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異世界も、俺は俺だし、そうボッチ。  作者: 司弐紘
王宮に
202/334

“異邦人”が気付かぬうちに

 王都バーンデン――


 この都に大きな変化が訪れようとしていた。

 いや、正確には大きな変化を住人達が実感し始めた、というのが本当のところだろう。


 次期国王マドーラが何やら動いていることはわかっていた。

 貧民街に手を入れ、その跡地に何やら建て始める。

 そういうわかりやすい変化はあった。


 だがそれは多くの住人にとっては他人事であるのだ。

 それが実感出来るのは、自分たちの生活に関わって来てからだろう。


 そしてそれが、ようやくのことで住人たちも変化を感じ始めてきた。

 ムラタが蠢きだしてから、おおよそ200日後だ。


 象徴的に噂されたのは、マウリッツ子爵領とのいくさが回避されたこと。


 これによって住人達のストレスが解消されたことは間違いないだろう。

 そして、その気分に合わせたように次々と持ち込まれる各地方の特産品。


 つまりは単純に景気の良さを実感し始めたのだ。

 実際、それぞれがどう考えるかが“景気の良さ”に関しては、重大な要因ファクターたり得る。


 例え、それが人為的であっても――


                □


 個人消費の増加を景気回復の鍵だとするのなら、その点でも王宮は手を入れていた。


 まずは王都への出入りについて、僅かではあるが規制を緩めたのだ。

 商取引が目的なら王都への出入りを容易にし、滞在についても便宜を図った。


 徹底的に商業優先の姿勢を明らかにしたのだ。


 それと同時に、王都内の治安は引き締められる。

 これもまた当然で、出入りを緩和したとなれば、それだけ身元の怪しげな人間が入り込む可能性が高い。


 今までは、元から絶つ、方式で治安維持を行っていたわけだが対処療法に一部切り替えたわけである。


 確かに手間が掛かるが、これによって王都に入ってくる商品は確かに多くなった。

 つまりは豊かさを実感出来る状態になったというわけである。


 この状態の嚆矢となったのがノウミーからのバイナム杉の搬入にある事は間違いないだろう。

 元々、ノウミーを含むギンガレー領の産物については売り込むつもりだったギンガレー伯である。


 それに加えてカルパニア伯がノウミーに赴き、新たな商材たり得る産物の紹介を始めたことも大きいだろう。


 謂わば王都において「ノウミー物産展」が開かれたようなものである。

 必然的に王都では、ノウミーブームが起こる。

 消費は上向く。


 さらにはノウミーで財を為した者が、その積み重なった財をどこで実感するかというと……やはり王都なのだ。

 王都だけがその欲求に答えることが出来る。


 そこで贅沢を競うとなれば、これまた王都での景気は良くなるという絡繰りだ。


 実際にメオイネ領の豪農やリンカル領の豪商なども王都での散財を計画しているという噂もある。

 もちろんただ贅沢に興じたい、という事では無く、新たな販路の開拓という一面もあった。

 それぞれの領主からの後押しもあるだろう。


 ただそんな風に噂が広まるだけで、回転を始めるのが経済というものだ。

 何より、機敏に動いて先んじなければ、儲けを出すことも容易ではなくなる。


 つまりは、常に煽られているようなものだ。

 そして、それに併せて踊らされる。


 これこそが景気を維持するために必要な事なのであろう。


 だからこそ、こんな風にわかりきった催し物でも、参加した方が勝ちなのである。


                   □


 元・貧民街である王都東区。

 すっかり再開発が進み、随分と見通しが良くなっていた。


 水路沿いには、新たに建造された浴場がもうまもなく完成間近――いや、実際のところは完成していると言っても良いだろう。

 内装もすっかり整い、今は形だけの最終点検を待つだけである。


 むしろ今は浴場を飾り立てる“外装”の方が問題であるかもしれない。


 開店――と言うのもおかしな話だが、そういった記念式典も大々的に行われる予定であるからだ。

 何かやっつけ仕事が見え隠れする、飾り付けがなんとも野暮ったい。


 そして、浴場の周りでは新たな建造物が建ち始めている。

 なんとも騒々しく、そして猥雑さを感じさせる環境。


 だが、それもまた生命力に満ちあふれていると考えればどうか?


