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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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生活能力欠如が物書きの条件

 さて彼女のような立場の者を、どのように呼べば良いのか。

 未だ()()は彼女を受けいれる事が出来るまでには成熟してなかったようだ。


 やはり順番に説明していくしかないだろう。

 まず生まれ落ちてから17年経過している。

 母親は美貌で知られた有名人であり、父親は――実はおおやけに出来ない。


 簡単に言えば、母親はさる豪商の妾であり、父親は娼館から彼女を下げ受けた。

 こういう事である。


 普通では無いと言えば確かにその通りだが、別段珍しいというほどのことでは無い。

 実際、彼女は物質的には何ら不自由なく幼少期を過ごした。


 だが、それだけだった。


 家庭教師など付けられて、一般教養と呼べるものを身につけた彼女だが、果たしてその知識、技能をどのように扱えば良いのか。


 母親も父親も。


 何ら彼女が生きていく上での指針を与える事は無かったのだ。


 そうやって彼女はぼんやりと時を眺め、ある時“講座”に出席した。

 何ら積極的な動機で彼女は講座に参加したわけでは無い。


 しかしながら講座と出会ったことによって、彼女は見つけてしまった。


 自分の生きる道を。


 だが、それが余人に知られてしまうと問題が発生する――その判断が出来るぐらいには、彼女は教養を身につけていたのだ。


 そこで彼女は、生まれたときから不自由したことが無いという経済的な強みで、隠れて創作に打ち込める場所を確保することにした。


 王都の一般区画で充分。

 ただその場所に1人で住むことが出来るような住居を、母親にねだったのだ。


 母親は高級住宅街に引っかかるような区画に瀟洒な邸宅を与えられ、彼女もそこで育ちはしたのだが、その全ての空間で自由に過ごしていたわけではない。

 元々、彼女にとって生活する空間は、広くなくても問題は無いのである。

 

 むしろ1人暮らしであった方が、精神的には余裕を感じることが出来るのは自明の理。

 

 そうとなれば残る問題は、それを行うための理由。

 若い女性が、1人だけで生活する理由。


 彼女は考えあぐね、結局名目は――社会勉強と申告しておくことにした。


 それに対して母親も父親も、鷹揚に彼女の申し出を受諾した。

 彼女に関心が無かったとも言える。

 それを彼女が寂しく感じたことは無い――そういうものだと彼女は考えていたからだ。


 これで、余人に知られることなく創作に耽ることが出来る。

 その喜びが勝ったのである。


 彼女――アンジェリンは、この部屋で、自由を、青春を謳歌した。


 ……はずなのだが。


                   □


 さりとて生活に大きな変化が出るわけではない。

 変化は確かにあったが、その方向性は確実に悪い方向だ。


 母親と暮らしていた時には、使用人が家事を受け持ってくれていたが、1人暮らしではそんな“現象”は発生しない。


 食事だけは全て外食にしてしまうとして、掃除、洗濯からは逃れることは出来ない。

 アンジェリンは家事がまったく出来ないわけでは無かったが、どうしてもその仕事は手抜きになる。


 さらに手抜きになるのは身だしなみについてだ。

 

