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22 愚者たち




 坂棟とセイはセイレーンの村を後にした。

 目的地はオニの村だ。

 オニの村の所在地をアマウミが知っていたのである。

 占いの類ではない。

 偶然セイレーンの一人がオニを見かけ、後をつけて発見したのだ。

 その好奇心の強いセイレーンとは、サクヤだった。


 だいたいの方向がわかれば、後は距離が近づけば感知することが可能なので、坂棟としては、たとえ情報精度がたいしたことがなくてもかまわなかった。


 ちなみに、オニの特産品と言うべきものは、織物の類ではなく、武器と陶磁器だと言うことだ。

 簡単に言うと、刀と皿である。

 刀はヒューマンの使う武器などより、数段切れ味が鋭い、ということだ。


「お館様は、さっさと行ってきなさい。オニと話をするのも、今回の目的でしょう?」


 ハルが、出発を急かした。

 坂棟は逆らうことなく、従者の意見をいれた。


 ハルは、セイレーンの村に残る。

 彼女が残ると宣言したからではあるが、それだけではない。


 あやしい三人組のことを、ランストリアに連絡されるのは好ましくなかった。

 アマウミは、ランストリアともパルロ国ともつながりはまったくないと言っていた――両者では、暮らしぶりにかなりの差があるようなので、その言葉はある程度信頼はできそうである――が、そのまま受け入れるわけにもいかない。


