時は来たれり
そんな3人の変化に気付くタイミングが、ムラタにしては遅かったのだろう。
マリエルと共に首を捻るのに夢中になっていたようだ。
「ど、どうした? あ、そうかギンガレー伯か。ということは……」
そのために気付いた瞬間に思考に早回しがかかったらしい。
即座に、3人が何事かに思い当たったことは察しがついた。
だが、どういう風に、いや、一体何に思い当たったのはまだ理解出来ていないようだ。
そこから先は、ムラタの言葉が紡ぎ出されなかったのだから。
「閣下のなさりように心当たりが?」
止まってしまったムラタの代わりに、マリエルが3人を促すように問いかけた。
もちろん、3人もそれを口にしなければならないことは理解している。
だが――
「マドーラの事なら……」
「私のことは構いません」
ムラタとマドーラが同時に声を出した。
3人がここで説明するのを躊躇ったのは、マドーラが側にいるからだろう。
それをムラタとマドーラが同時に察したのだ。
マドーラに至っては、すでにポーズボタンを押してさえいる。
「……あ、私、お茶を用意させていただきます」
遅れてマリエルが宣言した。
キルシュに先んじたのは、マドーラが絶対に引かないことを先に察したからだ。
キルシュも3人から、教育上よくない言葉が発せられることは予想できたが、だからこそ何とかマドーラに聞かせまいとして、反応が遅れてしまった。
だが、結局はマドーラの様子に首を振って、マリエルの後に続く。
結果として、ムラタとマドーラによる3人娘の尋問のような状態になってしまった――コタツに入りながら。
「……その……話は簡単……」
やはりと言うべきか、メイルが口火を切った。
だが、上手く続けられない。
「簡単かも知れないが、説明は難しいと思う」
「……そもそも簡単じゃ無い」
クラリッサとアニカもようやく口を開いた。
その様子を見てムラタは口元に手を当てる。
「じゃあ……そうだな最終的にアシュリーさんが巻き込まれるのか?」
ムラタは一番肝心な部分を、先に確かめることにしたらしい。
逆に言えば、巻き込まれ無いのならば放置してしまう心づもりであったのかも知れないが。
「巻き込まれる……というか、そもそも伯爵の狙いはアシュリーさんだと思う。すっごく伯爵の好みだし」
「そうなのか?」
答えたメイルに向けて素朴な疑問風にムラタが思わず尋ね返す。
いやこれはもしかすると、本当にわかってないのかも知れない。
そこでキッチンからマリエルがスタスタとやって来て、ムラタの耳元で囁く。
ついでマドーラも手を上げたので、マリエルはそちらにも回った。
そしてマドーラは去り、2人の視線がある場所に注がれる。
「……理解した?」
その視線の向かう先――即ちアニカが、絞り出すように声を上げた。
つまり問題なのは“金髪”であるということ。
ギンガレー伯の好みとはまず第一に“金髪”である事が重要であるらしい。
それも色合いにもこだわりがあるようで、マリエルの銀髪は間違いなく不合格。
マドーラのストロベリーブロンドにも食指を動かすことは無いらしい。
だが、それだけに金髪への執着具合は、ハッキリ言って“気持ち悪い”といったレベルであるらしい。
そんな説明がクラリッサから行われたことが幸いと言えるのかどうか。
とにかくムラタとマドーラは事務的に、ギンガレー伯の好みを理解してしまった。
「……う~ん、それはわかった。それで何故アシュリーさんのお姉さんに? そのお姉さんが金髪……かも知れないという可能性はあるよな」
「そこはわからないけど、アシュリーさんって要するに“ベガ”なわけでしょ? それも伯爵の好みだし」
「ああ、それは何となくわかる。多くから支持を集めている女性を所有したいということだよな?」
メイルの説明に、今度は察しよく答えることが出来たムラタ。
だが、ギンガレー伯の狙いは未だ察することが出来ないようだ。
そこまでアシュリーに執着するだけの理由が揃っているのに、何故その姉に手を出したのか。
普通に考えれば、それはマイナス……いやそれは市井での常識で、身分が違うと言うことで勝手が違うのか?
