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27 思いは届かず




 ランストリアが廃墟となった翌日の昼過ぎに、坂棟はハルと合流した。

 廃墟となったランストリアの様子を見に来たのは、彼だけではなかった。

 女王の側近であったクシナが姿を現したのだ。


 クシナは、町の状態と、坂棟とハルの姿を見て事態を察したのか、頭を下げ降伏の意を示した。

 坂棟は彼女の降伏を受けいれると、すぐに逃げたセイレーンを集めるように命じた。

 同時に、ハルを使いにやってアマウミを連れてこさせる。

 彼は、アマウミを新たな代表者に任命し、セイレーンの秩序を回復させた。

 これ以降セイレーンは、坂棟の支配下に入ることになる。


 彼は、四つの条件を出した。

 ラバルに最低でも一〇〇人のセイレーンが常在すること。

 ラバルが船の輸送を行う場合、協力すること。

 ランストリアから離れること。

 坂棟の許可があるまでパルロと接触しないこと。

 以上である。


 代わりというわけではないが、坂棟は「王の石」の研究をすることを誓った。

 彼はセイと話し合い、また、ラトと念話で協議して、性能の似た疑似「王の石」を作ることが可能だと判断したのだ。


 セイレーンたちは坂棟の言葉に喜び、忠誠を誓ったのである。

 セイレーンたちは海路を選んで、ラバルを目指すことになった。

 ギルラルの時以上にスムーズに事は運んだ。





 オニの王オオムチは、ラバルへ移住することを決定した。

 だが、オニの移住にはいくらか時間がかかることになった。

 周辺の集落の説得に手間どったのだ。


 坂棟に反発する者、セイレーンを拒否する者、クツハ城の側から離れることを嫌がる者、理由はさまざまであったが、オニの王と王妹の働きによって、各村は最終的に説得に応じた。


