14 要求と立場
「さて、とでも、言えばいいのかな」
坂棟は木の枝に腰かけていた。
優しい木漏れ日に照らされた森の風景は、先程まで、すぐ側で血が流れていた事実などまるで感じさせない。
地面には、疲れを沈滞させたセリアンスロープの老人が一人腰を下ろしていた。
「魔族を倒すために両者の力を合わせる、というのが、もっとも理想的な解決手段だろう。同じ外敵をつくることで、両者の関係を良好なものにする。よくある手法だ。魔族を討てば時間はかかるかもしれないが、食糧難も改善するんだろう?」
老人は眩しそうに目を細めて、坂棟のことを見上げた。
「魔族が強すぎるから戦えないとするなら、土地を捨てて逃げるしかない。魔族の習性を考えれば、いずれセリアンスロープの村を襲うことは、確定された未来だ。だが、ズワールにまったく逃げる様子はなかったから、魔族が強すぎるという仮定は成り立たない」
坂棟は髪をくしゃりとかきあげた。
「となると、魔族は、実はいつでも討伐できて、わざと放置しているということになる。何のために? 食糧難を引き起こしてどうするのか? 実際どうなったかというと、ビラを攻撃するということになった」
老人は口を開かないし、坂棟のほうも老人のことを気にせずに話を紡ぎつづける。
彼の独演に遠慮するかのように、森は静寂に満ちていた。
「だが、現実はビラを攻撃する前に、魔族に襲われてしまう。俺の予測では、無傷ではないかもしれないが、大きな被害をだすこともなく魔族は討伐されるはずだったが、現実はセリアンスロープはまったく相手にならず、一方的に被害を出した。魔族の調査とはいったい何だったんだ?」
坂棟は視線を下げる。
「バーブグさん、どういうことか説明してくれないか?」
「おまえさんには、関係のないことだ」
「考えられるとしたら、まず、結果が先にあった。ズワールとビラが戦う。そこからすべてが逆算された」
「だとしたら、どうする?」
「個人的な思いか?」
「個人的ではない思いがあるのか?」
「ビグズの経験は、誰かの過去の焼き直しか?」
「知らんな」
「でっちあげたな? たとえ、ビグズの妹が本当にビラの誰かに殺されたとしても、まったく行き来のない、スパイを知らないようなあんたたちが短時間で犯人を調べられるはずがない」
「スパイ? ……よく喋る、若者だ」
「ビグズの妹を殺したのは、おまえなのか?」
坂棟の声は、冷え冷えと響いた。
彼は子供が犠牲になることを好まないし、許さない。
はっきりと不快であった。
「おまえには関係ない」
坂棟の表情が硬まる。
不自然な沈黙が数秒続いた。
「ビザンを知っているか?」
「誰だ、それは?」
「過去に事件を起こした男らしい。俺も今知ったから、それ以上のことは知らないがな」
「何だ、何のことを言っている?」
「俺の従者は、優秀らしいって話だ。そして、終幕だ」
「ビザンとは誰だ! 過去の事件とは何だ!」
「話は終わり。あんたの反応で、俺は納得した。後は、ズワールとビラの長に任せる。というか、あんたたちに選択権はない。新参者の俺が言うのもなんだが、この世界で、あんたたちは弱すぎる……」
「待て!」
老人は立ちあがり、坂棟を止めようと腕を伸ばしたが、その先に、すでに坂棟の姿はなかった。
「ビザン……」
過去の事件の存在も明らかとなり、今回の出来事の収束には時間がかかるかと思われた。
だが、ズワールとビラの長の会談が、第三者である坂棟のもとで実現し、直接対話がなされたことで、スピーディにすべてのことが明らかになっていった。
特に、ビラにいたっては自らすすんで様々なことに協力を願いでた。
彼らの素直さは、どうやらビラに先行して滞在した坂棟の従者の影響があるらしい。
過去、バーブグの娘を殺した犯人がビラのビザンであったこと。
ビグズの妹は事故死であったが、殺人であったかのようにバーブグによって偽装されたこと。
バーブグに任されていた魔族の調査が、実際はほとんどなされていなかったこと。
