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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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浴場戦線異状なし

 「雄々しき牙」亭。


 説明するまでもなく、ノラ一派のアジトであり、直営店であり、当たり前にシマ内であり――最近では組織の重要拠点でもある。

 何しろ今現在、組織の実質的な頂点に位置するノラが居座っているのがこの店であるのだから。

 

 ノラは別段、強引に組織の長の座を奪ったわけではない。

 説明するのなら、ごくごく穏やかな話し合いの末に 今の状態になった、とするしかない。


 そして穏やかである事を望んだのはノラの方だった。

 ノラのバックには、あの“ムラタ”がいるのは確かなことで、そのムラタを敵に回すことになれば……


 なまじ情報を扱う商売なだけに、ムラタの桁外れ度合いは他の業種よりも身に染みて理解している。

 それは王宮、さらには貴族達以上と言っても過言ではないだろう。


 ノラを何処まで庇護するつもりがあるのかはわからないが、ノラの手には、あの光る短剣がある。

 となれば自分の面子のためにも、ムラタが動かないという可能性はほぼ無くなったと見るべきだ。


 そしてムラタが動くとなれば、例え小規模であっても必ず被害は発生し、それを防ぐ手段はない。

 つまりは貧乏くじを引く者が必ず出てくることになり、誰も彼も貧乏くじを引きたくは無いのである。


「ムラタとの交渉は僕が請け負いますから。その分、便宜を図って下さい」


 だから、そんなノラの申し出は“渡りに船”であった、と言うほかは無かった。

 ムラタがもたらす利益は確かにあるだろうが、それをノラ一党に独占させても、その方がまだましに思えたのだ。

 ムラタと向かい合うという“貧乏くじ”を引き続けるよりは。


 そんなわけでノラをおだてる様に組織内でも彼女の位階を上昇させ、ノラもまた今までの上役の顔を立て続けていたので、抗争にも発展しなかった。


 それぞれが様子を窺う状態ではあるのだが――それこそ今に始まった話ではない。


 そして、大きなシノギを生み出すと目され、実際に生み出しつつある浴場についてもノラの預かりとなっていた。


 ノラはこれにも独占を考えず、他の顔役達にも仕事が回る様に調整している。

 基本的には浴場で働く人員の手配、そして出店に関してであるが、実はこれに顔役が絡んでいると示した方がスムーズに事が進む。


 謂わば、持ちつ持たれつ、だ。


 わざわざ明文化することはないが、その辺りは良い塩梅というものがある。


 これに関してはムラタにも同じ事が言える。


 ムラタは組織が浴場に絡んでくることに関して、まったくの静観を決め込んでいた。

 組織の情報網にも、何かそういった事について発言したという情報は入ってこない。


 だがノラに確認してみると、


「知ってますよ。ごく普通に」


 と、あっさりと答えが返ってきた。


 組織が絡んできているのをわかっていて、ただ静観しているだけ。

 これをムラタの油断と見るべきか、それとも……


 顔役達は経験則でもって、お行儀良くすることに決めた。

 ムラタは人を殺したがっている。


 ……という発言だけは、情報として確定しているのだ。


 とにかく、無理はしなくとも“あがり”はある。

 それをよすがに、顔役達はムラタの指示がなくとも“良い塩梅”になる様に心を砕く方向へと舵を切ることにした。


 自分たちで“行儀が良くなる”事を選択した形だ。

 

 こんな風に“行儀良く”させることがムラタの基本方針である様で、浴場の運営に関しても、その手法がとられている。

 開場直後に気持ち悪いほど親切な者が出現したのは、ムラタの指示でノラが手配した者達だ。

 

