので、今回もしっかり屋内であるのだが、別に良からぬ相談ではありませんよ~、とでも主張するかのように、しっかりと「持続光コンティニュアル・ライト」は灯されていた。

 とはいっても、今の時刻は午後2時前と言ったところ。


 そもそも、この家は採光が十分ではないのである。


 リビングには定番の丸テーブル。

 その周りに腰掛けるのは、当たり前にロジー。


 おっかなびっくりといった手つきで、何とかしてお茶を用意しようとしたところで、ムラタに止められて結局、小さくなって椅子に丸まって座っていた。


 ロジーを留めたムラタは、特に気負った風でも無く、いつも通りタバコを燻らせていた。

 出で立ちは、いつもの“冒険者風”。

 完全に身なりについては思考停止状態だ。


 そして――


 今回はその傍らにもう1人。

 

 女性であり、こちらもしっかりと髪をひっつめてはいるが、それほど長くは無いのだろう。

 最近流行の婦人用の帽子を被り、チュールで以て印象をぼやかしている。


 しかし、その隠したはずの髪の色は、ほぼ漆黒。

 それに加えて、着ているドレスもビロード地の深すぎる藍色。


 一見、葬儀でも行われるのか? と見紛うばかりの出で立ち。


 しかしこれは変装でもあるのだ。

 何しろ、この女性は“デネヴ”――詰まるところマリエルである。


 目立つ銀髪はウィッグと帽子で隠し、思わず目をそらすようなコーディネートも、多分に人目を忍んでのためだ。

 実際、今や「サマートライアングル」の人気は熱狂を通り越して、白熱の域に達しており、休みを貰ったところで羽を伸ばすことも出来ない状態なのであるから。


 かと言って、そんな風にいかな工夫を懲らそうともムラタが同行を許すはずは無いのだが、何故か今回は許可したらしい。

 マリエルが侍女業も“デネヴ”も休みである事も大きい。


 福利厚生には気を遣うムラタ

 そんなムラタであるから、ロジーの要望がマリエルにまで及んでいることも鑑みて、色々と妥協した結果であるのかも知れない。


 たとえ1時間ほどの事とはいえ、せっかくの休みに差し込んだのであるから、上司としては忸怩たるものがあるのだろう。


 ただ――


 この面子を見ればわかるように、確実にロジーの要望とは会誌絡みである。

 となれば“デネヴ”が休みの間に行うこととしては、適した行動であるとも言える。


「その……すいません」


 この状況を、どう捉えているのかロジーはまず謝罪から始めた。


「構いませんよ。挨拶はけっこうですから、手早く済ませましょう。アンジェリンさんのことだとは思いますが……」

「は、はい。そのすっかり気力を無くしたみたいで……」

「それは仕方ないんじゃ無いですか? あれだけのことがあったわけですし」


 マリエルも参加してきた。


「ああ、はい。何というか事件に対して怖がっているというなら、それは慌てる必要は無いと思うんですが」

「怖がっているわけでは無い……つまり伯爵についてはどうでも良いと」

「どうでも良くは無いんですが」


 どこまでも逆接の接続詞で言葉を閉じるロジー。

 これでは流石に、ムラタとしても推測が進められない。


「前伯爵を物語に登場させることについては、それを怖がってはいない。しかしながら登場させる危険性は理解している。然りとて、前伯爵以外の登場人物を出したところで、いまいちその気になれない」


 ――不意に。


 と言うようなタイミングで、マリエルが正解のど真ん中を射貫いてしまった。


「ああそれだ!」


 途端にロジーが快哉を叫んだ。

 そしてそのまま続ける。

 弾み車で勢いが付いたように。


「さすがに、マリエルさんは同じように物語の作り手だけのことはある。まさにそんな感じです。会誌を作り続けようとはしてるみたいなんですよ、アンジェリンは。だけど、その気になるような……」

「題材、としておきましょうか」


 今度はマリエルの説明で事態をすっかり把握したムラタから、フォローが入る。

 それにもロジーは勢いよく頷いて、さらに話を進めた。


「その題材が無いとどうにも、上手く作れないみたいで。かと言ってあたしには、そこで役に立つような事も言えないし……」


 これで、ロジーが2人を呼び出した事情は、はっきりした。

 本来なら、ロジーはもうムラタと関わりたくは無いのだが、彼女自身がアンジェリンが金づるであること以上に、彼女の作る物語の支持者ファンになってしまったこともある。


 そのため、実害が無いままにムラタを忌避するよりも、実際にもどかしさが目に見えているアンジェリンへの対応を優先させた形だ。

 

 マリエルに同席を願ったのは、ロジーの優秀さを示すものであったが、結局のところムラタがいなくなってしまった“アスハム”の様に、アンジェリンの背中を押さなければ、どうしようも無いのであろう。

 

 ――少なくともロジーはそう感じている様である。


 ムラタは、そんなロジーを見てしばらくタバコを燻らせていたが、やおらタバコを携帯灰皿に放り込んだ。


「……マリエルさんには申し訳ないないんですが」

「大丈夫です。ムラタさんのお話なら、伺える事自体が私の楽しみですから」


 ムラタが口を開いた途端、先回って返答するマリエル。

 その反応に、眉根を寄せるムラタ。


 つまり――


 ロジーへ手助けをするつもりがある。

 しかしそれには説明を含めて、いささか時間がかかる。

 それは休暇中のマリエルに負担がかかるだろう。


 そこでまずは、その了承を得よう、としたところで、繰り出されたのが、あのマリエルの返答である。


 何と言うことの無いやり取りではあったが、ムラタにしてみれば、少し面白く無かったのも確かだ。

 だが、マリエルはそれを行ったところでムラタが怒ることが無いということまで読み切っている。


 実際に、ムラタが問題だと捉えているのは、自分の心理を読み取ったこの部分であるのだが、ここに構うと話がわき道にそれすぎるので――結局はマリエルの望みの通り、話を先に進めるしか無い。


「ではまず、商売の話から始めましょうか」


 何かを振り切るように、ムラタが仕切り直した。

 マリエルに関わることを避けたようにも見える。


「商売、ですか?」


 一方でロジーは、2人のやり取りについては最初からスルーすると決め打ちしていたかのように、迷いが無い。

 完全に、ムラタの言葉だけに反応している。


「少しばかり、元の世界であったことを思い出しましてね。物語を作ろうとしている人にやたらアドバイスを行っている人物がいましてですね。いやあれはアドバイスというのかな? そういった心得をただただ流布し続けるわけですね」


 そうムラタが告げた途端に、ロジーもマリエルも眉根を寄せた。

 そんな2人の反応に、今度はムラタが笑みを見せた。


「そう、これはとても胡散臭い話なんですよ。ですが、これに胡散臭さを感じられるかどうかが、物書きにとっては重要な資質だと俺は考えているんです」

「え? でも、あたしは……」

「ですから、これは根本的には商売の話になるんですよ」


 ムラタの言葉に誘い込まれた形となったロジーは、思わず口元を覆う。

 そんな姿を“案の定”と評するのは酷だろうか。


 それでもムラタの話は続く。


 ――全てを見逃すまいとするかのような、マリエルの紫の瞳と共に。

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