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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
217/334

さらばマウリッツ子爵、また会う日まで

 ベガ、デネヴ、アルタイル――


 そのように名付けられた3人の女性が、チーム名を象徴するかの様に舞台ステージ上で三角形を形作る。

 ベガを舞台ステージ中央に配置し、三角形の頂点だ。

 金色の巻き毛を揺らし竪琴を抱えて、椅子に腰掛けた状態で歌を奏でる。


 その衣装がまた独特だ。

 鮮やかな青と、光沢のある白地の布を組み合わせた上で、大きく襟を形成する。

 背中まで襟は広がっており、胸元には太陽を思わせる鮮やかなオレンジ色のスカーフ。


 ハッキリ言ってしまおう。


 単純にこれは「セーラー服」だ。


 それに合わせてことか――異世界人にはわからない――真白な水兵帽すら被っていた。

 

 無理矢理説明するなら「鍔が極端に上を向いている帽子」ということになるのだろうか?

 その鍔の裏地にあたる部分に描かれているのは、青いライン。

 この辺りは素直にまとめたらしい。


 しかしボトムズはまったく素直にまとめなかったようだ。


 ここで“普通”ならスカートを組み合わせることになるだろう。

 さすがにミニスカートとはいかないまでも、スカートという“括り”の中に収めるべき衣服が来るべきだ――そう考える者が大半を占めるに違いない。


 ムラタの“元の世界”ならば。


 しかしここは異世界。

 そのような固定観念は、生息していない。


 だからボトムズがニッカーボッカーズでも。

 編み上げブーツを着用していても。

 

 ただただ、珍しい出で立ちをしていると圧倒されるだけだ。


 弁護するならトータルでそのコーディネイトを表現するなら、これはこれでコケティッシュではあるのだろう。

 

 その辺りの仕掛け人であるムラタは、


「とにかく肌を出さない様にするには、これしか無かったんだ!」


 と、誰に向けているのかもわからない言い訳をずっと繰り返していたが、そのムラタから見ても、なかなかの出来映えであったらしい。


 そして、それは異世界の者たちにも珍しいながらも、受け入れる事が出来るようで、特に支持者ファンなどは、喜びと共に全てを受け入れてしまったようだ。


 このセーラースタイル、左側に位置するデネヴ。右側に位置するアルタイルは共に揃いの衣装姿だ。

 特に、フルートを奏でるデネブには一層似合っていたようで、彼女の立ち姿だけでも十分に鑑賞に値するだろう。


 アルタイルは、その身のまわりに太鼓を並べているので、それほど大きく動けるわけでは無いが、充分にその元気さが伝わってくる。

 あるいは、この出で立ちが一番似合っているのは彼女なのかも知れない。


 その光景に圧倒されていた田舎者アーチボルトは口を半開きにしながら舞台ステージを見上げていたわけだが――


 ――未だ本番は始まっていなかったのである。


                    □


『――と言うことで、次にご紹介するお店はこちら』


 舞台ステージのベガは自分の背後を指し示した。

 そこには「幻影イリュージョン」の魔法で浮かび上がる、王都の地図が浮かび上がっている。


『ああ、ここはわかるよ。美味しいパン屋さんの隣だね』

わたくしはわかりませんわ。でも、地図を見れば見当がつきます。ここは随分と城門に近い所なんですね』


 その地図を見上げながら、デネヴとアルタイルがそのまま続けた。


『場所はデネヴのいったとおりですね。パン屋のお隣である事も本当。2人ともありがとう』


 それを受けて、ベガが笑顔で応じる。


『それで何ですか? ここは何のお店なのかしら?』

『ここは旅に出るときに欠かせない道具を揃えるときに、是非立ち寄って欲しいところなの。それで今、必要なものをまとめて――』


 そのまま流れるように「サマートライアングル」による店舗紹介が続けられた。


 そしてそれを完全に口を開けたままで、見つめ続けるアーチボルト。

 だがそれも無理は無い。


 何もかもが“新し過ぎた”のだ。


 「サマートライアングル」が着ている衣装は言うに及ばず。

 「幻影イリュージョン」の使い方。

 当然それに合わせた店舗紹介に「サマートライアングル」が掛け合いをしながら進める舞台進行。

 

