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15 未来への一歩




 ビグズが室内に足を踏みいれた時、ブルラーグは彼のことを笑顔で迎えた。

 事前に赴くことを伝言していたし、また、室内に入る前に名乗ってもいたので、ブルラーグの表情に驚きがない事は当然のことだが、笑顔であったことは、ビグズにとって意外であった。


 親友の姿に、ビグズは後悔の念で胸をしめつけられる。

 ブルラーグはまだベッドで横になっていた。

 体調が万全ではないのだ。


 彼の側には、女性がいる。

 ビラの長の娘であり、ブルラーグの婚約者であったヴィムだ。

 彼女はビグズに頭を下げると、その場を離れ、部屋から出ていった。

 ビグズにとっては、複雑の感情を抱かざるを得ない女性だった。


 ヴィムの気配が完全に消えて、ブルラーグがおもむろに口を開いた。


「僕の焦りが、すべてを台無しにするところだった」


「あなたを罠にはめたのは、僕だ。そして、本来ならあの女性を捕らえるつもりだったんだ。卑劣なことを行った僕はこれから罰を受けるだろう。その前に、直接謝りたかった」


「……そうか」


「すまなかった」ビグズは頭をさげた。


「僕もすまなかった」


 頭を上げると、互いの視線が重なる。


 どちらからともなく、二人は視線を外した。


 ブルラーグは天井を見あげる。


 ビグズは、ややうつむいた。


「……なぜ、妹の事故をあんなふうにしたのか、教えてくれるか?」


 ビグズの口調は重たい。


「――彼女の遺体を確認した時、おかしいと感じた。傷があったのは、腹部、正面から刺されたことになる。なのに抵抗した様子はなく、彼女の爪は相手を引っ掻いた跡もなくきれいなものだった。見た目こそ幼いが、彼女は、能力的にも気性的にも一方的にやられるような子じゃない」


「そんなことが聞きたいんじゃない。なぜ、きちんと調べてくれなかったのかを訊いているんだ!」


「あのまま殺人ということになれば、犯人はビラの者ということになりかねなかった。証拠の問題じゃなく、感情の問題で、だ。そうさせるわけにはいかなかった。犯人の目星はついていた。ビラと戦うべきだと息巻いていた者」


「ジャグを疑ったのか?」


 ビグズはあきれた。


「ああ、僕も感情的に動いたということだ。そして、誤った。彼が犯人だとする証拠はどこにもなかった。当然だな、彼は何もやっていないのだから……彼にもきちんと話すべきだった――結局、疑いで濁った僕の言葉は、誰にも届かなくなった」


 ブルラーグは自嘲の笑みを浮かべた。

 痩せ細った身体と相まって、その笑みは不吉な印象を見る者に与える。

 ビグズの知るブルラーグではなかった。


「なぜ、僕に言わなかった」


「君の落ち込みようを見て、物を頼もうなんて思えなかった。それに、影で調べまわるようなことは、君には向かないと思った――いや、言い訳だな。僕は、簡単に真相を暴けると先走っていた。時間がたてばたつだけで、焦り、君が動けるようになった時には、とても僕の考えなんて言えなかったんだ」


