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37 下位魔族




 朝日が昇り、光が大地を照らしだしても、魔族の攻撃が絶えることはなかった。

 多くの魔族がモーリス城を目指し駆けのぼってくる。だが、城壁が崩れることはなく、防御は完璧であった。


 しかし、問題が一つ起こった。

 魔族の死体が重なることで、城壁の高さがいずれ確保できなくなるかもしれないというものだ。もちろん、余裕は充分ある。だが、魔族の数がイーゴルに可能性の検討を求めるのだ。


 これに対応するために、イーゴルは出撃することを決意した。

 魔族を押し戻し、死体を落とすのだ。山を埋め尽くすほどの魔族はさすがにいないだろうから、対応はそれで充分だろう。

 この対処が必要なのは、南と西である。どちらにも城外に平地があるのだ。この場所に魔族の死体が多く重なっていた。


 出撃部隊に立候補してきた冒険者がいる。

 死の可能性があるこの部隊に参加を志願したのは四人。坂棟、ハル、ヤマト、ナギサであった。

 彼らはすでに防衛戦でも働いており、部下からの報告では高い評価を受けている。

 足でまといにはならないだろう。

 イーゴルは坂棟たちの元に足を運んだ。彼らは城壁の上で戦っていた。


「本気で参加するつもりか?」


「ええ。こっちの方面で良いんですよね」


 ちょうど坂棟たちが戦っていた場所が、モーリス城の南面である。彼らは、この下にある城門から出撃することになる。


「ああ、援護するので、その間に城門から外に出て戦ってもらう。戦う者と作業する者に別れて行動する。君たちは、副団長であるボーランの指揮下に入ってもらうことになる」


「いえ、それは遠慮します」


「遠慮? これは決まりだ」


「俺たちが指揮下に入っても邪魔になるだけだと思います。訓練された兵士と同じような行動をとれるとは思わない。それよりも、俺たちを自由に動き回らせた方が良い。もともと戦力として計算していなかったんでしょう? なら、四人の遊撃部隊という扱いにしてもらえませんか?」


 淡々と坂棟は自分の意見を述べた。


「だがその場合、君たちの退却が遅れれば、責任はとれんぞ」


「さすがに、そこまで離れて戦ったりしませんよ。周辺の掃除が目的なんでしょう?」


「――認めよう。そちらのほうが互いにとって効率的のようだ。君たちはできるかぎり、魔族を作業している者の側に近づけないようにしてくれ」


「わかりました」


「ちょっと、私のことまであなたが代表みたいにして話さないでよ」


 やや赤みがかった明るい鳶色の髪をした少女が、一瞬だけ、坂棟に視線を投じたが、すぐに城外へと視線を戻し、魔族に対して攻撃する。

 攻撃方法は石である。この四人は石を投げて魔族を撃退しているのだ。

 石はもともと守護団で用意していた武器である。だが、魔族に対して石を使うのは、最後の手段のつもりだった。大きな石ならともかく、拳大の石では魔族に対して攻撃力が期待できないからだ。

 報告にあった逸脱した強さと言うのは、これのことだろう。


「君は、確かキリハラ・ナギサではないか?」


「そうです。でも、今一番大事なのは、魔族を殺すことなので、他のことを気にする必要はありません」


「――わかった。だが、君はボーランの指揮下に入ってもらう」


「なんで?」


 腕をとめると、ナギサがイーゴルに詰め寄る。


「この人たちは自由に戦えて私はダメだと言うんですか! 悪いけど、ここで戦っている兵士たちより私は強い。その私がなぜ、個人で戦えず、集団でなんて戦わないといけないの!」


 怒っているからだろう、彼女の声は大きかった。イーゴルだけではなく、離れたところにいた兵士たちにも届くほどに。

 協力して戦う冒険者として、彼女は一定の評価を受けていただろうに、今のでずいぶんと評価を落としたことだろう。

 本人は、兵士からの評価などどうでも良いのだろうが、その程度のことも配慮できないというところに、イーゴルは彼女の未熟さを感じ、とても一人で戦わせる気にはなれなかった。もちろん、彼女とつながりの深い公主への遠慮もある。


