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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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異世界俳人の可能性

 正式な謁見の間を使うほどのことは無い。

 言ってみれば、それは任務報告に過ぎないのだから。


 とは言っても、仕事を果たした者を労う必要があるのは確かだ。

 

 そのため、またもや簡易・謁見の間が使用されることとなったわけだ。

 その内に、こちらが「謁見の間」になって、正式な謁見の間は儀礼場などと呼称されることになるかも知れない。


 “スーツ”と同じような軌跡を辿って。


 しかしながら仮とは言っても、マドーラの警備が疎かになっているわけでは無い。

 近衛騎士が2名。


 それに何より今日はムラタがいた。

 抑止力として、すでに過剰配置である事は言うまでもない。

 それに併せて、マドーラの座る玉座にも、もちろん手を加えている。


 さらに今回は当人たっての希望で、内務卿であるメオイネ公まで出席していた。

 国賓クラスの扱いである。


 では誰が歓迎を受けているかと言えば、碑道卿カルパニア伯だ。

 

 初めて次期国王マドーラの前に姿を現したときは、何処かしら色素が薄い印象のカルパニア伯であったが、現在はしっかりと日に焼けて健康そうだ。


 夏の最中にメオイネ領を歩き回っていたらしく、それはもちろん権力者ムラタの指示ではあるのだが、当人も十分に満喫したらしい。

 

 正直言って、何処にも疲れらしいものが見えない。

 そのまま調査の命令を与えれば、喜び勇んでこの部屋を飛び出して行くに違いないだろう。


 それは観察眼に優れたマドーラのみならず、ムラタ、メオイネ公も共通の見解であった。

 メオイネ公はそれに加えて、あからさまにげんなりした表情を浮かべている。


「……カルパニア伯に同道された方々に、大義であったとお伝えください」


 スカジャンを着たマドーラからジャブが放たれた。


「はい! ありがとうございます!」


 それに対して、元気溌剌と答えるカルパニア伯。

 マドーラのジャブがまったく効いていない。


 いや、そもそも言葉が通用する状態なのか。

 儀礼にならってしっかりと跪いているのだが、その表情が見えない分、待ち受けている方がいささか不利だ。


 抱えている情報が貴重であるために、叱責して追い払うわけにも行かない。

 無自覚なテロリストに近いものがある。


「カルパニア伯」


 何の感情も窺えない、平坦で、そして真白な声でムラタが声を掛けた。

 今日は、あの襟ぐりの広い白い学ラン姿である。


 ムラタ自身は、


「報告だけだから、付き合うことは付き合って、あとは襟に顔を埋めて別なことを考えよう。どうせ録画出来るし」


 などと考えてもいたのだが、いきなり方針転換を強いられた形だ。


「はっ!」


 相変わらず、元気いっぱいに返事をするカルパニア伯。


「立って」


 もう敬語を使うのも面倒になったらしい。

 ムラタが、その振る舞いに相応しい言葉遣いでカルパニア伯に要請する。


「ははっ!」


 “こんなの”でも、カルパニア伯は貴族。

 それも伯爵という大貴族でもある。


 謁見の間であっても、ずっと跪いている必要も無い。

 その点では、身分に相応しい振る舞いをムラタは要求したことになるが……


「カルパニア伯。貴方の疲れでは無くて、貴方と行動を共にされた方を、マドーラは心配してるんです。ちゃんと聞いてましたか?」

「はい! これで次の出立に皆も張り切ることでしょう」


 聞いてはいたらしい。

 聞いた上で、返答がズレている。


 限りなく最悪に近い。


 礼儀上、まず労われるのは最上位者である「カルパニア伯」であるべきなのだ。

 それなのに、マドーラは敢えてその約束事を無視して、同行者から労ったのである。


 通常なら、


「何故自分が後回しにされたのか?」


 と、怒り出して然るべきところだ。


 そこにカウンターをあてて、主導権を握ろうと……そこまでの意図がマドーラにあったのかどうかは微妙なところだが、会話の流れはこうなるべきであったのだ。


 それが自分の事はどうでも良くて、考えている事は次の出立のことばかり。

 こういうカルパニア伯を丁寧に言うと、異常者だ。


 それに箔がかかっている。


 そう判断したムラタは言葉を尽くす覚悟を決めた。


「貴方は大丈夫でも、他の方達の事も想像してください」

「は?」


 本音で言えば、ムラタは「貴方のことはどうでも良い」とやりたいところだったが、実際のところカルパニア伯は“どうでも良くない”のである。


 これが問題をややこしくしている。

 結果として、


「人の気持ちになって考えよう」


 と、幼稚園児に――いやもっと幼い時に諄々と説くように教え聞かせるように言葉を尽くさねばならない状況に陥ってしまっているのだ。


「貴方は旅が楽しいんでしょう。メオイネ領の治安もよろしくて、実際それも大したものであるのかも知れません。ですが、ずっと旅続きというのは無理があります。人には休息が必要なんです」