 食糧事情が改善されるというわかりやすい利益があったことが、もっとも大きな理由であったろう。

 生きるために食とは絶対に必要なものなのだ。


 二週間後には、オニもこの地を離れ、西の大地を目指すことになったのである。

 オニの戦士たちが、早い段階で坂棟に忠誠を誓っていなかったら、移住はより遅れることになっただろう。



 二週間という期間、坂棟はオニの村で過ごすことになったのだが、その間、なぜか、セイレーンたちが彼の日常生活の面倒を見ることになった。


 セイレーンは、オニから白い目で見られていたのだが、彼女たちはまったく気にすることがなかった。

 時には、女王自ら料理を振るうこともあった。

 実は、坂棟に食事を用意しているのは、全員年配のセイレーンである。

 見た目は若い。

 アマウミと同年代であり、彼女と同様外見から年齢の判断は容易ではなかった。

 セイレーンの若手たちは、引っ越しの準備をさせられていた。


 これは坂棟の知らない事実ではあったが、知ったところで、彼は「へえ」と一言いうだけであっただろう。



 最後に、坂棟にとって腑に落ちた一件があった。

 それは、サクヤの言葉によってもたらされた。


「服もそうですけど、坂棟様は、何よりお顔が目立ちます」


 シムラルズ山嶺をこえてから、坂棟のもたれる第一印象はとにかく、あやしい、というものだった。

 それは、日本人まるだしの顔からきたものであったらしい。

 やや彫りが浅すぎるようだ。

 目立たないように生きることは、彼には許されていないのかもしれない。 



 結局、パルロ国の調査隊と接触することなく、オニとセイレーンの移住は、無事完了したのである。





 パルロ国王ゼピュランスの即位には疑惑がある。

 彼の父である先代王オスラウスは、心身ともに健康であったが、突然死に襲われた。


 オスラウスには、ゼピュランスを含め六人の兄弟がいたのだが、王の死と同時期に三人が亡くなった。

 二人残った一方は、早くにゼピュランスに臣下の礼をとり、もう一人は、当時二歳の赤子であった。


 ゼピュランスは即位した。

 ゼピュランスの王としての力は強く、彼の治世が始まり、一二年の間、疑惑は表舞台に上がることを一度として許されていない。


「そうか、亡くなったか」


 王は、執務室で秘書官からランストリアの報告を受けていた。

 大きな権勢に反して、室内は飾り気のない実務に偏った風景である。


「最後まで、陛下のことを思っていたのではないですか? セイレーンは、恋愛にのみ生きているのでしょう?」


 秘書官は、美しい顔に特に感情をのせることなく言う。

 女性はセイレーンを嫌うとされるが、彼女は嫌悪の感情をまったく見せいていない。


「恋愛が美しいのは、当人の中だけだ。外から見たら醜悪なものでしかない」


「陛下の恋愛観ですか?」


 秘書の言葉に王は反応をすることなく言葉を続けた。


「醜悪だと認識するための客観性を失える者だけが、恋愛をすることができるのだ。つまり、無能な者たちだ。恋愛が平和な世の中で謳歌されるのは、そういうことだろう?」


「陛下はなさらないのですか?」


「この世には、もっとおもしろいものがあるからな」


「それが竜王殺しですか?」


「ああ、おもしろいだろう?」


「イカレています」


「守護竜をやると言っているわけじゃない」


「当たり前です。どこの世界に、自分を守る最強の盾を壊す人がいるというんですか」


 秘書の言葉に王は笑った。


「しかし、この報告書は内容がありません。もう一度、精細な調査をさせましょう」


「あれが亡くなったのなら、あそこはもう良い」


「魔族の確認をしなくても良いのですか? 早い内に滅ぼさなければ、やっかいなものに成長するかもしれません」


「一定の強さを持てば、目障りに感じた幻竜が狩るであろう――竜王の強さをはかることもできる……しかし、貴族たちはなかなかしぶといではないか」


 その言葉で、秘書は事情を察した。

 彼女は、以前ランストリアの防壁を強化するよう、進言したことがあった。

 多少強い魔族に襲われれば、ひとたまりもないと彼女は予想したからだ。

 だが、提案は却下された。

 当然だ。

 壊されるべきものとして、始めから設計されていたのだから。

 あの地は、命をささげる者が集う場所と、王は考えていたのだ。


 王の考え通りに事は運んだが、王が望むように貴族の処分をはかることはできなかった、ということである。


「しかし、魔族ではない者たちによって、襲撃された可能性もないわけではありません。念のために、あの一帯を調査しておいた方が良いのではないでしょうか?」


 秘書は本気でそう考えていたわけではない。

 一帯の調査は方便で、本音では、早めに魔族を滅ぼしておくべきだと考えていた。彼女は町の崩壊は魔族の仕業であることを疑ってはいなかったのだ。

 常識人である彼女は、わざと隙を作るような王の戯れにつきあうつもりはまったくない。


「おもしろみにかけるやつだ。よかろう、八将の一人を送りこんでおけ」


「承知しました」


 秘書は頭をさげる。

 王は彼女の下げられた頭に語りかけた。


「『王の石』と呼ばれるモノを知っているか?」


 秘書は顔を上げて答える。「いいえ」


「セイレーンの秘宝だ。だが、重要なのはその名だ。おもしろいであろう? 予は『王の石』の欠片を食したのだ」


「そのような怪しいものを食べたのですか?」


「ああ、サラメは欠片を食し、あれには分不相応な力を得ていた。予も何か変わるかと思ったが、たいして変化はなかった」


「おやめください、そのようなことは……たいして、と言うことは、変化はあったのですか?」


「ああ、おまえは予が身体の調子を崩したところを見たことがあるか?」


「……どういうことです?」


「回復の力とでもいうのかな? 水の精霊力が作用しているらしい。多少の傷はすぐに癒え、病の類もかからないようになったようだ」


「それは――」


「あれと会ったことにも、意味があったというものだな」


 王は笑う。

 簡単に言うが、大きな事だ。

 王という地位にまとわりつく毒殺を、新たな力を得たことにより無効化してしまったのだ。


 偶然とはいえ、必要な力をあまりに当然のように手に入れる王に、秘書はおそろしさを感じた。


「セイレーンに伝わる神託のことを憶えているか?」


「陛下が隠蔽してしまったものですね」


「ああ、そうだ」


「あれは、神託ではありますまい。魔王復活の予言でありましょう。やはり、彼らは我々とは異なる陣営に属しているという証拠でしょうか」


「加護がないからか?」


「はい」


「あれが魔王のことを指しているのではないとしたら、どうだ?」


「何をおっしゃられているのですか?」


「思いこみは視野を狭めるだけだ――ああ、幻竜のことを調べさせよ」


「本気で竜王とやりあうのですか? 竜王と戦うくらいならば、北方で名をはせている盗賊団の討伐を命じるべきではないでしょうか?」


「命令が聞こえなかったか?」


 王の表情に変化はない。だが口調にわずかな不快がにじみ出ていた。

 普通の人ならばわからないだろう。

 だが、秘書には充分すぎるほどの変化であった。


「申しわけありません」


 秘書は頭を下げた。彼女は王の命令を忠実に果たすために行動する。



 だが、ゼピュランス王の思惑通りに事は運ばなかった。

 後に、「ノウドウの乱」と呼ばれる叛乱が、パルロ国南部を襲ったのである。


 首謀者の名は、能動新樹のうどうあらきと言った。








 鬼・セイレーン編 了

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