 坂棟とアマウミの間に、信用というつながりはないからだ。

 というわけで、ハルは、監視の任を与えられたのである。


 坂棟にとって、アマウミの過去の告白はまったく心の動かされるものではなかった。

 内容は、本当にどうでもよいものだった。


 一人の女の、愚かな恋の物語である。

 男のために情報を流し、男のために工作行為を行い、結果、多数のオニを殺した。

 悲劇と呼べる結末に比して、その動機はあまりにくだらなく、不快になるほどのつまらなさであった。


 あれで信頼が生まれると、なぜアマウミが考えたのか、そちらの方が彼にとっては不可思議だった。

 私はあなたにすべてをさらしました、隠し事はしていません、という意思表示ではあるのだろう。


 しかし、信頼というのは、信用できる人柄と、何より実績によってつくられると、坂棟は考えていた。

 彼女の語った痴情の物語は、どちらも生みだしていない。


「誤解があるとか言ってたけど、誤解ではないな。オニからすれば、裏切りでしかない」


「どうか、いたしましたか?」


「いや……醜いと感じるのか、美しいと感じるのか、価値観の違いってやつだな」


 セイは、主人の独白をただ受けいれる。

 坂棟もそれ以上、説明はしない。

 自己完結した主人に対して、セイは余計な口をはさむことはなかった。


 ハルやラトと異なり、セイは、反論どころか、主人に対して意見を言うことさえ稀である。

 いや、ないと言っても良いだろう。

 先の二人とは違い、坂棟に対して、自らの創造者であるという意識を彼はもっている。

 主のすべてを肯定するという精神が、生まれた直後から、彼の中で大樹となって生い茂っているのだ。


「人間の気配を感じたら教えてくれ」


「はい」


 この地を訪れた時に比べ、坂棟はより積極的にオニに会うべきだ、と考えていた。

 アマウミから聞いた話から、オニがセイレーンに持つ憎しみはそうとうに大きく、彼らがセイレーンに復讐する可能性が高いことを、坂棟は実感したのである。


 オニがセイレーンを狙うとしたら、第一目標となるのは、位置のわかっているランストリアであろう。

 だが、ランストリアには少数ながらパルロ国の軍隊があり、そこには神法術の使い手もいる。


 衰えたオニでは、返り討ちにあうだけだ。


 早まった選択をしないよう、彼らを説得しなければならない。

 何も、オニがすぐに攻撃するなどと坂棟は考えていなかった。

 だからといって、襲撃が今ではない、との保証もまたない。

 できるだけ早く、交流の機会を得るべきだろう。


 そして、留守番をしているラトの望んでいた以上の結果を持ち帰る。

 全鬼オニの移住だ。

 本人たちの意思に関係なく、ギルラルのように移住させてしまう。

 異界の大学生の傲岸不遜な心が、行動の前面に、押し出てこようとしていた。




 サクヤの情報は、間違っていなかった。

 だが、坂棟の欲していた情報ではなかった。


 坂棟とセイがたどりついたのは、少数のオニしかおらず、将来の見えない小さな村であった。


 敵意と憎しみ、それらをおおい隠すほどの怯えの眼差しを、村人数十人に向けられて、坂棟は、オニたちの本拠地となる村の位置を訊きだすことを中止した。

 つまらない諍いをおこす必要はない、と彼は考えたのだ。

 つまり、気をつかったのである。


 セイの感知能力があれば、自力でオニの村にたどりつくことは可能だと、彼は判断した。

 少々時間がかかってもかまわない、という楽観が、坂棟の思考の片隅にある。


 この後、坂棟たちは、オニの本拠地となる村をなかなか発見することができなかった。

 それどころか、結局、自力でオニの本拠地へとたどりつくことができなかったのだ。


 仮に、すんなりと坂棟がオニの本拠地へとたどりつくことができていたら、未来は多少変わっていたかもしれない。

 血の流れる量は変わらずとも、少なくとも血を流す人間は異なっていただろう。




 ――ランストリアを守る防壁には、崩れたまま補修されていない場所が、一カ所ある。


 これが、ハサルのもたらした情報で最大の価値があるものであり、戦をしかける決断をオニの王に下させた、もっとも大きな根拠であった。

 ヤマトも、ハサルの情報の正しさを、すでに自分の目で確認していた。


 夜明け前、夜通し続くかと思われたランストリアの楽園にも終了の気配が漂っている。

 快楽や欲望の酒に、誰もが溺れ、そのまま夢の世界へと意識を飛ばしていた。


 外の世界では、森に潜んだオニの兵士たちが、突撃の機をうかがっている。

 夜明け前の時間が襲撃するのにもっとも適しているという情報も、ハサルが手に入れた極上の果実であった。


 オニの作戦は、二〇〇の兵を一〇組にわけて、半分の五組で陽動するというものだ。

 町の各処で、鬨の声をあげ、火をあげ、パルロとセイレーンの兵の目を引きつける。

 間隙を縫い、残り五組でいっきに敵の本陣をつく、というものである。


 ヤマトの後見人であるタチバナが立てた作戦だった。

 さすがに、タチバナは実戦経験が豊富であり、作戦立案時も、実行前のたちふるまいにも、余裕が見られた。

 老将に老いは見られず、だ。


 だが、余裕のない者たちもいる。

 実戦のない若者たちである。

 その中で勇んでいる者の筆頭は、間違いなくヤマトであろう。


「タチバナ、もう、よいのではないか?」


