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26 海賊団潰滅




 夜の空を月と星々が踊っていた。

 暗闇は薄く、暖かな空気が流れている。

 ある島の崖の上に三つの影があった。

 坂棟、ハル、クシナである。


「八〇〇人はいるか。思ったよりも有能なのかもな」


「そうは思えませんけど」


 ハルがつんと顎をあげて、主人の言葉を否定した。


「セイレーンの目から見て、この潮流はどうだ?」


「やさしいものです。おそらく、この島を選ぶのに、重視したのは発見されにくいということでしょう」


 眼下では、多くの灯火が焚かれていた。そこには、この島の港があり、多くの船が停泊している。

 島自体が、港を囲むような形をとっているために、海から発見されにくい構造となっていた。しかも、周囲には小さな島が並び壁の役目をしているので、明かりが発見される可能性もかなり低かった。


 三人がこの場所を発見できたのは、二つ理由があった。ハルの感知と海賊の安易な行動である。

 坂棟たちの騒動を受けて、すぐにケイロンから出航した小型船があった。あやしい小型船の動向をハルが感知しつづけ、結果、海の真ん中でその小型船が泊まったことにより、海賊の拠点がそこにあることがわかったのだ。

 もちろん、これだけではガイムの拠点であると言いきることはできない。

 だが、その拠点に多くの人間がいることを感知したことで、これほど大規模な海賊団はガイムしかいないと、特定したのである。


「でも、二回目はさすがに吐かなかったな」


「――忘れてください」


 クシナは、今回も宙づりになって海を渡った。

 夜で、視界がそれほどきかなかったからか、もしくは、慣れたのか、とにかくクシナは無様な姿をさらさずにすんだ。


「それで、お館様。どうします?」ハルが問う。


「ああ、それなんだが」


 坂棟の声にはどうも気がない。


「どうかしまたしか?」


「船が思っていたのと違うんだ」


「小さな船ばかりですね」


 ハルは風に髪をなびかせながら超然と立っていた。

 セイレーンのクシナも見惚れるほどの美しさだ。


「クシナの目から見て、どう? 使えるか?」


 坂棟がクシナに視線を移した。


「充分に使用可能です。ラバルから海洋の拠点への運搬には、何の問題もありませんし、やり方次第では、戦闘にも充分に耐えられます。そもそも海賊たちは、あのくらいの大きさの船を好むものです」


