お姫様はヤンキー
御前会議である――
定期的に行われているわけでは無い。
そもそも、ムラタも――そしてマドーラも、御前会議のような物を嫌っている。
ムラタに至っては、
「まったくの無駄。幼さが抜けない低脳だけが喜ぶような非効率で合理的では無いやり方」
と断言した上で、それでも御前会議自体は消去しなかった。
「会議としての役割は、こんな大人数でやる必要は無いんですよ。ただ会議以外の意味合いとしては、それほど捨てたものでは無いですから」
それは何かと尋ねてみれば、
「上役が仕事をチェックするとなったら、引き締まるでしょ? 人間はサボるように出来ていますから。俺の世界でも、国まで作るという大規模な実験を行って『人間はサボる』という結論が出てます」
相変わらず悪意しか無い様な単語を並べて説明する。
「また、その逆の意味合いもありますよ。多くの人の前で、自分の仕事を称揚される。これは間違いなく気持ちいいですから。こう言うのは“ジコショウニンヨッキュウ”と呼ばれるんですが……ああ、翻訳されない、と」
いつもの通り、翻訳スキルに無理をさせて。
「そういう場を提供するために御前会議は必要……と言うか、マドーラの教育のためにも必要なんでね。皆さんにもご面倒をお掛けしますが、よろしくお付き合いお願いします」
最後には頭まで下げてくる。
本当に、どこまでも人を食った男だ。
そのムラタは今回、ほぼ御前会議用の例の襟ぐりの大きい白い長ラン姿。
どこに腰掛けるでも無く、玉座の傍らに立ち尽くし、襟の隙間で煙の生産に勤しんでいる。
端から見ている限り、油断しきっているように見えるが、出席者の発言を聞いていないわけではないらしい。
いよいよ改装も終わる、浴場でのプラン。
その辺りを、メオイネ公が揚々として語る間に、時折冷や水を浴びせて、あくまで浴場は王家の所有。その使用許可を出しているだけだと、重ねて確認させた。
前ギンガレー伯の行く末の記憶はまだ古びてはいない。
王都でも、浮かれきったような空気は少し収まってきている。
なにしろ護民卿なる役職は、新たに任命されなかったのだから。
ギンガレー伯の醜聞で騒然とした後、王都に訪れたのは漠然とした不安感。
大貴族が、ただ一晩の間に消え失せてしまった。
そのため強大な力を想像してしまうのも無理からぬところである。
ではその、強大な力を誰が有しているか――
それはもう次期国王しかあり得ない。
今も、魔改造された玉座にちょこんと腰掛けている。
あの不思議な色合いの長衣姿。
ムラタと同じように、心底自分の形については関心が無いらしい。
それでも最近は洒落っ気でも出てきたのか、その上にスカジャンを羽織り、飾緒代わりのつもりでも無いだろうに、腰回りにジャラランと、銀色の鎖を吊していた。
その姿をムラタが見て、
「……不良少女と呼ばれて」
と呟いたわけだが、間違いなく元凶はこの男である。
あるいは強大な力の持ち主であることを示す事になるかも知れないが、そんな文法が通用するのはムラタに対してだけだろう。
ストロベリーブロンドの髪も、はすっぱに2つ括りにされただけ。
そろそろ、お洒落を覚えさせるべきなのだろう。
費用対効果の問題で――と、ムラタがそんな事を考え出す頃合いだ。
さてそんなマドーラに、提案してきたのがリンカル侯である。
もちろん貴族とは……などと始めたわけでは無く、随分実務的な提案だった。
ある意味では、その真逆。
マドーラの格好については、もう諦めているのであろう。
ムラタの用意する衣服が“埒外”過ぎて、相応しいとか相応しくないとか、そういう判断が不可能である事も理由ではあるが、その反面、提案それ自体はマドーラの力量を認めるような内容であった。
いや“力量”というよりは“性質”というべきかも知れない。
何しろ、マドーラは嫌がっている。
それも真っ当な提案を受けてだ。
諫言を弾き飛ばせとはムラタは、絶対に言わないのだから実に効果的な提案である。
そして実際、ムラタは興味深そうな色を瞳に湛え、ジッとリンカル侯を見つめた。
「……王都の景気対策ですね。落ちてきていますか?」
「財務卿と言わせてもらえば、落ち込んでいるとは判断出来ない。だが、民の心については気を配らねばならん」
「もっともですね」
ムラタは感慨深げに頷くと、タバコを携帯灰皿に放り込んだ。
