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24 巻きこまれる人たち




「なぜ、みんなやる気になってるんだ?」


 坂棟が不思議そうに言う。

 帆船であるために、人力はさして必要ない。船の両サイドから、補助動力として櫂が突きでているが、現在は使用されていなかった。

 帆がうまく風をつかんでいるらしく、艦船は、海面を切るように進んでいる。

 順調な航行である。

 水兵が気炎を上げるようなことは何もない、船旅だ。


「それは、海賊とはいえ初めての戦闘ですから」


 クシナとしては、あなた方と一緒にしないでください、と言いたかった。

 戦闘に臨むにあたって、しかも、敵側の方が人数の多い時に、戦意を高めずに戦えるはずがない。

 多少目がぎらつき、奇声をあげるくらいは普通である。


「でも、彼らが戦うわけじゃないんだから、力む必要があるか」


「……どういうことですか?」


「息抜きって言っただろ」


「はい」


「なのに、なんで命のやりとりをさせるんだ? 俺は、そんなに理不尽な主君か?」


「いいえ、そんなことはありません」


「そうか。だよな。ミルスってやつがいるんだけど、そいつが求めるものが高すぎますとか、この前言ってきてね。あいつは現場をわかってないね」


「……そうですか」


 失敗したかもしれない、とクシナは思った。

 これで仕事量が増えたら、泣くに泣けない。

 ミルスという人の名しかクシナは知らないが、彼には、中央で頑張ってもらわなければならない。

 理不尽な存在に負けないでほしい。


「お館様、こののろさはどうにかなりませんか? もう先に行ってしまいましょう。時間の無駄です」


 出港してから三日経つが、嘘のように順調な船足である。

 速さを褒められこそすれ、けなされる謂われはないのだが、町一つを簡単に廃墟に変えるような規格外にすれば、この速度はまったく満足できるものではないらしい。


「まだ、ミルスの手も空いてないし、先に行ったところで、結局この船を待つことになるぞ」


「こんな狭いところで、むさくるしい人間に囲まれているよりましです」


「町の場所はわかっているのか?」


「ええ、ひとっ飛びです」


「そうだなあ……」


 坂棟は決めかねているような顔をしているが、クシナの目には、不満を言うハルと同じように見えた。

 退屈しているのだ。

 本音では、さっさと移動したいのだろう。

 むしろ、クシナとしてもその方が楽でいい。


「目的地を言っていただければ、私たちは後からそこへ向かいます」


「そうか。ケイロン、知っているな?」


「はい」


 クシナは、その町を知っていた。

 彼女は一度も訪れたことはなかったが、かなり荒んだ町であるとの噂は、以前から耳にしている。

 今回は、海賊退治――正確に言えば、海賊から船を強奪することが目的である。ケイロンならば、海賊もいるだろうが、だからといって、わざわざ海賊の町に行く必要があるとは思えない。まさか、すべての海賊団を相手にすると言うわけではないだろう。

