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君に★首ったけ!  作者: 田中 義男
12/12

おしまい!

 課長から聞いた話だと、エレベーターホールでの騒乱の後、日神を介抱するついでに色々とヒアリングしたらしい。

 曰く、一年前の件については、俺に抜かれそうになり、魔が差してやってしまったらしい。

 曰く、彼女に見られたことに焦り、移動中の乗り換えの駅で偶然彼女を見かけて衝動的に凶行に出てしまったらしい。

 曰く、吉田の書類についても、余り大きな案件を一人でさせないために、ワザとミスが多い書類を作り直したこともあったらしい。

「あと、やっぱりお客様のところで、会社の不利益になりそうな動きもしてたみたいなのねん!」

 とのことだった。やっぱり、という言葉が付いたあたり、色々とマークしていたのだろう。

 ひとまず、彼女としては休職中は労災保険がおりていたし、うぎゃあと言わせることも出来たし、一応悪かったという言葉も聞けたので、告訴とかはしないことにしたらしい。日神については、色々とあったが、会社に貢献してたことも事実だからということで、当面の間は休職という名の自宅謹慎になり、ロシアン醤油差しの件は無事吉田が担当することになって、見事受注することになった。

「これも、皆さんと伝之助さんのおかげです!本当に、ありがとうございました!」

 お客様から正式な注文書を受領した日の夜、エレベーターホールのメンバーで開いたお祝い会で、そう言いながら号泣する吉田の頭を、部長がぽふぽふして宥め続け、また後頭部を赤くさせてしまっていた。

「早川君も負けてられないな」

 お祝い会で、月見野部長に背中を叩かれながら言われた言葉を思い出し、少ししんみりとした。

 日神が長期の休職に入ったことにより、マネージャー系の業務は月見野部長が兼任し、担当していたお客様については、俺が引き継ぐことになった。部署が元に戻った訳なんだが、一年間毎日顔を合わせていた上長たちと離れるのは、やはり少し寂しかった。

「別に、隣の部屋にいるし書類のやり取りがゼロになるわけでも無いんだから、そんな顔しない!」

「そーそー、あんまりメソメソしてると、統制のミラクル部長キック★、が繰り出されちゃうかもよー」

「勝手に変な必殺技を作らない!」

 管理部門での最終日も、そんな感じでいつもと変わらないようなやり取りをしていた。件のシステムについては、システム会社の担当さんと上長ズでやり取りをしながら、導入を進めることになった。彼女については、当面の間はシフト勤務をしながら身体をならし、ゆくゆくはフルタイムの勤務になるそうだ。という訳で、俺が担当していた業務は彼女に引き継ぎとなった。休職中に変わった部分も多かったが、元々は彼女が担当していた業務がほとんどだったため、そこまで苦戦することなく引き継ぎは進んだ。

「引き継ぎが終わったら、あまり会えなくなっちゃいますか?」

 引き継ぎの終盤に、彼女からそんなことを聞かれ、きっと大丈夫だよ、と答えた。彼女は嬉しそうに、そうですか、と微笑んだ。

 しかし、実際のところ、元の部署に戻った途端に、日神が受け持っていたお客様への挨拶回りやら、以前受け持っていたお客様への挨拶回りやらに追われ、更に製品開発部のご乱心シリーズ「寂しんぼの貴方に郷愁を!ミネラルウォーターに混ぜるだけ!クリア味噌汁」という透明な飲料の流行りに乗っかった、無色透明な仕上がりになる粉ジュースがリリースされてしまったため、対応が追いつかない状態だ。そのため、管理部門で彼女に会えても、書類のやり取りだけで終わってしまうことが多くなった。

 今日も、終電に揺られながら大きな川を二つ渡り、漸く自宅の最寄駅に着いた。一週間分の疲労にフラフラしながら夜道を歩き、10分程で自宅に着く。途中のコンビニで買ったサラダを入れるために冷蔵庫を開ける……色々と片がついた今、彼女が現れて、他愛もない話をして、お休みを言ってくれるはずもない。

