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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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朝の噂で非は髭に

「……そうそう。あたしが見たのは紫陽亭でご飯食べてた時だよ。ううん。そのぴったりのタイミングは見てないねぇ。紫陽亭から直接、その倉庫が見えたわけじゃ無いんだしさ。あたしはカウンターで食べてたからね。音がしたような気がして、窓の外を見てみれば、屋根の向こうに煙が上がってた……そのぐらいのことだよ。え? ああ、そうだね。何だか昨日はやけにそわそわしてるが多かったのは確かな話さ……そうだねぇ。あんな煙を見たのは、それこそあたしがガキだった時分以来だねぇ……」


 ――「百合のため息亭」の一番人気、ヴァネッサ嬢は語る。ほろ苦い過去を添えて。


「そうだ。ああ、間違いない。元々、あの倉庫は何か不気味だったんだよ。あっという間に出来上がっちまってさ。それが今回の事件だろ? 俺は驚くよりも先に納得しちまったよ。それにあれだろ? 何だかヤバいものを扱ってった話も……」


 ――港湾作業に従事する、エンリケの証言。


「お話しなら家宰を通してくださいますか? いえ、むしろ家宰こそが中心なのです。ですからうちの娘が、あんなことやこんなことを……」


 ――現場から脱出したと思われる、さる貴族のご婦人は錯乱していたようだ。


「ああ、もう無茶苦茶さ。いやもっと無茶苦茶になってもおかしくないと思うんだよ。俺っちの経験ではな。それがさぁ、ほとんどすぐ、って言うタイミングで騎士達が出張でばって来てね……ああ、そうだね。何か起こることがわかっていたみたいだった……いや、それじゃ話がおかしいから、多分手入れの予定があったと俺っちは睨んでるんだ。ところで……そのヤバいブツ。見てみたくはないかい? 無論タダじゃないよ」


 ――冒険者ギルドにおいてそう語るベテラン斥候職のウッディ。彼には黒い噂がつきまとっている。


「これがもの凄い話でね。その大きな建物、そうそう。アンタが聞いたとおり倉庫だって言われてるけど本当かどうかわかりゃしないよ。それで……何の話だったかね。そうだ凄い話だよ。その建物は焼け落ちてほとんど跡形も残ってないって言うじゃないか。それなのに怪我人らしい怪我人はいなくてね。うんそう。ああでも、やっぱり亡くなった人はいたみたいなんだよ――」


 ――織工職人、エバンスの妻カルチーは、その日井戸端会議の主人公ヒロインだった。


「事件自体も不気味なんだけどさ。どうも扱っていたブツが本気でマズいらしくてね。ここだけの話だけどギンガレー伯が関わってるって話だ。そんな証拠が現場から出てきてるんだと」


 ――名残を惜しむように、バイナム杉の浴室でのひそひそ話。何とも皮肉な話であった。


「問題はだな。お貴族様の子弟が……もっと限定するとご婦人がたが、かなり関わっているらしくてな。君達も気付いていただろ? 伯爵が我らの『サマートライアングル』を不埒な、目つきで見ていたことを。伯爵は随分お盛んらしいぞ。その点、我らの思いは純粋だ。今日も、しっかりと応援だ!」


