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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
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メオイネ公の救援

 王都の夜は、変わらずに眠ることは無い。

 いや最近の好景気によって、ますます豪華になっていた。


 特にご婦人方が元気だ。


 王都で、特に職を得ている貴族達はムラタに因って責めさいなまれているわけだが、その分、そのパートナーは羽を伸ばし……ということには、なっていない。


 変わらずに開かれている夜会において、その主導権争いが、そのパートナー――多くの場合ご婦人方――の双肩により掛かってくるわけである。

 

 ただ、今回の夜会はそこまで緊迫感があるものでは無い。

 どちらかというと――慰労だ。


                  □

 

 単純に夜会と言っても主催者が存在し、それぞれの格というものがある。

 その辺りの宮中序列を意識しながら、それでいて作法も絶えず相互監視状態。

 さらには衣装、提供する話題、あるいは新たな流行に乗るか乗らないか。


 夜会もまた、1つの戦場と言っても間違いはあるまい。

 ここ最近はギンガレー伯がすっかり主役であり、主催者を務めることも多い。

 宮中序列的には、上位者に出席の義務はないわけだが、空気感というものがある。


 つまりは公爵とか侯爵とか。

 そして出席してしまうと、今度は自分たち主催で夜会を開かねばならなくなる。

 この繰り返しが途切れることが無い。


 そういうものだと、ある程度の割り切りが出来ていたはずだが、羽目を外しっぱなしの()()伯爵が元気すぎるのが問題だ。


 もう1人、躍進著しく名前が挙がってくる伯爵の方は、王都にいる事自体が希であるのだが、こちらは夜会を開く気配は無い。


 王命によって出席せずとも咎められることも無いわけであるが、いっそのこと、その伯爵が夜会を開いてくれた方がよっぽど助かる。

 いや、旅の土産話とか、興味深い話を素直に楽しみにも出来る。


 つまりは、もう一方の伯爵の夜会に出るのは億劫であるのだ。

 

 そこでメオイネ公は強権を使うことにした。

 とは言え、自らの権力ちからではない。

 もっと横柄で、鼻持ちならない権力者に縋り付こうという目算だ。


 勝算はあった。

 そもそも、その権力者が夜会に出てこない。

 いやもっとあからさまに、夜会を馬鹿にしていた風であったからだ。


 夜会の制限を求めれば、むしろ快く応じてくれるのではないかと。

 だが――


「え? 何故止めなくては行けないのですか?」


 と、権力者あっさりとメオイネ公の願いを却下してしまった。


「ドンドン使えば良いんです。使えば使うほど、景気は上向きますし。最近の王都で見る限り、なかなか潤っているでしょうし。こちらが止める理由が全くありません」


 その“こちら”がどういう意味合いなのか。

 王宮全体を指すのか。

 はたまた王家を意味しているのか。


 一番の問題は、たこわさで冷酒をキュッとやっているメオイネ公自身の振る舞いであるかも知れない。


 マドーラの居室を訪れて――このこと自体はさほど珍しくなくなってしまった――ごくごく内密なお願いと言うことで切り出すところまでは正解だったはずだ。


 だが、その後に料理番である権力者――そんなややこしい立場の人間、ムラタしか居ないわけだが――に振る舞われるままに口をつけてしまったのがマズかった。


 何しろ、いざとなれば体調不良を理由にして制限を訴えるつもりが、逆に酒精アルコールを摂取してしまっているのである。

 それも、非常に機嫌良く。


 これでは説得力もへったくれも無い。


 午前中の討議が終わり、謂わば自由時間だと気を緩めたのが仇となったのか。

 上手い具合にムラタとアポイントメントを取れた幸運に浮かれすぎたのか。


 キッチン前のテーブルでムラタと対面サシで時候の挨拶から始めていたメオイネ公はいきなり窮地に立たされてしまった、と言うわけである。


 その後も、ムラタからは色よい返事が貰えなかったわけだが、その状況を変えてくれたのは、誰あろうマドーラであった。


 メイルたちと何やらボドゲに勤しんでいたマドーラがムラタを呼んだのである。

 恐らくは、そろそろお風呂に行きたくなったのであろう。


 すでにジャージ姿を晒している――キルシュの抵抗はすでに砕け散っていた――状態で、気にすることも無いはずだが、相手がメオイネ公と言うことで警戒もしていたのかもしれない。


 そしてムラタとぼそぼそと何事か話し合い、2人揃ってジッとメオイネ公を観察。

 結果、いきなりムラタが折れた。


「――わかりました。マドーラを出席させることは出来ませんが王家主催と言うことで夜会を開きましょう」


 それこそ正にメオイネ公が望んだ展開である。


 そういう方向へと、ムラタを修正してくれた――とマドーラに感謝しなければならないところであるが、あの“女の子”はそこまで簡単な相手では無い。

 何か、かなりの借りを背負ってしまった気分になる。


 何よりムラタがあっさりと折れたところから見ると、間違いなく親切心だけで方向転換させたわけでは無いことも明白。

 しかし、もはや後には引けない。


 とりもなおさず、とにかく夜会の連鎖は一端途切れることになるのである。

 

