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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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はいはい、ムラタのせいムラタのせい

「マリエルさん。本来なら“デネヴ”と呼ぶことが適切なんですが、これを自分で呼ぶのも小っ恥ずかしいので。それに……まぁ、とにかくありがとうございます」


 ムラタはタバコを燻らせながら、まず礼を告げた。

 それでマリエルの気勢が削がれる。

 スタッフ達からも、ホッとしたような息が漏れた。


 ただ――ロデリックだけが、口元を覆い視線をそらしている。


「あ、貴方は……」

「ロデリックさんから、それなりに話をしたとは聞いているんですがね。あまり関わらないようにしていたんですが、流石に計画に支障が出るようでは問題がありますので、お邪魔させていただきました」


 ムラタの腰は確かに低い。

 口調も、言葉遣いにも、乱暴さは無い。

 だが、その言葉の意味を考えると、あっさりと頷くことが出来ないものがある。


「……その人はレイオン商会の創設者だよ」


 ダークブラウンの髪を揺らし、青い瞳にたっぷりと愁いを含ませながらロデリックが口を挟む。

 しかしながら、決して近付いてくることはない。


 そんなロデリックの行動から感じ取れるものは――“諦め”に似た何か。


 すでに“何か”を見切っている。


 そんな風に感じられるのだ。

 だから、その言葉もマリエルをおもんばかって発せられたものでは無く、どこか儀式めいた口ぶりだった。

 

「そ、創設者であっても……」

「それ()()じゃないんだ。そこから先は言わないよ」


 ――自分の身が危ういから。


 そんな言葉が隠されていることは間違いない。

 マリエルが、必死になって発した言葉に真っ直ぐ対応しようとしてない時点で、やはり漂ってくるのは諦めの感情。


「で、ですが、この人は……それにお礼を……」

「ああ、それはですね。やっと人を殺せると思いまして」


 ――それが嬉しくて思わず先走ってしまいました。


 そんな言葉を、ムラタはタバコの先を踊らせるようにして嬉しげに告げた。


 マリエルは息を呑む。

 繰り返しになるが、決して彼女は鈍くは無い。


 だからこそわかるのだ。


 この男が――ムラタが“殺す”と宣言している対象は自分である事に。


「……いや、なかなか鋭い。実はご家族も招待させていただいてましてね。私自身は死出の旅について寂しいとか寂しくないとか、そんなバカ事あるはずが無いとは思っているんですが、後腐れが無いという点で合理的でもあるんですよ」


 だが、流石にこの言葉にはついて行けなかった。

 いや正確に言うと、理解することを()()()()()()()()


「ムラタさん、手配ってそういうことですか」


 疲れたようにロデリックが告げると、ムラタは肩をすくめた。


「なかなか無理をさせたようで……ご両親と妹さん。ああそれと叔父様がおられますね。それが厄介だったんですが王都におられる限り、これで遺漏は無いかと」

「ちょ、ちょっと待って下さい!! 一体何の話を――」

「おわかりにならない?」


 意外な言葉を聞いたと言わんばかりの表情でムラタは応じてみせる。

 

 その表情にマリエルは抵抗が無駄であることを悟った。

 いや、悟らされた。


「しかし、良いことが続いたので労は惜しまずに説明させていただきます。まずマリエルさん。殺させていただきます。実は前々から人を殺してみたかったんですよね。その願いが叶うのだから、まず、当たり前の話ですが、お礼をと思いまして」


 マリエルの顔が真白くなる。


 目の前の男が、さっぱり“見えない”。

 せめてわかりやすく狂気が感じ取れるならともかく、この男は――あろう事か穏やかだ。


「現象的には貴女が突然お亡くなりになるわけです。一般的に考えて、ご家族がそれに心や行動が囚われる可能性があります。そこで将来の面倒ごとを排除させて貰おう、とこういう次第です」


 明らかな殺戮宣言。

 そしてその言葉からは、ムラタが自由に動かせる剣呑な部下がいることも窺えるのだ。

 

 先ほどのロデリックとのやり取りが、それを補強している。


「そしてこれは実にいい経験になると思われます。この稼業を続けるにあたって、最初にこういう問題が発生するとは、ある意味幸運と言っても良いのかも知れません。物事というものは必ず問題が発生しますから」

