報告と愚痴は紙一重
>BOCCHI
後日談――
そういう物が必要なのだろうと思う。
まずギンガレー伯――リムロックさんを“庶人に落とす”というやり方ね。
どうもこっちの記録では具体例はなかったみたいだ。もちろん俺だって、そんなもの具体的に知ってたわけでもない。
記憶に引っかかっていたのは、魏豹についてだけ。
そんなわけで、別に生かしたかったわけでは無いこともおわかりのことと思う。
ただ生かした以上は、近衛騎士団内部に諜報部門を設立するための、叩き台を作りたいという欲求が発生してしまうわけだ。
王都内は、ノラさんにある程度任せることも出来るだろうが、王都の外での諜報活動はどうするのか? という問題。
いや、むしろ諜報と言うよりは斥候部隊だね。
せっかく騎兵は揃ってるんだから、もうちょっと熱心になって貰いたい。
……というわけで、王都の外でリムロックさんがどう動くかの監視任務を継続させて、適した者を選んでみようか、というのがざっくりとした狙い。
だけどまぁ。
何にも出来ないのな、リムロックさん。
俺が思っていた以上に、人望がない。
もちろん“ギンガレー伯”としての立場がリムロックさんのバックボーンだったんだろうけど、その背骨抜いてしまうと、そう言うのを抜きにして付き合ってくれる「友人」的な立ち位置の知り合いはいなかったらしい。
……ある意味で俺の理想だね。
しかも、下手に困窮させるのも面倒なので捨て扶持的に、農村で食べ物恵んでくれるぐらいの金は支給しておいたからなぁ。
俺だったら、喜び勇んで引き籠もるんだが、リムロックさんはそうも行かなかったらしい。
ギンガレー領に戻る選択肢は流石に選べなかったらしく、その上で王都への名残もあって、俺が強引に再開発したあの村に辿り着いて、しばらくはジタバタしてたみたいだ。
で、それ以上何ら動きが見られない。
もっとも、それで安心するわけにも行かないわけだが、この辺はマドーラの宿題に残しておこう。
むしろ効果的だったのは、他の貴族達の反応だったな。
“庶人に落とす”という刑罰に、心底ビビってしまったらしい。
なんだろう?
本気で、
――“神が貴族の地位を保証している”
とか、考えていたのかね。
そんな理屈成立するはず無いのに。
何故、貴ばれるかについては諄々(じゅんじゅん)と説明してきたつもりなんだがなぁ。
それなのに、俺のやり方が神に怒られるとかそんな事考えたのだろうか?
ま、俺にとっては都合の良い話であることは確か。
特に再編と綱紀粛正が望まれるギンガレー領では、さらに戦々恐々としたみたいだが、これもまたマドーラの宿題になるだろうな。
ただ、俺がやったことと言えば普通に賠償金を請求して、世嗣を王都に滞在させるように求めただけなのに。
それだって搾り取るような真似はしてない。
緩めに設定して王国の藩兵として自覚を持つように、訓示を垂れただけだ。
リムロックさんが最終的に丸裸になった事で、冒険者に依存する体制の危うさにも気づけたようだしな。
賠償金を支払う代わりに、しっかりと軍備を整えさせる。
シャフル帝国が出張ってくる可能性は「ない」と断言出来るけど、最終的に近衛騎士団に組み込むことが出来れば万々歳だな。
――近衛騎士団という名称が、そろそろ実情に添わなくなってきた気もする。
で、世嗣を王都に来るように命じたことについては、ちゃんと留学的な理由があることにしてる。
人質に見えるだろうけど。
どんな奴が来るのかはまだ決まってないようだが、当人も人質だと思うだろう。
だが、そこでしっかりともてなして、王家のシンパになって貰う。
これもまた常套手段だけど。
そこが上手く行かなかった場合は、李世民が李勣に対して行った、こすっからい手段が使えると思うし。
あれは、本当に正気の沙汰かどうかが疑わしい。
普通に李世民ボケてたんじゃないか?
「もっとも危険な人物」と評しておきながら、行った手段があれだもの。
しかしあれはあれで、李勣を厭世的な気分にさせるのには有効な手段である気もする。
その後に武照の専横を許した原因とも思えるけど、俺に言わせれば李勣は最初から、唐王朝なんかどうでも良かったんじゃ無いかと思うんだよね。
真っ当に民が平穏に暮らせるなら、李家だろうが貴族だろうがどうでも良かったんじゃ無いかと。
事実、李隆基の治世を支えた名臣は、武照の作り出したシステムで排出された人材達だし。
……ええと、何の話だったっけ?