 メオイネ公は、それだけを慰めにしてマドーラの居室を辞すことにして……今日の事態となったわけである。


                    □


 さすがにここで、誰かを代理に立てる様なことは無かった。

 ムラタが例の白一色の襟ぐりの広い不思議な出で立ちで夜会に現れ、挨拶する。


「皆さん、どうぞお気を楽にして楽しんで下さい。今回は基本的に甘いものについて俺の手配で用意させてます。俺は酒飲み(やり)ませんのでね。こっちの方が得意と言えば得意なんでしょう。あとは自由にご歓談を。というか積極的に楽しむように。俺には全く無意味に思える行儀やら何やらで、偉そうなこと言い出したらその時は――」


 次第に、怒気を孕んでくる主催者ムラタの挨拶に出席者が水を打ったように静かになる。


 改めて出席者の脳裏に浮かんでくるのは、ムラタの壊れスキルについて。

 すでにマウリッツ子爵領で何をしたのかは知れ渡っている。


「――と言うわけですから、ここでは戦いの気分を抑えて。ただ旨い物を食い、甘みに遊び、酔いを楽しんで気分を休めるようにお願いしますよ」


 つい先ほど、最大限に緊張を敷いたものの言い草では無い。


 だが、これによってムラタに対して出席者全員が被害者という立場を等しく与えられたのも事実。


 その後ムラタは、適当に挨拶を受けると、さっさと引っ込んでしまった。

 その時、全員が胸をなで下ろしたことは間違いない。


 以後、正にムラタの望み通りに、穏やかな時間が流れることとなったわけである。

 戦後訪れる、倦怠感にも似た平和を望む思いが共通認識となったのであろう。


 とにかく夜会の連鎖はこれで一段落だ。

 王家の人間を個人的に招くと色々と面倒になるので。慣例的にこれが行われないのも大きい。


「……どうなることかと思ったが、まずは重畳」


 夜会において壁際にしつらわれた休憩のための一角で、メオイネ公は一息ついていた。

 肘掛け付きの椅子に深く身体を預け、細巻きを燻らせている。


 いつもなら挨拶してくる者達が、メオイネ公の前に次から次へと現れるところだが、全部“ムラタの思し召し”ということで、お構いなし、ということにしておいた。


 実際、その方がお互いに楽なのである。


 あの元気者――ギンガレー伯も、さすがに幾分か大人しいようだ。

 完全にムラタの毒に当てられた形だが……


 メオイネ公が何やら感慨深げに、顎を埋めていると、


「少々よろしいか?」


 と声が掛けられた。

 どうやら、ギンガレー伯以外にも元気者がいるようだ。


「……すまんが、今宵の会ではムラタの考え通りに――」

「そのムラタのお話です。公爵閣下」


 わざわざ四角四面に呼びかけてきたのは――


「なんと、リンカル侯であったか」

「そうです。せっかくの機会ですから伺おうと思っていたことがありましてな」

「……つまりは本音に近い言葉が必要だと?」

「そう考えて貰って結構」


 言いながら、メオイネ公のすぐ隣の椅子にリンカル侯は勝手に腰掛けてしまった。

 確かにムラタ的手法に準拠するつもりはあるらしい。


 そうとなればメオイネ公としても、いきなり拒否するのも難しい。

 向かい合わせで無い事が僅かな救いだろうか。

 2人ならんで腰掛けて、夜会の様子を見守っているように見えるからだ。


「――して」


 メオイネ公が口火を切った。


「儂に聞きたいこととは?」

「もちろんムラタのこと……あるいは殿下のこと」

「それは……」


 確かに、腹芸付きで話し合えることでは無い。


 殿下とは即ちマドーラのことだ。


 2人で祭り上げていた“女の子”について、ここで内密な話となると、何やら剣呑さを感じさせるが、今更その話を蒸し返してもどうにもならない。


 いや単純に、身の危険に及ぶ。


 それがわからぬほど、リンカル侯は愚かでは無いはず――となれば、一体どのようなな話なのか。


 メオイネ公は細巻きを揺らして先を促した。

 リンカル侯は、その仕草にグッと口元を引き締める。


 あるいは自分の仕草が癇に障ったか、とメオイネ公は考えたが、次の言葉を聞いてすぐさまそれを訂正した。

 リンカル侯は単純に覚悟したのだ。


 何故なら放たれた言葉は、ある意味で避け続けていた内容であるのだから。


「ムラタの……ムラタの結婚についてです」


 告げられた瞬間、メオイネ公の喉が鳴った。


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