38 宴に集う者
冒険者たちの間にまずいのではないか、という雰囲気が流れている。
やはり、兵士は使えない、と。
だからといって、協力して戦うとは彼らは考えない。
いかに守護団たちを、自分たちの盾としてぎりぎりまで使えるのかの見極めが重要だと思っているのだ。
自分以外の者を利用するというやり方では、筆頭ともいえる冒険者バレンは、だが別のことを考えていた。
彼からすれば、多少魔族の数が多いからと言って、モーリス城が危ないと考えるやつらこそ低能だった。
この城は対魔族用に設計されているのだ。数が多いからといって破られるわけがない。
さらに、モーリス城にいる兵士は弱くない。それは、彼らが訓練と資金のために、時々森へと入り魔族を狩っている実績からもわかる。
冒険者と違い、彼らには仲間意識もある。
自分の命を顧みずに、さぞ戦いつづけてくれることだろう。
団長であるイーゴルも有能だ。ミルフディートにすでに援軍を求めているに違いない。
こんな素晴らしい盾を疑ってどうするというのだ。
バレンの狙いは坂棟と言う新人冒険者だった。
本当はすぐにやってしまおうと考えていたのだが、彼の戦いぶりを見て止めた。
強い。
一対一でやれば、必ず負けるだろう。
魔族と戦うように多くのセリアンスロープを投入し、身動きが取れないよう囲んでしまうべきだ。
多少もったいないが、セリアンスロープごと攻撃してしまえば坂棟は負傷するだろう。
先日、彼は奴隷たちをかばうような動きを見せた。奴隷にも同等の権利があるとか言っている集団に、脳をおかされているやつに違いない。おそらく、奴隷ごと攻撃されるなど思いもよらないはずだ。
さらに良い情報がある。三度の出撃を終えて、坂棟は疲れているらしい。絶好の機会が到来していた。
夜になり、バレンは動きだす。
「本当にやるのか?」
「おまえら、あんな新人に舐められていいのか?」
「だが、死体はどうする? いくら魔族と戦っているとはいえ、イーゴルが見逃すはずがない」
「死体を処理してくれるやつはたくさんいるだろう」
バレンの言葉に、少々遅れてから仲間たちは「なるほど」と笑った。
外には大量の魔族がいる。魔族の胃袋こそ新人冒険者の永遠の寝床としてふさわしい。
バレンは地下室へ向かった。そこには牢屋があり、多くのセリアンスロープが押しこめられている。
イーゴルは地下牢を使うことを渋ったのだが、ではセリアンスロープをどこに置くのかとなると答えることができなかった。鉄輪と鎖がついているとはいえ手放しにはできない。ということで、緊急措置として牢屋が解放されたのである。
バレンは、番人をしていた団員にセリアンスロープの様子を見る必要があると説得した。なかなか首を縦に振らなかったので、協力することを匂わし、何とか鍵を開けることを納得させた。
バレンは、坂棟を始末した後のことを考える。
バレンだけがセリアンスロープを解放したとなると、あまりに目立ちすぎた。上にいる何組かの冒険者にも同じことをさせる必要があるだろう。
危険な状況であるから、戦力である奴隷を身辺に置いていたほうがいい、などと言えば、すぐに行動するやつが現れるはずだ。実際に、数組動けば、後はかってにまねするやつが出てくる。
団員に先導されバレンは、一歩一歩牢屋へと近づいていった。
団員が地下牢の鍵を開ける。
仲間を前にやり、バレンは一番離れた場所に立った。念のためだ。
バレンの奴隷たちが外に出される。牢屋の前に、全員が並んだ。
鉄輪も鎖もしっかりとついていた。全員の負傷も良い具合のようだ。
「大丈夫そうだな」
バレンは言った。
地下牢の廊下はそれほど広くはない。確認するためには、かなり近い距離まで寄る必要がある。
そして、バレンは近寄った。彼が近づいたのはジグルドだった。坂棟との戦いでは一番に活躍してもらわねばならない。状態を見る必要がある。
バレンの頭にジグルドの手が乗った。彼が振り払おうとした時には、遅かった。バレンの首は彼の意思とは関係なく一八〇度後方にひねられていた。
セリアンスロープによる奴隷蜂起が、ひそかに始まった。
馬を駆りたて飛ばしてきたのは良かったが、到着した後が良くなかった。
いまだ遠くにある風景。
だが、そこには多くの魔族がいた。
「どうしたものかね」
他人事のように、立花公一郎は呟く。
実際に彼にとっては他人事だった。
知っているのはナギサのみで、彼女にしても訓練の相手を二度やったことがあるだけだ。死なれれば後味は悪いが、だからといって大きな危険をおかしてまで何とかしようなどと、彼は思わない。
雲が多く風はほとんどない。一度隠れた月はなかなか現れず、星々の瞬きは雲に弾かれ、大地には届かなかった。
暗闇は濃かったが、立花は何とかモーリス城を確認することができた。ぎりぎり視認できるところまでしか、彼は近づいていない。
魔族を警戒してのことだ。
