二日目ってこんな感じ?
正式に名付けられたわけでは無い。
いや、名を付けて喧伝するわけにはいかなかった。
少なくとも、今のところはそれぐらいの慎み深さを失ってはいなかった。
だがそれも時間の問題かも知れない。
この日、第2回会誌頒布の集い、通称“膝下会”に乗り込んできた者達は、変化に気付いていた。
否が応でも気付かされた、といった方が正しいのだが。
1人は、存分にレースがあしらわれたドレス姿。
全体的には濃紺の色調ではあるのだが、あしらわれたレースの白が差し色として……恐らく機能しているのだろう。
そもそもこれがドレスなのかどうか。
編み上げの長靴を見せつけるように、丈の短いスカートは大きく膨らみ、とても外に出るわけにはいかない状態だ。
だがここは秘められた“膝下会”。
ここには、脛に傷持つ乙女達がだけが集っているのだ。
秘密厳守は、基礎中の基礎。
が、逆にそういう環境を利用して、こんな事もアピールできる。
それを示したのが、アンジェリンである。
元々、着るものに対して無頓着だったこともあって、カリンに言われるままに、この様な出で立ちになってしまっていた。
ちなみに――いや“ちなみに”という範疇に収まりきれない変化ではあるのだが、髪型はツインテールだ。
それも髪をまとめるために小さくまとめる意図があって結わえられたものでは無い。
高い場所で束ねられ、アンジェリンの長い髪が柳の枝のように彼女の佇まいを演出していた。
身のまわりの世話をカリンに委ねすぎた弊害がここに結実している。
完全にオモチャではあったが、これだけ振り切ってしまうと、逆に場を圧する存在になってしまっている事も事実。
そのアンジェリンの斜め後ろでは、カリンがドヤ顔で対面を見据えていた。
対面――
つまり、そのアンジェリンを待ち受ける者達が居るのである。
言うまでも無く、カトリーヌ達だ。
彼女たちは従来通りのドレス姿。ただ、取り巻き連中の数が尋常では無い。
この辺りは、リナの働きによるものだろう。
今もカトリーヌの前に出て、メンチを切りまくっている。
彼女だけはドレス姿では無く、冒険者稼業の時と同じように動きやすい服装だ。
それがまた相手に威圧感を与えている。
そういった立ち振る舞いで尚、強引にカトリーヌの支持者を増やしていった手腕は確かに見るべきものはあるのだろう。
とにかく結果は出してしまったのだから。
その背後に、ノウミー3人娘による制御があったのは間違いないが、最初のウチは確かにこういった勢いも大事だ。
だが、そういった勢いにアンジェリンもカリンも飲まれてはいない。
カリンは、その正体が組織に所属し、本業が剣呑ならざる経歴を持つロジーである。
ビビる謂われが無い。
その一方でアンジェリンも、周囲の状況など知ったことかといわんばかりに超然とした面持ちだ。
まるで――
――“私が向き合うのはただ私の文章だけ”
といった風情だが、それはムラタ流、純文学への偏見に充ち満ちた穿った目線であるかも知れない。
だが、実際にカトリーヌ陣営は、ぐぬぬ、言い出しそうな表情でアンジェリンを睨んでいた。
しかし彼女たちに争う謂われがあるのだろうか?