 そしてそれは、入り口すぐの空間スペースだけで無く――


「気を付けるべき事案は発生しませんでした。我らが出ることはないでしょう」


 脱衣所、浴場、そしてバイナム杉で加工された浴室。

 その全てに問題は無かったと、ノラは「雄々しき牙」亭で報告を受けることとなった。


 報告してきたのは、ノラの側近であり、ムラタとの関わりのあるハーヴェイツである。

 ムラタが、その簡潔さを有り難がり、連絡員として望んだ男ではあるが、ノラはそれを拒否した。


 ハーヴェイツの簡潔さは、ノラにしても貴重なものだと考えていたからだ。


 ノラはハーヴェイツの報告に黙って首肯した。

 ここで、細かく報告させようとも思わない。


 ハーヴェイツが言うからには問題は無いのであろう。

 ただ気になる事はある。


「『レイオン商会』はどうだ?」

「仕事を任せて大丈夫かと」


 ロデリックがしっかりと視察していた事も、ハーヴェイツは確認していた。

 そして、それも問題は無い様だ。


 ムラタが買っているという段階で、さほど心配はしていなかったが、やはり仕事は出来る男であるらしい。


 仕事が出来るというよりは、仕事が趣味みたいな男であるようだが、それならそれで息切れもすまい。

 ノラはもう一度頷いて、視線を横に移した。


「君の方はどうだい?」

「女側も問題無いですよ」


 こちらも簡潔に――少々“はすっぱ”ではあったが報告を上げてくる者がいた。

 目立たない衣服に身を包んだ、藁色の髪の女性である。

 名をロジーと言う。


 ノラの子飼いの構成員では無いが、仕事に問題は見られない。

 元より、女性の構成員の存在自体が貴重でもあるのだ。


 それを考えればロジーは充分有能であろう――少々おしゃべりが過ぎたとしても。


「基本的に、ああいう場所で騒ぎを起こすことは無いんじゃないですかね? 特に仕込みもありませんでしたが。関心が自分自身にしか向いてませんし。それがあの脱衣所の豪華なこと。マッサージとか受けることができるし、あの良い香りのお風呂も凄いですね。あの香りに包まれる感じが本当に良い気分で。それを味わうのに夢中で喧嘩しよういう考えも浮かばないんじゃ無いでしょうか?」


 ノラは、これにもただ頷くだけで応じた。

 いや、それ以上にさらに話を振る。


「その状態は続きそうかい? 喧嘩が起こればそれらを失う可能性に気付いているように見えたかな?」


「ああ、それは無いんじゃないですかね。そういう複雑なこと考えることが出来る環境じゃありませんでしたし。ただただ、だらーーっとしてる、というか、だらーーっと、したいという欲望が充満してましたし」


「じゃあ、トラブルを起こして警告するのは……」

「あ、止めた方が良いです。間違いなく藪蛇になりますね」


 しっかりと見るべき所は抑えてきた様だ。

 こちらも「レイオン商会」の仕事ぶりも確認しているが、これはあまり芳しい報告が出てこなかった。


 「レイオン商会」の視察であるはずなのに、その当人が浴場を堪能しまくっていて、周囲の状況を確認している風には見えなかった、とロジーは告げる。


 組織に頼らずに、こういった仕事が出来る女性を雇うのは難しいだろう。


 その点では同情できるが、やはりムラタの言うとおりしばらくはフォローするしかないだろうな、とノラは胸の内で計算を始めた。


 それと同時に、肝心な部分を確認する。


「『サマートライアングル』はどうだった?」

「……シノギにはなるかと」

「あれは、女の方がやばいかも知れません」


 ハーヴェイツの回答は予想通り。

 一方でロジーの回答は予想を上回っていた。


 「サマートライアングル」は満を持して、浴場の2階から舞台ステージに現れ、ベガが得意の竪琴を片手に歌を披露し、それをデネブとアルタイルが脇を固める形だ。

 それを、誰もがタダで入る事が出来る、あの空間スペースで披露されるのである。


 実に大盤振る舞いであるが、かと言って手を抜いているわけではない。

 「サマートライアングル」が披露した芸の技術は名人というレベルでは無かったが、それを彩るのが「レイオン商会」である。

 当たり前に支持者ファンをあおり立てた。


 それに加えてだ。


 競技会では野暮ったい印象のドレス姿であったのに、浴場の舞台ステージに登場した彼女たちは、見た目をきらびやかな絹のドレス姿であった。


 しかも水色のストライプという、一歩間違えれば珍奇――今までに見たことが無いという意味で――な柄のドレスを、彼女たちはしっかりと着こなしていた。


 そして、周囲を切り裂かんばかりの輝きで圧倒するアクセサリーの数々。


「確かに――あれは男の方がおされていた」


 ロジーの回答を裏付ける様に、滅多にないことだがハーヴェイツは独りごちた。

 男が圧倒されていた、と言うのは舞台ステージ前の観客たちについてであろう。


 それを受けて、さらにロジーは続ける。


「で、服とかアクセサリ売ってたりしてたでしょ? 最初は意味がわからなかったけど、あれで納得ですよ。しかも着替えてみるのも簡単だし、大きな鏡もあるし。ハッキリ言ってあれは()()()()

「そうか……脱衣所がな」


 その驚きがハーヴェイツの舌をさらに滑らかにしてしまったらしい。


「で、いっぺん脱衣所まで入ったら、あの杉の香気に当てられるから――ね? 女の方がヤバいでしょ?」


 ロジーの確認に、ノラは苦笑を浮かべて頷くしかなかった。

 それもまた、ムラタの計画通りである事は告げぬままに。


「――では、しばらくはその調子でお願いするよ。これからさらに混雑する予定だし」

「はい」

「わかりました」


 ノラの言葉に、真面目な表情で頷きを返す2人。

 確かに予定ではあるが、恐らくそれもムラタの予言通りになるのだろう。

 今日の実績が、それを証明している。


 だがそうと悟っても、ノラの気分は暗澹たるものだった。


 この上に“アレ”があるのか――と。

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