25 やっぱり傍若無人な人たち
「お館様ばかり、ずるくないですか?」
三人は、誰からも邪魔されることもなく、町中を歩いていた。といっても、そう見えるだけで、実際は多くの荒くれ共が新参者の三人に襲いかかろうとしていた。
クシナの視界にあるのは、道をふさごうとして、正面に立つことすら許されずに倒れていく人々の姿だった。
道の両端からはうめき声が聞こえてくる。
先頭で三人の案内をさせられている男は、動作不良でも起こしているのか、かくかくと首を動かしながら、同類たちの哀れな姿を目に焼き付けていた。
反抗する、もしくは、逃げ出すという気持ちは、完全に失せてしまったことだろう。
「こういう細かい作業は俺がやるよ。ハルは、さっきので充分だろ」
「ザコは数で補わないと、動いた気がしません」
「ハルがやると、問題が大きくなるからダメ」
クシナの目には、すでに問題は大きくなっているように思えた。
明らかに彼女たちを襲撃しようとする人間の数が増し、彼らの所持している武器も、上等なものに変わっていた。
荒くれ者たちも本気になっているということだ。こんなに早く集団で対処するということは、誰かが上から指示を出しているのかもしれない。
「問題になっても、町を潰せば終わりでしょう」
「それだよ、それ。そういう過激なことを言うから、任せられないんだ」
「お館様は、南で充分お楽しみになったでしょうけど」
「――また、それか。わかったよ。北につきあうから、それでいいだろ」
「約束しましたよ」
ハルが喜びの声を上げた。小さく身体を揺らしている。
クシナは周囲を警戒していたが、主従のあまりに緊張感のない会話に、むさなしさを感じていた。敵陣真っ只中にいるのだから、こんなことではいけないのだが……。
しかたない。あまりに、二人が圧倒的すぎるのだ。
改めて思う。
こんな人たちに喧嘩を売ってはならない。
セイレーンの町が一夜で廃墟になるのも当然だ。
――ちょっと、待って。
クシナは、思考に引っかかりを覚えた。
セイレーンは、いつ、この主従に喧嘩を売ったのだろうか?
二人の会話を聞いていると、もしかして、ハルの機嫌が悪かったばかりに、町を潰されたということだってありえるのでは。
強さに圧倒され、発展の忙しさにかまけて、まったく検討していなかったが、これは、重大なことだろう。
「あの、お館様」
クシナは、いつの間にか下げていた顔を上げて、坂棟の背中に声をかけた。
「クシナって、ホント、余裕あるなあ」
坂棟がちらりと振り返る。
「え?」
「今って、敵中だろ? 何やら、強そうに見えるやつが道をふさいでいるのに、物思いにふけっていたかと思えば、会話を強要してくるんだもんな。恋愛に関係なく我がままなんだから、新しいタイプのセイレーンだよな、クシナって」
「いや、違います」
クシナは、即座に否定した。黒髪のこの男こそ、敵陣で余裕綽々の新しいタイプの人間なのに、なぜ自分がそんなことを言われないといけないのか。
「え、俺の言っていること間違っている?」
「――いえ、確かに考え事をしていましたけど」
「ほら、今だって向こうで何かを咆えている男を無視しているだろ。クシナって、けっこう挑発するタイプでもあるんだな」
確かに大男が、正面をふさいでいた。
大男ではなく、その取り巻きたちが何やら大声でやじを飛ばしている。
対峙しているのは、ハルだ。
「そういうわけじゃ……」
クシナは言葉を止めた。これ以上下手に反論しても無駄だと、彼女はあきらめたのだ。
「じゃあ、クシナがあの男と戦ってみるか?」
「私ですか」
「ああ。まあ、いけるだろ。ただし、あの男を殺してはダメだぞ」
「お館様、また私の出番はなしですか」
ハルが振り向く。その口調には、かすかに怒りがにじんでいた。
その時、大男が走りだした。重さをものともせずに大斧をふりかぶり、長身の美女の足を狙って振り落とす。
ハルは、坂棟の方を向いたまま、小さく跳躍した。
空中に浮いたまま、彼女は大男の頭をつかむと、そのままいっきに地面に叩きつけた。
あまりの衝撃に地面がえぐれ、小さな石つぶてが周囲に飛んだ。
ハルは、大男の頭をつかんだままその身体を持ち上げると、片腕だけで数回振りまわして、もう一度地面に叩きつける。
粉塵が舞った。
それで終わりではない。またもやハルは大男を持ち上げた。
「たぶんだけど、降参って言わないと何度もやるよ。彼女は過激なんだ」
坂棟の声が硬質化していた空気に穴をあける。
しかし、反応できる者はいない。
大男は口から血をだらだらと流し、目も虚ろで、すでに言葉を発する力はないようだ。
だが、ハルは容赦なく大男を叩きつけた。
地面に顔をこすりつけた後に、彼女はまたもや大男を持ち上げる。
すでに、大男の身体に力はなく、重力に従い四肢は下へと伸びていた。
ハルの打ちつける威力を示すように、地面は大きく変形している。
「すみませんでした」
「これ以上は勘弁してください」
「いくらでもお詫びします」
大男の部下たちが、地面に頭をこすりつけて次々と謝りだす。
一瞬だけ謝罪する男たちに視線を投じると、ハルは、大男の身体をぽいと彼らに投げつけた。
頭を下げているところに投じられたので、当然、彼らはうまく受けとめることができずに、蛙が潰れるようにして地面に押しつけられたのだが、文句も言わずにさらに謝罪した。
傍若無人の標準的な一例をハルが示してみせた。
