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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
261/334

真面目に証拠提示から

 とにかく速度が重要――


 そのような指示が出ていたのかは、ギンガレー伯には不明なことであったが、


「続きは明日から」


 という展開にはならなかった。


 王宮の一室に監禁される、という状況ですらギンガレー伯は想像するだけでおぞましかったのであるから、その分は確かに幸運であったのかも知れない。


 しかし王宮でギンガレー伯を待ち受けていた光景は、到底歓迎出来るものでは無かった。

 場所は、ある程度の広さが必要であったのだろう――簡易・謁見の間。


 待ち受けていたのは、内務卿・メオイネ公。それに財務卿・リンカル侯。

 さらには謁見の間の玉座へと続くきざはしに座り込むムラタだ。

 タバコをプカプカとふかしている。


 3人が3人とも、急に呼び出されたような出で立ちでは無い。

 ムラタは、その態度も含めて相変わらずの“埒外”ではあったが、寝具姿では無い。

 いつもの“冒険者風”の格好をしている。


 一方、大貴族2人は折り目正しい――それこそ謁見するに相応しい――服装でこの場に臨んでいた。

 まるでムラタの近侍にでもなったように、その両脇を固める形で。


 では肝心のマドーラはどうかというと、当たり前に出席していない。

 それもそのはずで現在午前2時だ。

 

 ムラタがそんな夜更かしを許すはずもなく、その玉座にも魔改造は施されていない。

 その足下に、ムラタが座り込んでいる形だ。


 そこまでは、あるいはギンガレー伯も予想出来ていたのかも知れない。

 だがもう1名――


 半白の頭。アイスブルーの冴え冴えとした瞳。

 しっかりと頬は痩け、綺麗に髭も当たっている痩せぎすの男。


 その衣服もまた貴族に相応しい、出で立ちであったからこの場に出席するのに相応しい身分なのだろう。

 オレンジ色で纏められたセンスは、少し首を傾げるところだが、非難するには及ばない。

 何より、そのセンスがギンガレー伯の記憶を刺激したらしい。


「お、お主、どうして王都ここに……」


 その人物を視界に収めたギンガレー伯が呻いた。

 だがそれも仕方の無いことだろう。


 その人物こそは、自領で留守を任せている弟のヨッフェンであったのだから。


「……ペルニッツ子爵、それにハミルトンさん、お疲れ様でした。抵抗はありましたか?」


 呆気にとられるギンガレー伯をスルーして、その場に彼と共に現れた2人に声を掛ける。


 それにペルニッツ子爵はただ首を横に振り、ハミルトンは「無かった」と簡潔に答えた。

 そうすると、ムラタは難しそうな表情を浮かべる。


「……結局、内乱には繋がりそうにありませんね。ルシャートさんには警戒態勢を解くように伝えなければ」

「そっちは私が指示を出したよ。もっとも近衛騎士うちの団長があっさりと警戒態勢を解くとは思えないがな」


「ああ……訓練もやってしまおうと」

「そういうことだ」

「では、ハミルトンさんも……」

「こっちはこっちで立派な仕事だ。それに先ほどの君の話には興味がある」


「“死刑”の話ですか」


「正確に言うと、それに関連した刑罰の話だ。それにこっちの面倒についても団長から命令を受けている。君に任せると、事態が深刻になりすぎる」

「ハミルトンさんがやったって同じ事でしょう?」

「部屋の清掃が大変になるだけだ。君がマウリッツ子爵領でやらかしたことを我々は忘れない」


 その会話を気安いと言って良いものかどうか。

 確かに口調は、気心が知れた者どうしの会話のようにも聞こえるが、内容が物騒すぎる。


 大貴族2人はもちろん、首謀者というのも乱暴な話だが、ギンガレー領の関係者もしっかり青ざめていた。

 元々青白かった、ペルニッツ子爵だけは変わらない面持ちであったが。

 すっかり、感情というものが“摩耗”してしまっているようだ。


 内乱、死刑、刑罰、部屋の清掃とは間違いなく流血についてであろうし、ムラタに任せると、それ以上の何事かが起こってしまう――


 そんな会話が為されているのだから。


「それでは仕方ないですね。ええと、どこから始めるべきなのかな……ああ、これが良いかな?」


 タバコを咥えたままのムラタは、背後から何物かを引っ張り出した。

 何やら壺のようでもあり、ムラタは座り込んでこれに身体を預けていたらしい。


「これはですね。実は魔法具なんです。ギンガレー伯、そこまではよろしいですか?」


 不意に、相変わらずの慇懃無礼さでムラタがギンガレー伯に確認する。

 だが、そう言われてもギンガレー伯にはどうしようも無い。


 まず見たことが無い物であったし、それよりも自分の身に起こっていることが――


「で、ここ――この管の先ですね。ここに何事かしゃべり掛けてください。別に近付く必要はないですよ。ただギンガレー伯におこなって貰った方が手間が省けるのでね。お願いします」