「その時に、言ってくれれば」


「ああ、そうだ。僕が弱かったんだ。自分の間違えを認められなかった。そして、魔族の強さを認識していながら、最後に功を焦り、魔族を一人で討つなどと息巻いた……」


 後悔に満ちた沈黙が、二人の間で沈滞した。


「妹の墓を作ってくれたことには感謝している」


「当然のことだ。感謝の必要はない」


 妹を失くしたショックから、ビグズの家族たちは、何も行動ができなくなった。

 その時ブルラーグが動き、葬儀を行い墓を作ったのである。


 これ以上語っても何も生まれない。

 ビグズは、過去において親友であった男に背を向けた。

 ドアを開けて、室外に出ようとする。


「何をしてるんだ?」隣室にいた男が言う。


「……それは、僕の言葉だ」


 一瞬、あっけにとられた後、ビグズは言い返した。

 ドアの前には、坂棟が立っていたのだ。


「それで、仲直りはしたのか?」


「おまえには関係ないことだ」


「また、それか。悪いけど、個人の事情には、それこそかまっていられない。あんたたち二人とジャグには、さっさと手を取りあってもらう。ビラともな」


「何のことだ?」


「お引越しをするんだ。というか、種族大移動か? 個人間のわだかまりは、後回しにしろ」


 坂棟は身体をずらし、ビグズごしにブルラーグを見た。


「いつまで寝てるんだ? さっさと起きて、こいつと一緒に妹さんの墓に挨拶に行ってこい。時間は有限なんだ」


 ビグズとブルラーグは、あっけにとられて反応できない。


「ラト、後は任せたぞ」


 そう言い残して、坂棟は歩きだした。

 自分の役目は果たした、と言わんばかりだ。


 ビグズは坂棟を呆然と見送ると、振り返り、ブルラーグと目を合わせる。

 互いの瞳には、困惑が漂っていた。


「私の主人が言われたとおりに、あなたたちには行動してもらいましょう。すでに、計画は動いているのです」


 ヒューマンの従者が宣言する。

 それは、決定事項であるということだった。





 夜の時間が訪れ、慌ただしかったビラの村も静けさを取り戻した。

 坂棟はラトから報告を受けていた。

 ビグズとブルラーグの顛末についてである。


 光球が天井付近に浮かんでおり、室内は明るさが保たれている。


「彼らは握手をしていました」


「よくそこまで持っていったな。ラトは、本当に人間のことを熟知している。俺なんか、彼らとはまったく信頼関係を築けていない」


「いえ、たいしたことではありません。心からのものであるかはわかりませんが、お館様の言うように、まず形だけでも整えてみただけです」


「人材は、足りるのか?」


「組織の体裁を整えるためには、文官の数が圧倒的に足りません。あのビグズとかいう者が使えないとなると、大きな損失でした」


「ラトの発案だし、もともとラトの住まいを利用するんだから、ラトが責任者となってやってくれ。あまり、俺は口出ししない」


「はい、わかりました」


「ああ、食料の確保は上に立つ者の責任だからな。あそこまで到着できた者だけに住人たる資格がある、というのはダメだ」


「……わかりました」


 坂棟は、残り二人の従者に視線を投げた。

 セイが何も言わないのはわかる。

 だが、ハルが口を挟まないのはおかしい。

 彼女ならば、役に立たない者などうっとうしいだけ、くらいのことは言いそうだが。


「じっと見られるというのは、気持ちの悪いものです、お館様」


 笑顔で毒舌を吐く姿は、いつもどおりのハルだ。


「そういえば、ラグルーグはどうした?」


「私が教育をほどこしました」


 ラトが答える。


「どうだった?」


「理解力はまあまああるようです。しかし、たったあの程度の量を学んだだけで、倒れこんでしまいました。やはり、セリアンスロープは体力自慢のようで、頭の方はたいしたことはありません」


