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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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午前は普通だったのに……

 レタングス浴場の午後――


 と言っても、すでに昼休みは終わり午後2時付近であろうか。

 控え室において、衣装のままテーブルの上で何やら作業をしているのはデネヴ――マリエルと、アルタイル――ネリーであった。


 ネリーの文字の勉強をマリエルが見ていて、マリエル自身は何やら書き綴っていた。

 会誌向けの原稿――そのプロットであるようだ。

 先に、物語のアウトラインを決めた方が楽だというムラタの忠告に従った結果である。


 そのせいかマリエルの執筆には作業感がでてきてしまっており、端から見ていると、事務仕事に取り込んでいるようにも見える。

 それも書類の上だけでも体裁を整えようと苦慮している書記官のように。


 だが、そういったマリエルの姿は、同じテーブルで勉強しているネリーには励みとなっているようだ。

 苦しいのは自分だけではない、といういささか後ろ向きの理屈ではあったが。


 その二人が着ているのは、金の飾緒が胸元を飾り立てる真白な軍服のような出で立ちだ。

 末端部分につや消しの黒があしらわれており、全体を引き締めている。

 

 だが、どうにも地味である事は否めない配色であった。


 実は3名それぞれの、パーソナルカラーとも言うべきケープを、左肩だけを覆う形で身につけることによって、この衣装は完成するのだ。


 ケープは青、紫、緑に綺麗に染め上げられ、それだけでも立派な仕事が成されていることが窺える。

 その上で、同色の糸で以て刺繍が施されている事も見逃せない。


 今までの常識では、この様な手法は積極的に行われなかった。

 何しろ同じ色であるから刺繍の意味が無い――そのように考える者が大多数であったからである。


 しかし、舞台ステージ上で「サマートライアングル」がこのケープを着用することで、その評価が改まりつつあった。

 光の加減で、幻想的に浮かび上がる精緻な刺繍。

 

 その見事さに、人々は心を奪われた。

 特に隠れたお洒落――そのように「サマートライアングル」が説明することによって、刺繍の在り方にも変化が生まれつつある。

 