「て、手間とは?」


 ようやくのことで、ギンガレー伯は言葉を発することが出来た。

 ムラタはそれに頷きながら、タバコを携帯灰皿の放り込む。


「貴方の身に何が起こっているのか。その説明の手間です。短い方がお互いによろしいでしょう。何しろこんな時間だ。それに、この場に弟さんがいることも説明出来ます」

「そ、その魔法具に語りかけることが……ですか?」


 ムラタはもう言葉を発することなく、ギンガレー伯を促した。

 とにかく、ギンガレー伯が何事か言わなければ話が先に進まない。


 それだけにこの場の全員の視線がギンガレー伯に集中した。

 だが、それでもギンガレー伯には躊躇うべき理由がある。


「……あ、あの何と言えば」


 ここで迂闊な発言は避けたいところだ。


「それぐらい、ご自身で考えて欲しい……ああそうだ。『金髪が好――』」

「ムラタ」


 メオイネ公が咳払いしながらそれを留めた。

 しっかり額にいやな汗を浮かべている。


「……とにかく何でも良いのだろう、恐らく。そうじゃな。あの浴場で……何かあったよな、ペルニッツ子爵」

「『サマートライアングル』、でございますか?」


「そうそう。そんな名称であった。ムラタが名付けたとか。この者にしては無難で当たり障りのない名称であった覚えがある。この際、それも都合が良い。これでどうか?」

「は、はい。それでは……」


 言うまでもない事だが、そのムラタとメオイネ公のやり取り全てがギンガレー伯を苛んでいた。

 だが、ここで観念してしまえるほどギンガレー伯は弱く出来てはいない。


 何とかこの場をやり過ごそうと、必死になってムラタの欲求に応じようとする。

 実のところ、ムラタの要求は得体も知れなかったが、その簡単な要求に応じておいた方が無難であろうという計算もある。


「……さ、『サマートライアングル』」


 感情を込めないように、出来るだけ平坦な声でギンガレー伯は管に向かって話しかけた。

 すると、ムラタは手元にある壺から四角い水晶を取り出す。

 

 そして今度はその水晶を収める、今度は随分小さな箱を取り出した。


「で、これを、こうだったかな……」


 ブツブツと言いながら、ムラタがその箱を操作していくと――


『サマートライアングル』


 ――と、その箱から声が聞こえてきた。

 

 間違えようもなく、ギンガレー伯その人の声が。

 それも先ほど、ギンガレー伯が発した声と同じ調子で。


「……とまぁ、こういう魔法具です。十分に、おわかりいただけたと思いますが」

「また珍妙な物を……色々使い道はありそうだが」


 それに応じたのはハミルトンであった。

 初見ではあったが、命令を確実に伝える事が出来るという軍事的な側面にいち早く気付いたのであろう。

 一種の職業病とも言える。


 だが、どういった魔法具であるかは十分に知らしめることは成功した。

 何しろ、ギンガレー伯が“イヤな予感”に押しつぶされそうになっている。


 ムラタはそれを十分に察しながら、話を先に進めた。

 むしろ機械的に。


「で、今度はこれを聞いていただきます」


 言いながらムラタは、箱の中の水晶を入れ替えた。

 そして、先ほどよりはなれた様子で操作する。


「では、ご静聴、よろしくお願いします」


 ムラタが、そんな風に丁寧に前振りを行った後、箱から声が聞こえてきた。


 それは間違いなくギンガレー伯の声で――


『そうそう、そうじゃった。髪こそは金では無かったが、身体の方がなかなか瑞々しくてな。戯れにに“ベガ”と共に枕席に並べてみるかな。ワ~ハッハッハッ!!』


 ――あらゆる意味で危険な発言を再生した。


 もちろん、ギンガレー伯はその場で停止してしまった。

 そしてそれは、周囲の者達も同様だ。


 ある程度の話は聞かされていたとは言え、ここまで鮮やかに――あるいはえげつなく、ギンガレー伯の叛意の証拠を提示されるとは思ってもいなかったのだろう。


「……ああ、こういう状況が“雷鳴の似合う静寂”という奴ですね。この表現が所謂ライトノベルから出てきた事を“純文学ッカー”は、もう少し考えた方が良いと思うんですよ」


 一方でムラタの言葉は、わけがわからな過ぎではあったが、それもまたムラタの得体の知れ無さを、改めて認識させるのに十分だった。


「で――」


 ムラタは両手を打ち鳴らして、仕切り直す。


「ま、かような次第ですから、死罪が妥当となります。ギンガレー伯」


 ――今、1つの“仕事”が終わろうとしていた。

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