「じゃあ、中型船が四隻あるというのは幸運と言うことか」


「そうですね、この海域を支配しているというのも頷けます」


「持って帰れるか?」


「おそらく。いざとなれば、曳航えいこうさせればよいかと」


「そうか。じゃあ、暴れるけど、ハル」


「はい」


「いるな」


「奴隷のようですね」


 二人は主語を用いていないが、クシナは察した。

 おそらく、ヒューマン以外の種族が奴隷となっているのだ。


「俺とクシナで本陣を潰す。ハルは好きに暴れていいけど、船はできるだけ沈めるな。特に、中型船は許さない」


「わかりました。よく考えると、お館様と一緒に暴れるのは初めてですね」


「昼は入らないのか」


「あれは暴れたとは言えません」


「今回も暴れた内に入るかな?」


「たぶん、ダメでしょうけど、暴れてから判断します」


「じゃあ、行くか」


「はい」


 坂棟が笑い、ハルが微笑で応えた。


「あの、まさか、ここから飛び降りるんですか?」


 その時、ちょうど崖下から強い風が舞いあがってきた。常人であれば、間違いなく命を落とす高さだ。


「それ以外、方法があるのか?」


 それ以外も何も、普通は回り道をするものだ。

 文句はあったが、クシナは何も言えずにいた。早くしろという、ハルからのプレッシャーが大きかったからである。


「じゃあ、行くぞ」


 坂棟が飛び、ハルも続いた。

 踏ん切りをつけて、クシナも崖に向かって飛びこんだ。

 勢いよく、彼女の身体は落下していく。


「へえ、クシナって飛べるのか?」


 風切り音にまじって、坂棟の言葉がクシナに届いた。


「飛べません。セイレーンが飛べるわけがありません」


「え? じゃあ、このままだと危ないんじゃないか?」


「ちょ、陛下、陛下がどうにかしてくれるんじゃ、ないんですかあああぁ!」


 クシナの身体は、坂棟を追いこして落下していった。


「頑張れよ」


 王の言葉を背に受けながら、クシナは、甲高い叫び声をあげつづける。彼女の悲鳴は、夜空にどこまでも響き渡った。





 ガイム海賊団は、船上では厳しい掟があるが、陸に上がれば、欲望の発散は自由に許されていた。

 建物からは、嬌声とそれ以上に男たちの大声が漏れ聞こえてくる。

 男たちの口から生まれる言葉たちは、下品と表現する以上に筆舌しがたいものだった。

 肉を打つ、あきらかに乱暴をされているような音まで響いている。

 建物内だけではなく、外でも海賊たちは大騒ぎをしていた。大量の酒を浴びるように飲んでいる。


 千鳥足の男が、一人ふらふらと海面に近づき、両足で何とか踏ん張り、用を足そうとした。


「んあ?」


 目的を果たすことなく、男の身体はゆっくり海へと倒れる。

 水面を叩く音が上がった。

 だが、酒の精にとりこまれた海賊たちは、誰一人して仲間の死に気づくことはない。変わらぬまま自分たちの欲望に夢中だ。

 こうして、ガイム海賊団潰滅の第一歩が踏み出されたのである。



 船長であるガイムには、拠点の島でもっとも大きな屋敷が用意されている。

 彼は屋敷の一室にいた。巨大なベッドがあるが、そのスペースをのぞいても、部屋には相当な空間が残されていた。


 ガイムは、ソファーに一人座っている。

 鍛えられた肉体を持っているが、ガイムは一見したところでは、優男に分類される外見をしていた。

 さらさらの髪に整った顔立ち、だがよく見れば、その瞳には狡猾な光が宿っており、口元にある緩みには下劣さが漂っていることがわかるだろう。


 ガイムの傍には、当然のように女奴隷がいた。

 六人がはべっている。

 ヒューマンが二人、残りは、異種族だ。異種族の中において異彩を放っているのが、特徴的な長耳と白い肌をもつエルフであろう。

 美しい容貌と華奢な身体をしたエルフの瞳には、嫌悪と侮蔑のみがある。

 今回の襲撃でガイムが手に入れた最高級品だ。

 生意気な視線を投じてくるエルフに、ガイムは笑いかけた。


「さっき、甲高い女の声が聞こえただろう? お前の口も同じ声を発するようになる」


 エルフは答えない。

 言葉が通じていない、という可能性がないではないが、外の世界に飛びだしたエルフに、その可能性は低い。彼らは非常に高い学と高度な知性を有することで有名なのだ。


「わからないふりか? それとも反抗しているのか? ――ふざけるな!」


 ガイムはエルフの横腹を蹴った。

 彼女は吹っ飛び、壁にあたると荒い咳を繰りかえす。


「この場の支配者が誰かわかったか? なら、俺の問いかけを無視するな。常に、『はい』と返事をしろ」


 ガイムはゆっくりとエルフに近づく。

 関係のない奴隷たちも、彼の言動におびえている。対象となっているエルフの表情にもおびえがにじんでいた。

 ガイムは舌なめずりする。

 彼の脳では興奮物質があふれ、快楽が彼の身体を支配していた。