 元はと言えば、生地問屋からの依頼があり、それに応える形でムラタが生地の宣伝のために「サマートライアングル」にこういう衣装を着用させた、いうのが本当のところだ。

 だからこそ、生地の面積を大きく取るためにムラタがでっち上げたのがこの衣装である。


 この手法による刺繍は、ご婦人の方々のみならず男性からも注目される。

 元々、刺繍に関しては女性の手習いとして、王都では必修と言っても良いだろう。


 ただその技を、これまではハンカチ、大きなものであれば結婚式のケープぐらいしか発揮する場所が思いつかなかったわけである。

 もちろん、あれこれに刺繍を施す手先の器用なご婦人もいた。


 だが「サマートライアングル」によって、一気に刺繍の有用性、認知度が底上げされた形だ。

 これはまた女性の仕事が増えた、ということになる。


 それが巡り巡れば、やはり王宮の収入が増えるというわけだ。


 上手く出来ている――と言いたいところだったが、肝心のムラタがさっぱり乗り気では無いのだ。


「俺が! 服関係の面倒をみるとか! やってられるか! "ふぁっしょん”なんか気にしはじめたら人間が腐る!」


 と叫んでいるから、よほど服関係に関わるのがいやらしい。

 それでも服飾という産業を潰すつもりは無い様で、ロデリックに向けて何事か注文を付けているらしい。


 どうやら服を作る職人に関しては、問題がないどころか恭しく扱うべきだと主張しているらしい。

 だがそこからデザイン部面だけを独立させることに関しては、本気で人を殺しかねない勢いで否定しているようだ。


 実際、あの柔らかな殺意にあてられたことのあるマリエルは、その殺意が本物であると確信している。


 以降、服飾に関してこの「サマートライアングル」の前で検討されることはなくなった。

 どうやら、話がややこしい方面に向かったらしい。


 それならば、もはや粛々と衣装に袖を通すだけ――


 「サマートライアングル」にもそういう覚悟が備わってきている。

 元々、肌を大胆に露出させるような衣装は排されていたし、何より最高責任者であるムラタにはマリエルというパイプが接続されているのだ。


「ねぇ、マリエルさん」


 羽根ペンを振り回しながら、ネリーが眉間にしわを寄せたマリエルに語りかけた。


「何ですか?」


 ネリーの方を見ないままマリエルが返事する。

 どうやら、単純に字の練習が仮題だったようだ。

 ある一定の字数を書くことができるなら、マリエルはその過程について注文を付けることがないらしい。

 元より、羽根ペンで美しい字を書くことが難事ではあるのだが。


「……今の衣装、手を加えたら怒られるかな?」


 そのネリーの言葉に、マリエルは顔を上げた。

 続けて、こう尋ね返した。


「具体的にはどうするんです?」

「ああ、えっとね、ちょっと動きづらいんだよね」

「ああ……」


 その訴えにはマリエルも同意した。

 確かに、ケープが長い分――膝まであるほど丈が長い――動きづらいことは間違いない。

 ただそれを、マリエルに訴えると言うことは……


「ムラタさんに確認して欲しいんですね。ロデリックさんには?」

「難しいみたい。ただ――」


「そうですね。動きづらそうに見えれば、それは問題があるかも知れません。特にネリーさんは大きく動くように言われてますから」

「そうなの!」


 我が意を得たり、とばかりにネリーが身を乗り出してくる。


 騒動の後、マリエルは「サマートライアングル」全体のマネージャーの様な仕事を勤めている。

 最近では、浴場改装の手続きもあってロデリックもなかなか顔を出せないでいるから、それをありがたく考えている部分もあるのだろう。


「……確かにネリーさんの言うことはもっともです。今晩にも伺ってみます」

「そんなに早く?」

「遅くなった方が叱られますよ。何か動きやすくするアイデアありますか?」

「それはない! だって、凄く綺麗なんだもの、あのケープ」


 流石にマリエルの眉根が再び寄せられるが、ネリーの言わんとしている事もマリエルにはわかってしまう。

 ネリーの――つまりは“アルタイル”の緑色のケープは殊の外綺麗に染め上がっていた。それに刺繍による光の加減で、さらに蠱惑的ですらある。


 それと動きやすさの両立。

 そう簡単に答えは出ないだろう。


 ――ところがムラタは、ケープを縦に裂くように切り込みを入れることで、あっという間にネリーの要望に答えてしまったが、それは後の話である。


「ネリーさん、何か嬉しいことでもありましたか?」


 そう言いながら控え室に姿を現したのは、当たり前にベガ――アシュリーである。

 浴場での推しがメオイネ領になるということで、アシュリーはスタッフから助けを求められることが多くなっていた。


 もちろんそれも想定済みで、そのためにマリエルが頼りになってきているのは、より歓迎されてきている。


 もちろんアシュリーは「サマートライアングル」のリーダーとしての自覚も十分。

 精神的な部分で、何処か危うさも窺えるマリエルとは対照的な安心感があった。


「うん。ケープを何とかして欲しいって、マリエルさんがムラタさんに聞いてくれるって」

「ケープ? 今の衣装についてですね。何かありましたか?」


 いきなりの説明で、わかるはずも無い。

 アシュリーが、自分の青色のケープをハンガーに掛けながら応じた。

 

 次の公演までには、しばらく余裕がある。

 そこで、ネリーの訴えを聞いてじっくりと頷いた。


「……なるほど。先に気付くべきだったかも知れません。ムラタさんのお手を煩わせるのも……大丈夫なんでしょうか?」

「そこは私も心配ですが、知らせないまま事が推移するよりは報告があった方が、あの方のお心に適うかと。恐らくアシュリーさんと同じように、自分の不備について文句は言うと思いますが」


 先の話になるが、このマリエルの推測は当たる。

 ただこの時重要なことは、アシュリーもまたマリエルのムラタへの信頼に、乗っかってきたという点だ。


「……マリエルさん」

「はい? ……ムラタさんに伝言ですか?」


 アシュリーの様子に、マリエルも察することがあったのだろう。

 ペンを置いて、アシュリーに向き直る。

 それはネリーも同じだ。


「どうしたの? 田舎の紹介なんでしょ?」


 そしてそのまま素直に尋ねる。

 確かに、このタイミングで問題が発生したとするなら、メオイネ領で何かあったと考えるのが自然だろう。

 アシュリーは、そういった打ち合わせをしていたはずだからだ。


 ネリーは、回り道せずに一気に詰め寄ったわけだがそれでもアシュリーの青い瞳に躊躇いが浮かんでいる。


「……マウリッツ領の紹介を混ぜるとか……何か変更……」

「それは無理です、アシュリーさん。確かにマウリッツ領の産物を紹介する計画もありますが、これから先はメオイネ領です。これは決定事項です」


 何やら無駄な抵抗を試みるアシュリーに、今度はマリエルが詰め寄った。


「私が言うのも何ですが――いえ私だからこそ、言います。あやふやな物でもイヤな予感がするなら、報告した方が良いです。間違いなく」


 マリエルの言葉に、今度こそアシュリーは覚悟を決めた。

 そして喉を鳴らして唾を飲み込むと、こう告げる。


「実はギンガレー伯が――」

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