表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/178

44 信頼




「あれは強い。三人で協力しなければ無理」


 ヤマトは二人に声をかけた。

 新たに現れた人型魔族はおそらく、いや間違いなく上位魔族だろう。

 三人と魔族との距離はまだ離れている。だがだからといって、安全だと言えないことは、下位魔族に対する攻撃でわかっていた。


「そうね。タチバナ、あんたも協力しなさい。ちょっとは、戦力になるでしょ」


「……おまえら戦うつもりか」


 立花の声にはおびえがある。


「当たり前でしょ。黙って殺されるつもり?」


「……ああ、確かにそうだ」


 立花と言う男は、自分よりも強い相手と戦ったことがないのだな、とヤマトは思った。

 相手と向きあうことができていない。

 それに比べてナギサの戦意はまったく衰えていないが、それはそれでおかしかった。強敵に対しては、誰しも慎重になったり力んだりしてしまうものだ。だが、表面上ナギサにはまったく変化が見られない。やや高揚している程度だ。

 ヤマトは、坂棟らと訓練しているからこそ、現在も平常心でいることができた。彼女がたいして変わらずにいられるのは、経験によるものだ。


 ヤマトの見立てでは、目の前の敵には勝てない。三人で何とか時間を稼ぐしかないだろう。坂棟が戻ってくるのを待つのだ。あの人なら、こちらの危険を察知して必ず引きかえしてくるはずだ。

