ミルフィーユの食べ方
>BOCCHI
午前中に執務を終えたマドーラ。今は立て込んでいる仕事もないし、今、危急だと思えるような仕事に関しては日程が合わない。
それを無視できるのが、王政というものだと学んだところだったけど、今回はマドーラへの演出があるのであまり無理強いはしたくない。
一見、慈悲深く――いや、この子マジで慈悲という言葉を覚えた方が……
俺は傍らをヒョイヒョイといった足取りで付いてくる女の子を、こっそり見下ろした。
最近はすっかり馴染みになっているジーンズ姿とパステルピンクのパーカー姿。
見かけは校庭で遊んでいる小学生とさほど違いは無い。
けど、この子……ハッキリ言ってエグい。
俺がビックリしてるんだからな。
実際のところ、俺が現れなくても、普通に王権を奪取したんじゃなかろうか。
武力についてはルシャートさんもいるわけだし。
いや、これで俺が“謙遜”的精神に傾くと、責任回避をしている様にも思えるな。
少なくともこの子の身の安全は俺がしっかり固めた事は間違いないところだし。
さてメオイネ公とリンカル侯との折衝というか駆け引きも終えて、現在は自室に引き上げている最中。
今ではしっかり近衛騎士も2人がかりで先導している。
本来なら後ろにも2人欲しいところだが、その辺りは俺とメイルたちでフォローだ。
人手不足には逆らえない。
近衛騎士にはそのまま部屋の前の立ち番に移行する。
あとで差し入れでも……いや甘やかすなとルシャートさんに言われたばかりだしな。
自重、自重。
□
さて、午前中に何があったかというと……基本的には茶番劇になるはずだったんだよなぁ。
俺としては必要な事だったわけだが、徹底的に“おかしな部分を探せ”と発破をかけ続けたわけだ。それこそ偏執狂のような勢いで。
これに音を上げたのが――まぁ、全体的にまんべんなくなんだろうな。
そこで代表者として2人の大貴族が俺にご注進、と相成ったらしい。
もちろん、俺がそれで恐れ入るはずが無い。
そこで、玉座――あのSFなアレです――のマドーラが助け船を出す。
いや助け船になるのか否か。
「ムラタさんの注意を他に向けさせるのはどうでしょう?」
……これは打ち合わせ通り。
簡単に言うと俺が注文を口にする前に、自ら注文を出してしまえというのがマドーラの発案の骨子になる。
で、そのままリンカル侯を上手い具合に誘導して、ゴードンとの確執に話を持っていった。
正直、これは簡単。別に無いものをあると言い含める必要性がなかったからな。
リンカル侯の悩みとしては自領での人気の無さだ。ゴードンの人気は高いらしいから相対的なものだと思うし、あの男の詐術に引っかかってるような気もするが、ここも予定通り。
そこで俺が持ち出したのは、王都での流行を自領に持ち込むという提案だ。
それもラックの時に説明したように「自分の判断で」流行を判断しろ、と。
ただ金に飽かせて高価な物を買い漁るだけでは、どうしたって庶民の手には届かない。
そういった要素も含めて、相談しろと――どっちにしても普通な男には厳しい話だし。
何より“王都にいる”というアドバンテージを生かせ、と。
……アドバンテージを翻訳スキルが上手い具合に訳してくれたらしい。
で、当たり前に、これが「王家」側の詐術。
沢山のお買い上げ、ありがとうございます! ――てなもんだ。
リンカル領の富を、王家に分けて貰う。
それに騙される方も気持ちよくだ。有り難いことに内需拡大も手伝ってくれるというね。
偏執狂だった俺から譲歩を引き出したと思っているから、なかなか気付かない……ああいや、ゴードンはマズいな。
適当なところで控えよう。
……ええい! 奴1人のせいで祟られる!
