元には戻らない
ムラタの舌鋒が緩んだとは言え――
説明がそこで終わってしまっては、どうにも落ち着きが悪いのも確かなことだ。
歌う。
ただそれだけの事で、国を統治していたというのは、どうしても納得出来ない。
……当たり前の話である。
「……歌って、それで国が治まっていたのか?」
自分で口に出して、その馬鹿馬鹿しさがあまりのことなので、ハミルトン自身が顔をしかめてしまった。
「そんなはずはないです」
短く、ムラタは答える。
それで十分であるとも言えるが、圧倒的に不足であることも確かだ。
どうやらムラタも、この辺りを説明することに馬鹿らしさを感じているらしい。
「じゃあ、結局どうなったのか説明してくれないと終わらないよ。この話は」
実に親切にハミルトンが重ねて要求すると、ムラタは覚悟を決めたようにタバコを携帯灰皿に放り込んだ。
「――東でも西でも大乱勃発です。東では王を自称する人物が出没し、西では大海賊が出現しました……こっちでも海賊いるみたいですね。記録でしか見ませんでしたけど」
「あ、ああ。それで、その乱はどうしたんだ?」
「収まりましたよ。何とか武力討伐でね」
「なんだ。それなら、歌ってばかりじゃ……」
「歌ってることが一番重要な仕事なんです。だから乱を治めた者に対して、逆に罰を与えたんです」
そのムラタの説明に、再び目を向くハミルトン。
いや、ハミルトンばかりではない。
ムラタにとって“異世界人”であるはずの人間が揃って驚愕に目を見開いていた。
まるでムラタの元いた世界の方がよっぽどの異郷であるかのように。
「……一番は良いとして……なぜ罰を」
「“死”を嫌がったからですよ。そして自分たちが歌っている以上、自然と治まる乱だったのに、戦うなんて余計なことをしたと。繰り返しになりますが、これが自分で自分の始末も出来ない人間の“なれの果て”です」
そう説明することが、ムラタにとっても恥ずかしい事なのだろう。
もはやタバコに手を伸ばす事さえも無かった。
「……ああ、じゃがそれは1000年前の話ではあるのか」
メオイネ公が救いを発見したかのように声を上げた。
そんな様子に、ムラタは自嘲するかのような笑みを浮かべた。
「確かに。ですが俺の世界……というか俺の国かな? 油断すると“汚れ仕事”は自分たちが意識しなければ消えて無くなると、そんな事を本気で考える民族性らしくてね。実際、死刑を無くそうなんて連中が勢いを増してましたし。それにえげつない疫病が流行った時も、その民族性がモロに出ました。何しろ俺の元の世界には神聖術なんてものありませんから、それはもう酷い有様で」
「死人が多く出たのか?」
「……それもそうなんですけどね。一番マズいのは国が下手うった時に、国を非難するだけはして、行動出来なかったことが大きい。国を非難する以上、国に頼るのを止めた方が良いのに“汚れ仕事”は嫌がるから、自分だけは耳に優しい言葉を並べ立てるだけで、後は国を非難するだけ。これも簡単な話なんですけどね。ミスが出てしまったことはもう取り返しが効かない。戦の最中に不意打ちを食らって、それで次にやることは、不意打ちを食らったことに対しての非難ですか?」
当然違う。
受けたダメージをコントロールし、回復に努める。
これしかない。
「――それなのに、俺の国では不意打ち食らった後に、そのまま元に戻れると考えている連中が多くてね。当たり前に潰れる部分が出てきますよ。当たり前の話。だがそれを口にしたくない。言うと、縁起が悪いと逆に責められる。結果として、さらにダメージは広がる」
「だが……それは確かに国の問題ではないのか?」
リンカル侯がそう告げる。
確かに、彼らの“常識”ではそうなる。
だがムラタの世界――ムラタの国の“常識”では、いささか内実が違うのだ。
「こっちでは国という物を運営する責任があるのは、王あるいは貴族。そういう者達でしょう? ですが俺の世界では“民”がその責任者なんですよ。つまり“汚れ仕事”を民1人1人が受け持つという政体なんです。だがそれを、根本的な所では理解している者が少なすぎたんです。結果、耳に優しい言葉だけを並べて、誰も“汚れ仕事”の重要性を無視する」
ムラタは肩をすくめた。
「……1000年前とさほど変わりませんよ。特に俺の国では。民に責任を預ける政体が徹底的に向いてない気がしますね。どうかするとすぐに“汚れ仕事”を無かったことにしてしまいますから」
