33 変化を望まぬ者
城塞都市ミルフディートは高い城壁に守られている。
黄金竜の竜石で造られたと言われているが、これは正しくない。その割合は半分ほどで、残りは上位竜の竜石によって加工されていた。もちろんそれでも、充分な防御力を誇っている。
城壁の周囲には堀があり、水が流れている。
ボルポロス公国北部のヴォーダ山脈を水源とするモーダル川は、ボルポロス公国を通り帝国へと流れていた。モーダル川は、ミルフディートの重要な水源である。
城塞都市ミルフディートには八方に有名な高い塔があった。守備塔としての役割を担っているのだが、その高さと美しさから町の象徴にもなっていた。
闘技場や劇場もある。いずれも王都のものを参考に建設されたものだが、本家に劣らぬ見事な建物であった。
交易品として有名なものは、魔族の部位であろうか。魔族の出現が圧倒的に多いことを逆手にとった商売だ。
町並みを見れば、成熟した文化と富の繁栄を誰であろうと確認できた。ボルポロス公国以外の者から見れば、それはずいぶんと食指が動く光景であったに違いない。
宮廷においてボルポロス公であるウードル3世は、着任して間もないパルロ国の大使と対面していた。
ウードル3世は、目の前の若者に対して疑念を抱いていた。いや、正確に言えばこの若者を送ってきたパルロ国王の真意が読みとれないでいた。
グリアス・ヴァン・ハエル、外交を担うにはあまりに若く直情的すぎる。
白か黒かをはっきりさせたがり、妥協点の探りあいと騙しあいをわかっていないようだ。頭ではわかっているのかもしれないが、口から漏れる内容は、常に別物だ。
「我が公国が帝国に近すぎる。そう言っておるのか?」
「言葉を飾らぬとすれば」
「すいぶんと一方的なおっしゃりようだな、大使殿」
場所は宮廷の一室である。公ではあるが、公ではない場として設定されていた。
「誤解されるような行動をボルポロス公がお取りになっている。それは、事実ではありませんか?」
「それはいかなることを指して言っておるのだ? パルロと我が公国とは共に利益を共有している。違うかな?」
グリアスの顔が険しくなる。
交易で利を得ているのはパルロも同じことだろう、という意味は伝わったらしい。
だが、これではぬるい。少しばかり、立場というものをわからせる必要があった。
「天秤はいつだって揺れ動いている。小石一つでも、傾きは大きく変わるかもしれない。そうは思わないかね?」
空白は一瞬だった。
グリアスは激して声をあげる。
「パルロに叛逆すると言っているのですか!」
「誰がそんなおそろしいことを言ったというのだ」
ウードル3世は大きく首を振った。
そして、声を張り上げる。
「いったい、おぬしは何様のつもりか! 両国の友好にいたずらに大きな波を立て、果てには一国の長たる私を脅す始末。叛逆という言葉をもちいて、あくまでもパルロの盾たる我が公国を脅すというのであれば、それもよし。私にも考えがある。一介の大使ごときの脅しに屈するなど、先祖に顔向けできぬ。我が国は剣を取ろう」
「……申しわけありません。言葉が過ぎました」
若者の顔には、悔しさがにじんでいた。
「ならば、叛逆などと言う言葉を、軽々と扱うことをやめることだ」
グリアスは頭を下げた。床に向けられた顔にいかなる表情が浮かんでいるかは、簡単に想像がつく。
改めてウードル3世は思う。
ゼピュランスは、この若者を使って何をしようとしているのか。
同日、ウードル3世は、帝国大使マルクス・ファビウス・ピレーザとも面会した。一方だけに会うことは好ましくなかった。特に相手が面会の事実を先に掴んでいたとあれば。
いくつかの賛辞にいくつかの嫌味、いくらかの武力を匂わせた後に、マルクスはふいに話題を変えた。
「いつだって公国が中心にいると考えるのは、やめた方がいいのではないでしょうか?」
外見は平凡な男だが、中身は侮れるものではなかった。
「どういう意味かな?」
「帝国の隣国は、公国だけではない。パルロも隣国だと、言っているのです」
帝国とパルロが手を組むことだってあると言っているのだ。
両国が手を結ぶ可能性は低い。だが、手を組まれれば、公国は何もできなくなるだろう。
その前に旗幟を明らかにしろ、という立派な脅しだ。
常に圧力を受け続けるのは、小国の常である。
「なるほど。しかし、大使殿も忘れてはおらぬか?」
