ギンガレー伯、失脚
再び訪れた静寂の時。
ギンガレー伯に対して、審判が下ったことが原因はずなのだが、漂う空気は――戸惑い。
「……あれ? 死刑以上の話もっと必要ですか? 恥辱刑方面は浅学なのでそこまで知らないんですよ。惨たらしい方面だと、目と喉焼いて手足ちょん切ってトイレに放り込むとか、目から溶かした鉛流し込むとか、血を絞り出すとか、油を塗った杭に刺して自重で段々刺さるようにするとか、金属の入れ物の中に放り込んでじっくり焼いてみるとか……」
ムラタが、ドンドン具体例を挙げてゆく。
そのためにさらに、周囲の空気は冷えていった。
だがムラタはそれを無視してさらに話し続ける。
「ああ、流し込んだのは鉛じゃ無くて金だったかも。と言うかこれ、刑じゃ無かったかも。それを言いだしたら最初の“人豚”についてもそうですね。あれはただの憂さ晴らし。血を絞り出すのは、美容で……刑ではないかも。ああ、でも串刺しは合理的でした。あれはあれで、自衛の役には立ってたと思いますし……」
「お、お、お主の世界は……」
メオイネ公が呻き声を上げた。
「狂ってるのか? ――みたいな話ですか? いや、その辺りはわかりませんよ。当時の事情という物がありますから。ただ、そういう記録が残ってるのは人類全体での自省的な意味があるんでしょうかね? 例の死刑を嫌がってる国だって、囚人の苦しみを和らげるため、という名目で刃が斜めの大きな刃物をストン、と落として斬首する死刑道具を使ってましてですね……」
「勝手で悪いが」
ムラタの長広舌を止める為に、ハミルトンが強い口調で断じた。
「君の狙いはわかったよ。リムロックを恐怖させるためだな。だが、こちらもそれ以上に恐ろしくなってな。私の要望ではあったが、この話はここまでとさせてくれ」
「……仕方ないですね」
ムラタは名残惜しそうに、一服。
「今度こそ殺せると思ったんですけどね。そうもいかなくなったので、せめて怖がらせようとしたんですが、実際キリが無い上に、明け方を迎えそうなので」
「……もう眠れないだろうから、その心配は少しズレてる気もする」
そのように言葉を返すハミルトンはまだしも心丈夫な方なのであろう。
当事者のギンガレー伯は“リムロック”と名前を呼ばれたことに対して反応も出来ないでいた。
「本当は死罪が相当なんですギンガレー伯」
そんなギンガレー伯に、ムラタは無慈悲に話しかける。
「それは理解出来ていますか?」
その上、返事をすること要求。
非道と言えば確かにそうなのだろう。
「――返答しろ。お前の言葉で我が領の未来が決まるのだ。まったく愚かしい」
ギンガレー伯の弟――ヨッフェンが底冷えする声で命じる。
「いやまぁ、ギンガレー伯の言葉で結論を蒸し返したりはしませんから。ただ後でもう1回というのも面倒な話ですし。それでは後で誰かが、ギンガレー伯にちゃんと伝えてください。聞こえているのかどうかわからないので。では、俺がこういった判断に達した理由を説明させて貰いますね」
「それは殿下の御意向が……?」
ムラタはタバコを携帯灰皿に放り込むながら話を先に進める。
そこにリンカル侯が、言葉を挟んだ。
ムラタは、おお! と驚いたような表情を浮かべて、笑顔でそれに頷いた。
「そうでした。その話から始めた方が良かったですね。簡単に言うと、ギンガレー伯は俺が罠に嵌めて陥れたので、マドーラは関わってないんですよ。協力関係にあるので、マドーラの不利益にはなってませんけどね」
「な! なんだと!!」
途端にギンガレー伯が息を吹き返す。
「わ、わ、罠だと!?」
「そうですよ。しがらみがありまして、貴方を取り除くのが俺の目的。貴方のしたことをつらつらと思い起こしてみると……俺にはさほど悪いことしてるとは考えられないんですよね。強いて上げると運が悪い……いや頭が悪いのかな?」
「ま、待たぬか! それでは話がおかしくなる。死罪は――」
慌ててメオイネ公が割り込んでくるが、ムラタは飄々と答える。
「それは間違いないですよ。貴方がたはこの世界の人ですし、マドーラというか王家に忠誠を誓っている。それもまた自分たちの権威付けに利用している。それなのに、その主の所有物、庇護対象に手を出そうとしたんです。どう考えても死罪でしょ」
その理屈には確かに抗しようが無い。
では、ムラタの説明は――
「俺は“埒外”なんですってば」
全員が、戸惑ったところでムラタがタイミング良く、言葉を差し込んだ。
「前にも言ったと思うんですけどね。俺から見れば爵位とか貴族とか、せいぜいが“ごっこ遊び”しているようにしか見えないんですよ。王は別ですけどね。あれは自然発生的に出来てしまう気がしますし」
