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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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底なしの罠

「わ~はっはっはっは! 実にいい感じだぞ! 間違いなく、数日中に儂のものになるな“ベガ”は! あいつは何とも健気な奴でな」

「姉でしたな」


「うん? なんだ? お主も興味があるのか?」

「そうですね。無論“ベガ”などと高望みはしません。ただ閣下のお手並みには感服するばかりで」

「そうか? 仕方ないのぅ……」


 そこから始まる“ベガ”――つまりはアシュリーを手に入れるための方策を自慢げに語るギンガレー伯。


 実のところ、近親を焚きつけて窮鳥と化し、それで以て目当ての女を手に入れる手法については目新しいものでは無い。何しろ伯爵の自領でも行ってきているのだから。


 だからこそヨハンにとっては、事実確認する必要も無く、こんな風に自分の屋敷で良い気分になっている時の、おべんちゃら用に話題に上らせるぐらいだ。


 だが、そんな伯爵の言葉を欲しがる者がいた。

 言うまでも無くムラタだ。


「よく見ておくと良いですよ。いや、この場合は“聞いておく”かな?」


 薄ら笑いを浮かべながら、ムラタは“負けた”ヨハンにこう告げた。


「……あなたを前に伯爵はきっと暢気に自慢するでしょう。そんな致命的な言葉をまったく気にせずに。それをあなたは信頼とでも捉えていたのですか? もちろんそんなはずはありません。伯爵は単純にあなたの事を、1人の人間として考えてないだけです」


 ムラタの言葉はさらに折り重なる。


「聞いたところで、何も出来ない。自分で考えることも出来ない、人形のようなものだと。それに万が一反抗するようなら始末してしまえば良い――そのぐらいの認識しかありませんよ。ですから、それを持って伯爵の言葉を拾うだけで十分。こちらで誘導する必要はありません。つまりヨハンさん。あなた舐められてるんですよ。人間として」


 ――伯爵きぞくに気に入られる。


 それは名誉なことだったはずだ。

 今もそんな考え方が、それほど違っているようには思えない。


 だが、そんなヨハンの認識にムラタは“毒”を流し込む。


「相手を対等な人間だと認識しているなら、当たり前に人は警戒し、疑うんです。それが健全な人間関係というもの。何時、何処で自分と同じ人間が、自分と同じように怒ったり泣いたりするのかはわからないのですから。だからこそ俺は“人間”を疑うからこそ本名を告げたりはしません」


 かつての“イチロー”はそういって嘯く。


「……元より、相手が人間としてこちらを認識しているのかどうか。酔ったときにでも尋ねてみれば良いですよ」


 そんなムラタの言葉にさそわれるように、ヨハンは試してみる。

 ソファに深く腰掛け、メオイネ産のワインを傾けるギンガレー伯に向かって。


「……閣下、その“ベガ”の姉は何という名前だったかわかりますか? 俺は忘れてしまって」


 そう尋ねられて、伯爵は一瞬鼻白んだ。


「な、何だ? そんな事が気になるか?」

「いえ、ふと気になっただけです。特に……」

「――いや待て。キーン、どうだったかな?」

「メラニーですよ、閣下」


 ギンガレー伯に対して、随分気安くキーンが応じる。


「そうそう、そうじゃった。髪こそは金では無かったが、身体の方がなかなか瑞々しくてな。戯れにに“ベガ”と共に枕席に並べてみるかな。ワ~ハッハッハッ!!」


(はい。また言葉をいただきました)


 ヨハンの頭の中でカウンターが回る。

 何はともあれ――


(――舐められているのは間違いないか)


 じっくりとムラタの言葉(どく)がヨハンを浸していた。


 ……いやあるいはそれは“薬”である可能性も。


                   □


 港湾地区では急激な再開発が進んでいた。

 いや“急激”という表現が控えめに感じられるほどに。


 何しろ取り壊し予定の古い倉庫が、一晩で6割ほど“壊滅”してしまっていたのだから。

 その翌晩には、残骸も含めて全部が1カ所に集められていたという無茶苦茶さ。

 ちなみに最終的には6割では無く、不要な倉庫全てが取り壊されているのは言うまでも無い。


 これら残骸は埋め立てにも使われる予定だが、これがまた運びやすいように細かく砕かれている。


 そしてそれだけでは無い。


 そうやって更地になった――辛うじて石畳は残っていたが――部分を大きく間仕切りして、あまりにも大きな建造物の基礎工事が出現していた。

 これなら、下手をすると数日中に“何か”が完成してしまうかも知れない。


 何しろ王都の建設ギルドは浴場の建設で、強制的にスキルアップされている。

 それに加えて、魔法の効果的な使い方についても成長が見られる。


 その背後には王宮の実力者の姿が見え隠れするわけだが……実のところ、この無茶苦茶やってるのも、この実力者だという、まことしやかな噂もある。


 それと同時に思い出されるのは“女神の使いが王宮にいる”という噂。

 

