とんでもない判別法
リナとは、ナベツネにスコにされ「ガーディアン」に窮状を訴えた、あの冒険者である。
そして、彼女を巻き込むことに決めたのはムラタ自身であった。
「根拠のない上から目線、言い出したら引っ込めることが出来ない無駄なプライドを抱えていて、いざとなったら長いもの……偉い奴には腰が低くなる。どう考えても彼女以上の人材が思いつきません」
悪口にしか聞こえない。
そして、そんな悪口をぶつける相手をスカウトするのである。
この一点だけで、どれだけろくでもないことをしようとしているのか、喧伝しているようなものだ。
「すっごく調子に乗ってる」
ムラタの問いに、メイルがあっさりと応じた。
だが、ムラタは表情を歪めた。
「……出来れば焼き芋と芋ようかんの違いがわかる人の感想を聞いてみたい」
「……私って事?」
リナを知っていて、違いがわかるという条件を満たす人間はこの場にはアニカいない。
なんともムラタらしい、持って回った言い方ではあったが、アニカはため息1つで、その辺りの心情を振り切ったようだ。
「私が思うに、あの人は調子に乗りすぎ。あの髭とは関係ない本作らせようとしてたからね」
「それでクラリッサさんに頼んだのか?」
「……それもわかるんだね。そう。クラリッサさん、明日休みなんだけど、もう一度あの人に釘刺して貰ってる。何故『白黒』を伝えるなんて贔屓をするのか、あっさりと忘れそうだったから」
「……やはりゴキ腐リとなったか」
ムラタが嘆息しながら、同時に紫煙を吐き出した。
「なんですって?」
さすがにメイルが聞き咎めたが、それは言葉の意味を理解したからでは無いだろう。
勘だけで、ムラタの“確信犯”ぶりを察したからだ。
「俺も僅かでもと希望を持ってたんだよ。もしかしたら大丈夫かも知れないと。だけど、同じ女性からみて危険度がわかるようなら、多分駄目なんだろうな」
「ちょっと! あたしもちゃんと調子に乗ってるって言ったでしょ!?」
完全に女扱いされていないことが判明したメイルだが、それに構うムラタでは無い。
それよりも緊急性の高い問題がある。
「クラリッサさんは、大丈夫なのか?」
「それは……うん、大丈夫。彼女もギンガレー伯には含むところがあるし、あなたから頼まれたことを無下にはしないだろうから」
「……つまり、そういう理由付けが無いと取り込まれる可能性があると」
「え!?」
そのムラタの発言に、メイルが驚いた声を出す。
だが、アニカはそんなメイルの反応に構わず、
「……うん」
と、呟いた。
ムラタもまた、タバコを燻らせながら話を先に進める。
「となると――やはりメイルが頼りか」
「そうなると思う」
「い、いやいや。あたしの評価、今どうなってるの? それを言うならアニカは?」
「私は――」
何かを言いかけたアニカが、ちらっとキルシュを見る。
どうやら2人とも“素養”があるらしい。
そしてアニカが諦めたようにこう呟いた。
「――クラリッサさんもきっと、違いはわかると思う」
今、異世界で「船○の芋ようかん」にとんでもない風評被害が発生しようとしていた。
とにかく、取り込まれる可能性があるということだ――メイルを除いて。
「……そこはもう仕方ないな。それで創作の方はどうだ?」
強引にムラタが話を先に進める。
ようやくのことで建設的な方向に、話が進んだようだ。
だが――
「書いてないよ」
「飽きたのかも……」
なんとも芳しくない報告が寄せられてしまった。
ところがムラタは、表情を変えない。
それどころか、
「じゃあリナさんを持ち出したことも、間違いじゃ無いな」
と、狙い通りであったかのように呟いていた。
「そうなの?」
「ああ。調子に乗ってる奴が、声を大きくして煽り続ければ、大体そういう方向に行くからな。相手をするのが面倒になって」
なんとも歪んだ見解だが、ある意味真理を突いている面もあるので、誰も反論しない。
ムラタの場合、口論しても煙に巻かれるのが見えているので、誰も反論しなくなっている。
どちらがより業が深いかは、意見の分かれるところであろう。
「となればリナさんの手綱はしっかりと握っておかなくてはな。いざとなったら――」
意味ありげに拳を握りしめるムラタ。
実力行使も辞さない構えなのだろう。
男爵令嬢の尻を叩くには最適な人材だが、計画の遂行を見据えれば彼女は暴走の可能性もある。
かと言って、これでノウミー3人娘も付き合っている暇が無いのだ。
マドーラの護衛を外すわけにはいかない。
外せないとムラタが動けなくなる。
――結果として、あれもこれも壊死してしまう。