ビグズによる勘違いの仇討ちにより、ビラのヴァルハが殺されたこと。
ジャグがビラの長の息子を捕らえた功績は、ビグズがブルラーグから得た情報をもとに行われたものだったこと。
―――。
さまざまなことが白日の下にさらされた。
関係者は口を閉ざすことをしなかった。
バーブグは、自らの娘を殺した犯人がわかったことで、すべてを語る気になったようだった。
彼の告白した内容はこうだ。
食糧難が起こり、ズワールとビラの関係が悪化しているところに、ビグズの妹が事故にあった。
偶然、ビグズの妹を最初に発見したバーブグは、これを利用してズワールとビラの関係の悪化を決定的なものにしようとした。
動機は娘の仇打ちである。
娘の仇が誰であるかわからない以上、ビラの人間すべてを殺すしかなかった。
最低でも支配下に置き、犯人を調べることのできる環境を作らねばならなかった。
常軌を逸した論理である。
だが、ブルラーグが邪魔をした。
彼はビグズの妹の死に不審を感じ、そこに何者かの作為があるのではないかと調べ出したのだ。
ブルラーグの存在は、ビラを攻めるにも、そして偽装の秘密を隠すのにも邪魔であった。
ブルラーグは、バーブグに対しても何度か質問に来た。
犯人探しの協力を求めて、のものだった。
ブルラーグには経験が足りなかった。
また、人が良すぎた。
バーブグを疑うということができなかった。
いや、ズワールの人間を疑いながら、彼は疑い切れなかったのだ。
身内を疑えないというブルラーグの甘さによって、バーブグの所業は明らかにはならないまま時が過ぎた。
だが、ついにブルラーグが魔族討伐に出発するということになった。
ブルラーグならば、魔族を倒す可能性があった。
ここに来てブルラーグを始末する必要が生じ、ジャグを応援する者たちとビグズを使って、バーブグは罠を張り、ブルラーグを陥れたのである。
結局バーブグのたくらみは、坂棟というイレギュラーの存在によって、すべて失敗することになった。
自分が道化でしかなかったことを知ったジャグが、バーブグに殴りかかったが、ハルに平手打ちをされてあっさりと気絶した。
この後、二つの処分が下された。
バーブグの娘を殺したと自白したビザンは、処刑となった。
無実であるにもかかわらず、一方的に殺されたヴァルハに関しても、同様に明確な殺人である。
すべてを告白した後、バーブグは処刑された。これは、ヴァルハの家族の手によってなされた。
バーブグは、仇であった男と同日に、永遠の眠りにつくことになったのである。その死において、彼が娘の仇打ちという目的を達成した満足感にみたされていたのか、ヴァルハを殺した罪悪感を持ちながら死んでいったのかは、誰にもわからない。
実行犯であるジャグやビグズ、残り二人も罪に問われた。
死刑は免れたが、片腕を差しだすように、ビラは求めたのだが、部外者である坂棟が、それを阻止した。
当然反発は起こったが、ビラの者たちは最終的に坂棟の言葉に従った。力で抑えつけた形だ。表立っての不満は見えなくなったが、それは消えたのではなく裏へとひそむことになる。
こうして、今回の騒動は収束を迎えた。
過去にビラの人間が罪をおかしていたが、今回の騒動はズワールによってもたらされたものである。
また、大きな被害をこうむったのもズワールである。
通常ならば、両者の力関係の天秤はビラへと大きく傾いたはずだ。
だが、そうはなっていない。
両者にとってイレギュラーの存在が、セリアンスロープの勢力争い以上に大きな問題となっていたからだ。
「今、何か言いましたか?」
ラトは微笑をたたえている。
しかし、言われた相手は、氷の手で心臓を握られたかのような冷たい恐怖を覚えたことだろう。
「それが、ビラとズワールの長の要求ということですか?」
坂棟が問う。
問われたセリアンスロープは、不明瞭な発音になりながら、「そうです」という短い返答をした。
「どうやら自分の立場というものを、彼らはわかっていないようです。お館様はお休みになられて、私が少し話をしてきましょう」
