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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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老舗に危機をもたらすは“がさつ”

 すでに21時は回っていた。


 すでに夜遅くといっても過言では無いだろう。

 そういった時間帯になって、ようやくのことでメイルとアニカがいつもの部屋に顔を出すことが出来た。

 2人を迎えたムラタが、何やら複雑な顔をしていたが。


「な、何……?」


 メイルが何かトラブルでも起こったのかと慎重に尋ねてみると、部屋の前で立ち番している近衛騎士から声が上がった。


「ムラタ殿。そうお気を落とされなくても……我らもさっぱりわかりませんから」


 立ち番は普通に2人いる。

 その両方がムラタの味方である事を宣言していたが、やはりムラタの表情は晴れない。

 あまつさえ、


「貴方がたの賛同はあまり意味が……」


 と、すげなく答えを返すのみ。

 それには近衛騎士達も苦笑を浮かべた。


 どうやら、大したことでは無いらしい。

 それだけは間違いないようなので、メイルとアニカは表情を緩めて、部屋の中に歩を進めた。


 2人にはちゃんとした報告事項があるのだ。


                    □


 ムラタは、妙なところで教条的な部分があるらしく、


「子供はさっさと寝ろ」


 と、言ってマドーラを21時にはベッドに追いやってしまう。


 つまり、わざわざこの時間を指定して2人の報告を受けようというのは“例のアレ”絡みであるということだ。


 今回もマドーラはキチンと寝室へ向かっていた。

 ただ、その前に色々あったらしい。


 その結果として、キッチン横のテーブルに座るメイルとアニカの前に、2つの品物が並べられていた。


 即ち、焼き芋と芋ようかんである。


 ムラタ曰く――


 王都の運営者として、季節感は大事にするべき。

 そしてムラタの感覚では、今は秋のような気がする。

 と言うわけで、秋の風物詩と思われるものを用意した。


 ――ここで風物詩という言葉が翻訳スキルにいらぬ負荷を掛けたのは言うまでも無い。


 そして、いつものでっち上げで簡単に用意することは出来たらしい。

 それがまず“焼き芋”である。


 その時に、ムラタが余計なことを思い出した。


 ――そうだ! 芋ようかんも用意しよう!


 と。


 その動機は、


「美味しいものを味わって貰いたい」


 では、もちろん無い。


 何か疑問に思っていたことがあったらしく、それをこの機会に検証する気になったらしい。

 まったくいい迷惑であったが、検証したところで、実のところ被害は全く無いわけだ。

 

 そしてマドーラとキルシュは、焼き芋と芋ようかんを食べ、ムラタの望んだ答えを提出しなかったらしい。


 悔しがったムラタが、立ち番の近衛騎士にもお裾分け。

 こちらはムラタ好みの答えが返ってきたわけだが……言うまでも無く、それは意味をなさない。


 近衛騎士が、有力な顧客になるとは思えないからだ。

 また、有力な顧客と似たような感覚を有しているとも考えにくい。


 顛末の説明としてはそれで終わりだが、それで後から合流した2人が収まるわけが無い。

 キチンとムラタに用意させ、マドーラを寝かしつけたキルシュにほうじ茶を淹れて貰った上で、現在いまがあるというわけである。


「ね、これ手づかみで食べるの?」

「君もそこが引っかかるのか……思い出してみたんだが、どう考えても手づかみだった」


 メイルとムラタが話し合っているのは、言うまでも無く、焼き芋の食し方についてである。


 想像して貰いたい。


 焼き芋を、箸で食べても、ナイフ&フォークで食べても、出来上がるビジュアルは確実にコメディだ。

 