 それをまたクリスティンがあれやこれやと解説してくれる。


 ――衣装を提供してくれた衣服屋が、同モデルの衣服を売り出しているから、また女性達が殺到しているに違いない。


 とか、


 ――実はあの様な掛け合いにも台本がある。


 などと内部事情を教えてくれる。


 その掛け合いの監修をしているのがムラタであるなら、「幻影イリュージョン」をあの様に使うように指示したのもムラタであるらしい。


「あの兄ちゃんは、何やらおかしな事ばかり思いつく」


 その辺りの解説が為されたとき、そんな風に声を上げたのが、バイナム杉の浴室で出会った八の字髭の老人だった。

 老人の周りにいた者たちの話を総合すると、この老人は元・冒険者でムラタに請われて色々と手伝っているらしい事が判明。


 その他、この浴場には結構な前歴を持つ者たちが多く集っていることが、またアーチボルトを驚かせるのである。


 そんな風にアーチボルトが口を開けたままで舞台ステージを眺めていると、再び舞台上では「サマートライアングル」の歌が始まっていた。


 そこでまたクリスティンが説明する。


「殿下。ご覧いただいております通り、彼女たちは揃いの衣装に身を包んでおりますな」

「そ、そうだな」

「ですが、よくご確認下さい。彼女たちは本当に同じ出で立ちでありますかな?」


 まるで謎かけ(リドル)のように、クリスティンが問いかける。

 だが、これはさほど難しい事では無い。


 何しろベガの手首には、竪琴を爪弾くのに合わせて揺れるブレスレットが。

 デネヴの耳にはイヤリング。

 そしてアルタイルの首元には、ネックレスが煌めいているのだから。


 わざわざもったいぶることも無く……


 そこまで考えが及んだところで、もうすっかり馴染みになった“驚き”がアーチボルトを襲った。


「ま、まさか……」

「そうです。あれもまた告知ではあるわけです。彼女たちの一挙手一投足がそのまま宣伝になっているようでしてな」


 クリスティンが、何やら肩をすくめるような面持ちで先を続ける。


「最初は男衆が夢中になっておったんですが、今は女性の方が『サマートライアングル』に注目しております。それでまた浴場に人が集まる」


 見れば確かに女性の姿がかなり多い。


「……兄ちゃんが言うには、女の子の目があれば男は黙っていても、シャンとするって話でなぁ」

「その辺りは、ムラタ殿の仰る通りですな」


 女性の目を意識しているようには思えないクリスティンがもっともらしくまとめてしまった。


 舞台ステージ上では「サマートライアングル」が歌う。

 それに声援を送る支援者ファンの声の中には、女性の上げる黄色い声援も確かに混ざっていた。


 ――女性はお淑やかに。


 そうであることが求められる時代は終わろうとしているのかも知れない。


                  □


 マウリッツ子爵、帰還の由――


 王宮に宿泊していたアーチボルトがようやくのことで荷造りを終えた。

 浴場を“視察”して以降、あれこれと王都を巡り歩いて買い付けたものが多すぎるのだ。


 ただ単に、土産物が多いだけでは無く、王都での流行を掴むために、という理由もある。

 浴場の改装に合わせることが、自領を売り込むのに絶好の機会だと考えたのだ。


 それを確実にするために、アーチボルトは当然の手を打つことにした。


「はいはい。それではおぜぜをよろしく」


 面会に成功したアーチボルトが浴場の改装についての検討を切り出したところ、ムラタは親指と人差し指で丸を形作りながら、気軽に応じた。

 王宮の然るべき部屋ではなく、廊下での立ち話ではあったが、その口調はあまりにも軽すぎる。


「は? ぜぜ?」

「つまりは王家へ支払う代金ですな。王家の浴場で宣伝がしたいという事なら、当然代価をいただきます。その宣伝効果の巨大さは実感された事と思いますが」

「それは……」


「実費については本決まりになってからの調整と言うことで。何しろ、あそこで『サマートライアングル』に舞台ステージで扱って貰うのにも、壁に布告のための銅板貼ったりするのにも、全部先に代金いただいておりますから」


 いよいよ王都を去る段になって、最大の衝撃がアーチボルトを襲った。

 ムラタの説明で気付いたのだ。


 浴場の仕掛けを。

 そしてそれに伴う、未来図を。


 そんなアーチボルトの表情を見透かしたようにムラタは続ける。


「これが必勝の策でしてね。この先、景気が悪くなったとしても、その反面潤ってくる業種は必ずあります。そうとなれば浴場で宣伝したくもなるでしょう。つまりどうやっても食いっぱぐれが無い。人々から恨みを買うことも……まぁ少ないでしょうな」


 これはあくどい企みなのだろうか?

 そして、その疑問を“否定”で乗り越えても尚、真っ当なやり方であるようにはアーチボルトには思えなかった。


 ただ理解出来(わか)ることは、ムラタだけは敵に回してはいけないということだ。

 “踏み付け”云々の問題では無い。

 気分を損ねたら、一体どんな未来が待っていることか……


「アーチボルトさん、今度はご家族と一緒に王都にお越し下さい」


 不意にムラタが告げる。

 アーチボルトは、当たり前に妻帯している。

 子供も2人だ。


 ただこのタイミングで誘われるのは……


「マドーラがあれで、王宮の風呂場を自慢したいらしくて。かと言って、王都に出入りしているような奥方は信用なりませんから。ああ、娘さんもどうぞ。息子さんはそうもいかない……おいくつでしたっけ?」

「……今年で9歳(ここのつ)になります」


 それを聞いてムラタは「微妙なところだなぁ」と首を捻った。

 アーチボルトがどう答えるべきか迷っている間に、ムラタが言葉を継いだ。


「とにかく、この度はお疲れ様でした。浴場の改築の件もありますし、また近いうちに」


 言うだけ言って、ムラタはあっという間に廊下の向こう側に消えていってしまった。


 残されたアーチボルトが抱く感情は、果たして正か負か。


 ――アーチボルトはそれさえも判断出来なかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者氏の発想と思索のレベルが桁違いだなー。 マスメディアじゃなくバスメディアですね、これ。 [一言] 先日はレビューありがとうございました。 そして、上手くレビュー書けなくて申し訳ない。 …
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