と、お決まりの文句を頭の中で再生して、この茶番劇はこれで終わりのはずだったんだが――メオイネ公がなぁ。思った以上に、ギンガレー領の浴場での経済効果に歯がみしていたらしい。
しかし俺としてはマウリッツ領を贔屓して、領地ごと王家に差し出させよう。その時に、マドーラの相手としてアーチボルトの息子を……とか考えていたわけだ。
つまり次に浴場でフィーチャーするのはマウリッツ領――そういう腹づもりだったわけだが……
マドーラがなぁ。
メオイネ領を積極的に応援し始めた。
最初は俺も、また好きな花絡みだな、とか思っていたんだが、そこでメオイネ領で収穫した小麦の余剰分を積極的に王家で面倒を見るとマドーラが言いだしたことで、電流が走ったね。
絶対にその方が王家の権威を高めるのに有効なんだもの。
急激にマウリッツ領を合併の方向に動かすより、メオイネ公が色気を出している機会に、するべき事は間違いなくこっち。
しかも、最終的には費用もトントンになると言うね。
その前提として、浴場でのメオイネ領推し。
確かに“ああいう計画”があるということはマドーラに話したよ。
でも、それ俺が忘れてたくらいだもの。
よくもまぁ、覚えていて、しかも政略に取り込んだよ、この子。
政治家に善性を求めるほど幼いつもりはなかったし――そんなにバカでもないつもりだが――やはりこの子はエグい。
だが国のトップが「善人」みたいな頼りない状態よりも、悪人である事の頼もしさよ。
多分、これで良いんだよなぁ……あの女神がどういう思惑なのかは知らないが。
別に虐殺しようとか、そういうことでもないし、どちらかというと救済だし。
……ええいマドーラ。ミルフィーユを切り崩せなくて癇癪起こすんじゃない。
それぐらいで怒り出したら、この子マジの暴君になりかねないぞ。
とにかくキルシュさんが用意してくれたサンドイッチ――こっそりと毒検知はしてます――を片付けて、今は昼食後のまったりタイム。
3人娘は、メイルが休みでアニカとクラリッサさんが、陰謀のために活動中。
つまり今は、俺がマドーラ番というわけだが……
「マドーラ」
キッチンのテーブル、その向かい側に座るマドーラに声を掛けてみる。
ミルフィーユを食べる時は、最初に横に倒すんだ、と教えるのを忘れていた事は秘密にしておく。
マドーラは、何だかフーフーと息を荒くしているが、こちらを向いてくれた。
「その内『白黒』という魔法を広めたいと言い出す者が現れると思うが、基本的には拒否の方向でな」
俺も突然だとは思うが、これは、その言葉に対して理屈を教えるつもりはない、と同時に宣言したようなものだ。
マドーラは、いつも通り、黙って俺の言葉を飲み込む構え。
例えば古くなった文献をこれで保存できることになるのは良いと思う。
事務仕事の手間が減るのは良い。
だけどこれで本が安価に作れるようになって、民主主義の萌芽、みたいなことになってしまうには俺の好み的に面白く無い。
国民の教育、なんてお題目は立派だけど、それが上手くいってるのかどうか。
逆にいえば勉強したい奴は、本の普及がなくても勝手に勉強始めると思う。
自動的に選別されるんだよな。本が普及しないことによって。
つまり多様性を有り難がるなら、勉強しない自由、もあって良いはずだ。
……しかし残念ながら、民主主義である限りそんな自由は認められない。
もちろん単純に、俺の名前が残りそうな気がするのがイヤという側面は確かにある!(力強い主張)
「……それって、ああいう本に使われてる魔法ですよね」
――ん?
俺が胸の内で、青年の主張(厭世観マシマシ)を繰り広げているときに、この子なんて言った?
全身に、イヤな汗が吹き出す。
首の関節を軋ませながら、マドーラに目を向けると、砕け散ったミルフィーユをフォークの先で集めるのに必死で、こっちを向いてすらいない。
「き、君、どこから?」
いかん。
こんなにわかりやすく動揺するなんて。
まずは方針を決めよう。
追求するか否か。
例えば……戦国期とは言わないで江戸時代もそうだけど衆道が普通だった場合。
ここで戦国期を基準にしたいのは、自分の夫が衆道に明け暮れた場合、妻は果たして“腐る”のか?