「ならば爵位も――」
「そうですね。そこのところが自分でも不思議なんですが。やっぱり貴族が貴ばれる理屈が俺には意味がわからない。かと言って、皆さんがその方が良いと仰るなら、好きにすれば良いと思うんですよね。俺には関係の無い話なので」
リンカル侯の必死の訴えにもどこ吹く風。
いや実際に不思議そうに、首を傾げている。
こんな発言、貴族の前でしてしまえばそれだけで死罪は間違いない。
だが、この場にはそれを実行出来る者が誰も居ない。
この無茶苦茶な状況こそがムラタが“埒外”の証。
そしてムラタは先を続ける。
「が、今回は少なからず恩義を受けた連中との取引がありましてね。また、それで俺にも利益がありましたから。そういう意味では、ギンガレー伯は運が悪い」
もちろん、メイルとアニカのことだが、わざわざそれを確認する者はいない。
「が、そもそも恨み買いすぎですよギンガレー伯。それに加えて、もうつけいる隙がありすぎます。あんなに調子よく物事が上手く回ってるのに、疑問に思わなかったんですか? ラックの刑なんか、わざと“滓ラック”とか叫ばしたんですけどね」
「な……! な、な……!!」
呻き声を上げるギンガレー伯。
それと同時に振り返ってペルニッツ子爵に視線を向ける。
しかし、未だにペルニッツ子爵が自分の味方だなどと考えているのなら――それはもう、断罪すべき愚鈍さと言うべきだろう。
特に“貴族”であるのならば。
「ま、この洒落がわかるはずは無いからこれは酷かな? でも、少し身を慎んでくれれば、回避出来たのに、そのまま死罪コースに突撃するんですもの。かえって厄介になりましたよ。これは俺が調子に乗った部分」
「その死罪をやめる理由は?」
ハミルトンが尋ねると、ムラタは面倒そうに顔をしかめた。
「貴族ならおわかりでしょう? 単純に連座ですよ。ギンガレー伯を謀反ということで死罪にしてしまうと、伯爵領に空白地帯が出来てしまいます。が、伯爵領はシャフル帝国への備えをして貰わなくては困りますから」
「帝国から何かあったのか!?」
流石にメオイネ公が声を上げるが、ムラタはさらに顔をしかめた。
「あろうが無かろうが、その備えを行わないわけには行かないでしょう? 内には平穏を。外には警戒を。これ常識じゃ無いんですか?」
「それは……」
「今日までの状況が、急変する可能性は必ず頭に置いておかないと。それでも尚、不測の事態という物は起こる物です」
諦めたようなムラタの言葉に全員が押し黙る。
「……というわけで、堂々と死罪にしてしまうと伯爵領に混乱が起きます。そこで、かねてから連絡を取っていたヨッフェンさんに、伯爵位を受けて、尚且つ混乱を収めることは出来るか? と確認したところ、それは間違いなく行う、と言われましたので」
「はい。お約束します」
悲壮、と言っても良い面持ちでヨッフェンが宣言した。
ギンガレー伯は、もはや言葉もないらしい。
いや、呼吸もままならない状態であるのか。チアノーゼのような顔色になっている。
「――ま、それだけでは不安になられるでしょうが、とにかくギンガレー伯はアクが強すぎたんでしょうね。擁護する人もいましたが嫌っている人も、とにかく多い。その辺りをヨッフェンさんは上手く操縦出来そうだ、と言うことでとにかく、そういった新体制に移行して貰おうと」
そこまで説明して、ムラタはようやくのことで立ち上がった。
今まで段差のある部分に腰掛けていた分、通常ならいささか身長的には見劣りするムラタが、その場の全員を見下ろす形となる。
「説明諸々、これで十分かと。あとは宣言だけですね。ギンガレー伯は王都を騒乱させた、と言うことで、その罪状が発表されることでしょう」
その言葉の意味を――
メオイネ公とハミルトンが同時に察した。
そして同時に脂汗を流す。
つまりギンガレー伯は、まことしやかに囁かれる会誌で描かれるような事を行ったかのように……
その陰謀。その結実。何もかもが悪党過ぎる。
やはりムラタは、何よりもまず、その性質が――“埒外”なのだ。
「元ギンガレー伯リムロックに告げます。貴方を庶人に落とした上で、王都追放に処します。マドーラの命でね。その後に武力蜂起してくれると、手っ取り早くて助かるんですが――どうしますか?」
果たして、与えたかのように見えるその選択肢も、餌か、罠か、さらなる陰謀へのとば口か。
ただ確かなことは――
――リムロックに救いは用意されていない、ということだけだった。




