39 思惑
夜、坂棟はモーリス城を離れた。
現在の戦力があれば、一週間程度戦うことができると彼は判断していたので、自分がいなくとも大丈夫だろうと考えたのだ。
坂棟は、ヤマトに戦闘時のナギサの子守を指示した。戦いつづけてナギサが退却を見誤らないよう、彼女をフォローするのだ。
本来なら、モーリス城にハルを置いておくのが戦力的にはもっとも安心なのだが、そもそも守るという姿勢、また、他者に気を使うという点が彼女にはひどく不向きだったので、自分に随伴させることにした。
坂棟はまず冒険者の町に移動する。
上空から観察するが、魔族の通り道となっていること以外何もわからない。
下位魔族に対する坂棟の考えが正しいのであれば、人間の被害の出たこの町でも下位魔族は共喰いをして変化したはずである。
そして、変化した魔族は人間のいるモーリス城を目指したはずだ。
だが、坂棟は見ていない。守護団によって倒されたのだろうか。倒したにもかかわらず彼らが気づけなかったのは、変化が小さかったから?
実際に目撃した坂棟からすれば変化は小さなものではなかったし、ある程度強くなっていたように感じられた。おそらくモーリス城の兵士では、複数で挑んで何とか勝てるかというところだろう。たとえ勝利しても、死傷者を出すはずだ。
だが、坂棟以外に、イーゴルに対して魔族の報告をあげているような人間は見当たらなかったので、気づいていないというのもありえない話ではない。
ラトが言っていたように、どうも、人間は魔族に対して反応が鈍いように思えた。
下位魔族が本当に共喰いにより大きく変貌するとしたら、なぜ、彼らにはその知識がないのか?
仮にあるのなら、すぐに手に負えない存在になるかもしれない魔族に対して、どうしてこれほど無警戒なのか?
この世界では魔族とは二度大戦があったという。多くの犠牲も出したらしい。
なのになぜ、魔族の習性に対してこれほど無知であるのか。
――情報の制限。上の者たちが、意図的に情報を独占している可能性。
だが、理由が見当たらない。
絶対に勝てる自信でもあるのか?
坂棟の脳裏にミルフディートにある大神殿の絵が浮かぶ。
――まさか、神々が救ってくれると本気で思っているのか?
たとえ、本当に神々が存在しようとも、それに願う、あるいは、頼るという思想が坂棟にはまったくない。
願いとは、自らの手で達成することを言うのだ。
「お館様、あちらに人間が一人います」
南の方角をハルが示した。
残念ながら坂棟の感知外にいるようで、彼には認識できない。
「影鬼か?」
「どうでしょう? たぶん、違うと思います」
「あいつらならこんな通信手段を取らないか――一人と言うのが気になる」
この町にいた冒険者であれば、少数であろうと集団で行動しているはずだ。ただし、一人で戦っている冒険者と言うこともありうる。何事にも例外はあった。
「魔族じゃないんだな」
「ええ」
「早い気がするけど、公国の偵察かもな。念のため、確かめておくか」
「え、面倒です。ここから、攻撃すればいいでしょう」
「ダメ」
坂棟は接触するかはともかく、確認だけは行うことにした。
大きな岩の上に男が一人座っている。側にある数本の木の内の一つに、馬をつないでいた。
坂棟はすぐにわかった。同郷者である。
格好からして正規の兵士ではないが、やはり偵察をしているのだろう。目的が何かはわからない。だが、異界者として何らかの力は持っているはずだ。
その力は利用できないこともない。
城の中に押しこめれば、この男も生きるために魔族と戦わざるを得ないだろう。
「何しているんです。さっさとしてください」
「じゃあ、行こう」
「あれは、そのままですか?」
「ああ。それより魔族の進軍の理由を探る」
現戦力でモーリス城は充分に戦える。
坂棟自身がいるのならかまわないが、いない状況で不確定因子を内にいれるのは、賭けが過ぎるだろう。
仮に同郷者がヤマトよりも強かった場合、この男の行動次第では状況がいっきに危険水域に達することだってありえた。
あの男の力を確認したいという誘惑に駆られないでもなかったが、坂棟は北へと向かった。
「どうやって探るんです?」
「必ず移動開始の起点となっている場所があるはずだ。それをつきとめる」
「名前を宣伝するなら、派手にやった方がいいんじゃないですか」
「派手に戦いたいのか?」
「こそこそするのが嫌いなんです」
「そろそろ存在を隠すのは潮時だから、今回までは静かにしてなさい。もしかしたら、この先に強いやつが待っているかもしれないから、そいつで我慢しな」