最初に見た時は、山が動いているのか、と驚いた。
それは、どうやら魔族が山に群がっていることにより生じた現象らしい。蟻の行列のように魔族はつらなり、モーリス城を目指していた。
とても近づけない。
正確に言えば、近づきたくない場所だ。
魔族の強さが昼に経験した程度であったのなら、強引に突破することは可能かもしれない。
城内の人間が立花に気づき、梯子やロープを下ろしてくれたら入城も可能だろう。
「しかし、そこまでする必要があるものか」
立花は馬をモーリス城から遠ざけはじめた。
この魔族の群を撃退するには、軍隊が必要だろう。
彼一人が何かやったところで、何も変わりはしない。
すでに使者が走っていた。いずれ、援軍が来るに違いない。
立花は援軍を待つことにした。
引きかえしても良かったのだが、彼は、三〇〇メートルほど遠ざかって野宿をする。この行動は姫に対するちょっとしたアリバイ作りという面が強かった。
余計なことには関わらないにかぎる。
ただし、彼にも懸念はあった。
もしも、ナギサが助けを求めてきたらどうするか、というものだ。
余裕をもって力の及ぶ範囲なら手伝う。だが、それを超えてまでは助ける気はない。
会わないほうが良いかもな、とまで立花は思いはじめていた。
「ああ、早く帰りてえ」
魔族が魔族を喰らっていた。
五メートルを超す巨人がいる。全身を毛で覆われ、腕が三本、足が四本あった。顔には目と口があったがそれ以外は毛でおおわれてしまっている。
巨人の魔族に対峙しているのは、こちらも大型の魔族だった。亀に似ていた。小山のような甲羅を背負い、足が左右に各一〇本ずつある。
首は一つで、顔は三つあった。大きすぎる顔は全体とバランスが合っていない。
三つの顔はそれぞれ虎、猪、狼に似ている。だが、いずれの顔からも、大きな牙が、口だけではなく、さまざまな場所から生えていた。
甲羅の魔族が巨人の魔族の足を一本喰いちぎっている。
体勢を崩し倒れていた巨人の魔族は咆えると、甲羅の魔族を別の足で思い切り蹴った。だが、甲羅の魔族はびくともしない。それどころか、もう一本の足に噛みつき自分の身体の下敷きにしてしまった。そして、大きく口を開く。
巨人の魔族はこの後も抵抗を続けたが、ついに全身を甲羅の魔族に食べられてしまった。
しばらくすると甲羅の魔族に変化が訪れる。皮が破れ、新たな筋肉が生まれていた。内で何かが砕けるような音がして身体つきが変わっていく。
短くない時間が経過し、魔族は変形を終えた。
そこにいたのは、上半身は人型。下半身がムカデのような生き物だった。
上半身には、各所に鎧のような甲羅がついている。下半身の足は毛におおわれた人間のものだ。
東西南北四つに顔があり、虎、猪、狼に、人間のものが加わった。いずれの顔からも、やはり牙がいたるところで生えている。そして、やはり顔が大きい。
「まあ、こんなものだろう」
美しい青年が宙に浮かんでいた。
端整な顔立ち長身の身体、肌の色は夜に溶けそうなほどに青白い。上半身は裸で、下は絹のズボンをはいていた。
煉邪という上位魔族である。
「名前を与えてやろう。雑魚だ。きさまの名は雑魚、良いな」
雑魚と命名された下位魔族は特に反応を返さなかったが、無視しているわけではないようで、じっと煉邪を見ている。
「これ以上、下位魔族どもを喰らったところで、変化はあるまい。私が上質の人間をきさまのために狩ってきてやる。いいか、腹が減ってもここから動くなよ」
素材を自ら集めるというのが、楽しいではないか。
煉邪は移動を開始した。
下位魔族がどれほど強くなれるのか、という実験を彼は行っていた。人間の死体をうまく使うことで、知能の低い下位魔族たちは共喰いをするのだ。共喰いが起こると、大きな変化を起こしやすくなった。
これが楽しくて、彼は一日中下位魔族で遊んでいた。
上位魔族はまだあまり復活していない。
動ける状態にあるのは、彼を含めて四体である。
現在の最上位者である白禍からは、人間たちへのかかわりを禁じられていた。だが、多少であれば、個の裁量に委ねられているので、彼の行動に問題はないはずだ。
上位魔族において、上位者の命令は絶対である。彼らの中では、強さが絶対の指針であった。
煉邪は最下位の一二位であるために、このままでは一生上位魔族の中では、命令を受け続ける立場となる。
あまり楽しいことではない。
変化を求めるために、彼は下位魔族を使って遊びながら実験をしていた。仮にも、魔族などと言って自分たちと同じ分類をされているのだ。少しくらいは、参考になる何かを与えてくれるかもしれない。
煉邪は強い人間を求め、飛行する。
下位魔族の襲来を受けていまだに生きのこることができている人間がいるなら、多少はましな強さを持っていることだろう。それらをさらい雑魚の餌とすればよい。
煉邪は冒険者の町に向かっていた。