 ――ナイフ&フォークの方は、その歴史が箸に比べると驚くほど短いわけだが、ムラタもその辺りを言及することは避けたらしい。


「あ、あ、これ、凄い! 美味しい!」


 意外なほど呆気なくアニカが焼き芋に手を出していた。

 そして普段からは考えられないほどの、わかりやすい感情表現。


 喜色満面にして、焼き芋を頬張っている。

 そして、いつも緩い感じの服装のアニカには、そんな様子がことのほか似合っていた。


 2人は外出に併せて、冒険者の時と同じ様な出で立ちではある。

 つまり鎧姿のメイルには……いや野戦風景と考えればそれなりに、絵にはなっているのだろう。


 メイルも、すでに手づかみで焼き芋を頬張っていた。

 その2人の様子を、うずうずしながら見ているキルシュ。


 どうやら、まだ足りないらしい。


 そうと察したムラタは素直にキルシュに席を譲り、いつものように部屋の隅に逃げていった。


 女性3人は、それに構わず思う存分甘味を堪能していく。

 “太る”とか“ダイエット”という概念は成立していないにちがいない。


 ムラタも何も言わず、1度だけ、換気扇があると思われる場所でタバコをふかし、生暖かい眼差しで狂乱の宴を見守り続けた。


 ……単に、言葉をかけることに危険を感じ取っただけかも知れない。


 もっともキルシュは、マドーラの世話に加えて、仕事を覚えない3人娘の指導が日頃負担になっているのだろう。


 ノウミー組は、自分たちが言い出した事とはいえ、なかなか面倒な仕事をムラタから言いつかっている。この場合の負担は、抱えているストレスが原因だろう。


 そんなわけで、甘い物ぐらいでそれが解消されるなら、安いものだとも言える。


「……で、何を確かめてたの?」


 ようやくのことでメイルが外の様子を気にしたのは、おおよそ30分後のこと。

 ほうじ茶を啜りながら、ムラタに改めて確認した。


 アニカは未だ芋ようかんを味わい続け、キルシュは罪滅ぼしのように水回りでバタバタと動いている。


「……先に食べた芋な」


 よく覚えていたものだ、とムラタが内心驚きながら応じる。


「うん」

「で、あとから食べた方な」

「うん」

「“同じ”じゃ無かったか? 温度は別にして」

「そうだね」


 あっさりとムラタに同意するメイル。

 だが、それに対してアニカとキルシュはまなじりを決する。


「違う! 全然違う!!」

「私も違うと思います。先ほども申し上げましたが」


 こちらは断固たる決意(デタミネーション)と共にムラタを否定してきた。


 あくまで参考ではあるが、ムラタがでっち上げたのは「船○の芋ようかん」である。

 ムラタが思いつく芋ようかんとなれば、必然的にそうなってしまうのだ。


 よって、でっち上げたのは老舗の芋ようかんである。

 それと、普通の焼き芋を並べて「同じ」と言い切ってしまう感性。


 これはもう、どちらが残念かは決まっているようなものではあるが、なまじ感性の問題なので、それによって優劣を競いがたいことも、また事実。


 上手い具合に、2vs2の構図になったことも手伝って、何とも不毛な時間が過ぎてゆくことになったが、ムラタがそのネジを締め直した。


「……だが、そういう感性に期待してるんだった俺は。そっちは上手くいってるのか?」


 そしてネジを締め直すついでに、2人がここに居る理由も思い出させた。


「そんな、大ざっぱに言われても難しいけど『白黒バイナリィ』はちゃんと伝えたよ。魔法具も渡した」

「……魔法使える人もいたからね。もうちょっと教えないと駄目だと思うけど、近いうちに覚えると思う」

「面倒がったりは――しないだろうな」


 ムラタがそう質問している間にアニカが首を振った。

 

 ここで問題となっているのはドノヴァンの講座に出席していた3人組の方だ。

 中心にいたのが法衣貴族になるダイヴァン男爵令嬢である。

 ちなみに父親は、ムラタにこき使われ、それで心酔しているような人物だ。


 王宮での父の様子を見れば、間違いなくその歯牙にかけることになるだろう。

 ダイヴァン男爵総受け本――作者はその娘。


 想像するだに、極彩色の地獄絵図の完成だ。


 ムラタの元の世界でも、そういったものがあるのかどうか。

 出来れば確認したくない。

 世界が陰性であって欲しい。


 そう願わずにはいられないが、実はムラタはここにさらなる仕掛けを施していた。


「――あの人は?」

「名前呼びなよ。こっちもややこしくなるんだから。ソフィとイザベルの事じゃ無いよね?」

「……誰だ?」

「……カトリーヌの――つまり男爵令嬢の取り巻き。ちなみに魔法を使うことになりそうなのがイザベルね」


 アニカが的確に補佐した。

 それがために、ムラタはいよいよ追い詰められた。


 出来れば、名前も言いたくない人物について尋ねなければいけなくなったのである。

 かと言って、そこを確認しなければ、今晩の会合の意味が無い。


 ムラタは、マドーラがいないことで完全に開き直ってタバコを取り出した。

 そして一服して、それでも尚、表情は晴れない。


 そんなムラタの様子を、キルシュだけが心配そうに見つめている。

 一方でメイルとアニカは、悟ったような眼差しでムラタを見つめていた。


 つまりは、ムラタに同意しているのだろう。


 だがムラタは、覚悟を決めた。

 どちらにしろ、ここを乗り越えなければ話が先に進まない。


 ムラタはゴクリと唾を飲み込んだ。

 そして、改めて尋ねる。


「――リナさんは、調子に乗っているか?」


 と。

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