 幾度目となるかわからない問いをヤマトはする。

 中性的な顔立ちは、熱を帯びて頬が赤く染まっていた。


「そうですな。では、計画通り、まずは、彼らから突撃させます」


 防壁にオニの兵が近寄り、大きくひび割れている丸太の壁を壊していく。

 木が腐っていたのか、拍子抜けするほど、たやすく防壁には穴が開いた。

 横に二人並んで入れるほどの空間が生まれる。


 オニの兵士が、つぎつぎとランストリアへ侵入していった。

 静かに、オニの襲撃は始まった。

 予定どおり五組の部隊が侵入をはたす。


「タチバナ、私たちもランストリアへ踏みこんでおいた方が良いのではないか? もしも、壁が塞がれでもしたら、皆を見殺しにすることになりかねない」


「しかし……」


「おまえ、このごに及んで、私を安全な場所におこうなどと考えているのではないだろうな」


「そんなことはありません」


 ヤマトの指摘は、図星であった。

 タチバナの表情を見て、ヤマトは察したのだろう。

 タチバナの許可をとることなく、残りの兵士たちに命じた。


「突撃する」


 タチバナも反対しなかった。

 ヤマトを先頭に、兵士たちは森から出て、破壊された壁に向かって駆けだした。

 こうして、オニの全兵士がランストリアへの侵入を成功させたのである。


 辺りはいまだ暗く、太陽の時間となるには、いましばらく時が必要であった。




「剣を抜け!」


 侵入を果たし、わずかな距離を進んだだけで、殺意を感じたヤマトは躊躇することなく叫んだ。


 次の瞬間、ひゅっという空気を裂く音が、方々から発せられた。

 ヤマトの振るった剣が何かを弾き、暗闇に一瞬火花が散る。


「弓で狙われているぞ!」


 仲間に対してヤマトは警戒を呼びかけたが、すでに遅かった。

 周囲からはうめき声がもれている。


 ヤマトは、敵の姿を確認しようと目を凝らした。


 夜空に炎が舞う

 聞こえてくるのは、先程と同じ空気を裂く音。

 高所から火矢が射られているのだ。

 周囲で炎があがり、オニたちの姿が、闇の世界に浮かびあがった。


 敵の姿は見えず、自分たちの姿は敵にさらされている。

 状況は最悪だ。

 あきらかな待ち伏せである。


「罠か」


 他の場所からも、オニの兵たちの声があがっていた。

 それは、一方的にやられるしかない兵士たちの憤怒と悲哀の怒声である。


 ヤマトは走る。

 敵は建物の上から弓を射ているのだ。

 敵が下りてこないのなら、こちらから行くしかない。

 地面を揺らす衝撃が起こった。


「なに?」


 ヤマトの問いに答える者はない。

 だが、ヤマトは自らの目で答えを得た。


 侵入してきた場所近辺に、真っ黒な炭と化した多数のオニの死体が転がっていた。

 さらに、連続して、同様の高威力の攻撃がなされた。

 一瞬の所業。

 奇跡ともいえる業。

 神法術である。


 神法術師が一人いるという情報をヤマトは思いだした。

 だが、一人で、こんな連続攻撃ができるものか?


 遠くで地面を揺らす衝撃が起こった。

 おそらく似たような攻撃が、他でもなされているのだ。


「ハサル!」


 ヤマトは叫びながら、戦場を駆ける。

 ハサルの情報で、正しかったのは、一つしかない。

 防壁に弱い部分があるというところだけである。


 それ以外は、すべて嘘。

 逆に罠にはめられている。


 ヤマトは怒りを全身の細胞に溜めていたが、爆発させるべき対象がいなかった。

 パルロの兵士は、誰一人として、ヤマトの前に姿を現さない。


 有利な位置から、彼らは一方的にオニの命を奪っていた。

 ヤマトの腕が乱暴に引っぱられ、若武者は動きをとめる。


「若様、退却じゃ。このままでは、全員が無駄死に。我らははめられた」


「ふざけるな! このまま引きさがれるものか」


 ヤマトの叫びは、オニの全兵士の思いを代表したものだった。

 周辺では、傷を負い、生命の危機を察知したオニたちの肉体が、変化を始めていた。

 肌の色は赤黒く染まり、白目部分が赤くなる。

 肉体の変化は、能力の上昇を生みだし、精神の高揚をつくりだした。

 オニたちは各所で敵を求めて、走る。


「退却しろ!」


 タチバナの怒声が戦場に響きわたった。


「滅びを待つのか! 歴史から、オニは消えるぞ!」


 叫び、反論するヤマトは、タチバナの腕からぬけだせなかった。

 ヤマトの身体に変化は起こっていない。


「これは、勝たなければならない戦いなのだ!」


 ヤマトの叫びは、オニたちの心に響き、結果として、彼らの退却を遅らせることになった。




「なるほど、本当にオニとは、タコのように真っ赤になるのだな」


 くくくと笑いながら馬鹿にしているのは、ミシウス・ヴァン・フローゼットである。

 貴族の次男であり、ランストリアの駐在武官であった。

 駐在武官と言いながら、その権力は非常に強力なものである。


「もっと射よ。矢が刺されば、もっと、赤くなるのではないか」


 ミシウスは高笑いをした。


「どうした? 額に角は生えんのか? オニの王は、角を生やしたと言うぞ。しかし、おもしろいモノたちだ。なあ、おまえたち」


 ミシウスの傍には一〇人のパルロ兵がおり、彼らも上官に媚びるように笑った。

 下品な笑い声が、駐在武官の周囲には充満している。


 敗者を見下す風景は、ヒューマンのみの特権なのだ!