 応えないイーゴルに対して、さらにナギサが何か言おうとしたところで、坂棟が彼女の肩をつかまえ、耳もとで何か囁いた。

 ナギサは坂棟を睨みつける。

 そして、イーゴルに向きなおった。


「わかりました」


 ナギサはあまりにあっさりと前言を撤回すると、元の位置に戻る。彼女はすぐに、魔族へ向かって石を投げ始めた。かなり力がこもっている。


「何を言ったんだ?」


「ちょっと、助言を」


「助言だと」


「そんなことより、作戦開始はいつです?」


「すでに準備は整っている。後は君たちへの確認だけだった」


「俺たちはいつでもいいですよ」


「そうか。なら、まず城壁上からいっせいに神法術による攻撃をする。城門近くの魔族の無力化を確認した後、素早く出撃してもらう」


「ちょっといいですか?」


「何だ?」


「神法術はいざという時のために温存しておいてください」


「この作戦は重要な物だ。全神法術師による攻撃をする価値が充分にある」


「じゃあ、まず、俺たちの戦いぶりを見ていてください」


「その前に、神法術が必要なのだ。わからないのか?」


「論より証拠」


 そう言うと坂棟はイーゴルに背を向け、城外へと跳んだ。坂棟の身体は宙に舞うと、すぐに彼の視界から消える。


「何をしている!」


 イーゴルが叫んだ時には、彼の連れである二人の女も城壁から跳び下りていた。


「待ちなさいよ!」


 ナギサも同じ行動をとる。

 イーゴルは彼女に手を伸ばしたが、彼の手は空気をつかんだだけだった。

 イーゴルはそのまま城壁の端まで行くと、城外を見下ろす。

 一際目立つ美女の足が魔族に触れようとした瞬間、衝撃波が周辺一帯にひろがった。魔族たちは吹っ飛び、地面にあった死体まで巻き上げられて飛んでいく。

 城壁上にいたイーゴルまでが、思わず顔を隠し、数歩後ろへ下がってしまうほどの威力だった。


 ――いったい、何が?


 イーゴルがもう一度城外を見ると、見覚えのある少女が空を飛んでいた。

 ナギサである。

 先程の衝撃波に巻きこまれて、弾きとばされたのだ。

 麓まで飛んでいきそうな勢いがある。気を失っているとしたら、命はないだろう。いや、意識があったとしても、あの距離では帰還することは無理だ。

 一瞬、彼女の救出のために全軍突撃を命じようか、という思いがわいたが、イーゴルはそれが無謀であるだけでなく、有害にしかならないことを、理性で判断した。

 人影が魔族の中を跳ねるようにして進んでいくところを、イーゴルの視覚が捉える。

 坂棟が魔族を斬り裂きながら、あるいは、魔族の身体を踏み台としながら、ナギサの元へと向かっていた。

 曲芸師のような軽業である。


「団長。彼らは何者ですか?」


 団員のその声で、イーゴルは状況を思いだした。

 城門前の魔族はいなくなっている。

 出撃するのにこれ以上望めない状況だ。


「出撃せよ!」


 イーゴルは団員に命じた。

 重い音を立てて城門が開かれる。





 ナギサは意識を手放してはいなかった。

 だが、自分の身に何が起こったのかは理解していない。


「かってに俺たちについてくればいい。ただし、ついて来れないと思ったら止めることだ。足手まといはいらないからな」


 坂棟が囁いた言葉である。彼が城外へと跳んだ時は驚いたが、これだ、とすぐに悟り、彼女も跳んだ。

 着地の体勢に入ろうとした瞬間、彼女は空気の圧力を感じた――と思った時には、空高く弾き飛ばされていた。

 何だったのかはわからない。

 魔族の仕業だろうか?

