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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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“異邦人”とはそういうもの

 喉を鳴らしたメオイネ公はそのまま、給仕に酒を持ってくるように指示を出す。

 白ワインだ。


 銘柄まで指定しての注文で、それ受け取った給仕が慌ててその場を離れてゆく。


「……メオイネ公」


 囁くように横に座るリンカル侯が呼びかける。

 もちろん視線を向けることは無い。


 単にメオイネ公に対して注意を促しただけだろう。


「そうくな。ここから先の話は、酒を飲んでいた、という言い訳も必要だろう」

「――確かに」


 リンカル侯は顎を振るわせながら頷いて、自ら給仕を呼びつけた。

 こちらは蒸留酒を注文する。

 若いものでは無く、年代物を指定してだ。


 互いに手間の掛かるものを申しつけたのは、これで間を置くためと周囲に近付いてはならぬと釘を刺すためだ。

 いくらムラタの効果があったとしても、大貴族2人が並んでいるとなると、どうしても人目を引く。


 それを逆用して、一種の結界を作るのである。

 半年ほど前には政敵として、諍いあった両者である。


 これには流石の元気者(ギンガレー伯)も、近付くのを躊躇われた。


 やがて注文通りの飲み物が運んで来られ、如才なくアテになる腸詰めなども添えられている。

 これで“言い訳”の準備は整った。


「――儂とお主、どちらが取り込んでもおかしな具合になるぞ」


 白ワインで唇を湿らせると同時に、メオイネ公が口を開いた。

 それを聞いて、リンカル侯が鼻白む。


「そういうレベルの話をしたいわけでは無い」

「となれば国がどうするか、という話になるが……正直、手に余る」

「そうではなく……」

「つまりは保身か」


 要するにムラタに対してどのように振る舞うか、という相談になる。


 国の行く末などは後回しで、まずは自分の身、あるいは自分の領土こそが優先順位の上位に来る。

 なんともわかりやすい封建体制における諸侯の姿だ。


 だが、それであるからこそ臆病で――時に誰よりも早く危険に気付く。


「ムラタと殿下が――そういう話だ」


 その言葉に、メオイネ公が全く虚を突かれたわけでは無い。

 さきほどリンカル侯が明言しなかったように、口に出さない――出したくない可能性であるということだ。


「……お主のところの方が“異邦人”については情報が揃っているだろうに」

「公のところには?」


「はて……我が領は広大とは言え、基本的に鄙びた田舎であるからな。確かにいくつかの伝承はあるが――これは掛け値無しじゃぞ」

「その点では、確かに我が領の方が優位か……ヒロト・タカハシについては?」

「聞き及んでいる」

 