 そのアッシュブラウンの髪をくしけずったのは何時のことか。

 着た切り雀の青いドレス。

 その他アレコレ……


 だがアンジェリンはその変化を厭わなかった。

 彼女にとって重要なことは創作。


 その他のことは些事であった。


 自分の頭の中の妄想おもいをペン先に乗せるために自由は失われて久しい。

 彼女は机に隷属する事に喜びを感じていた。


 若い娘が享受すべき青春は、彼女に背を向けた。

 いや彼女の側から絶縁状を叩きつけた。


 幸い――と言うべきか否か。

 世の中は創作を続ける上で、最適な環境を作り出すために変化している。


 そんな風にアンジェリンには思えた。


 定期的に会誌を頒布できることが出来るのが、その証だろう。

 そして今、最大の“変化”が彼女の目にある。


「これで、文句は無いはずだ」


 アンジェリンの前にいるのは長い金髪の男だ。


 その長い髪があちこち跳ねているのだが、それはアンジェリンの見る限りカツラだ。

 その上で、到底前が見えると思えない真っ黒なガラスの眼鏡を掛けている。


 着ている服は大まかに言えばくすんだ藍色。

 身体の線を出すような、薄手でピッチリとした布地で出来ており、それで上も下も一体成形で拵えているらしい。


 トータルで言えば――いや、考えるまでもなく怪しすぎる。


 だがアンジェリンは、その男――アスハムに膝を屈するしか無かった。


 何故ならアスハムが、持ってきたのは約束通り“あの”魔法具だからだ。

 先日、ギルド会議所で一悶着が起き、簡単に手に入らないと思われた、あの魔法具。


 そして会誌制作のための必須になるだろうと思われる魔法「白黒バイナリィ」。


 思い起こしてみれば、最初に「白黒バイナリィ」をアンジェリンに紹介したのもアスハムだった。


 ギルド会議所に赴くように強要され、それに従うことでアンジェリンは「白黒バイナリィ」と出会う事が出来たのだ。


 紹介というような、穏やかなものでは無かったが、結果的にアンジェリンはアスハムの力量を認めざるを得なくなったのだ。


 その上、今度は入手不可能かと思われたあの魔法具を何処からか調達してきたらしい。

 しかも、あの老人が使っていた物より大きな魔法具だ。


「……4枚の原稿をこう並べて魔法を使う。そうすると内容がこういう感じに転写されることになるからその上で、こうやってこう折って――」


 そして魔法具が大きくなったことで、何が出来ようになるのか具体的に示して見せた。

 アンジェリンは、それにまた驚愕してしまう。


「表と裏が……! まるで本当の本みたいに!」

「これで充分だろう。いい加減、俺と組め」

「そうそう、兄さんと組んでください! アンジェリン先生!」


 と、溌剌とした声が割り込んでくる。

 それはアスハムの妹のカリンの声だ。


 藁色の髪をざっくりとポニーテールにまとめ、はしっこい鳶色の瞳がキラキラとアンジェリンを見つめていた。


 発端というなら彼女ということになるのだろう。


 そもそもは彼女がアンジェリンの創作活動に入れ込んだことが始まりだったからだ。

 

 彼女はアンジェリンの後を付けて、この部屋――集合住宅アパートの2階――を突き止め乗り込んできた。

 それだけでも、アンジェリンには予想外であったのに、次の日には()()アスハムが乗り込んできたのである。

 その時の口上がこうだ。


「――我が妹が深く愛する嗜好とはいえ、世ではおおっぴら出来ない趣味である事は間違いないだろう。このままでは我が愛する妹はずっと日陰者のままだ。そこで俺は君の作品をじっくりと読んでみた。その方向性は理解出来ない部分が多いが、君の文章の美しさ。これには間違いなく才能の煌めきを感じる。――が、だ。まだまだだ。まだ君の作品は多く未完成な部分が残されている。これでは多くの人の胸を揺さぶる事は出来ない。“読者”“読み手”“支持者”。そういった者達の存在を意識せよ。君の好きなように書けば良いというものでは無い」


 いきなりこれである。


 だがそれを受け入れるような、そして黙ったままで聞き続けるようなアンジェリンではない。

 元々、アスハムに好き勝手に言われる筋合いは無いのだ。


 アンジェリンは、アスハムの全ての言葉に反論して見せた。


「人を黙らせるには金だ」


 それに対して、今度はアスハムは簡潔に応じた。

 アンジェリンの言葉をまったく聞かずに。


「言っただろう。俺の望みは最愛の妹を日陰から引っ張り上げるためにここに来た。だから君の事情は関係ない」


 どうやらアスハムには理屈が通用しないらしい。


「――まずは俺の仕事をわかりやすく教えてやろう」

「し、仕事?」


「君が物語を書く。それが君の仕事だ。そしてそれ以外の仕事は全部俺が請け負おう」

「全部!?」


「困ったことに我が最愛の妹は君の身のまわりの世話をすると言って聞かなくてな……まずはその辺りから始めよう。その間に俺は色々と策を練る」

「ちょ、ちょっと勝手なことを……」

「先生、よろしくお願いします!」


 人の言うことを聞かない兄妹であった。


 だが、その鬱陶しすぎる宣言とは裏腹に、カリンの干渉は必要最低限だった。

 つまりそれは、アンジェリンの環境が“人並み”に近付いたと言うことだ。


 まるで家政婦のようにカリンはアンジェリンの部屋を訪れ、掃除、洗濯を片付けてゆく。

 時には総菜や、街で話題となっている美味しいお菓子などを持ってくることもある。


 そう。


 まさに「創作以外の全て」をアンジェリンの代わりにカリンが受け持った形だ。

 その事実にアンジェリンが気付いたタイミングで、再びアスハムが訪れた。


 そして自分の忠告に従えと要求してきたが、アンジェリンはそれを再度強く拒むことが出来なくなっていた。


 そして魔法「白黒バイナリィ」の存在を教えられ、今まさに魔法具、その使い方まで“忠告”されていた。


 つまりアスハムという男の有用性を認めるしか無い状態になってしまったのだ。


 もうアンジェリンは覚悟を決めるしか無い。


 ――アスハム(この男)の忠告を受け入れるしかない、と。

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