 とにかく、今は生きのびることだけを考える。


 ヤマトの視界の端には、城壁の残骸があった。ヒューマンとの協力で守られていた壁は、上位魔族と言う存在によってあっさり破壊された。

 ヒューマンの命も失われてしまった。

 ヤマトは上位魔族だけに視線を投げる。今は魔族に意識を集中しなければならない。他の事に意識を向けてはならなかった。


「何だ? おまえたち、この私、煉邪れんじゃに逆らうつもりか? 人間ごときが高貴なる闇の眷属に刃向かうと?」


 煉邪が美しい顔に嘲りを浮かべた。


「あんた正気? そんなこと言って恥ずかしくないの?」


 ナギサが言い返す。


「恥ずかしい? 何がだ? 人間の頭の悪さは計りがたいな」


 余裕があるのだろう、煉邪はすぐに攻撃をしてこなかった。

 これによって、三人には大まかな作戦を立てる時間が与えられた。


「まず、君たち二人が突っ込め。俺が二人のフォローをする。ただし、一撃で決めようと思うな。身を守ることを第一に考えるんだ」


「それがいい。たぶん、お館様がこっちに向かっているはず。それまで時間を稼げば、私たちの勝ち」


「そんな消極的な戦い方じゃ通じないと思うけど――いいわ。最初は、あなたたちに乗ってあげる」


 顔はまっすぐ煉邪に向けたまま、ナギサが返事をした。

 ヤマトはナギサの隣に並んだ。

 二人から少し離れたところに立花が立っている。三人とも完全な戦闘態勢である。


「本気でやりあうつもりか……確か、飛べないのだったな」


 煉邪が地面へと降りた。三人との距離は八メートルというところだ。


「たいした自信ね」


「自信? おもしろいことを言う人間だ」


 煉邪の口調は嘲笑そのものだった。


「ヤマト、行くわよ!」


 ナギサが動きだすのと同時に、ヤマトも駆けだす。二人の息は完全に合っていた。

 ナギサが右から、ヤマトは左から煉邪へと攻撃する。

 槍と刀が上位魔族の身体を斬り裂かんと刀身を輝かせた。

 二人の攻撃は、人間の能力を超えた威力があり、何より速度があった。そして、二つのそれはまったく違う角度、まったく異なる剣筋で上位魔族に襲いかかる。


 渾身の二人の攻撃は、防がれた。

 驚くべきことに、煉邪は二人の攻撃を腕で受けとめてみせた。なおかつ上位魔族の肌には傷一つついていないのだ。

 だが、これで、煉邪の両腕がふさがった。

 今なら攻撃を防ぐ術はない。

 いくら上位魔族と言えど、弱点はあるはずだ。瞳ならば肌と同じような硬度はないだろう。


「タチバナ、今よ!」


 ナギサが叫んだ。

 すぐに二人の間から新たな剣が現れる――はずであった。

 だが、いつまでたっても立花は攻撃しなかった。

 ヤマトとナギサは煉邪から離れる。


 ヤマトは周囲を一瞥した。

 立花がいない。

 煉邪から何らかの攻撃を受けたのか、とヤマトは考えたがそうではなかった。


「まあ、後で捕らえれば良い」


 煉邪の言葉で、立花が二人を囮に使ってこの場から逃げだしたことを、ヤマトは悟った。


「――そう、別に最初から信じてなんかいないわ」


 感情のない声でナギサが呟く。夜にまぎれて表情は確認できない。

 ナギサが槍を一振りしてかまえた。


「待って。一人でやってどうにかなる相手じゃない」


 いや、二人でやってもどうにもならないだろう。

 ヤマトは一撃を受けとめられたことで、相手の力を否応なく認識した。ナギサも実力の差をわかっているはずだ。

 少しでも差を埋めるには二人で協力するしかない。わずかな可能性ではあるが、そこに活路を見いだすよりなかった。


 だが、ナギサはヤマトの言葉を聞きいれなかった。

 一人で戦いを挑んだのだ。

 無謀としか言いようがなかった。





 ナギサの攻撃は上位魔族にまったく通じなかった。

 遊ばれていることが彼女にもわかる。

 ナギサの中にあるのは憤怒だ。

 少しでも人を信用してしまった自分。

 危機であればあるほど、人など信用することなどできないのに。


 ナギサの攻撃は大振りなものとなっていた。

 彼女の攻撃の特色は速さと切れであったのだが、すでにそれは失われてしまっている。

 それでも、彼女は上位魔族に挑み続けた。

 そして煉邪の瞳に退屈が宿った。

 その瞬間、ナギサは弾き飛ばされる。

 遊びは終わりだと言わんばかりの攻撃だった。


 ナギサは瓦礫にぶつかり、反動で前のめりになって、吐血した。止まらない咳に交じって、血が彼女の口から溢れだす。

 痛みの麻痺した感覚の中で、左腕と横腹に熱を感じた。

 無造作に放たれた一撃で、このありさまだった。


 ――こんなところで、終わり?


 ナギサはぼやけはじめた瞳で、それでもなお魔族を睨みつける。

 魔族の姿は近くになかった。彼女にとどめを刺そうとしていると思ったのだが、魔族は戦っていた。どうやら、ヤマトが戦いを挑んでいるらしい。

 あんな女に任せていられない。

 ナギサは、右手にある槍を支えにしながらゆっくりと立ちあがる。


「――殺してやる」


 魔族は殺さなければならなかった。

 両親が死んだのはあいつのせいなのだ。

 父親が死んだのもあいつのせいなのだ。



「ねえ、あなたがいたから、あなたを守らなければならなかったから、あの人は死んだのよ。足手まといだったの。あなたがいなけ――」


 一度も見たことのない母親の表情だった。

 冷たい顔。おそろしいと感じたそれは、憎しみのみで埋めつくされていた――。


「もう生きていてもしかたがない」


 魔族に殺された母親。

 母親は死を選んだ。

 ナギサは捨てられたのだ。


「あなたさえいなければ――」



「違う。悪いのは私じゃない。悪いのはあいつだ」


 ナギサは立ちあがった。

 右腕はきつく槍を握っている。

 左腕には力が通っていない。皮の鎧はすでになく、脇腹の辺りには血がにじんでいた。

 すでに戦える状態ではない。

 だが、彼女の瞳には殺気があった。


「殺してやる!」


 まなじりが上がっている。噛みしめられた口元は、だが笑っているかのようであった。

 半ば狂気まじりの形相は、獣じみている。


 ヤマトが煉邪に吹きとばされた。それを合図として、ナギサは走りだす。

 肉体の損傷からすればありえない動きで、彼女の足は地面を蹴っていた。

 これまでにない速さ、確実に限界を超えた速度である。


「しねえええええええええ」


 右腕にある槍にナギサはすべての力を込める。

 煉邪が指先をナギサに向けた。

 その瞬間、何かが彼女の右足を貫いた。

 足で地面を蹴ることがかならず、ナギサの身体は宙に浮いた。

 体勢を崩されながらも、彼女の視線は魔族にのみ向けられている。

 まだ、距離はある。

 だが、彼女の右腕には槍があった。すべてをこめて槍を投じるのだ。


「がぁ」


 ナギサの右腕が何かに貫かれた。

 きつく握りしめていた指先から力が抜け、彼女の手から槍が離れる。槍は宙高く弧を描いた。

 自由のきかないナギサの身体は、右腕だけを天に伸ばしたような形で空中に浮いていた。

 彼女の瞳と上位魔族の視線が重なる。


「殺してやる」


 それでもなお、ナギサは魔族に憎悪をぶつけた。

 魔族が指先をナギサに向ける。その先には、ちょうど彼女の目があった。

 瞬く間もなく魔族の指が一直線に伸びる。それは、ナギサの左目に吸い込まれていく。

 ナギサは目を閉じなかった。

 彼女の眼前で光が散る。


「いったい、どうなってる?」


 地面に崩れ落ちるナギサの身体が、力強い男の腕で支えられた。


「あんた……」


 黒髪黒目の男は、一瞬だけナギサに視線を投げ、すぐに視線を上げた。彼は倒れているもう一人の少女に顔を向けていた。

 ヤマトもナギサと同じような状態であった。


「もう一人お出ましか」


 煉邪が言う。

 上位魔族と異界者の視線がぶつかった。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