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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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朝焼けの光の中に……

 払暁――


 果たしてそんな言い回しが通じる世界は、決して“異世界”ではない。


 ということで“異邦人”ムラタはタバコを咥えながら黙って海を見ていた。

 紫にけぶる空と共に。


 とうとう「膝下会」が新たに建造された巨大倉庫で開かれる運びとなり、今はその明け方。

 宣言通りムラタは会場を訪れていた。


「ムラタさん。順調なようです」


 ロジーが、そう報告するとムラタは何だか難しい表情を浮かべた。


「順調……ですか?」


 その声にも機嫌の悪さが滲み出ていた。


 そんなムラタの声にロジーは戸惑っていた。

 巨大倉庫に辿り着くまで、つまりは海岸を見ながら歩いている間は上機嫌だったはずだ。


「良いですね、この紫。この紫が好きで髪を紫に染めた男の子とかを思い出します」


 などと、珍妙なことを言い出すほどに勝手に話していたぐらいなのだ。

 それが実際に巨大倉庫が見えて後、いきなりその機嫌を直角に曲げてしまったらしい。


 いや正確に言えば――


「アレって、ムラタさんの予想通りじゃ無いんですか?」

「……そうですね。予想すべきでした」


 疲れたようにムラタはロジーの疑問に答える。

 しかし、そんな自嘲するような言葉のおかげで、幾分かムラタの機嫌は持ち直したらしい。


 だがムラタの機嫌がねじ曲がっていたのも仕方が無いだろう。

 何しろ巨大倉庫の周りには――


 コートを着込んでいるだけなら可愛いもの。

 あちらこちらにはテントが設置されているし、火まで焚く集団。


 そう彼女たちは人間のクズ――つまり徹夜組であったのだ。


 何しろ規制の“き”の字も無いのだから、自重の意識が薄れつつある昨今、完全にやりたい放題である。

 確かにトールタ神の教会では狭すぎて色々不自由があったのは間違いない。

 それが、こんな巨大倉庫で開かれるとなれば浮かれる気持ちも確かにわかる。


 見本誌もゆっくりと見ることが出来るし、じっくりと吟味する事も可能だ。

 それに“同好の士”との交流にも期待で胸膨らむ。


 何しろ、これだけの会場になったために参加者の数も半端ではない。

 つまりは、それだけおしゃべりの相手も増えるというわけだ。


 結果――徹夜組の発生である。

 発生の理由は、もちろん目当ての会誌を手に入れるためだろう。


 だが徹夜組の奥底には、


「祭りに乗り遅れるわけにはいかない」


 という一種の使命感。

 あるいは義務感。

 いやもっと単純にミーハー気分がその発生を促してしまったのだろう。


 これにはムラタ、そして組織の動きも関与している。

 何しろ、この巨大倉庫での開催を機に、一旦は会誌を下火に追い込む計画があるのだから、出来るだけこの巨大倉庫に“同好の士”を送り込む必要があったのだ。


 ――崩壊カスタトロフィを出来るだけ、多くの者の心に傷を付けるために。

 

 しかしこれは何としたことか。

 こんなに目立つことをして、王都の誰もが見ない振りをしてくれるはずが無い。

 もはや自重の心情は消え失せてしまっている。


 これが単に会場を移しただけなら、王都には以前とは比べものにならない程の“会誌禍”とも言うべき混乱が巻き起こったに違いない。

 そういう意味では間に合った……いやマッチポンプに違いは無いのだが。


「……あれって冒険者ですよね」


 テントの前で立ち番する鎧姿のむくつけき男の姿を見て、ムラタがロジーに確認する。

 言わずもがなの確認であったが、ムラタがそう確認するのは、何かに救いを求めたくなったのだろう。


「そうですよ」


 だがロジーはあっさりとムラタの確認に対して肯定の言葉を返した。

 果たして、ムラタはどういう種類の言葉が返ってくれば満たされたのか?


 ――それは誰にもわからないだろう。


「……何でも、かつて無い数の依頼が冒険者ギルド(ギルド)に舞い込んだらしくてですね。かなりギルドも潤ったらしいですよ。何しろ相場が自然と高くなる上に、依頼者も随分羽振りが良いですし」

「貴族ですか」


 ムラタが頷きながらロジーの説明に応える。

 会誌を巡っての“同好の士”となれば、必然的にそういった層が多くなる。


「あと、娼婦ですね」

「ああ」


 ロジーの補足に、ムラタはもう一度頷いた。


「それで護衛と言っても仕事は比較的簡単でしょう? その上、組織はムラタさんの“希望”で手を出しませんから。危険があると言えば、せいぜいがチンピラです。それもかなりイカレた」