そうそう。人質の話。
俺の命令で王都に寄こすように言ってあるから、その後にマドーラの命で帰郷が許されれば、それはそれで感謝すると思う。
世嗣が“李勣”だと、そう上手くは行かないだろうけど、本当に李勣なら国任せればいいんだしな。
……何だか恨まれそう……ま、いいか。
――という辺りがギンガレー領絡みの後片付け。
爵位の継承とか、色々あったけどヨッフェンに渡して、特にトラブルも無く。
やはり、領地では盤石な支配体制を組み上げてるんだろうな。
もしかすると、ヨッフェンでまとまりそうだったところを、遺憾ながら“俺のやり方”で冒険者を抱き込むことに成功して、リムロックが巻き返した可能性――有り得るな。
これも近衛騎士団の練習に使おう。
で、実際リムロックには冒険者とか、たっぷりと情を絡めた愛人とかだ出てくるんだと思うんだがなぁ。
ま、監視は続けてるし良いだろう。
個人的にはリムロックさんを中心に不満分子を集めようという、戦略的には問題のある方法も考えてはいるが……あまり先走るのも問題あるか。
冒険者と言えば、メイルたちは引き続き、侍女稼業に従事して貰っている。
今抜けられると困るし、彼女たちもすぐにはノウミーには引き上げたいとは思ってない様子。
事実はどうあれ、リムロックさん派と呼ばれることになりそうだからな。
その点、ヨハンは良く戻ったと思うよ。
キーンは逃げ出したみたいだけど。
普通に、女食ってたみたい。
王都だけではなく、ノウミーでも。
これは普通にギンガレー領において、王都より先に「冒険者排斥」運動が出てくるかもな。
経済的には、冒険者頼りでは無く、王都に持ち込めば金になるような道筋があるし。
で、問題は王都。
「白黒」と「録音」込みの魔法具。
これが広がってしまうと、俺が疑ってかかっている民主主義の萌芽になるんじゃなかろうかと思って、ちょっと戦々恐々な気分。
いや、そもそもこれで発生しそうなマスコミというのは、本当に民主主義の礎になるのかねぇ?
その辺りから、疑ってるけど別に試したいわけじゃ無い。
そのためにただやることは、広まる速度を緩める処置をするだけ。
魔法具については、抑えるのは簡単。
だけど「白黒」はなぁ……実際かなり便利らしくて、王宮での事務官に使用禁止とか通達したら、ストぐらいはマジで起きそうだ。
しかしそれでも、王宮だけで使用するように通達はしておいた。
外国に漏れるのは……ヴェスプ共和国についてはもう似たようなシステムがあるのかも知れない。
ただ海路なので割と防ぎやすい分、ぬかりなく、
シャフル帝国へは、藩兵としての責任を負わせた、新しいギンガレー伯に期待しよう。
ま、ここまでやっても漏れるだろうけどね。
ドノヴァンさんが鍵なんだけど、その辺りまで管理はしたくない。
将来的にドノヴァンさんが栄華を欲したとしても、俺の名前だけは出さないように釘を刺しておいた。
……あの爺さんが、今更そんな事になるとは思わないけどな。
しかし何にでも不測の事態は出てくるものだ。
甘いと言えば甘いんだろうけど、どうにも処理しにくい。
……韓信が劉邦に感じてた気持ちって、こんな感じなのだろうか?
これだと俺が韓信って事になるから、やはり間違いだな、うん。
というわけで、短期間で事を片付けようとした歪みが、この辺りに集中している。
何とも女神の思惑に乗ってる感じがして、忸怩たるものがあるけど……これも計画通り、と前向きに考えよう。
それよりも、だ。
俺の予想では、この後流れるように次の変化が訪れると思っていたんだが、ここで停滞してしまった。
しかし、それに対して手の打ちようもなく、おおよそ100日後。
御前会議においてその“兆し”が現れた。
こんな形で。
「殿下! 提案がございます! ここは健全な運営をしているギルドの代表者への賛辞を与えてはいかがかと」
……ほう。
で、マドーラ。
表情を固めるんじゃない。
リンカル侯が実に“有意義な”提案してくれてるんだぞ。
最近、周囲も君の“気分”読むようになってきてるんだからさ。