「そうか」


 ラトの言う、あの程度の量というところに問題があるような気がしないでもなかったが、坂棟は口にはださなかった。

 坂棟が隣の部屋をのぞくと、ラグルーグが気絶していた。


「ラグルーグって、まだ、家に帰ってないんだっけ?」


「はい。お館様の預かりとなっていますから、家族に挨拶程度はしているでしょうが」


「ああ、そういえば」


 坂棟は思いだした。

 自分の言動には責任をもたないとな、と彼は戒める。


「セイ、ラグルーグを送っていくから抱えてくれるか?」


「はい」


「二人は自由にどうぞ」


 坂棟が言うと、ラトはわずかに頭を下げ、ハルは微笑んだ。





「身体は、大丈夫?」


 急な外出をして、ブルラーグは帰ってきたばかりである。

 普通であれば、外出などできないケガなのだ。

 ブルラーグの身体は、長期の療養を必要としていた。


「何度もその言葉を言うね。そんなに僕は頼りないかい?」


「いつものあなたの表情じゃないもの」


「いつも? 会えない間も、僕のことをずっと思っていてくれたということかな?」


 セリアンスロープの男女を月明かりが照らしていた。

 窓からは、虫たちの歌声だけが聞こえてくる。


「でも、少しだけ良くなったかしら」


「そうだね。失ったものも多いけど、何とかつなぎとめることができたものもある。あの時も言ったけど、僕にはやらなければならないことがあるようだ」


「今度は、私もいっしょに隣を歩くわ」


 二人のいる部屋の隣室には、坂棟がいた。

 聞こえてくる会話の内容に、彼の顔は引きつっている。

 今がどういう状況で、これからどうなるのかを部屋にいる二人は理解しているとは思えなかった。

 他人の恋愛事情など興味のない彼だが、だからこそ、二人の事情などまったく考慮しない。


「脳みそお花畑か」坂棟はセイを見る。「ラグルーグを起こして部屋に放りこめ」


「わかりました」


 主人の言葉に精霊の従者はすなおに頷き、命令を実行した。

 まずセリアンスロープの少年を覚醒させ、そして、ドアを開く。


「え? なに? ここは?」ラグルーグは宙に浮いた。「なんだぁああああああああ!」


 ラグルーグは、ブルラーグとヴィムのいる部屋へと放りこまれたのである。

 先程までとは一転し、部屋の中が騒がしくなった。

 甘い空気は霧散している。


「よし、すべて解決だな……セイ、明日、あいつの身体も治療してあげなさい」


「わかりました」


 主人と従者の二人は家主に挨拶することなく、そのまま、セリアンスロープの家を後にしたのであった。




 月下に四つの影がある。

 一つの影のみ低く、横に大きい。


「ようやく、お目見え?」


 長身の美女が、低い影に向かって言葉を投げた。


「あんたは何者だ?」小柄な影は、まず長身の美女に問う。「しかも、ビラに、なぜあんたがいる?」


 次いで、ズワールの長ズイラーグに鋭い視線を投じ、小柄な影は、最後にビラの長へと視線を投げた。


「これはどういうことだ? ビラの長よ」


「私たちはこの地を離れることになった。獣も果実も豊富な南の地へと移る」


「正気か? 南には竜王がいる」


「そんなものは問題ではないの。大地の民、あなたたちも一緒に来なさい。心配しなくても、魔族からも人間からも、私の主が守ってくれるから。あなたたちは、創作に励むと良い」


 月の光が、女の美貌をますます惹きたてた


「ハル。おまえの目的はドワーフだったのか」


 新たな声が場に介入する。

 暗闇の中から、黒髪黒目の男が現れた。


「あら、お館様。従者をこそこそとつけていたの?」


「違うって、わかってるだろ」


 セイを従えた坂棟が、三人に近づく。


「どうしますか? ドワーフがどれくらいいるのかは知りませんが、今なら、まあ、大丈夫でしょう。苦労するのは、ラトとあいつに関わる人間だけだし」


「ヒューマンか」


 他の種族に比べ、小柄な種族――ドワーフが、坂棟のことを問いただす。


「ああ、まあ、似たようなものです。で、あなたが訊きたいのは、これでしょう。ヒューマンが攻めてきたらどうするのか? それに対しては、戦う。以上です」


「ヒューマンの言うことは信じられない」


「でしょうね、だから、セリアンスロープと語って決めてください。二、三日以内だとこちらも助かります。それ以降になると、自力で、たどりついてもらわなければならない。もちろん、断わってもかまいません。俺は、あなたたちのことを知らないし――じゃ、ハルとセイ戻るよ」