「ほら、お館様、私にもできるでしょ」
ハルの口調は軽い。
「いや、ただの惨劇だろ」
後でわかったことなのだが、この大男は、この辺りでナンバー2の海賊団の頭でマレルという男らしかった。
いずれにせよ、この主従を相手にしてはまったく形無しである。
坂棟が言うところの惨劇の後は、これ以上海賊たちに襲われることもなく、町を治めるゾーゲという女性の屋敷まで、無事に到着することができたのだった。
お役目ごめんとなった案内役の男は、追従の笑みを浮かべながら何度も頭を下げ、距離が離れると、物凄い駆け足で逃げていった。
よほど恐かったのだろう。
坂棟の陣営に属するクシナだが、逃げ去った男の気持ちは痛いほどわかった。小さく頷いてしまうほどに。
「あれ、クシナって、ああいうやつがタイプ?」
「やめてください。あんなの男としての価値は、まるでありません」
同情心は持っても、男に対する目はかなりきつめのクシナであった。彼女もセイレーンなのだ。
三人はゾーゲから歓待を受けた。
四人で囲むには大きすぎる机と、四人で食べるには多すぎる豪華な食事が三人の前に並べられた。
毒などの心配は良いのか、とクシナが問いかけると、坂棟ではなくハルが答えた。
「ああ、それは、わかるから別にいいの。一つ見つけたら、その度に、その女の指を切っていくから、おもしろいものが見られるかもしれないけど」
ハルはまったく声量を調整しなかったので、歓待主である老女にも、間違いなくこの会話は届いている。
そして、この美女ならそれを実行する能力と意思を持っていることは、マレルの件の報告を受けていたなら、老女にもわかるはずだ。
ゾーゲが顔色を変えなかったのは、さすがケイロンを治める女というところか。
「お客人のお連れの方がお見えになりました」
「人使いが荒すぎる、と何度も注意しているのですけどね」
眠たそうな目をしたヒューマンの男が現れた。続けて大柄な影、セイが入室する。
「現場をわかってないな、なあ?」
坂棟がクシナに同意を求めてくる。
彼女は頷くことも、首を振ることもできずに、微妙な応対をした。
ヒューマンの男は、そんな彼女を見て同情するような視線を向けている。同じ苦労を背負う者同士のアイコンタクトであった。
「それじゃ、商売の話をしようか」
坂棟が口を開く。
「やはり目的があったようだね」
「異種族の奴隷、すべてをこちらに譲ってもらいたい。もちろん、金は払う。そして、これは継続して行ってもらう」
「すべて、というのは、ずいぶんと乱暴だ」
「乱暴なのは、承知の上だ。だが、あんたたちに損はさせない」
「ここで売買される奴隷がどれほどの数にのぼるのか、わかって言っているのかい?」
「数字の話はこいつとしてくれ」
ヒューマンの男がのんびりと頭を下げた。
「このケイロンの町が、そんな提案を受けると本気で思っているのなら、おめでたい頭だね。マレルを潰したらしいが、強者ならばこの町には他に何人もいる」
「ガイムだったか、この辺りで一番の海賊団は」
「ああ、そうだよ」
「そうだな。明日の朝には、その海賊団はこの海域から消える」
「……無茶苦茶なことを言うものじゃないよ。あの海賊団がどれほどの規模かわかっていないんじゃないか?」
「おばあさん。海賊団ごときが俺と渡りあえるなんて、まさか本気で思っているのか?」
「……ずいぶんと、自信がおありだね」
「ケイロンのトップの割には、何も理解していないようだな。マレルをここに呼びだして、よく話をするといい。そこの人」
坂棟がゾーゲの護衛の一人に呼びかけた。
「マレルを呼んできてもらえるか。治療していようと関係ない。俺が呼んでいると言えばいい」
「はい――あのお」
護衛がゾーゲの顔をうかがう。
「行ってきな」
「わかりました」
護衛が駆け足で部屋を出ていった。
「待っている時間がもったいないから、そいつと、実務の面で話をしてもらう。俺は、海賊退治に行ってくる」
「ガイムの拠点を知っているのか?」
「ああ。マヌケなことに、自分たちで案内してくれたよ」
坂棟は立ちあがった。
無駄のない動きで、ハルも優美に立つ。
「クシナ、行くよ」
「はい」
クシナも慌てて立ちあがった。
自分の知らないところで、並行して事が進んでいることを、彼女はこの時ようやく知った。
「商談が成立することを期待しているよ。お互いのためにもね」
「本当にガイムの拠点を知っているのかい? 誰一人として知らぬものを」
ゾーゲは椅子に深く腰掛けた。知らない内に、前へと体重がかかっていたらしい。
ここ数年、そんな体勢になって人の話を聞くという経験を彼女はしていなかった。
「あの方が言うのなら、そうなのでしょう」
たんたんと男が答える。
ガイムの拠点を知っているという重大さを、この男はわかっていないのだ。
「それでは始めましょうか。まず、現在この町にどれほど異種族の奴隷がいるのか。そして、この一年、さらには数年の奴隷の数も伺いましょう」
あまりにばかばかしい質問だ。
「そんなことを教えるとでも、思っているのかい?」
「最初に言っておきますが、あなた方と私たちとは対等な関係ではありません。もちろん、そのことは承知していますね」
眠たそう目をした男、ミルスは薄い笑みを浮かべた。
「忠告しておきます。あなた方の秤で私たちを評価するのはやめた方がいい。無駄なことです。あなたは、空の大きさをはかれますか?」