 これからお楽しみが始まるという時に、ドアの開く無粋な音がした。

 ガイムは許可した覚えはない。

 彼の心に怒りが生じる。


「誰だ!」


 ドアへ視線を投じると、そこにはほっそりとした女の影があった。


「――ひどいものですね」


「誰だ、おまえは?」


 軽武装した美しい女である。

 流れるような栗色の長い髪、静かな海を思わせる青い瞳、穢れない白い肌、全体的に色素が薄く、か弱い印象がある。


「おまえ、セイレーンか」


 ガイムは喜びが欲望から溢れ出すのを抑えられなかった。

 彼は、エルフとセイレーンの二種を奴隷にすることをここ最近の目的としていた。今日、その二つがそろったのである。


「私もさっきひどい目にあったので、ちょうど怒りをぶつける相手を探していたんです」


 怒りのこもった瞳がガイムを睨みつけている。

 この強気な瞳が、落ちていく姿が心地良いのだ。

 ガイムは笑った。


「ここを見つけたことは褒めてやる。ばあさんの差し金か?」


「あなた程度の狭い世界で私をはからないでもらえますか。不快です」


 セイレーンが右手に持っていた剣を構える。


「俺と戦うのか。まったく、部屋を汚したくはないんだが」


 ガイムは素早く祝詞を唱え、神法術を行使した。

 小さな氷の槍、いや、氷の矢が生まれ、セイレーンの足に突き刺さる――かと思えたが、彼女は避けた。


「避けたか」


 驚きである。

 ガイムの神法術は、威力は低い。だが、発動するまでの早さはかなりのものである。

 彼は、この神法術の攻撃の速さで成り上がってきたのだ。


「この程度の攻撃、当然でしょう」


 セイレーンが左右にフェイントをかけながら、ガイムに迫ってきた。

 さすがに、神法術で狙い撃ちはできず、ガイムも腰に差していたそりの大きな短刀を抜く。

 一撃、二撃と、連続して振るわれる剣戟を防ぐのにぎりぎりで、ガイムはとても攻撃に手は回らなかった。

 剣術は相手の方が上だ。

 このままではまずい。

 惜しかったが、背に腹は代えられない。

 ガイムはしゃがみこみながら、傍にあったものを強引にセイレーンに投げつけた。


「な!」


 セイレーンが驚きの声を上げる。

 エルフを投げつけたことが意外であったらしい。

 あまい。

 この時間を利用して、ガイムはセイレーンから充分な距離をとった。そこは奴隷たちの傍であった。

 奴隷たちが壁として使えそうなので、彼は、念のためこの場所に移動したのである。


「あなたは、女を盾にしてまで――最低ですね」


 セイレーンはエルフを壁に預けると、怒気と軽蔑に染まった瞳をガイムに向けてきた。

 やはり、この女は奴隷を人間として扱っている。

 ガイムは女の弱点を見ぬいたことで、喜びに震えた。勝った後のことを想像したのだ。

 彼は、神法術を唱えた。

 氷の矢が生じ、セイレーンではなく、座ったままのエルフへと矢が飛んでいく。

 ガイムの予想どおり、セイレーンはエルフをかばった。

 剣で弾いてみせたその剣技にやや驚いたが、これで、この女は弱点を完全にさらしたことになる。

 勝利の女神は、今回も彼に抱かれたいようだ。

 ガイムは、もう一度氷の矢をエルフに放ち、次いで、セイレーンの腹部を狙って氷の矢を放った。

 セイレーンは最初の氷の矢を剣で弾き、自分への攻撃は、身体をねじることで何とか避ける。だが、氷の矢がかすったようで、横腹付近がじわりと赤色に塗りかえられていた。


 ガイムの作戦を読みきったのだろう。神法術を唱えさせないように、険しさの増した表情でセイレーンが突撃してくる。

 ガイムは慌てずに、奴隷の女をぶつけることで対処した。

 セイレーンは、奴隷女のことを弾く。だが、一瞬その動きには躊躇が生じた。

 しかも、その後の攻撃が悪い、彼女は一直線に突進してきたのだ。怒りで冷静さを失っているようだ。

 愚かな女だ。

 ガイムの放った氷の矢は、セイレーンの足に命中し、続けて放った氷の矢は、剣を持った腕に突き刺さった。

 剣が床に落ちる乾いた音が鳴る。

 すぐに、セイレーンは逆の手で剣を拾った。

 まだ、あきらめていないようだ。

 もう一度氷の矢を放ち、彼女から剣を奪う。今度は剣は大きく弾かれ、壁へと当たった。


 武器を失い、動けなくなったセイレーンだが、まだ戦意を喪失していない。

 数歩の距離をいっきにつめると、ガイムは赤い血に染まったセイレーンの横腹を思いきり蹴った。

 セイレーンの身体は、一度大きく跳ねた後、数度転がり、停止する。

 うつぶせとなった身体がぴくりと動いた。


「いいかげん、その目をやめろ。奴隷には許されない目だ」


 セイレーンは彼の言葉など聞いていない。

 また、立ちあがろうとしている。


「クシナ。どうも、俺は初対面の人間に信用されないみたいだぞ」


 黒髪黒目のぶさいくな男が、いつの間にか部屋の中に現れていた。


「陛下は、見た目があやしいですから」