 リンカル伯を、侯にまで押し上げた恩人と言えるかも知れないが、基本的には敵対者であろう“異邦人”。

 だからこそ、直近の“異邦人”の情報量を多く抱えているのはリンカル家で間違いは無い。


 メオイネ公爵家も宮中を通じて情報は入手できた。

 だがその精度、新鮮さはどうしても劣る。


 時は経過して新鮮さに意味は無いかも知れないが、当時必死に集めた情報は無駄にはならず、膨大な想いを沈殿させる。

 それは生々しく、時には血の臭いすらも感じさせるだろう。


 この場合は――


「――“異邦人”は子を成せるのか?」

「それは間違いない。そういう記録もある」

「では……どういうことになる?」

「ムラタが王配――いや王に……」


 絞り出すようにリンカル侯が口にするが、メオイネ公はそんな様子を冷めた眼差しで見つめていた。


 確かに“異邦人”に関してはリンカル侯に一日の長がある。

 だが“ムラタ”に関してはメオイネ公の方が優位であろう。


 だからこそリンカル侯に対して冷めた目を向けることが出来る。


「ムラタにその気は無いぞ」

「何故わかる?」

「普通に聞いただけじゃ」

「そんなもの……」


 間違いなく、


「アテになるものか」


 と、リンカル侯は続けるつもりであったのだろう。


 だが、その途中で気付いた。

 ムラタの異常性に。

 そして自らの立場に。


 ムラタが嘘をつく必要性。

 いや、それよりも言を左右に出来る立場の強さと言うべきか。


 いくらでも前言撤回が出来る状態で、ムラタがわざわざ嘘を言う必要が無いのである。

 結婚する必要があれば、そうする。

 ただ単にそれだけのこと。


 それは逆に言うと、貴族である自分たちがムラタからは全く意に介されないという、自分の立場の弱さの証明にもなるわけだが、その弱さがあるからこそ、断言できる。


 今の時点ではムラタに結婚の意思がないと言うことが。


「――その辺り、殿下にもその気は無いようでな」

「公は殿下にもご確認されたのか?」


 リンカル侯が、腸詰めをつまむ。


「話の流れじゃ。何しろ内務卿じゃからな。そういう名目で、準備は必要になるのか? とムラタに尋ねれば、そこから話が繋がった」

「なんじゃ……では、公も2人の結婚……ご結婚については危惧されておられたのか」


 2人の結婚について、相応しい言葉遣いというものが見出せないリンカル侯。


 だが、これはリンカル侯の責任では無いだろう。

 あの2人の関係性がイレギュラーに過ぎるのだ。


「危惧というか……まぁ、それはそれで構わぬ。とにかく殿下にその気は無く、ムラタにしてからが殿下に、そろそろ考えておけ、と指示を出す有様でな」


 それは確かに、ムラタにその気は無いことを端緒に示す発言だったのであろう。

 リンカル侯も、これで納得したかと思いきやますます渋面となっていた。


「どうした?」


 その異様さにメオイネ公が声を掛けると、リンカル侯はグラスを呷った。

 今のやり取りに今更ながら不機嫌になる要素は無いはずだが、とメオイネ公もグラスを傾けながら、リンカル侯の復活を待つ。


「……“異邦人”とは、そういう存在では無いはずなのだ」


 ようやくのことでリンカル侯が口を開いた。


 なんともとりとめない内容であったが、このままでは話にならない。

 メオイネ公は、適当に言葉を添えることにした。


「そういう――存在というのは?」

「“異邦人”とは複数の女を抱えるもの」


 いきなり、この言葉にメオイネ公は虚を突かれた。


「それでいて貴族が側女を抱えることには神経質で、それを阻止しようとする。まるで自分のみが正しいかのように」


 だが、もうメオイネ公の手助けは必要無いようだ。

 そのまま語り続ける。


「特に家通しの結びつきを図るために行われる婚姻についても断固反対で、好きな相手と添え遂げさせろ……このように主張するのが“異邦人”というものなのだ」


「それでいて、自分は女を多く抱える、と」


「左様。“異邦人”とはそういうもの。自分たちの矛盾に気付かずに、あるいは無視して、自らは別格だと行動で示すもの」


 今度はメオイネ公が渋面になった。


「……矛盾という部分はムラタにも当てはまるが」

「それは確かに」


 リンカル侯が自嘲するような笑みを浮かべる。


「ですが、それでムラタを他の“異邦人”と同じだとは言いますまいな」

「それは……」

「奴はこちらの世界の仕組みについて、あるいは貴族の在り方に寛容――と言うか興味が無い」


 この指摘にはメオイネ公も頷かざるを得ない。


「そして、ただ1人で並み居る貴族を圧倒し、王を戴き、それでいて女……女に限らないが自らの欲望を表に出すことが無い」

「その点は、お互いが疑問を感じていた部分では無いか?」


 何度も考えたはずだ。

 ムラタの望みとはなんであるのか、と。


「我々はもっと良くその点を考えるべきでありました。考えれば今までの“異邦人”のなんと御しやすいことか。欲が見えている者は、それだけに……」


 操りやすい、とリンカル侯は最後まで口にはしなかった。

 ヒロト・タカハシの行く末を鑑みれば、確かにそう言うことになるのだから。


 だが、これほど深く、伝え聞くヒロト・タカハシよりも王宮の奥深くに根を張りながら、貴族達は未だにムラタに対する対処法を見出していない。


 唯一それを成し得ているように見えるのは――たしかに次期国王マドーラだけだ。


 となれば、マドーラを捧げる形でムラタをわかりやすい(結婚)に押し込めて貰った方が、随分とマシに思える。

 このままでは、ムラタの気まぐれが、何をしでかすのかわからないのだ。


 そう。


 もはや、操りたいなどとは考えておらず、ただただ安全の為――それはそれでわかりやすくはある。


 メオイネ公も先ほどは保身を1番に考えるリンカル侯に呆れたが、実はそれこそが唯一の、そしてもっとも有効な手段であるかも知れないのだ。


 となれば……


「殿下を巻き込む必要は無いのではないかな?」


 不意に、というようなタイミングでメオイネ公が告げる。

 リンカル侯がそれに吊られたように、顔をメオイネ公へと向けた。


「要はムラタに家庭を作らせれば、ある程度の目的は達成出来るのではなかろうか」

「………………だが、あやつは女にも無関心ですぞ」


 マドーラはともかく、身近に手を出してもおかしくない女性達が確かにムラタの近くにいる。

 それであるのに、そういう関係性に至っていない。


 これは勘などでは無く歴然とした事実だ。


 いくらムラタが主人として王宮の支配者となったとは言え、それでも影響力を保持するが故の大貴族である。

 侍従や侍女、全ての目を盗んで睦言を行うことなど不可能と断言しても良い。


 そもそも、それを咎めるつもりも無いわけだが……


「それは好みの女性がいないだけ、という可能性もある。これからそういった女性を紹介してゆけば良いのではないか?」

「確かに……弱みを作る、というわけですな」


 リンカル侯にとっては、どうしてもムラタは仮想敵のままであるらしい。

 だが、するべき事は同じだ。


 何かムラタが特殊な趣味の持ち主であるとか――それはそれでやりやすくはある。


「ですが、そのように画策すると……」


 リンカル侯が、囁いた。


「ムラタに睨まれると? その点は……」

「いえ。ただ、まるで若者に結婚を勧める老人のような――」

「言うな」


 その制止の言葉を合図にして、大貴族同士の秘密の会合は終わった。

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