確かにムラタの陰謀によって、互いに煽られた側面があるのは間違いない。
だが、彼女たちには同好の士として、手を取り合う未来があって良かったはずだ。
それが叶わなかったのは……“異世界”でも変わることの無い業が、息づいていることが原因かも知れない。
□
そして今、新たな地位が誕生しつつあった。
その名も「教壇前」。
この「膝下会」は礼拝堂で行われる。
そのために、異常に動きづらい。
だからこそ前に席がないため、自由に使える空間が多い教壇前に座を占めるものは、それだけ優遇されていることの証だ。
そしてそれは、その場に座る者にも相応の実力を要求した。
実力それは――発行部数。
アンジェリンが主催する「車輪会」。
カトリーヌを中心とした「鎹同盟」。
まず持ち込んだ会誌の数が尋常では無い。
「車輪会」が持ち込んだ数は長櫃が2つ分だ。
もちろん、カリンが手配した女性達の手によって運び込まれている。
そしてその会誌はただ数が多いだけでは無い。
その会誌は、従来の“本”に限りなく近かった。
裏表しっかりと文字列が並び、開くときに溢れる文字の渦に飲み込まれそうになる。
実はこの段階で変化が訪れている。
つまり“見本誌”の導入だ。
今までは、それを広げる事が出来なかった。
まず、そういった概念が無く、また見本誌を広げるだけの空間も無かった。
だが教壇前であるなら。
概念さえ取り入れてしまえば、その空間を作り出すことが出来る。長櫃を持ち込むことが出来る。
それが見事に計算されていた。
一方で「鎹同盟」。
実は、ほとんどの部分「車輪会」と変わりが無い。
いや、今までのように裏には何も無い状態の紙をまとめている分、この点では明らかに劣っている。
だがしかし。
「鎹同盟」に会誌には“絵”が付属していた。
紙を繰るウチに、不意打ちで訪れる“絵”のインパクトたるや。
その衝撃は、筆舌に尽くしがたいものがある。
それを見本誌の導入で、あからさまに見せつけるのだ。
これで、平静を保てる参加者はまずいない。
「白黒」という魔法の特性を理解した上で、絵の複写も可能だと指摘したリナの、最大の功績はその“気付き”であったかも知れない。
だからこそ彼女は新参者でありながら「鎹同盟」において、上位者となったのであろう。
そしてさらに、両方の集まりに追い風が吹いていた。
ギンガレー伯の注目度である。
つい先日、民衆の気持ちを汲み王宮との間を上手く取りなしたことで、王都での評判が高まったところなのだ。
そういった話題の人物を取り上げることは重要な要素――商売を念頭に置くならだが。
そこまでは両者とも考えていない。
未だ、自分の好きなものを書いているだけといって、まず間違いないだろう。
だが、そういう“売れ筋”に合致していることも確かだ。
それに、別に注目浴びたのはギンガレー伯ばかりでは無い。
一緒に登壇した者にも、等しく視線が浴びせられるものだからだ。
特に、同じものを見ながら、脳内で逞しく想像してしまう乙女達の眼は、時には鷹のように鋭い。
結果として、様々な要素が「車輪会」「鎹同盟」の売り上げ……会誌の頒布数に空前であることを強いていたのだ。
そしてその需要に対して、応えることの出来るだけの準備があったことも見逃せない。
引いてはそれは「白黒」の有用性を証明するものであった。
そしてまた、その事実がさらなる頒布数の向上を呼ぶ。
何はなくとも、まずは研究のために、というわけで会誌を手に入れようとするわけだ。
そうなってしまうと、両者の会誌の中身にも目を通すことになる。
アンジェリンの書くものは確かに、琴線に触れるものがあるのだろう。
確実に支持者を増やすことに繋がった。
今までは、あまりにニッチな“カップリング”であったために、乙女達の眼に触れることが少なかったわけだが、一度接してしまうと取り込まれる魅力が確かにあったのであろう。
そしてこれまた、それはカトリーヌ女史も同じ事だ。
今回は、サスペンスともホラーとも、ミステリーとも取れる意欲作を打ち出してきた。
簡単にまとめてしまうと、
「伯爵は何故、キーンを虐めることに決めたのか?」
という、ホワイダニットを基軸とした物語であり、まさに手に汗握るという展開になっている。
そしてこの会誌の恐ろしいところは――
――「次号に続く」
を、やってしまったことだろう。
それが筆の乗らないカトリーヌ女史の苦肉の策――ムラタのやり口に思えるのならばそれは仕方が無い――であったとしても、乙女達はまさに心を弄ばれていた。
見本誌を手に取ってそこまで読み進めることは無いのだが、自分の会誌と交換し、自分の席で読みふけった乙女達は、まさに身を切るような悲鳴を上げるのである。
そんな風に、最初は厳かに行われるはずだった「膝下会」。
すでに慎みは、致命傷。
いや新たな潮流の前に押し流されようとしている、と言った方が正しいのか。
「車輪会」と「鎹同盟」。
これ以降、この2つの集まりが潮流の中心となることは、間違いないだろう。
ある意味では、正常に発展していると言えるのかも知れない。
だが――
そう。
ここから先には逆接の接続詞が必要なのだ。
まずは完全なイレギュラー。
この「膝下会」こそが、自らの求めるものと覚悟完了した乙女がいたこと。
これが原因で、ムラタの計画に狂いが生じてしまうことになる。
だがそれは些細なこと。
ムラタが強引に軌道修正を試みれば、恐らく最小の被害で事は済むはずだ。
だからこそ、「膝下会」最大の問題は――
――この隆盛にこそ、ムラタによって“滅び”が組み込まれていることだろう。