 ナギサは身体を反転させて、地上を見る。

 一面魔族だらけだ。

 誰がやったのかは知らないが、むしろ、好都合だった。


 ――殲滅する。


「だりゃあああ」


 ナギサは叫びながら降下し、槍を二匹の魔族に叩きつけた。そのまま勢いを殺さずに一回転すると、前方の魔族を一突きする。

 彼女の周囲に赤い血が噴射した。


「うおぉぉ」


 叫びながら、魔族を貫いたまま槍を振りまわす。何体かの魔族を巻きこんだ後に、魔族が槍先から離れ飛んでいった。

 槍を一払いし、刃から血を飛ばす。

 ナギサの端整な顔が歪む。


「全員殺してやるわ」


 宣言と同時に彼女は魔族に跳びこんでいった。





 坂棟は感心していた。

 彼は、適当に魔族と戦いながら、ナギサの戦闘を観察している。

 強さだけを見れば、ヤマトとタメを張れるかもしれない。

 ナギサは時々叫び声を上げながら、魔族を次々と倒していた。

 感情は暴走しているが、フォームはなかなか綺麗なものである。日頃、よほどしっかりと鍛錬をしているのだろう。

 ただし、このままではいずれ死ぬ。

 退却などまったく考えていない。その証拠に、体力の配分をまったくしていない。動きが悪くなったからと言って、退くことはないだろう。

 そして最後は動けなくなる。

 待っているのは、死だけだ。

 すでに、得難い存在であると坂棟はナギサのことを認識していたので、彼女を死なせるつもりはない。


「あまり目立たれても、困るんだけどな」


 坂棟は呟いたが、ナギサを邪魔することもなく、また、自分が派手に動いて、多くの戦果をあげようともしなかった。


 彼は、魔族との戦闘にあたって興味を持ったものが二つある。

 一つは下位魔族の血は赤く、上位魔族の血は青い、その差。

 もう一つは、突然、魔族が大規模な襲撃を起こした理由である。


 魔族の血に関しては、そういうものだと考えている。気になるのは、上位魔族と下位魔族の関係性だ。

 上位と下位と言うのは、ヒューマンが勝手に自分たちの基準で区別したに過ぎない。そこには、ヒューマンの認識していない関係や違いがあるかもしれなかった。


 魔族の襲撃に関しては、ここまでの数の魔族が襲ってきたというのは、少なくとも近年にはないと言う。

 下位魔族たちに、行動を起こす何かがあったということだろう。

 上位者の命令なのか――そもそも彼らに指揮系統なるものがあるのかは、謎だが。

 単に本能に属する行為と言うことなのか。

 いずれにせよ、原因をとりのぞかなければ、状況の好転は難しいだろう。


 一時間以上戦いつづけ、坂棟にハルから念話が入った。


(退くみたいですよ)


(わかった)


(退屈……)


(夜、おもしろくなるかもな)


(わかりました)


 坂棟はナギサを気絶させると、彼女を抱えてモーリス城へと戻っていった。

 彼らが戦っていた場所には、魔族による厚い絨毯が敷かれていた。





 夕方までに三度の出撃を、イーゴルは命じた。

 回数が多い。

 間に時間を置くことなく出撃をすることで、外での作業時間をできるだけ短くすることを、彼は選んだのだ。

 出撃によって、一四人の死者を出した。負傷者は二〇人ほどだ。

 正直に言って、予想よりも被害ははるかに少ない。四人の冒険者の働きのおかげである。

 彼らは間違いなく、この城での最大戦力だった。

 そして、三度目の出撃の後、イーゴルは坂棟に話しかけられた。


「魔族同士が共喰いするのは、普通なんですか?」


「共喰いだと? 聞いたことがない」


「下位魔族は食べる分だけ強くなるんですよね? 食料が魔族となると、かなり成長しそうだ。というか、すでに強さに差があるモノがいました」


「本当に見たのか?」


「ええ」


「落ち着いているな。何か考えがあるのか?」


「外で戦うのはやめた方がいいんじゃないでしょうか?」


「しかし、それでは、いずれ困ることになる」


「一度目の出撃の時は、見られませんでした。二度目で初めて、三度目で少し増えていた気がします。たぶん、城壁で戦っている兵士たちも目撃しているじゃないですか?」


「それで?」


「一度目と、二度目で違うのは、人間の死体があるかないかです」


「だから、出撃をやめろと言うのか? そんな憶測とも言えない考えで」


「ですね。冒険者の町を調べたら、何かわかるかもしれませんが……判断は任せます。ただし、夜の出撃に俺は参加しません」


「休息が必要か?」


「そうです」


「わかった。君たちの活躍のおかげで余力は充分にある。ゆっくり休みたまえ」


「はい」


 坂棟の報告の中で、後に確認された事実が一つある。

 強くなっている魔族がいる、ということだ。

 多くが獣に似た形をとっている中、あきからに異質な形をしたモノや、大きさの異なる影が見え始めていた。

 共喰いをしているような光景はない。

 坂棟の予測が仮に当たっているとするのなら、人間の死体がある時のみ、彼らは異常な食欲に襲われ、同族であろうと食べてしまうのかもしれなかった。

 夜の出撃は控えることにした。坂棟の提言もあったが、何より暗闇での戦いは人間に不利だ。犠牲が多くなる。

 夜は、防衛することのみを考えるべきだ。

 イーゴルは防衛のための命令を厳にした。

 相変わらず、冒険者の協力は得られていない。そして、イーゴルの目は、彼らが所有する奴隷たちにまで届いてはいなかった。








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