 だとしたら、ケイロンに何があるのかと疑問を感じた時に、ふいにクシナは閃いた。


「まさか、あの町で船を奪うんですか?」


「凄いことを考えるな、クシナは。普通、町中で、堂々と船を奪ったりするか? 常識人かと思ったけど、けっこうあれだったんだな。さすが、恐怖のセイレーン」


「な、どこでそれを」


「いや、みんな言ってたから。じゃあ、クシナも準備して」


「準備――ですか?」


「ああ、きちんと指示を出しておかないと、皆が混乱するぞ」


「……もしかして、私も行くんですか?」


「そりゃ、そうだろ。責任者がいなくてどうするんだ?」


「早くしなさい、クシナ。私は、そろそろつきあいきれない」


 冷たく美しいハルの瞳が、クシナを見おろす。


「はい、承知しました……」


 クシナは部下たちのもとに走り、目的地を伝え、諸事を任せると、坂棟たちの待つ甲板へと戻った。

 蒼一角馬フレイディーンに乗った坂棟を、多種族で構成された水兵たちが遠巻きにしている。

 美しい一角馬の王は、確かに一見する価値があった。


「クシナ、こっちに――いや、いいや。このまま行こう」


 水兵たちを押しのけようとしていたクシナの身体が、甲板から浮いた。足の裏の感触が消え、彼女の足は空を切る。


「え?」


 クシナが見上げた先に、空を背景にした蒼一角馬フレイディーンと王の姿があった。

 見えない糸で彼女の身体はつり上げられていた。糸のある箇所は痛くはない。痛くはないが、地面に足がついていない状態と言うのは、非常に心もとなかった。


「じゃあ、行くぞ」


 坂棟が宣言すると、蒼一角馬フレイディーンは空を駆けた。それに合わせて、クシナの身体も宙を移動する。


「え?」


「お館様、それを連れていっても足手まといでしょう?」


「でも、セイレーン一の戦士らしいから、その実力を見ておかないとダメだろ」


「お館様は物好きですね」


 主従の会話は、クシナの耳に届いているのだが、内容は頭に入ってきていない。

 気絶こそしていないが、彼女の意識は朦朧としてきていた。

 何にもつかまることができず、何にも触れていない、そんな不安定な状態で空を移動している。

 経験したことのない心細さが彼女の精神の均衡を揺さぶり、経験したことのない視界と動きが彼女の身体を揺さぶった。

 クシナの顔色は真っ青だ。


「クシナ、気持ちいいだろ? 空を飛ぶのって」


 クシナは王の言葉を聞きながら、口から言葉ではなく、液体物を勢いよく嘔吐する。


「……捨て身の喜び方だな」


 クシナと王のコミュニケーションは、断絶しているようであった。





「空気も人相も悪いな、この町は」


「服装も悪いです」


「………」


 坂棟とハル、クシナは、無事、ケイロンへたどりついた。

 さすがに、蒼一角馬フレイディーンで町中に降りるというような、悪目立ちは王も避けたようで、クシナとしては胸をなでおろした。

 というか、本音を言えば、すでに彼女はどうでもよかった。

 いちいち王とその従者の行動なんか注意していられない。

 自分のことだけで、クシナは精一杯だ。

 偶然の産物でしかないが、クシナの服はまったく汚れておらず、うがいもおこなった彼女の身には、すでに過去の悲劇の跡はない。

 ただ、ただ、疲れだけが残っているだけだ。


 三人は町に足を踏みいれた時から注目を集めていた。

 余所者への敵意と、それ以上に美女二人への欲望のつまった下卑た視線である。


「どこのおぼっちゃまか知らないが、女二人を置いてさっさと行きな。ぼっちゃんには、ママのおっぱいがお似合いだ」


 半裸のような状態の男が、傷だらけの身体をこれみよがしにしながら近づいてきた。

 まるで、男の言葉が合図であったかのように、周囲に人が続々と集まった。十数人が逃げ道を断つようにして三人を囲む。


「頭も悪い」


 坂棟が言い、


「存在も悪いです」


 ハルが続けた。


「ああ? 誰に向かって言ってるんだ?」


 男が凄む。


「追加。耳も悪い」


「お館様、キリがありません。私の存在が悪いで終了でしょ」


「そうかもな」


 坂棟とハルは男とすれ違い、クシナも続いた。


「え? おい」男が振りかえる。「おまえら、ちょっと待って」


 慌てて、男がもう一度因縁をつけた。

 何が起こったのか、男はわかっていないだろう。彼としては、完全に道をふさいだつもりでいたのだ。

 だが、二人は体さばきだけで、男を避けた。たいした速さではなかったが、あまりに自然な動きに男は反応できなかったのだ。


 クシナは、二人の動きが目で追えていた。そのこと自体が、二人がまったく本気ではないことを表している。

 本気も何もそもそも男のことなど眼中にないのだろう。

 眼中にないのなら、わざわざ怒らせるようなことをしなければ良いのに、とクシナなどは思う。

 彼女は元上司の言葉を思い出した。


 ――坂棟という方は、王にふさわしくとても傲慢な方なのです。


 いったい、この町で何をする気だろうか。

 暴れるためということは、さすがにないと思うが……ないのだろうか?