そんな風に、ムラタが思考の迷路に入り込もうとしたときマドーラが声を発した。
「あの……そのお姉さんを人質に、とかですか?」
確かにそう考えるのが自然な流れだ。
悪党としての自然な流れ、というところが何ともマドーラの成長の方向性を示している。
お茶の準備をしていたキルシュが深々とため息をついた。
「……殿下。それと似たような方法である事は間違いないのですが……」
アニカが救いを求めるようにムラタに視線を向けるが、ムラタは本気でわかっていないのであるから、ひたすらに首を捻っている。
その様子を見て3人娘もいよいよ覚悟を決めたようだ。
「あの……ね。これ、あたし達が考えたことでも言いだしたことでも無いから」
それも尚、メイルは説明するのを躊躇った。
「それはわかる。というか、この流れで何故メイルたちを疑うと思うんだ?」
マドーラもそのムラタの言葉に賛同するように、熱心に頷いていた。
ここまでもったい付けられたことで、逆に好奇心が刺激されてしまっているようだ。
モニターに完全に背を向けて、身を乗り出してきている。
「あまりにも悪どすぎてですね。品性も疑われますし」
「だから、それはクラリッサさんの――」
「お姉さんにやらせるの」
アニカが堪えきれないように、声を上げた。
そしてそれは小さな声だったが、確かに"叫び”だった。
「は?」
その“叫び”に圧倒されたのか、ムラタの反応は鈍い。
それはマドーラも同様だ。
なにしろアニカの言葉は不完全なのだから。
「お姉さんに……アシュリーさんを手に入れるためのお手伝い……いえ」
キッチンのマリエルが半ばまで正解に辿り着きそうになっていた。
だがここから半歩踏み出すことが出来ない。
ここからは人生経験を積んでいなければ、辿り着けない答えだったのかも知れないし、そもそも人と関わること避けてきたムラタには、及びもつかない“答え”であるとも言える。
何しろ普通なら表に出ることがない、捻れ曲がった愛憎劇がこの話には含まれているのだから。
そして、ギンガレー伯は意図してそんな状況を作り出そうとしていることになる。
「……違うの。このままだとお姉さんは自分から妹を差し出すことになるのよ」
焦れたように、そして吐き捨てるようにメイルが告げた。
その説明は、正解そのもであったのだが――その理由がわからない。
「わからない。何故だ? 普通なら嫉妬するものだろう?」
耐えきれず、ムラタが誰とも無しに疑問をぶつけた。
「嫉妬――そういった感情もあったようですが、私がその時感じたのは、ただ必死さだけでした」
クラリッサが答える。
あるいは、これ以上は説明をクラリッサに任せるのが無難なのかも知れない。
だが、ここでようやく……
「必死? 必死というのは何故ですか? 新たな愛人を伯爵が――」
不意にクラリッサに向けられていたムラタの問いかけが止まった。
そして目を見開き、ボリボリと頭を掻く。
そしてキッチンの2人を手伝うと、強引にお茶の用意をトレイの上に並べて、コタツへと運んだ。それと同時に、2人もコタツへと送る。
そしてキッチンで深々とタバコを吸い込んだ。
「――ムラタさん」
「まず姉の方を深く抱え込むんだ。それこそ愛されていると錯覚させるように」
マドーラの声にムラタは、何処か怒ったような――あるいは喜んでいるような表情を浮かべている。
「ムラタさん!」
だからこそ、キルシュはここから先の話をマドーラに聞かせることに危機感を覚えたのであろう。
だがムラタは頭を振った。
「聞かなかったところで、消えて無くなるわけでは無いのです。むしろマドーラは運が良いとも言える。ここまでの人間が――貴族が現れたのだから」
「ムラタさん……」
「ムラタさん続きを」
尚も抵抗するキルシュを制するようにマドーラが要求した。
ムラタもそれに頷く。
「そうして心を縛り付けておいて、その“愛”を失いたくなければ妹を差し出せとやるわけだ。このやり方の利点は、自分では動く必要が無いことだな。いざとなれば知らぬ存ぜぬで切り捨てることが出来る」
「そのやり方を……自らの領で――ノウミーで行ったのですか?」
ムラタの説明が正しいのかどうか確認すると同時に、マドーラは念入りにさらに確認を重ねた。
そして、メイルたちは……全員が一様に頷く。
これでギンガレー伯のやり口については完全に判明したと言えるだろう。
キルシュとマリエルも青ざめている。
「そのやり口を……一緒にいる連中は知っているのか?」
ムラタの口調も何処か乱暴だ。
「うん。だけど伯爵に丸め込まれているみたいで……それこそ伯爵は自分は関係ないと言ってるみたい」
「……ただ私たちは、良く知っている相手だったから……その閣下に操られた人を……」
「なるほどな」
「そう言えば――」
そこでクラリッサが夕方にヨハンとあったことを思いだし、その顛末を話した。
特に何かしらの意図があったわけでは無い。
ただ、こんな話が出たその日に、ヨハン達と会った。
その発言の理由を問われれば、単純に話を変えるためのきっかけ――そんな答えが返って来たはずだ。
しかし、その瞬間こそがムラタにとって必要なパーツが全て揃った瞬間。
見ればムラタは咥えていたタバコを噛み砕いていた。
獰猛な笑みを浮かべ、どこか熱に浮かされたような目つきで。
女性陣は、そんなムラタの様子に腰が引けていた。
「……ムラタ……さん?」
それでもマドーラが躊躇いながら、声を掛ける
するとそれが合図だったかのように――
「当番は確かメイルとクラリッサさん。よろしくお願いします。マリエルさんは明日、俺がアシュリーさんに会いに行くので話だけは通して下さい。メイルはいよいよ最終段階だ。リナさんに餌をやっておいてくれると助かる。キルシュさんは、いつも通りマドーラを早めに寝かしつけて下さい。そして俺は――」
ムラタは部屋の扉をスライドさせる。
「――出てきます。朝には戻りたいところですが、昼までかかるかも。その時はマリエルさん、毒だけは調べて下さい。今のところその危険性は低いと思いますが警戒は怠らぬように。同じくマドーラの警護にも気を配って。会議があるのでルシャートさんと合流出来れば、まず一安心と言ったところです。マドーラにはその会議を任せる。あとでお互いに連絡しよう」
一気にそこまで告げると、ムラタはいつもの如く部屋を飛び出していく。
そして残された女性陣は――ただ呆然とムラタを見送ることしか出来なかった。