「そう……なのか?」
ハミルトンが辛うじて声を発した。
「ええ。先ほど説明した海賊達の大乱の後、武力討伐を辞さなかった連中に国の運営権が移っていったんですよ。でもそれも……」
「“汚れ仕事”を無かったことにした、わけか」
何とも苦々しい表情を浮かべるハミルトン。
ムラタが言い淀むのも、理解出来たが――
「――何の話だったかな?」
「そこで俺が文句を言い出すと俺の国の悪癖を真似ることになりますからね。この報復はじっくりと」
「報復って……」
「これ終わったら、多少は時間の余裕が出来るはずなので、その時に便利つかいさせて貰いましょう」
そこでムラタはペルニッツ子爵へと視線を向けた。
「すいません。長くなりすぎましたが、これでペルニッツ子爵への質問には答えることは出来たかと」
「…………はい。それはもう十分に」
感情が摩滅したはずのペルニッツ子爵が額に脂汗を浮かべていた。
それはムラタの話に気圧されたからか。
はたまた、ムラタが元いた世界に恐怖を覚えたからか。
「では本題に戻りまして――かように俺は死刑万歳な人間なわけですが、死刑が当たり前になるとこれもまた面倒が出てくるわけで」
「君は……」
今度はハミルトンが苦笑を浮かべた。
「自分で言い出したことを端から潰していくのはやめてくれないか? 混乱するばかりだ」
「こういう癖付けないと、すぐに人に騙されますから仕方ないんです」
ハミルトンの注文に胸を張って答えるムラタ。
だが、その理屈には確かに頷くべきとろがあったのだろう。
ハミルトンは肩をすくめることで、ムラタを促した。
「……で、死刑が当たり前になると死刑以上も必要だ、ということになる」
「死刑“以上”?」
メオイネ公が声を上げた。
疑念の響きを纏わせながら。
「まず単純に考えると、どれだけ惨たらしく殺すことができるか? という方法ですね。凌遅刑辺りが代表的ですが……」
「リョウチケイ?」
「はい。これは別に翻訳しようとは思いませんよ。実際、俺も詳しいところを知ってるわけではないので、そもそも不可能です。第一手間が掛かりすぎる。他にも問題がね」
そのムラタの発言で、誰よりも深く安堵のため息をついたのはギンガレー伯であることは言うまでも無い。
実質、今この状況が刑を執行されている状態とあまり変わらない。
「となると、基本的には恥辱刑ということになるでしょう」
「チジョクケイ?」
「こっちは翻訳しますよ。つまりは辱めを与える事を目的とした刑です。私の知ってる中で有名な方法は、首都なり街なりへの出入禁止です」
「それは……」
思わず呻き声を上げてしまったのはリンカル侯だ。
財務卿として、貴族として、それが自分の身にどんな影響を及ぼすのか容易に想像出来たのであろう。
そして実際、この類いの刑は既存の物でもあった。
だがムラタはそれに構わず話を続けた。
「それの最上たる刑が記録抹消刑ですね」
「記録……抹消……」
浮かされたようにメオイネ公が呟く。
今度は綺麗に、翻訳だけは出来たようだ。
だがムラタは要求されていないのに説明を開始した。
「これはそのままですね。生きていた、存在していた記録を抹消してしまうんです」
「……なるほど。これ以上無いほどの辱めじゃな」
「この感覚は通じるんですね。俺に言わせれば、これは人権の停止に繋がるから、さらに悲惨なことになる未来が見えるわけですが」
そこでようやく、ムラタはタバコを取り出した。
いくらかは平静さを取り戻したようだ。
「うん? さきほどの出入禁止はともかく、記録抹消は死刑と併用が……ああ、そうか。死刑以上という話だったな」
そんな中、ハミルトンが自分で覚えた違和感に、自分で答えに辿り着いてしまう。
ムラタは、タバコに火を点けながら、それに頷いた。
「そうですね。そこがまぁ、今回の肝心な部分。ですが、記録抹消が十分に“死刑以上”と言うことで納得してしていただいたと考えても大丈夫でしょうか?」
「……そういう話じゃったか?」
果たしてメオイネ公が首を捻るが、それを確認出来る者はいない。
当事者である、ギンガレー伯がまず見失っているのだ。
そしてそんなギンガレー伯に、いよいよムラタは視線を向ける。
タバコを燻らせながら。
「……と言うわけでしてギンガレー伯。王都退去と記録抹消。この2つで死刑の代わりということにさせていただきます」