 セイレーンが、黒髪の男に顔を向ける。

 ガイムから彼女の表情は見えなかったが、口調には安らかなものがあり、彼女が安心しきっているのがわかった。


「女を人質にとられたのか?」


「はい。申しわけありません。陛下の手を煩わせることになって」


 小さな声でセイレーンが答える。


「セイレーンは、他種族の女を目の敵にしていると思ったけど、ああ、この場所にいる人たちは自分の美しさの前には脅威じゃないってこと?」


「ご想像にお任せします」


 黒髪の男はセイレーンの傍にかがみ、彼女の怪我の具合を見ている。負傷箇所に触れているようだ。


「大丈夫そうだな」


「はい」


 黒髪の男はガイムの奴隷女たちを一人一人見まわっていく。

 セイレーンの傍に座っていたヒューマン、壁の近くに転がるエルフ、そしてガイムの方向へと歩いてきた。


 ガイムは男の行動をただ見ていたわけじゃない。

 何度も祝詞を唱えていたのだが、発動したと思った瞬間に神法術が霧散してしまったのだ。

 何が起こっているのかはわからない。

 だが、このまま黒髪の舐めた男のことを許すわけにはいかなかった。

 ガイムは立てかけていた長剣を鞘から抜くと、黒髪の男に斬りかかる。

 捉えた、と思ったが、手にあるのは空を斬る感覚のみ。

 ガイムは振り返った。


 男は、ガイムの後ろにいた奴隷女たちの具合を見ている。

 完璧に無視されていた。怒りと恥ずかしさに、ガイムの顔はどす黒く紅潮した。


「小僧、誰の許可を得て俺の奴隷に触ってやがる!」


 熱した声を叩きつける。


「おまえこそ、誰に向かって口をきいているんだ? 海賊」


 冷え冷えとした声がガイムに吹きつけられた。

 さらに言葉を発しようとした口から、ガイムは別のものを出した。

 悲鳴である。


「ぐぅわああああああああ」


 長剣を持った右腕が彼の身体から無くなっていた。綺麗に斬りおとされている。


「うるさいよ、海賊」


 ガイムの目の前に黒髪の男がいた。

 ガイムは顔に何かが触れたと思った瞬間、大きな衝撃を受け、吹っ飛ぶ。

 鼻の骨の折れる音と前歯が砕かれる音が、ガイムの脳に響いた。

 運が良いのか悪いのか、ガイムは意識を手放していない。


 黒髪の男が近づいてくる。

 ガイムは後ずさりした。

 すぐに、彼の逃走先は失われる。壁の感触が背に伝わった。


「待て、待ってくれ。俺の話を聞いてくれ」


 前歯がないので、空気が抜け、やや間抜けな声となっていた。


「あのばばあに、いくらもらった? 俺ならば、それ以上の報酬を約束する。一緒にケイロンの町を支配しようじゃないか」


 黒髪の男は、ガイムを見おろしたまま何も言わない。


「一緒にじゃないな、すまない。俺があんたの下についてもいい。どうだ、俺とあんたが組めば、この海域だけじゃなく、南にだって打ってでることができる」


 ガイムの声には、これまでにないほどの熱量があった。

 奴隷たちに対していた時とは異なり、顔は悲惨なほどに崩れている。

 だが、黒髪の男は、以前沈黙したままだった。


「あんたの強さに、俺の船団が加われば、無敵だ。国だって目じゃない」


「本気で言っているのか?」


 初めて男が口を開いた。

 ガイムは興味を引いた、と感じた。

 ここが勝負だった。


「ああ、本気だ」


 ガイムは言いきった。

 だが、この言葉は、彼の知らぬ内に最後の判を押すことになった。


「俺は、バカと組む気はない。そして、そもそもおまえを許す気がない」





 ガイム海賊団が消滅した翌日に、ケイロンとの交渉はまとまった。

 ラバルという国の名は、まだ使われていない。

 ガイム海賊団という名が、隠れ蓑として使用されることになった。


 坂棟は、ラバル海軍が到着するまで、ケイロン、もしくは元ガイム海賊団の拠点のどちらかに滞在していた。

 王が何をやっていたのか、クシナは知らない。

 彼女は、セイから治療を受けた後は、休む間もなく働いていた。

 ガイム海賊団の残した物をすべて譲り受け、さらにケイロンにいる奴隷たちもラバルへと運搬しなければならないのだ。

 仕事は山のようにある。他者のことなど気にしている余裕はない。


 ラバル海軍の艦船が到着すると、坂棟は島を後にした。

 最後に、嫌な言葉を残しながら。


「クシナ、中型船の四隻は、すぐに使えるように改修しておいてくれ。近い内に南へ行くことになると思うから。よろしくな」


「……わかりました」


 クシナは頭を下げた。

 このままでは彼女の休日は一生訪れないのではないか。

 クシナは、ラバル海軍の拠点に戻ると、部下に指示を出して、即日休暇をとった。

 彼女の形相を目にした部下は、誰一人として、異を唱えることができなかったという。








 海賊編 了

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