 景気が上向きであるために、そのように考える者が多くても、それは自然な流れかも知れない。

 そういった雰囲気の中、浴場前の広場において、ある催しが行われていた。


 太陽は丁度、中天。


 昼休みを取る者たちも巻き込んでその催しは、今まさにクライマックスを迎えている。


『あり……ありがとうございます! 今から私、精一杯頑張ります!!」


 舞台ステージの上で、そうやって決意表明を行うのは、恐らくはまだ10代の少女だった。

 透けるような金髪。

 湖水のような碧い瞳。

 ウェーブがかかった巻き毛。


 見た目だけなら貴族のお嬢様といったところだろう。

 口さがない“人でなし”ならば、


「うっわ~、テンプレですね」


 などと言い出しかねないビジュアルの持ち主である。


 ただ着ているものが、なんとも庶民的だ。

 ドレスも決して絹の輝きがあるわけでは無い。


 青く染められたユーデュロイという、いささか野暮ったい生地でしつらえられており、かえってその魅力を削いでいるように思われたが……


 舞台ステージを見上げる聴衆の視線は熱いままだ。

 それもそのはず彼女――ベガは、すでに支持者ファンを獲得しているのである。


 50日に渡って行われた競技会。

 いや競技というのもおかしな話だが、王都内で彼女たちは戦ってきた。


 彼女たち――そう、この舞台ステージに上がっているのはベガだけでは無い。


 プラチナブロンドをきっちりとまとめた、少しばかり気の強そうな少女――デネヴ。

 ライトブラウンな長い髪を揺らして快活な笑みを浮かべる少女――アルタイル。


 そういった名前の少女達も舞台ステージに上っていた。


 それぞれが瞳の色に合わせたドレス――デネヴが薄い紫、アルタイルがエメラルド――を身につけ、うっすらと涙を浮かべながら、ベガに向けて拍手を送っている。


 この3名は何回かの競技を乗り越えて、すでに新たに開かれる浴場専属の“心の癒やし手”として選出されていた。

 そして今日、ついにベガが最優秀として表彰され、この舞台ステージは、その発表のためのものであるのだ。

 

 そしてこの3人は、今日からレイオン商会に所属し、これ以降も活動を行ってゆく予定となっている。


 そのレイオン商会の面倒をみているのがギンガレー伯である。


 ギンガレー伯は護民卿として浴場建設にあたって、数回にわたって王都の住人に向かって説明会を行っている。

 普通であれば貴族がそんな真似はしないはずだが、これで色々と寸法は合うわけである。


 ――主に会誌の発生についてだが。


 そして驚くべき事に、髭面のギンガレー伯まで、この舞台ステージには上っていた。

 どういう意味があるのかわからないが、ヤケに装飾過多の小さな盾――恐らくはバックラー――をベガに渡し、その小さな肩を叩きながら、何やら称揚している。


 何回か繰り返された住人への説明会――もはや講座とは呼べまい――ですっかり場慣れしてしまったのか、どうかすれば、これから舞台ステージ上が仕事場になるベガ達よりこなれた様子だ。


 もちろん護衛もしっかりいるわけだが、正直今の王都で、ギンガレー伯に危害を加えようとする者などいないであろう。


 何しろノウミーブームの立役者であり、一番太いパイプを持っているのがギンガレー伯自身なのであるから。

 それに加えて、今王都を熱狂させている「心の癒やし手」のスポンサーでもあるのだ。


 我が世の春、をギンガレー伯が大いに満喫していたとしても誰も責めるものはいない。

 いや責めることが、そもそも不可能だろう。


 王都の住人達はベガを讃えるギンガレー伯にも喝采を送る。

 さらにギンガレー伯は、1歩下がっていたデネヴとアルタイルを呼び寄せて、3人に等しく言葉を贈った。

 そして近日中に開かれる浴場での仕事も、良く努めるように激励し、その場の空気を盛り上げた。

 

 ギンガレー伯は完全にその場の空気を支配している。


 王宮でのことは住人達には詳しく見えない。

 また王宮も、そういった“広報”のような役職が必要だと考えたこともなかったため、必然的に閉ざされ隔絶していたのだ。


 その隙間を埋めるように、あるいは隙間を利用することによって、ギンガレー伯は時代の寵児となり得たのである。


 ――本当にそうか?


 知識のあるものが知れば、途端にこの状態に胡散臭さを感じるだろう。

 何しろ、厳正に選ばれたはずの癒やし手候補の名前が、よりにもよって、


 ベガ、デネヴ、アルタイル――


 なのだ。


 符丁が揃いすぎている。

 つまりは最初から出来レース――では何のために?


 だが、そこに気付いたとしても、どうしようも無い。

 そこに張り巡らされた陰謀を感じ取ってしまい、ただ震えるだけ。

 せめて逃げ出すことが出来る我が身の幸福を噛みしめるしか無い。


 その中心にいるものは、もう逃げ出せるはずも無いのだから……

 

 

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