「こ、幸運って……」

「メンバーが1人欠けるという問題です。今回は突然欠けるわけでは無いですから、色々準備が出来ますし……」


 言いながらムラタが顎を撫でる。

 そのまま、目の前にいるマリエルがまるで見えないかのように、吸い殻を携帯灰皿に放り込んだ。


「ロデリックさん。やるべき事、その想定は可能ですか?」

「当たり前に、死亡の公表ですね。あと哀悼の意で数日公演を控えましょうか」

「ああ、そうですね。その配慮は必要でしょう」

「その間に、ベガとアルタイルには新しいやり方……ああ、当たり前にスタッフへの負担が掛かりますね」


 離れた距離でなにやら相談を始める2人。

 その前提として、マリエルの――それも家族を含めての殺害が前提となっているのに、2人の“相談”はあくまで事務的に進められていく。


 だが、その相談の内容が自分たちに及んだことで、完全に麻痺していたアシュリーとネリーの心にざわめきを作り出してしまった。

 そしてそれはスタッフ達も同じ事だ。


 そんな周囲の変化には当然気付いているだろうが、2人の“相談”は続けられる。


「……おかしいですね。別に今回の事態が無くても1人欠ける可能性はあったはずです」

「それは――確かに、そうです」


 ロデリックの返答で、メンバーが欠ける事態を想定していなかったことが判明した。

 それを聞いて、ようやくムラタの表情がこの雰囲気に相応しい、渋面になる。


 そのままロデリックに文句を言おうと振り返ったようだが、その動きが止まってしまった。


 そして、


「……ああ、神聖術か。さてはキュア・ディジーズぐらいはあるな……」


 とブツブツと呟き始める。

 

 それに恐怖したのがマリエルも含めて、周囲の人間達だ。

 わけのわからない反応から、わかりやすい“怒り”という感情を見せたムラタ。


 そのために想像力が刺激されたのだろう。

 もちろん、その想像によって脳裏に描かれる光景は、陰惨を極める。


 ところが元凶とも言えるムラタの表情から、スン、と感情が抜け落ちる。


「ま、こういう事が判明したのは良いことです。他にも考えていきましょう」

「はい」


 ロデリックが素直に応じることによって、とりあえずの危機は回避された。

 具体的にどういった危機であったかはわからないが、とにかく緊張を強いる雰囲気は緩和されたかのように思える。


「あ、あの……」


 だからこそ、マリエルはそのタイミングで声を発することが出来たのであろう。

 まるで誘われるように。


 そしてムラタは、脈絡などまったく構わずに、こう応じた。


「マリエルさん。貴女がご自身を貴重であると認識され、それによって自分の意を通そうという考え方は、実は私の好みではある。だからこそ気付いて欲しかった。貴女を貴重だと規定した何者かがいるということを」


「な、何を……」


「規定する人物――規定することが出来るだけの権力を持っている人物に、どう対応するか。そこまで貴女は考えて動くべきだった。つまり()に対して、反抗するにはまだまだ準備不足。貴女の罪はそこにある」


 振る舞いについて説教されるのならば、まだマリエルの想定内であったのだろう。


 だが、ここでムラタは怒らない。

 感情を見せない。


 ただ理詰めで、マリエルを批判する。


「その方向性は他にも問題を引き起こしています。まず単純に、公演に向けての準備不足――貴女に関して言うなら練習不足ということでご理解いただけるでしょう。つまり求心力の低下」


「きゅ、キュウシンリョク……?」


「他にもあります。貴女、各店舗の紹介をおざなりに済ませようとしましたね? あれはこの稼業の柱です。それをご自身の判断で勝手をすることは決して許されるものではありません。貴女は最低でも、あの仕事だけはきっちりこなすべきでした――もう手遅れなんですが」


 マリエルの喉が鳴る。


「となると、今までの負債を回収しなければならなくなる。となれば他の様々な要素を鑑みて、俺が選ぶべきは追悼公演です。これで低下していた求心力の回復、『サマートライアングル』の引き締め、新しい店舗との繋がり、そしてスタッフに経験を積ませる――ザッと考えてもこれだけ利点が見えるわけですが……」

「それでも、8割ほど取り戻せるぐらいですかね」


 ムラタの皮算用に、ロデリックがシビアな判断を見せる。

 その言葉に、ムラタはやれやれといわんばかりに首を振った。


「……まったく想定外ですマリエルさん。貴女、ここ最近、一体何をしてたんですか?」


 本来なら一番最初に問いかけるべき言葉である。

 そして、スタッフが幾度となく問いかけた言葉でもある。


 だがムラタに因って順番が入れ替えられ、完全にマリエルは追い込まれた。

 もはや感情論も通用しない、冷徹な理詰め。

 

 しかしそれでも――


「い、言えません! それだけは絶対に話すわけにはいかないんです!!」


 マリエルは、さらなる抵抗を試みた。

 感情の爆発に身を任せて。


 これによって、とうとうマリエルの運命は決したかに思われた。

 もはや、救う術が無い。


 原因を尋ねてきたということは、ムラタが対応を軟化させたということでもある。

 だがマリエルは、差し出された救いの手を振り払ってしまったのだ。


 周囲の人間が思わず息を呑んでムラタを見つめる。

 まるで刑場のように、その瞬間を見逃すまいと。


 だが――ムラタはこのタイミングでタバコを取り出した。

 そして、再びタバコに火を点ける。


 そして、天に向かって紫煙を吐き出しながら、こう呟いた。


「……やはり、俺のせいか」


 と。

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