本気で、話を聞く構えになった様に思える。
それを見て、リンカル侯が先ほど叱責を受けた形になっていたメオイネ公をちらりと見やった。
どんな形であっても政敵は政敵だ。
ムラタにおべんちゃらを使うような状態であっても、競わずにはいられないらしい。
そんな諍いを歓迎するかのように、ムラタは言葉を重ねる。
「俺の国では財務を預かるところが、他の部門よりも一段高くなってましてですね。制度の問題では無くて、金を握ってる方が偉い、という“習性”でそうなってしまったんです。その辺り、財務卿が真剣に仕事を始めると、こっちでも同じ現象が起こるんですね」
褒めているのか馬鹿にされているのかよくわからない言葉を投げかけられたことで、リンカル侯が一瞬混乱する。
「代表で名前を出させて貰いますがメオイネ公」
「う、うむ」
果たして、ムラタが向けたのが矛先だったのかどうか。
とにかく今度は、ムラタの視線はメオイネ公に向けられた。
単に、席がリンカル侯と並んで1番近かっただけかも知れないが、どうやらそれだけで終わりそうも無い。
何しろムラタが笑っている。
「このような提案が出てくると助かるんですけどねぇ。何せ俺は放っておくと厳しくする一方ですから」
「それは……な」
メオイネ公が複雑な表情のままで頷いた。
「メオイネ公も、この度の浴場で地元が取り扱われるということで浮き足だってしまうこともわかります。ですが、貴方は内務卿なんですから全体的な心配りをお願いしたいですね」
そして真っ向からの正論。
こうなってしまえば、反論も難しい。
一方で、リンカル侯は胸のすくような表情を隠そうともしない。
今度は完全に調子に乗っているのはリンカル侯に見えたが、賢明なことにそれ以上の発言は控えていた。
「で、建設的な方向に舵を切りましょう。表彰するんですね?」
「そうだな。そういう名目がわかりやすいだろうな」
「名目……実に良い言葉です。実体は無くても良いと」
「左様。要は褒められたという事実が民の心を安んじることになるからな」
ムラタはふむふむと頷いた。
「やはり、良い案ですね。相手はギルドで良いんですか?」
「業績の伸びているギルドは一目瞭然だからな。それで、代表者と特に頑張った者を代表で同席させるのはどうかと思っておる」
ムラタの目がスッと細められた。
「――ギルドの代表者がまともに仕事をしてるかがそれでわかると言うわけですね」
「さすがはムラタだ」
「いえいえ。リンカル侯も随分と悪くなられたご様子で」
「なんのなんの」
そうやって、ムラタとリンカル侯が、ワッハッハ、と笑い合う。
「では、その辺りの裏付け――ペルニッツ子爵、お願いできますか?」
「承知しました」
変わらぬ――いや変わり抜いたペルニッツ子爵が殊勝に応じる。
一体いつの間に、ムラタに組み込まれたのか。
しかし元々は、メオイネ公の派閥に与していたのであるから元に戻っただけとも言えるだろう。
警務局詰め、という役目は実質的な意味を持つようなっていることが最大の変化ではあるが、未だ配下のものは少ない。
その辺りは近衛騎士団との折り合いがある。
「殿下もご出席なさる?」
その団長たるルシャートが確認する。
「リンカル侯の案ではその方がよろしいとお考えのようですね」
「うむ。ここで殿下に御出座願えば、効果はさらに高くなる」
「場所は……やはり浴場ですかね。これでメオイネ公の助けにもなりますし」
「さ……左様」
リンカル侯が、戸惑いながらムラタの言葉を肯定する。
しかし、ムラタはそれに構わずに玉座のマドーラへと向き直った。
「……と言うわけだ。君もそのつもりでな」
「………」
「返事!」
「……わかりました」
次期国王が満座の前で叱責される。
そんな、あり得ない現象を精一杯スルーした後、御前会議は閉幕した。
細かい部分は後日詰めるということで。
――やはり「会議」とは二度手間になるものらしい。
□
そして、その会議から自室に戻るマドーラ一行。
近衛騎士、そしてメイルとクラリッサに囲まれた状態で、マドーラはぽつりと呟いた。
「……始まりですか?」
と。
ムラタは、一瞬咎めるような眼差しでマドーラを見つめるが、やがて肩をすくめた。
何かを諦めるように。
「……少なくともそう判断したらしい」
そしてムラタは呟く。
「共犯者がな」
と。