「いや、いいよ。俺と話したいというのなら、別にかまわないじゃないか。俺も話がしたいと思っていた」
セリアンスロープの要求は、従者をのぞいて坂棟一人と話がしたい、というものであった。
坂棟たちは、ビラのある家に四人で宿泊している。
室内には煌々と明かりが灯っていた。
「それで、今からですか、話というのは?」
「はい……できれば、今からが良いと言われました」
何とか言い終えた後に、セリアンスロープは凍りついた。
彼は視線を下げた上へあげない。
なぜなら、三者からの敵意を持った強烈な視線によって、彼の全身が串刺しにされていたからである。
「じゃあ、行ってくる」
「私も駄目でしょうか?」セイが声をあげた。
「護衛はいらないよ」
坂棟は、セリアンスロープの後へと続いた。
三人の従者は、主人を見送る。
ラトは皮肉げに薄く笑った。
「彼らは、あの方の立っている位置が自分たちとは異なるということを、まだ理解していないようですね」
「助けてもらったことには感謝している」
ズワールの長はそう言うと、頭を下げた。
隣に座るビラの長は、坂棟を値踏みするように見ている。
両者共に一〇〇〇人規模の集団をまとめているだけあり、只者ではない雰囲気を持っていた。
「そうですか」
坂棟は、そっけなく謝辞の言葉を受けとった。
会談の場は、ビラの長の家である。
室内には彼らしかいない。
明かりは卓上で揺れる小さな灯火一つだ。
「今日この地を訪れた者は、あなたの従者だと聞いたが?」
ビラの長が口を開いた。
「はい」
「あれは、何だ?」
「隣にいるあれは、どんな生き物です?」
隣の部屋には、セリアンスロープの若き戦士が立っていた。
「なに?」ビラの長が立ちあがる。
「同じことです。言葉には気をつけてもらえますか?」
種の異なる年長者二人と鼎談することに、坂棟はまったく動じていなかった。
この場合、種の違いは坂棟にとって不利に働くはずである。
セリアンスロープの容貌は、日本人の目からすると肉食獣を相手にしているようで、襲われるかもしれない、という本能的な恐怖が働いてもおかしくない。
だが、坂棟はゆったりと座っていた。
「悪かったな。そういうつもりで、こいつも言ったわけではない」
「じゃあ、どういうつもりで言ったんです?」などと、坂棟は言わなかった。
さすがに子供じみているな、と自分でブレーキを踏んだのだ。
表には出さなかったが、従者へ非人間的な発言をしたビラの長に対して、坂棟はかなりの不快感をもった。
「こちらの要求は、一つだ。さっさとこの地から出て行ってくれ」
ビラの長が言う。
その口調にははっきりとした嫌悪があった。
坂棟は、ズワールの長に視線を投じた。
「私も同じ意見だ」
坂棟はすぐには返答しなかった。
数秒とたたない内に、こらえがきかないのか、ビラの長が早口でまくしたてる。
「従者がいくら強かろうと、おまえはただのヒューマンだ。おまえの命など、俺たちで簡単にどうにでもできる。やつらも言うことを聞くだろう」
口調がすっかり汚いものになっていた。
「私たちも手荒なまねはしたくない。もちろんやりあえば、こちらにも大きな被害が出ることは予想できる。だらからこそ、このまま出て行ってもらえないだろうか」
二人の長の言葉に対して、坂棟は沈黙で答えた。
一〇秒の時間が流れ、ビラの長の貧乏ゆすりが激しくなり、ついに長が何かを言おうとした時、坂棟が口を開いた。
「要求は以上ですか?」
「なに?」と、ビラの長。
「そうだ」
ズワールの長が頷く。
「では、こちらからの要求です」
当たり前のように坂棟は言った。
わずかに目を開き、ビラの長が大声で笑う。
ズワールの長は目を細めた。
二人はヒューマンに脅しをかけていたのだ。
この場では強者はセリアンスロープであり、無防備にのこのこきたヒューマンは、弱者なのだ、と宣言した。
にもかからず要求などと、対等であるかのごとく口をきく馬鹿なヒューマンは、彼らの目からすると滑稽ですらあった。