 ミシウスは、そう信じて疑っていなかった。

 事実、現実はそうなっている。




 女王サラメの側近であるクシナは、自分たちが正しいのか、わからずにいた。

 セイレーンの故郷ともいえる海底世界はすでにない。

 前女王であるアマウミが、「王の石」を破壊してしまったからだ。


 海底世界は、「王の石」と呼ばれる奇蹟の石の力によって、維持されていた。

「王の石」の力は、海中にあって結界を張り、空気を保ち、また、外敵を防いだ。


 だが、この「王の石」を前女王が破壊してしまい、海底世界は崩れ去った。

 もちろん、許されることではない。


 サラメを中心とした者たちで、前女王に奇襲をかけて、彼女に従う者たちともども追放した。

 しかし、アマウミが破壊したという根拠は、実は、サラメの目撃証言のみなのだ。


 ――犯人は逆ではないのか?


 サラメは、あの事件の後に、セイレーンとしては、あきらかに異質な力を手に入れている。

 クシナも、オニとパルロ国との戦のおりに、サラメの異常な力を見た。


 ――「王の石」が何か関係しているのではないか?


 絶えず、クシナにわきおこる疑問は、答えのでないままに、毎回消えていく。


 女王サラメには功績がある。

 彼女が、地上に移り住むことを決定し、ランストリアという港町をつくりあげ、そこで暮らすようになって、一〇年の間に、セイレーンの人口は倍増していた。

 子供にめぐまれにくいセイレーンとしては、異例の数であると言える。

 少なくとも、前女王以前の時代には人口の増減はもっとゆるやかなものであった。


 しかし、このままで本当に良いのか、とクシナは考えてしまう。

 今、オニの残党狩りが行われていた。


 セイレーンも協力している。

 セイレーンの間で話し合いはなく、女王の一声で決定した。

 いつだって、何が起こっているのかを理解しているセイレーンは数人いるかどうかであろう。


 女王は、駐在武官の功を独り占めしようとする姿を見て侮蔑した。


「あさましいヒューマンだこと」


 と、吐き捨てた。

 だが、女王は駐在武官に協力した。

 政治に私情を持ちこまない、というふうに見えるが、内実は違う。


 公私に関係なく女王の心は、パルロ国の王にのみ向けられている。

 今回の作戦に協力するのも、オニ討伐の功績を報告するために、王都へ赴くことが、目的である。

 ランストリアのことや、セイレーンのことを考えてのことではないのだ。

 一人の男に会うため、というのが、すべての行動基準であり、行動指針なのだ。

 セイレーンらしいといえば、もっともセイレーンらしい女性だろう。


 だが、こんなことでセイレーンに未来はあるのだろうか?


 パルロ国の王は、セイレーンの未来を考えているとはとても思えない。

 それどころか、女王のことさえ、路傍の石のように考えているのではないか。

 実際、王は一度としてこの地を訪れていない。


 セイレーンとヒューマンの間に、友誼はない。

 ヒューマンは、ヒューマン以外の種族を認めていないので、当然だ。


 過去、オニとの間には友誼があったのではないか、と、この頃クシナは思う。

 本当に手を取るべきだったのは、彼らではなかったか。


 オニは、クツハ城が陥落する時、王を含め、多くの兵士が苦境の中、最後まで戦い続けたという。

 はたして、セイレーンは、ランストリアを守るために、女王の意思の下に命をかけて戦うだろうか。


 この十数年の間に、セイレーンは失うべきではない物を、失ってしまったのではないか。


「……これから、どうすればいい?」


 クシナの問いに、答える者はいない。








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