坂棟はボルポロス公国で最初に上がるべき階段を、すでにクリアしていた。
一定の力を見せることと、上へのつながりを作ることは達成している。
イーゴルは間違いなく坂棟の強さを認識しているし、おそらくナギサは上の誰かと近接の関係にある。
坂棟に関する情報は、この二者から必ず上へとあがるだろう。
そして、一つの町が消えたという衝撃は、ボルポロス公国にとって無視できない問題のはずだ。戦力を欲する気持ちは高まらざるをえないだろう。
都合の良いことに、パルロ国がボルポロス公国に軍事力で圧力をかけている。これも坂棟の後押しとなるはずだった。
最後に、ボルポロス公の前で、坂棟が力をみせるというデモンストレーションをすれば、公国の扉は彼に対して大きく開かれることになるだろう。
最初は傭兵として雇われ、冒険者の町があった場所を実質支配しても良いかもしれない。
同時に、ボルポロス公の側に誰かを派遣しておけばなお良い。
ボルポロス公は、坂棟とラバルを知らない。だからこそ一定の戦力欲しさに、簡単に受けいれてしまうという可能性がおおいにあった。
坂棟は、この国をラバルの窓口とするつもりである。
現在の状況は坂棟が生みだしたものではない。何者かの思惑がいろいろと働いているのだろう。
その計画の中に、坂棟を計算に入れている者はいないに違いない。彼は流れに乗り、そして、獲物を奪いとるつもりであった。
飛行していた坂棟は一瞬、ハルが何かに反応したような気がして、訊ねた。
「どうかしたか?」
「いえ、何も」
「そうか?」
「下のモノたちがうっとうしい。これが邪魔をしているのだと思います」
「でも、たいして動いていないな。何かから逃げているというわけじゃないのか?」
モーリス城を攻めきれないので、魔族は渋滞を起こしているようだ。
しばらく飛んだ後に、ハルが口を開く。
「見つけました。あきらかに違うやつがいる」
「それかな。そこに向かおう」
主従は北へ向かって移動のスピードを上げた。
「よい、わかった。私からおじい様に伝えておく。おぬしはさがれ」
ジルド・ヴァン・ボルポロスは、モーリス城からの使者に対して、そう命じた。
宮廷の一室である。
「しかし、これは直接公に報告するよう団長から申しつけられたので――」
「よい。私が伝えておく。おぬしが伝えるより、私が行ったほうがはるかに早いであろう。つまらぬ手続きもいらぬしな」
「――しかし」
「くどい! さがれ!」
「は」
「待て」
身をひるがえした使者を、ジルドは呼びとめた。
「何でございましょうか?」
「このことは秘密にしておけ」
「は、もちろんでございますが……」
当然の命令をするためにわざわざ呼び止めたことに対して、使者は不審を覚えたようだ。
「あんな薄汚い町とはいえ、我が国の町が魔族に滅ぼされたなどという恥は、他国に知られるわけにはいかんだろ。それだけだ。行け」
モーリス城からの使者にちょうど出くわしたのは運が良かった。
ジルドは気まぐれで呼びとめただけだったが、使者は良いものを運んできた。
援軍の要請だ。
援軍など、すぐに送る必要はない。
魔族に襲われモーリス城が落ちれば、あの男とナギサも死ぬに違いない。それを待って、援軍を送ればよいのだ。
魔族など公国軍が本気で戦えば一撃のはずだ。いざとなれば、パルロ国に援軍を求めても良い。
北にいる少数の兵士や民が死んだところで、大勢に影響はないのだ。そんな小さなところまで考えていては、政治などやっていられない。
政治ではなく私情でしかないのだが、ジルドにはわからない。誤った形で公私の別が彼にはなかった。
ジルドは部屋を出た。
すると、先程の使者と同じように走っている汚い身なりの兵士がいた。
嫌な予感を覚え、彼は呼びとめる。
やはりモーリス城からの使者だった。
同じように対処した。そして、イーゴルが、なぜかわからないが複数使者を出したらしいこともわかった。おかげで、ジルドはおおいに迷惑をこうむることになる。
彼は、その日一日中待ち伏せし、念のために、それ以降も配下に使者が来ないかを監視をさせた。
ジルドは、彼としては地道な行動の甲斐あって、モーリス城からの緊急の使者をすべて遮断することに成功した。
ボルポロス公は、これに気づけなかった。
ジルドなどよりももっと大きく厄介なものを彼は相手にしていたからだ。
パルロ国とアルガイゼム帝国の両大使が、己が利益のために謀略を実行へと移していたのだ。
ボルポロス公国は、魔族と人間の攻撃にさらされていた。