「ビラとズワールの両方の村人全員に移動してもらいます。まあ、大規模な引っ越しですね。場所は、ここから南です。正確な場所は、明日にでもラトに伝えさせます」
「おまえは、何を聞いているんだ!」
「あなたがたの要求は無意味です。どうやら、僕をどうにかできるというのが、あなたがたの主張の論拠のようですけど、無理ですよ。あなたがたは弱すぎます」
「神法術か? だが、神法術は祝詞を唱える必要がある。その間に、俺たちの爪がおまえを裂く」
「使えませんよ」
ビラの長は笑う。
獰猛な笑みだ。
「僕が死んだら、困るのでは?」
「従者は、おまえの死体をさらっていくだけだ」
「そうですね。じゃ、どうやって、僕を殺します?」
契約の知識をセリアンスロープが持っているという事実は、坂棟の持つセリアンスロープという種族に対する印象を多少変えた。
神法術から遠い種族であるはずなのに、しっかりと知識を持っている。
これまでの会話の中で、坂棟にとっては一番実のある内容だった。
「ずいぶん、自信があるようだな」
ズワールの長の気配が変わる。
ビラの長よりかは坂棟のことを警戒しているようだ。
「あなたがたの根拠のない自信ほどじゃありません」
「俺たちを怒らせたいのか?」
「そうですね――でも、無意味だな。先程の条件に関して、もう少し具体的な話をしましょう。食料と身の安全については保証します。ただし、あなたがたにも一定の労働と兵役を求めます」
「奴隷にするということか!」ズワールの長の目が怒りに染まる。「やはり、おまえは、ヒューマン! 交渉は決裂だ」
二人の長がまとう空気が一瞬にして変化し、激しい戦気が彼らの身体から発せられた。
「一人で来た意味がなかったかな」
坂棟は、念気を解放した。
最初に一定量を発した後は、少しずつ発する念気の量を多くしていく。
室内だけにとどまるように、念気を坂棟は制御した。
本来、多少の念気がもれたところで、普通はセリアンスロープには感知できない。
彼らには、念を操るような能力はない。
知りもしないことが、わかるはずがない。
だが、あまりに量が桁外れであるために、わけがわからずとも強大な存在であることだけは認識できた。彼らの生存本能が反応し、身体が恐怖に押し潰されそうになる。
彼らは、強制的に念気を感じさせられたのである。
「――お、同じか……」
ビラの長があえぐように言う。
坂棟は、何もすることなく二人の長を屈服させた。
二人の長は、何もできずに坂棟に屈服させられたのである。
「違いますよ」
「なぜだ? なぜ、私たちを支配下におく」
ズワールの長が訊ねる。
未だ座った状態を維持しているが、這いつくばるのを何とかこらえているようだった。
長としてのプライドが、膝を屈することを何とか押しとどめているのだ。
坂棟は念気の解放をやめた。
「あなたがたは、このままいけば魔族に食べられるだけでしょう? だから、僕が保護するだけです」
二人の長は絶句した。
全身から力が抜け、せっかくこらえていたのに這いつくばりそうになる。
坂棟の言葉によって、二人の長は、交渉相手と自分たちの立っている位置が異なっていたことを、初めて理解した。
彼らは、命を賭けてぎりぎりの賭けひきをしていた――そのつもりであった。
だが相手は、こちらの命を守ることを考えていたのである。
戦う相手とは、認めていなかったのだ。
屈辱の後に、絶望感が生じた。
魔族に感じたものと同種であり、さらに、別の種類のものを上乗せした絶望であった。
「従者よりも主人の方が強いのが普通なのに、なぜ、俺に挑んできたんです? あなた方の選択次第で、二〇〇〇人のセリアンスロープが全滅する可能性があったことは、わかっていましたよね?」
「……神法術を使うのだと思っていた」
「――ああ、僕が嘘をついたと。僕たち、もう少しわかりあわないといけませんね」
本心から言っているからこそ、坂棟の言葉は、部屋に白々しく響いた。