 ハルはドワーフを見た。

 一瞬であったが、その瞳には、尋常ではない威圧の輝きがあった。

 断ることは許さないと、瞳が語っている。


「あの女は、なんだ? セリアンスロープの長たちよ」


「わからん、わからんが、我らが束になっても相手にならなかった魔族を、たったの二撃で滅ぼしてしまったお方だ。そして、残る二人も同じかそれ以上の力がある」


 ズワールの長が答えた。


「あの三人だけじゃない、もう一人いるが、そいつも尋常ではない力を持っている。朝になって、森を見れば納得できるだろう。絶望的な力の差、というやつをな」


 皮肉げにビラの長がつけくわえる。


「――なんだ、それは?」


「あれと正面から対しようとすれば、あるのは、絶望ばかりだ。異なる関わり方をしなければならない。ヒューマンよりも、よっぽど厄介だ」


 ビラの長はそう言うと、口を閉じた。

 ドワーフはますます不審を顔にのせた。


「わからんのだよ」


 苦笑するズワールの長の顔には、疲労がある。


「彼らは、謎だ。だが強い。その事実を受けとめ、我々の方でつきあい方を考えればいい……いつまでも、隠れてやり過ごすのはそろそろ限界だろう。我らはともかく、おぬしらは数が減ってきているのだろう? 安住の地を見つけるべきではないのか?」


「信用できるのか?」


「賭ける価値はあると私は思っている。理由を説明するのは難しいのだがな」


 ズワールの長に問答を任せているのか、ビラの長は口を開かなくなった。


「なぜだ? 魔族から救ってもらったからか?」ドワーフは問う。


「そうだな。それに関して、彼らは我らに恩着せがましいことを何も言わない。なぜだかわかるか?」


「今言わないだけで、後で利用しようと考えているのではないか? おまえたちを南に移動させて、全員を奴隷にするつもりかもしれない」


「たぶん、それはないだろう。彼らが恩を着せないのは、彼らにとって下位魔族など、本当に、物の数ではないからなのだ。実際、あのヒューマンは、あの程度の弱い魔族なら、我らが倒せるものだと思って当初手をださないつもりだったようだからな。我らが弱いから、彼は我々に接触をしてきたのだ」


「ズワールの集落を簡単に廃墟にするような魔族が弱い?」


 ドワーフは何か思いあたったように、口元をゆるめた。


「あのヒューマンは神法術の使い手か。だとしても、やはりヒューマンにとって魔族は脅威だろう」


「いや、神法術は使えないそうだ」


「なんだ、それは?」


「我々では、はかれない存在だということだ。彼らにとって、我々を魔族から庇護することなど、まったくたいしたことではないんだ」


「そんなことは信じられないし、やつらも、信じられない」


「ああ、もちろんだ。だが、我々が役に立つことを示せば、彼らは我々を守ることに熱心になるだろう。今回の移動は、向こうから提案されたものだ。おそらくすでにいくらかの価値を我々に認めているということだ」


 ――まあ、これは、我々が誇りを保つための希望でしかない憶測だがな。


 と、ズワールの長は最後に自嘲の言葉をつけたした。


「おまえさんは、騙されているのではないか?」


「ギーセンラルバ。魔族の動きはわかっているのだろう?」


「………」


「決断し、動かなければ、我らは滅ぶ。神々の加護のない我々は、普通のやり方では魔族に対抗することはできない」


「……俺にはわからねえ」


「三日間ゆっくりと考えるがいい」


「種族の行く末を三日で決めろってか?」


 ドワーフの王ギーセンラルバは、苦い笑みを髭の下に浮かべた。


「自分の意思で決められるだけ、おまえたちはマシだよ」


 ビラの長は、力なくそう言った。



 二日後、ドワーフもセリアンスロープと共に居住地を移動することを、ギーセンラルバは、坂棟に伝えた。


「私たち大地の民も、あなたの町へ参加させていただく」


「わかりました」


 異界者と大地の民は握手をかわした。





 五日間をかけてセリアンスロープとドワーフの大移動が行われた。

 ハルが行軍ののろさに耐えかねて、森の木々を光熱波で焼きはらい、目的地までの一直線の道を造ったことで、日程は大幅に縮まったのだ。

 後に、この道を通って周辺に散っていたセリアンスロープたちが、新しく作られた都市に集まってくる、という副産物まで生まれた。


 ルーン大陸の北東の地で、新たな都市が、誰にも知られることなく誕生しようとしている。








 セリアンスロープ編 了

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