 実際の所――この無茶苦茶を“神の御技”と捉えた方が、たしかに心の中の収まりが良いのは確かだった。


                      □


「……あの人は何なんですかね?」


 疲れたようにロジーがノラに愚痴をこぼす。

 実際、大急ぎの必要があったために、遠慮をかなり抑えたムラタのやり口に付き合わされているロジーにとっては、色々と災難続きだ。


 ヨハンとのタイマンに関しては割と覚悟が出来ていた。

 そもそも上位の冒険者ともなれば、あれぐらいはやる。


 むしろ、それを凌ぎきったムラタの方がはるかに異常者だ。

 三徹が本当だとすると――確認したくも無いが――確実に“おかしさ”の桁が違う。


 が、そこまでは何とか堪えたとしよう。

 問題は次の夜だ。


「……かくゆーごーぶーる……なんだっけかな? あの勝手に動く……いや勝手じゃ無いのか」


 その夜から、ロジーは混乱状態のままだ。

 何しろその後には、瓦礫を鉄球付きの“何か”で粉砕する。

 それもまた「かくゆーごー」とか名付けられていたが。


 で、次の晩には巨大な木造の倉庫を出現させて、そこから半端な状態に“調整”したわけだ。

 つまり、木造倉庫が目の前に完成された状態で一度は出現しているのである。


 それにムラタは何やら手を加え続け、最後には、


「……このぐらいで間に合いそうですかね?」


 と、ロジーに尋ねるわけだ。

 あのタバコを斜めに咥えた男は。


 もうロジーには、どんな感情に“なる”べきか、それすらもわからなかった。

 喜びでも無く。怒りでも無い。

 悲しむ要素はないように思うし、楽しめるほど気楽にもなれない。


 人間の根源からわき上がる感情ものも、経験則も、何もかもが役に立たない。

 もしかすると“死”が1番近いのかも知れないが、そう簡単に死を選ぶこともできない。


 ムラタのやり様を何とか、常識の形に“翻訳”して上役に伝えなければならないからだ。


 ……所詮無理ゲーではあるのだが。


「……慰めになるかどうかはわからないが」


 上司であるところのノラがそれでもフォローを入れる。


「なんですか?」

「そうだね。幾分か、わかりやすい部分を説明しようかと思ってね。それで、あの男がちょっとは人間に見えると思うよ……多分」


 何とも頼りない話ではあるが、とにかくロジーの愚痴に付き合ってくれるだけ良い上司なのだろう。

 

 ここは再び「雄々しき牙」の一室。

 ロジーがそのテーブルの上で突っ伏しているのも、あの日と変わらない。


 ただノラだけは、いつもよりも諦観が滲み出て……いや、それよりも青ざめていると言うべきか。

 腰掛けた状態で、陶然と宙を眺めていた。


「わかりやすいって……そんな事あり得ます?」

「今回、上手い具合にギンガレー伯の懐にこっちの手先を作ることが出来ただろう?」


 ロジーの質問に答えず、ノラは説明を始めた。

 彼女も何か抑えきれないものがあるのだろう。


 それと悟ったロジーが顔を上げる。


「……そうですね。伯爵との関係がギクシャクしてたみたいで……」

「そのギクシャクもムラタの計算だとすれば?」

「え?」


「例の会誌でギンガレー伯を的にかける。それは知っているだろう? 元々は会誌に関わる者たちの暴走を止める為の計画だったと」

「それは伺ってます」


 ロジーが神妙に頷いた。

 ノラもそれに応えるように軽く頷いた。


「それの絡まり具合を僕たちは軽く見てたんだよ。恐らく、ムラタはギンガレー伯の配下との間に溝が出来る事も計算していた」

「そんな……ことが?」


「会誌について、一旦は調子に乗らせる。この意図はわかる。計画が最終段階に入っている状態ではそれが絵空事では無いこともわかる。だけど、それだけじゃないんだ。ギンガレー伯絡みの会誌が調子に乗ることで、どんな現象が発生した?」

「あ……!」


 ロジーが目を見開いた。


 ギンガレー伯と、その場にいるキーンへの女性達の見る目が変わった。

 時には嬌声が上がることさえもあった。

 それがギンガレー伯の望む種類の“嬌声もの”では無かったが、表面上は同じに見える。


 となれば、必然的に伯爵はキーンを側に置くことが多くなる。

 配下の者に格差を作ってしまう。


 それを見逃すムラタでは無いし――そのやり口は組織としてもお馴染みのやり口だ。

 確かに“わかりやすい”……と言えるのかも知れない。


 そしてロジーは気付いてしまった。

 前提条件に。その悪辣さに。


「待ってください。それって、伯爵が王都の住人からの人気が無いとダメですよね。じゃあ、一体どこから……」

「どうだい? 怖いことだけはわかるだろ?」


 投げやりにノラが告げる。

 その質問には頷くしか無いロジー。


 だが果たして、それがロジーの慰めになるのかどうか。


「こうしている間に、ムラタはどれだけの陰謀を巡らせているのか……僕としては毎日毎日が貴重に思えてきたよ。ただ息をしている、それだけでね」


 それに対して、もはやロジーは言葉を紡ぐことが出来ない。

 だがとにかく、身体に、そして心に芯が通った。


 ――恐怖という名の芯が。

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