 ――はい、お前が言うな。


 狂気を制するは狂気と言わんばかりの理屈を持ち出したムラタ。

 いや、実際説得力のある言葉であったのに、言った本人がまったくそれを遵守してない。


 メオイネ公はもとより、マドーラさえも小首を傾げていた。

 流石に異常者が2人も側にいれば、いかなマドーラでも思うところがあるらしい。


「随員の方々は王都に家を持っておられる方もあるでしょうし、そうとなれば当たり前にご家族との時間も必要です」


 ――王家にだけ伝える情報もあるだろう?


 と、言外で有る限りカルパニア伯に通じている可能性はゼロなのであるが、すぐに出立を許さない理由は、ここにもある。


「……ああ、そうですね」


 だが、その表面上の理由が立派すぎたのでカルパニア伯は、あっという間に大人しくなってしまった。

 こうなると問題なのはムラタの方だ。

 喋る、と覚悟を決めたために、舌の回転がオーバーレブになっている。


「貴方の旅好きは、一種の病気です。俺の世界に伝わる、は……詩の一種にこういう物があります。『旅に病んで、夢は枯れ野を駆け巡る』というものでして、この詩を残した人物には……」


 ――密偵の疑いがある。


 と、続けそうになったムラタは、すんでの所で自制した。

 危ういところで自分の不具合にも気付くことが出来たらしい。


 だが――


「ああ、良い詩ですねそれ。旅に取り憑かれるとか、とてもわかります。その上で、夢。そして枯れ野。これは……最期の時まで旅の中でありたいということなんでしょうか」


 果たして翻訳スキルが良い仕事をしたのか、悪い仕事をしたのか。

 正確かどうかはともかく、カルパニア伯の心を揺さぶったらしい。

 

 流石は松尾芭蕉翁――と言うべきか否か。


「凄いですねカルパニア伯。実はこの詩は、こういった詩を詠み続けた人物の最期の詩とも伝わっていまして……異世界俳句、いや異世界俳人……これは行けるか?」


 その結果、ムラタがさらに暴走するわけだから松尾芭蕉翁も浮かばれまい。

 その上――


「ムラタさん。その辺り、詳しくお願いします。旅をされた方なんですよね。それだとカルパニア伯もいて貰った方が――」


 引き籠もりのくせに、マドーラが松尾芭蕉翁に食いついてしまった。


「うん。それは検討に値するな。カルパニア伯にはしばらく王都に留まって貰うつもりだったし……」

「よく考えれば私も浴場に顔を出したかったんでした」

「浴場で話をされると、私がお話を聞くことが出来ません」


 そのまま、3人で「俳句、如何とすべし?」会合の開催について、議論が始まってしまう。

 さすが変人集団。

 処置無し、と言いたいとろであったが――


「いい加減にせぬか!!」


 落雷のごとく、声を張り上げたのはメオイネ公だ。

 次期国王マドーラ相手に、大胆なことではあるが、ぎりぎりカルパニア伯とムラタに怒ったと言い張ることが出来る位置関係ではある。


 そしてマドーラに向けても、


「――殿下。大変失礼しました。しかしながらまずはお勤めを果たしてからがよろしいかと」


 ぐうの音も出ない正論で追撃を行う。

 そんなある意味決死の覚悟の諫言に、マドーラは大人しく玉座で居住まいを正した。


 怒鳴られた2人も、自分が何のために、この簡易・謁見の間に来たのか思い出すことが出来たようだ。


「確かに――いい加減にするべきでした。申し訳ありませんメオイネ公」

「深く陳謝いたします」


 そのまま2人揃って、殊勝に頭を下げるムラタとカルパニア伯。

 

 カルパニア伯については衷心からかも知れないが、ムラタについてはまったく信頼できないメオイネ公である。

 それぐらい、あらゆる意味でムラタに“慣れた”メオイネ公であったが、この状況ではそれ以上強くも言えない。


 ムラタだけをさらに責めることも難しいし、それに何よりメオイネ公にも“事情”があるのだ。

 それも、かなり利己的な。


 その辺りのメオイネ公の思惑がムラタに読まれていないはずもなく。

 

 ムラタが上げた顔には、何とも人をいやな気分にさせる笑みが浮かんでいた。


「――それでは、カルパニア伯からメオイネ領の風物についての報告を受けましょうか」


 メオイネ公が無理をしてでも軌道修正を図ったのは、こういう次第(りゆう)である。

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