「何をです。あなたがたの戦力がいかほどのものかを、ですか?」
マルクスは笑う。
「いいや、そんなことではない」
「でしょうね」
「ルーン大陸にある国は、パルロと帝国ばかりではあるまい」
「何を言って……」マルクスは笑顔を凍りつかせた。「まさか、ルナフーラと手を結んだというのですか!」
「誰がそんなことを言った? 可能性の話だ。帝国とパルロ国が手を組む可能性があるというのなら、我が国とルナフーラが手を結ぶ未来があってもおかしくはない、とな」
「そんな、ありえない」
「口で否定することはたやすい」
その後、やや間のぬけた会話を交わした後に、帝国大使も部屋を去った。
本気であのような言葉を信じるとは思えないが、無視しえぬ可能性であると考えさせることはできたようだ。
それでよい。考えさせる、それだけで充分な成果である。
ウードル3世はとにかく変化をしないことだけを望んで、両国との対話を行っていた。公国に対してでなかろうとも、両国に武力だけは絶対に使わせてはならない。
両国の内一方が滅ぶことは当然看過できないが、一方が大きな勝利を得ることも公国にとっては不利益でしかなかった。
変わらぬ関係。
それだけがボルポロス公国を支えているのだ。
両大国への対応がボルポロス公国の最重要課題だが、現在公国はもう一つ問題を抱え込みつつある。
北から来る魔族だ。
今のところ冒険者をうまく使い凌いでいるが、いずれ軍を送りこみ掃除をしなければならないだろう。
パルロ国の力を借りることなくやらなければならない。
だが、現在は無理だ。パルロ国の王軍が国境からそう離れていないところに陣取っていた。
まだ距離はある。だが無視できるものではない。
厭らしいやり方だが、効果的ではある。
対応を間違えないようにしなければならない。
帝国大使を送りだした後、ウードル3世は魔族に関する報告を受けた。
「以上です。魔族に対する対応はいかがいたしましょう?」
「イーゴルに任せておけばよい。あれは、現状で良いとの認識なのだろう」
イーゴルはウードル3世が絶対の信頼を向ける軍団長である。
「はい」
「ならば良い」
「ただイーゴル団長から別の具申があります」
「何だ?」
「奴隷セリアンスロープの待遇についてです」
「問題ではあるが、今は他のことに力をまわさねばならん。それは後の課題とする」
「はっ」報告者は頭を下げる。
ウードル3世は手で下がるように命じた。
こうして、どれほどの時間セリアンスロープの奴隷問題のことを先送りにしたことだろうか。
そもそも、ボルポロス公国にとってセリアンスロープは恩人でもあるのだ。
初代ボルポロス公が人の圧倒的に足りない中で、魔族に対抗することができたのは、セリアンスロープを戦友とし迎え協力して戦うことができたからである。
他の地域ではセリアンスロープは、ヒューマンから奴隷として扱われるか迫害を受けるのかのいずれかであったため、モーリスの評判を聞きつけたセリアンスロープたちはボルポロスに集合することになった。
こうしてセリアンスロープの数を力として、魔族を追いはらうことができたのである。
しかし、パルロ国とアルガイゼム帝国から、公国は圧力を受けることになる。セリアンスロープを奴隷として扱え、と言ってきたのだ。
セリアンスロープの労力をあてにしている大国からすれば、セリアンスロープたちがボルポロス公国に流出することはさけたいとは思うのは当然のことであった。
初代ボルポロス公は英雄だったが、二代目ボルポロス公は政治家であった。彼は時間をかけてじょじょにセリアンスロープの権利を制限し奴隷化していったのである。
それは、大国からの圧力をかわすためにボルポロス公国にとって必要なことであった。そして、二代目ボルポロス公の政治手腕は見事なものだった。見事すぎた。
セリアンスロープの地位は、他国以上に低いものへと変貌を遂げる。一方で、セリアンスロープを奴隷にすることで安い労力を得たボルポロス公国は、大きく発展した。
セリアンスロープにすれば、ボルポロス公と公国の民は裏切者にしか思えなかっただろう。
ウードル3世は大きく息を吐いた。
ため息を区切りとして、セリアンスロープへの思考も終える。
現在のボルポロス公もセリアンスロープに対する恩を返すことはなく、ヒューマンのみに目を向けていた。
自分たちの利益こそが何よりも優先すべき課題であった。