 男が無謀にも坂棟に襲いかかった。

 坂棟が振り返り、殴りかかろうとした男のこめかみをつかんだ。


「この町のトップに会いたいんだが、案内してくれるか?」


「離せ」


「わかった」


 男が叫んだ。

 間違いなく口で言ったのとは逆のことを坂棟はしている。


「一つ言っておくと、おまえの顔がなくなれば、結果、俺は手を離したことになる。この論理は正しいだろう」


 骨の鳴る音が男の頭からしていた。


「話す、話すから力を抜いてくれ」


 男の叫びに、坂棟はあっさりと手を放した。

 よろめきながら男が距離をとる。

 にやりと笑うと男が命じた。


「やろうども、やれ!」


 聞こえるはずの仲間の声と足音がまったくしないことに、男はすぐに気づいた。

 男は周囲を見る。全員が倒れ伏していた。

 命に別状はない。だが、重傷である。

 何が起こったのかが、男にはわからない。

 だが、目の前の黒髪の男が関係していることだけはわかった。どちらが上なのかははっきりとした。それがわかれば充分である。


「時間は無駄にできないんでね。案内してくれるか?」


「わかりました」


 坂棟の問いに、男は直立不動で答えた。





 そこは地下室だった。

 だが、地下であっても、明かりは煌々と灯っていた。

 室内を飾るのは、金銀煌びやかな贅沢な装飾品である。

 きちんと整理されているのだが、どこか乱雑な印象を与える部屋だった。家具や調度品に、統一感というものがないからであろう。

 部屋の主は、二人分はあろうという横太りの体格と体重を持つ身体を、豪奢なソファーにうずめていた。

 かなり濃い化粧をほどこした老女である。

 部屋の扉がノックされた。


「ゾーゲ様。よろしいでしょうか?」


「入りな」


 ドアが開かれ、まず護衛が部屋に入り、報告に来た者がそれに続いた。最後にもう一人護衛が部屋に入る。扉の外には、別の護衛が三人待機していた。


「なんだい?」


「町に余所者が現れ、入り口にたむろしている者たち数十人を一瞬にして撃退したそうです。今はゾーゲ様に面会を求めるために、こちらに向かっているとのことです」


「どんなやつらだい?」


「男一人に女二人。女の方は上玉で、売るとなれば特別な値がつくかと思います」


 ゾーゲは扇子で自分の頬をぺちぺちと叩く。合わせて頬が揺れた。


「ガイムは確かいなかったね。まあ、いたとしてもあれは――」


「………」


「なら、マレルにしとめさせな。そうさね。報酬は、二人の女の内、好きな方を一人と、カイオス金貨五枚ってところか。ほら、さっさと行きな――ああ、お待ち。念のためにこの町にいる名の売れたやつには声をかけときな」


「――わかりました」


 報告者と護衛が部屋の外へと出ていった。

 先程、報告者は、一瞬困惑の表情を表に出した。

 なぜそこまでするのか、という疑問だろう。

 ゾーゲのもとには、この町のみならず周囲の海に関するあらゆる情報が入ってくる。にもかかわらず、三人の他所者の姿は、今の報告が上がるまでいっさい入ってこなかった。

 三人がどういった手段でこの町を訪れたかがわからない。

 この点だけをとっても、只者ではないことがわかる。


 領主とは話はついている。

 パルロの暴君は、南のことで手一杯のはずだ。

 商売敵となる相手はすでにない。

 ゾーゲの知らない新たな勢力が生まれた、とでも言うのだろうか。

 今はわからないが、捕らえた後に裏に誰がいるのかを聞き出さなければならない。

 この時、ゾーゲは侵入者を警戒していたが、身に危険を感じてはいなかった。

 彼女が自らの判断を悔やむ未来は、すぐそこまで来ている。








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