 力なくドアを閉め、風呂場に向かおうとした時、俄かに部屋の空気が湿っぽくなった。

 慌てて冷蔵庫を開けると、キョトンとした顔の彼女が、久しぶりに首だけで出現していた。


「……寒くないんですか?」


「あ、いえ。大丈夫です。はい」


「お名前は?」


「三輪摩耶です」


「どちらから、いらしたんですか?」


「ここから、もう少し西のあたりです」


「何をしにいらしたんですか?」


「ええと……多分、早川さんに会いに来たんだと……」


「それは、それは!では、ご趣味は?」


「ヒヨコを愛することです!あと、早川さんの家の冷蔵庫に発生したり、湧き出たり、ザ・降臨★することです」



 そんなやり取りをして、久しぶりに、どちらともなく吹き出した。

「ははははは、物騒なこと趣味にすんなよ!」

「あはははは、ごめんなさい。でも、ヒヨコに並ぶ趣味ができたんですから、凄いことですよ?」

「はははは、違いない!」

 ひとしきり笑ったあと、彼女の頭をポンポンと叩いてみた。そこには確かな手ごたえがある。

「うん、過労のために現れた幻覚症状とかじゃ無いね」

「そうみたいですね。私も、ウトウトして夢でも見てるのかと思いました……でも、最近なかなかゆっくりお話も出来なかったから、会えて良かったです」

 そう言いながら、彼女は嬉しそうに微笑んだ。多分、俺も同じような表情をしているのだろう。

「とても疲れた顔をされてますが、お仕事は、まだまだ忙しい感じですか?」

 心配そうな表情で、彼女がこちらを見上げる。

「いや、今日で大体一段落したよ。明日明後日は休みだし、ちょっとゆっくりしようかなと……あ、そうだ!」

「どうしましたか?」

 彼女が不思議そうにこちらを見つめる。

「前に言った約束をまだ、果たしてなかったから」

「約束……ですか?」

「ほら、どこに住んでるか思い出したら、ヒヨコのお土産を持って挨拶に行くってヤツ。そのあと、良かったら映画でもどうかな?」

 突然の提案に彼女は目を円くして驚いたあと、頬を赤らめた。

「それは、デートということですか?」

「まあ、そうなるよね……嫌だったかな?」

 シュンとして聞き返すと、彼女は高速で首を横に振った。

「私で良かったら、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。じゃあ、明日の12時に、君の家の最寄駅で」

「はい!楽しみにしてますね!じゃあ、今日はこの辺で失礼しますね。お休みなさい」

 久しぶりに聞いた彼女の、お休みなさい、はなんだかとても安心する。

「うん、俺も楽しみにしてるよ。じゃあ、お休みなさい」

 そう言って、冷蔵庫をゆっくり閉めた。確認のために冷蔵庫を開けると、そこにはサラダが置かれているだけだった。

 一応、サラダを確認してみたが、キャンペーン用のポイントシール等はついていない。本当に、俺に会うためだけに、来てくれたようだ。よし、明日は絶対遅刻しないように、今日ははすぐ寝てしまおう。

 安らかな気分で眠りに付き、デート当日を迎えたのだが、用意していたプレゼントが、またしてもヒヨコでは無くアヒルだったらしく、デートの締めくくりは、個室居酒屋でのヒヨコとアヒルの違いについての講義になってしまった。

 それでも、彼女とまた他愛もない話が出来るのは、ありがたいことだ。

「……?なんで笑ってるんですか?」

 思わず笑みが溢れてしまったらしく、彼女がヒヨコについての熱弁を止め、小首を傾げる。

「いや、君といるとなんか幸せだなって思って」

 不意の言葉に、彼女は赤面して、ありがとうございます、と小さく言って頭を下げた。

 謀略にあったり、部署が変わったり、生首が出現したりと、色々とあった一年と数ヶ月だったが、可愛い恋人と、ヒヨコについての勉強が出来たのだから有意義だったということにしよう。

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