「それはそれで危険な気もしますが……」


 言いながら、ムラタは再び冒険者の様子を眺める。

 そしてロジーに聞こえないような声で呟いた。


「……これを“冒険者”と呼ぶのも問題が……“一生懸命”的な言葉の意味合いの変化が……」


 その呟きがロジーの耳に届いていれば、間違いなく翻訳スキルが悲鳴を上げていたであろう。

 だが、その時ロジーは別の事に気を取られていた。


 ムラタの機嫌がなおってきたタイミングで、やっておきたいことがあったのだ。

 つまり、媚びを売る、である。


「ですが、寄り合い(サークル)を先に入場させる采配は見事でしたよ。この指示が無かったら。間違いなくこの場はさらに大混乱していましたよ」


 媚びを売って出世を目論んでいるわけでは無い。

 単純に、ムラタの爪が自分に伸びてくるのを避けるため。


 この仕事はどうしようも無いが、ノラから話を聞かされて以降、ロジーとしては何とかムラタから離れたかったのだ。

 折良く、この仕事にも終わりが見えてきている。


 それでも尚、ロジーはまだ警戒していた。

 ムラタという男は、とにかくヤバい。

 裏社会に長く関わっていたロジーの、それが結論であるのだ。


「それは別に俺の思いつきじゃ無いんですよ。俺の世界では会誌に関しては、非常に濃い経戦を積んでいましてですね。その経験の産物です」


 ――そしてムラタの“元の世界”がヤバい。


                  □


 果たして入場までの時間は長かったのか短かったのか――


 それすら見失いそうになりながらも「膝下会」は新しい会場で開催された。

 どの場所で始まったのか見当もつかないが、その瞬間にわき起こる拍手の音。

 

 そして歓声。


 それと同時に会場に殺到する“参加者”たち。


 ――走るなー!


 という、何処かで聞いたような――何処かもへったくれも無いのだが――警告が広すぎる倉庫内にこだまする。

 もちろん、それに従う参加者などいないのも“本家”さながら。


 だが、すでに参加者の聴覚は喪失しているのかも知れない。

 何しろ会場の見取り図など存在しないのだ。


 のぼりも無い。

 横断幕も無い。

 ポップも無い。


 ――つまり目印が無い。


 だから参加者達は目を皿のようにして、目当ての寄り合い(サークル)がどこに配置されているのかを見つけ出ささねばならないのだ。


 設置された長いテーブルによって構築された迷宮ラビリンスを彷徨いながら――


 到底、真っ当な警告などに耳を貸す余裕は無いのである。

 むしろ、目当ての寄り合い(サークル)にいち早くたどり着ける方法があるのなら、胸を張って危険な誘惑に耳を傾けるだろう。


 それほどの表情。

 それほどの血走り方。


 今にも人間やめそうな面持ちである。


 それでもわかることもある。

 有力な寄り合い(サークル)は壁際に配置されているという法則があるという事を。


 それでも秘匿性を重要視する――ということになってしたはずだ――「膝下会」にとって、所謂「シャッター前」は存在しない。

 そして教会では無いので「教壇前」も存在しない。


 つまり最高位は「壁」。


 それも「角壁」こそがもっとも有力な寄り合い(サークル)が設置されている場所ブースなのだ。


 事実、「車輪会」も「かすがい同盟」も、対角線の位置ながら「角壁」に配置されている。

 

 参加者達は、この法則性を見抜くと自然と二手に分かれた。

 会場の半ばを分岐点にして。


「そちらはお願いします!」

「わかりましたわ!」

「待ってください!! ここに素晴らしい逸品が。表紙にこんなことを……?」

「「「一体何があったのです!?」」」


 果たして分岐点は分岐点にならなかったりもしている。


 この会場に変更すると知って、ここを先途とばかりに気合いを入れ直した寄り合い(サークル)もあるからだ。

 何より印刷までもが彼女たちの手によるものなので、ギリギリまでフレキシブルであるのだ。


 恐らくは会誌の表紙を入れ替えたのだろう。

 同好の士達の興味を惹きつける、何物か()に。


 さらに事態をややこしくした原因として参加者達の出で立ちがある事も忘れてはいけない。

 豪奢なドレスを纏うもの多数。


 これにはアンジェリカ――その背後で蠢く者――の影響が大きい。

 会場が広くなれば……と、アンジェリカの姿を見ながら、臍をかんでいた者がどれだけ存在していたのか。


 もはや彼女たちは自重しない。

 自分たちの好きなものは“コレ”だ。


 そのことに何の躊躇いを持つ必要があるのか。


 そんな風に開き直った彼女たちの自意識は――客観性を喪失するまで肥大していた。

 だからこそ、こんな展開は必然。

 そして自然。


「何て言ったの?」

「趣味を疑うと申し上げたんです」


 ……それが仕組まれた暴発だとは気づけない程には。

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