なんとも綱渡り状態であるわけだが、これはもう覚悟の上だ。
「……あの差し出口は承知の上なんですが」
その時、キルシュが声を発した。
3人の視線がそちらに向けられる。
「ああいうモノって、好きだから作るんですよね? それがもう飽きたというのは……」
キルシュにはそれが不思議に思えたのだろう。
「でも、飽きたって言うのが1番しっくりくる」
「それは伯爵を好きじゃ無いんでしょうね。単純に“状況”が好きだったんでしょう」
キルシュの疑問にメイルが答えようとしていると、さらにムラタが答えを被せてくる。
「そちらの、ええっと……カトリーヌ女史でしたか。彼女は俺が思うに、物語に技巧を凝らすことがお好きであると見ました。つまりは髭はどうでもよくて、身分の上下がある状況での物語を作りたかっただけなんでしょうね。他に技巧を凝れそうな状況を見出したら、そっちに行くでしょう」
「それは……」
「で、まだそれを見つけることが出来ないから、新しいモノを作ってない、と。理屈は合うでしょう?」
したり顔で、ムラタはタバコを携帯灰皿に放り込んだ。
「……それで良いの?」
「良いんだ。アレコレと制約があった方が、やる気を出すタイプだあれは。そういう物語を、勝手に作るような人だからな」
アニカの問いにも、ムラタは平然と答えた。
どうやら、この疑問に対しては確信めいたものがあるらしい。
「ですから、時期が来ればあの人も好きにモノを書いてくれるでしょう。キルシュさんにとっても別に伯爵が登場しなくても良いんじゃないですか? あの技巧を凝らした物語であれば」
重ねてそう尋ねられ、キルシュはしばし沈黙。
そして、口元に手を当てた。
「……それは、仰る通りなのかも。むしろ伯爵は必要では無いのかもしれません」
普段なら決して、伯爵“閣下”相手にこの様な発言をするキルシュでは無かったが、今は思案している内容が内容だけに、随分と緩んでしまっているのだろう。
そこに、身分の上下などまったく無視して掛かっている男が尻馬に乗った。
「まさにその通り。まったく先達の作品が無い中であれだけの技巧を物語に施すなんて、なかなか出来る事じゃありません。出来ることなら、あれもこれも伝えたい!」
再び握り拳を固めるムラタ。
まさに鬼気迫る、という言葉に相応しい形相だ。
「じゃあ、イチローがこっちの面倒をみれば良いじゃない」
当たり前にメイルがそう告げると、ムラタは再び握り拳を固めた。
「俺も出来ればそうしたかった。だがここで純文学の芽を潰しておかないと、どれほどの被害が発生するか……考えただけで怖気が走る」
目が血走ってないのが不思議なほどの迫力。
だからこそわかる。
言葉の意味はよくわからないが、ムラタは確実に妄執に囚われていると。
「だから、この役割分担で適切なはずなんだ。ここはお互いに、辛い思いをして伯爵を破滅させよう。だからこそ純文学だけは発生させてはいけないんだ。せっかく上手くいったあとに純文学が蔓延るなんて……これはもう人類に対する義務といっても過言では無い」
確実に過言である。
だが、元々伯爵の破滅を願ったという負い目が、メイルたちにはあるのだ。
となれば、そのよくわからない純文学への扱い方については、ムラタに一任するしか無い。
まさに、声の大きな人間の相手をするのが面倒になる状態、を具現化したような形だ。
「――では俺は出てくる。護衛引き続き頼むぞ」
「また?」
いきなりムラタの熱量が下がった。
そして、外出宣言。
アレコレと忙しいのは間違いないのだろう。
「ムラタさん、さすがにお休みになった方が……」
キルシュが声を掛けるが、ムラタはにんまりと笑ってこう告げた。
「――“歴史は夜作られる”。これってなかなか含蓄のある言葉だと思いませんか?」
それに、女性陣が思わず頷いた隙に、ムラタは部屋の外へとスルリと出て行ってしまった。
――ちなみに。
「歴史は夜作られる」とは、映画のタイトルである。
ムラタは良く知りもしないで「会議は踊る」みたいな各国の思惑が描かれる部分がある映画だと思い込んでいたが、
――なんだこれ? ラブい? というかミステリー? サスペンス?
と、ストレージに入っていた本編を見てパニックを起こしていた。
そしてその時、一緒に見ていたマドーラに土下座の勢いで「黙っていてくれ」とムラタが頼み込んだ事は言うまでも無い。
マドーラは、咥えていたいた草加せんべいを、小気味よい音を立てて割りながら、それを了承した。
――ムラタがマドーラに甘くなるのも必然なのかも知れない。