例えば、
「信長×又三」
で盛り上がる、夫を売った勇者の血――おまつ、とか。
いやいやそこは「信長×蘭丸」ですよ、と王道を攻めると見せかけて、数々の取り合わせを楽しむ女性――まるで「千代紙」のように。
「内助の功」はここにあり。山内一豊の妻、千代の登場だ!
……みたいなことがあったのかどうか。
調べたことがないけど、実際どうなんだろう?
ストレージにN○K特集辺りで、関連映像があったりしないか。
それはともかくだ!
勝手に思考が逃避する。
つまりは、上流社会の間では衆道が当たり前……いや、これは今までの事例から考える限り、恐らく否定できる。
ということは、やはりマドーラに教えたのが誰かという問題が……
「キリーですよ。お風呂で」
あのガキか!
ああ、そうだった。
腐る人は、小学生でも腐る。
それも知っていたはずなのに……いや、ここで問題点が判明したところでどうにもならない。
「それで君……男同士が……」
何と切り出したものか。
誰か適切な台詞を教えてくれ!
「ああはい。アレって男の人と女の人が行うことですよね。それが男の人同士というのは驚きました」
淡々と!
何やら勝手に性教育が進んでるよ!
キルシュさんは関係ないみたいだから……これはあれか。
一時期、暮らしていたという田舎暮らしで、そんな話になったんだな、恐らく。
田舎は娯楽が少ない分、割と明け透けであることが多いと聞く。
日本でも農村では、積極的な性教育が……いやこの場合は、子ども同士のコミュニティだな。
自分の身を振り返ってみればわかる。
知らないなんて事はあり得ない。
……俺はため息をついた。
「どう伝えようか悩んでいたところだった」
そしてそのまま、ぶっちゃける。
それを聞いて、マドーラは小さく頷いた。
「……そうみたいでしたので。こちらから」
「助かる」
知っていたとなれば、普通にマドーラは察するだろう。
何せマドーラの観察眼は尋常じゃない。
じゃあ、とにかくまとめに入ろう。
食料補給に行っているキルシュさんが、そろそろ帰ってくるだろうし。
「で、そこで君に感想を聞きたいわけじゃないんだ。見なかったことにして、知らないふりをしてくれ。そして知っている者同士で楽しんでくれ」
「よく……わかりません」
「わかるようになる」
「それに楽しむって、何ですか? アレ楽しいとは思えなかったんですけど……そう伝えたらキリーが怒り始めて」
幸いと言うべきか。
マドーラには“素養”が無かったらしい。
だが、それだけにちゃんとした性教育は必要だろうな。
緊急性は無くなったが、この件は継続する方向で。
「……わかった。それと関連して、侍女を増やそうと思う。今度は気の良いオバさんとかを……」
途端に、マドーラは拒否の無表情になった。
この子は相変わらず、引き籠もりに全力の構えだ。
「キルシュさんからの頼みでもあるんだぞ。アニカはまぁ良いとして、メイルもクラリッサさんもキルシュさんの助けになってると思うか?」
重ねてそう告げると、マドーラも渋々頷いた。
このままだと、キルシュさんを制する者が、国を牛耳りそうだが……まぁ、いいか。
とにかく今は、懸案事項が無くなった――
ブーーーー
うん? 誰か来たな?
俺は呼び出し音に誘われて、外の様子をモニターで確認。
恐らくキルシュさんが戻って来た――のでは無くて、クラリッサさんじゃ無いか。
そして扉を開けると、何やら暗い表情のクラリッサさんとご対面だ。
これは――
「――すまない。ロデリックさんから、伝言を預かっているんだ」
ああ、例のアレとは別口みたいだな。
それでもロデリックさんが、助けを求めるくらいだ。
なかなか重大な問題が発生したらしい。
やはり日頃の行いの賜だな。
――良いか悪いかはともかくとして。