 ――公会堂にて。“厄介さん”と呼ばれる支持者ファンはやはりおかしい。


「……その話は聞いたことがあるね。そもそも問題の現場には商売女もけっこういたって話だ。取引はともかく伯爵の女関係が絡んでいるんじゃないのかね?」


 ――午後3時には店を開ける酒場「善街亭」の常連、リスケット爺さんが顔を赤らめながら。


「それじゃ何かい? 伯爵は随分お優しいって話だったけど、その裏で……あたしゃそんな話が一番嫌いなのさ!」


 ――気風良く息巻いたのは冒険者もよく利用する道具屋「スナット&フェス」のフェス姐さんだった。


「え? ええっ! そんな事が……」


 ――現場封鎖のために派遣された従騎士ホロニーは証拠の品を確認した時、戸惑うことしか出来なかったという。


「とにかく、終わりなんだよ。何かがね」


 ――古書肆ナシュアは何もか悟ったように、夕陽を浴びながら囁いた。


                    □


「――あたりが、今のところ王都に出回っている噂だね」


 北東区画にあるごく普通の住居で、ノラはそう報告を締めくくった。

 古来、「人の口に戸は立てられない」と言う。


 その事情は、異世界であっても同じらしい。

 ましてや、今回は戸を立てる行為とはまったくの逆。


 全身全霊を以て、組織が噂をばらまいたのであるから、千里を突っ走るどころでは無い。

 王都全域に噂が拡散するまで、わずか6時間。


 異常な速度と言えるだろう。

 日頃は閑静な住宅街を地で行っている、この北東区画でさえ、何やら空気がそわそわとしているのだから。


「……ちょっとだけ、ズレてる気がしますが」


 報告を受ける相手はムラタだ。

 もちろん当たり前に生きている。


 と言うか、関係者の誰1人として、その安否を気遣わなかった。

 いよいよ人間扱いして貰えなくなっているらしい。


 本人ムラタは、


「無事なのは良いですよ。心配とかもされなかったようで、それについては喜ばしい。ですが、あの状態から、人知れず脱出するのは手間が掛かったんです。ドリルとか――」


 などと文句を並べる事だけはしたかったらしい。


「君の死亡はちゃんと噂になってるじゃ無いか」

「いや、もうちょっと噂になって欲しいんですよね。責任の一端を“アスハム”に背負わせようと思ってるので。死人に口なし――という言葉は?」

「大丈夫あるよ」


 ノラが隠しようもない疲労の浮かんだ表情でムラタに応じる。


 この家に出入りする時の常で、ドレス姿なわけだが、それならせめて明るい色合いを選んだ方が良い。ダークグリーンを選ぶのはやめて。

 ノラは、つい先ほど不治の病の宣告を受けたような顔色になってしまっているのだから。


「……言っておきますが、火事は完全に想定外だったんですよ。その中で割とやり切った気がするんですが」

「その辺りは疑ってないよ……でも、やはりね……こんな事になるのかと。その衝撃が大きすぎて」


 どうやら掛け算前後だけで、これだけの事件になることに呆気にとられすぎているらしい。


「それもちょっと、噂の量が少ないですね。会誌については滅んだりはしないでしょうが、それが実在の人物相手にすると、どれほど面倒なことになるのか、彼女たちにしっかり染み込ませなければ」


「……そうだね。そういう目的があったんだった。君の死亡と一緒に、その辺も工作しよう。やはり人死にが出たというのは大きいからね」


 相変わらず、酷い顔色のままでムラタの言葉をしっかり受け止めるノラ。


 ――社畜として出来ておる喃


 といった風情であるが、ムラタはそれを気遣う様子を見せない。

 基本的にはノラの精神的な問題であるし、何よりこれでノラの仕事はかなり整理される――はずだからだ。


 となれば「もう少しだから頑張って!」とやるのが常道だろうが、ムラタには似合わないどころか、そんな台詞を吐いたら、逆に警戒されるだろう。


 そんなわけで、ノラに対してはスルーが正しい対応なのだ。


「それよりも、閣下の悪評がスゴいね。今まで、それほど悪い噂は無かったように思うけど」

「いえ、こうなることはむしろ計算通り」

「計算?」


「ギンガレー伯は名前を売りすぎましたね。ついでに顔まで知れ渡らせるのに協力してくれましたから。悪い噂が出れば。あっという間に裏返りますよ。人気というものはね」


 ムラタは言いながら、懐からタバコを引っ張り出した。

 今まではノラの報告を真剣に聞く必要があったのだろう。


「……そういうもの……かもしれないね」

「ギンガレー伯は、そもそも行儀も悪かったようでしてね。考えれば、浴場絡みでギンガレー領の商人が王都に出入りしてしてたのも大きいですね。潜在的に、元々そういう噂が……どうかしましたか?」


 うなずきながら状況を分析するムラタを、ノラがジト目で見つめていた。

 どこまで計算していたのかわかったものでは無い、という辺りが、その視線の意味だろう。


 だがそれを指摘したところで、ムラタがそれを認めるはずも無い。

 それに、それよりも確認して置きたいこともある。


「――それで、何時?」

「今晩で良いでしょう」

「早すぎないか?」

「今は噂の段階ですからね。そこに確定した形を提供したい。そうすれば噂が、ある方向に固定されますから」

「……相手にも、考える暇を与えずに済むしね」


 ようやくのことでノラの表情に笑みが戻った。

 どうやら、本格的に事態が自分の手を離れるという事を実感出来たようだ。


                     □


 そして、王都の高級住宅街のギンガレー伯の屋敷――


 日付は今にも変わりそうな深夜になって、招かれざる来訪者がその屋敷に乗り込んでいた。

 深夜である事は、さほど問題では無い。


 貴族達にとっては、真っ当とも言えな活動時間であるし、翌朝にはギンガレー伯に登城の予定はなかったからである。


 だが、すでに王都を駆け巡る噂についてはギンガレー伯の耳に入っていた。

 一体何が起きているのか?


 その情報を掴むのに精一杯で、到底客の対応などしている場合では無い。


 だが、その客は伯爵の拒否を打ち払った。

 王命の名を以て。


「伯爵閣下。私にご同道願います」


 そう告げたのは幽鬼のような黒ずくめの男。


 ――ペルニッツ子爵である。

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